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勇者の安息あずかる宿屋が弱くて務まるとお思いですか?  作者: 留龍隆


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10/13

10:ものを売るというレベルではないですね


「売り物にするにあたって、どの得物もある程度扱えるようにしたんでさ」


 ハーブに水撒きをするクラギと、薪割り用の切株に腰かけたナナカとに視線をやりながら、インセッチは売り物の手槍と剣と節棍とをほいほいとお手玉のように中空に投げやる。

 手に落ちてきた得物を振るい、また投げ。振るい、また投げ。

 淀みなくつづく動きは見ていて飽きない。ひとつ、武としての結実がここにあると思われた。


「闘法を知らずして商術を語るなかれ、商法を知らずして闘術を語るなかれ。ひとと人が相争うとき、そこには必ず駆け引きが生まれまさぁ。ゆえにその両者に手を出さねば、商いは極められまいと思いやしてね。ちょこっと齧りやした」


 齧った……? とナナカは思ったがインセッチは本気で思っているらしく、謙虚な姿勢で照れ臭そうに頭を掻く。


「そんなわけで。売り文句の際に話ができるよう、この武器の強みはこれだ、この武器と戦うならこうだ、と。自分で体感しながらひとつずつ扱いを身に付けておったわけでさぁ」


 剣を投げやり、節棍の鎖でじゃらんと槍を絡めて引き寄せ、小脇に挟んでから落ちてきた剣を受け止める。

 そそくさと剣は鞘に納め、槍は穂先に革袋をかぶせ、インセッチは大荷物の中に得物をしまいこんだ。


「しかしまあ、大聖堂の勇者様にまでお褒めいただくような技たぁ自分じゃ思いもよりませんでな」

「うん、実際、かなり凄腕だと思う」

「へっへ。……でも売れないんでございやすなァ、これじゃ。わたしゃ得物を取り扱うのが好きなんですがねぇ……まいったなぁ」


 落ち込んだ様子でインセッチは己の売り物に目を落としていた。

 どのような鍛錬を積んだかわからないが、インセッチは並ならぬ使い手だ。

 それこそ戦士ウォリアーとしてギルドに登録するなり活躍の場を与えれば、場合によってはちょっと知られた存在になるかもしれない。

 でもそれは……、商人の道ではないのだ。


「難しいお話でございますね」

「本当にね」

「当人の適性に対して、やりたいこととの乖離が大きいとは。ままならないものです」

「あなたがそれ言う……?」

「私は手段も才能も目的もすべてが合致しておりますので。なんら迷うところはございません」


 さらりと言うクラギだが、なんと返していいか迷う。当人がそうと言っているのなら否定はできないというか、なんというか。


「まあ私のことはさておき。やりたいことと適性に乖離があったとて、当人がどのような向きを見据えて動くか次第だと、私は存じますがね」


 水撒きを終えてきたクラギは、空の如雨露を地面に置きながらぼやいた。


如雨露じょうろの使い道は一見、如雨露しかございません。適性は水撒き一択と見受けられます」

「それはそうでしょ……まさか武器にするわけにはいかないし」

「ええ。しかし私が街に買い出しへ出かけた折のことですが、街角の一画で少し風変りなものを見つけまして」


 すたすたと去っていったクラギは、前庭の角にあったべつの如雨露を持ってくる。

 とぷんと水音がしたところから察するに、中に水が満ちている。

 なんだろうと立ち上がったナナカが中をのぞくと。


「わ。なにこれ?」


 ひちひちと、親指ほどの小さな赤い魚が三尾、泳いでいた。

 ひれが長く、柔らかな布地のよう――ドレスの裾を思わせる動きで、ひらり、ひちり、幽玄に水中を舞う。その都度なめらかな鱗がきらきらと光り耀き、じつに華やかだ。

 如雨露の中にはたゆたう水草や丸い石もいくらか沈められており、ここだけがまるで川底を切り取ってきたかのように涼やかでまばゆかった。

 なんとも遊び心にあふれた、水心アクアリウムである。

 クラギはこの如雨露を脇に置いて示しながら話をつづけた。


「東の国で交配させてつくられる、トゥサキという種類の観賞魚だそうです。本来は観賞用の鉢に納めて眺めるのだそうですが、この種は上から眺めるのが綺麗だとのことで。それなら持ち運びやすいように取っ手のある入れ物を遣おうと、店主が思い切って如雨露にしたそうです」

「ははぁ……」

「如雨露からすればまるで想定されていない用途でしょうが、それもまた一興でしょう。驚きと面白さが同居しています」


 じっとトゥサキを眺めているインセッチ。

 彼の横に屈みこみ、クラギは言った。


「同じことがインセッチ様にも言えるのではないかと存じます」

「わたしの商いに、ですかい?」

「ええ。そちらの商道は私、門外漢ではございますが……この如雨露の話ならば『水を溜められる』というところまで、できることを細分化していった結果この使い道が定まったと言えましょう。であれば、インセッチ様もいま一度己ができること、したいこと、得意なこと。これらを細分化し組み合わせてみてはいかがでしょうか」


 優しい顔で言ってはいるが……なかなか、すっとやれることではないようにナナカは思った。

 けれどインセッチの方は感銘を受けた様子で、むむむと真剣に考え込んでいる。「できること、したいこと、得意なこと……」と繰り返し繰り返しつぶやいていた。


「……ダメだ、さっぱり出てきやしねえ。わたしゃ、得物が好きなんでございやすが……ぱっとわかることは、それしか」

「その情熱からはじめればいいのではないでしょうか。なにか、ほかのものと噛み合えば。それがきっとインセッチ様の商道での『武器』となりましょう」


 二人してその後も考え込んでいた。

 同じく商売の道にいる男同士、なにか通じ合うものがあるのかもなぁ、と少しばかり疎外感を覚えながらナナカはじっとその様を見ている。

 しかし武器、武器か。

 ナナカは剣しか扱ったことがないし、それもこの三年まるで手入れもせず同じ剣に頼っていたほどの無精者だ。助言できることはなさそうなので少し肩を落として腰の剣に手をやる。

 手に触れた茎の冷たさに、柄がないことを思い出した。


「……あ、話の腰折って悪いんだけど。インセッチさん、柄ってどうなってる?」

「あ、ああ! 申し訳ございやせんなぁこちらの商売ですっかり流しちまってて。もうできてるんで、いま嵌めたげやしょう」

「じゃあ、お願い。ありがとうございます」


 鞘ごと外して剣を預ける。インセッチは大荷物をごそごそ探って柄を取り出し、またごそごそやって目釘を取り出した。

 茎にかぶせるように柄を嵌めこみ、目釘を通してかつんかつんと木槌で叩き、固定した。

 剣をためつすがめつし、一度軽く振るって具合を確かめてからナナカに渡してくる。


「どうぞ。試してみてくだせぇ」

「ありがと、お代はあとで……って、んん! なにこれっ?」


 はっしとつかんだ柄の感触に、思わず驚きの声をあげた。

 インセッチはうろたえた様子で、「なにか不備でも……?」とこわごわナナカを見上げていた。

 だがナナカが返したのは称賛と笑みだ。


「すごいしっくりくる!」

「しっくり、ですか」


 クラギがじいと剣と柄を見つめている。その前でひゅんと軽く斜め掛けの斬撃を放ってみせると、動作からナナカと噛み合っているように判じたらしい。「なるほど、おっしゃる意味がわかりました」と腕組みしてうなずいた。


「はぁ、わたしゃぁ勇者のお嬢さんの手のかたちと体格を見たままに削り出しただけでございやすが……気に入っていただけやしたか」

「何年も手に馴染ませてたみたいな感触よ、これ。すごい」


 体とひとつになって振るう得物の感触というのはこうも心地よいものか、とナナカは思った。もちろん剣身の重さは身体に染み付いているから、というのはあるのだろうが……それでもグリップひとつで受ける印象は格段に変わる。

 戦士にとって得物は生命線だ。そこに感じるものの変化は、一言では答えられない安心感につながるというものである……。

 と、そこでクラギと目が合った。

 どちらともなく、こくこくり、とうなずく。考えていることは同じようだった。


「インセッチさんっ」

「へえ、なんでしょ」

「柄から、売り込んでみたら?」


 ナナカの提案に、インセッチはきょとんとしていた。


        +


「さあさお立ち合い! そこな隊商キャラバンの護衛のあんた! そうあんたに言ってる! 腰のものは使い込まれてございやすなぁ、柄を見ればわかります! 旦那――左利きでしょう?」


 インセッチの商いから少し離れたところで剣を提げていた戦士ウォリアーと思しき男に、からから笑いながら彼が声をかける。

 だが戦士の男は左腰に剣を提げていた。左利きなら右腰に提げるだろう、と周囲の客たちは思ったにちがいない。失笑が漏れる。

 ところが指摘された当人は、しどろもどろになっていた。なぜわかったのだろうと言いたげなその態度に、周囲の客たちは自然と笑みを鎮めていく。

 つつつ、と近寄っていったインセッチは「くせを消して利き腕を悟られないようにしてるんでしょうや。腰の剣よりも、左逆手で短剣を抜いて首、脇、脇腹、股下の急所や甲冑の結合部を狙う組打ち術が奥の手でございやしょう」と当人にだけ聞こえるように耳打ちした。

 戦術を見抜く目を持っていることと、切り札であろうそれをおいそれと周囲に漏らさない分別を持つことを伝える。

 ちょっとびっくりした様子で、彼はインセッチを見ていた。


「……ご慧眼、恐れ入る。たしかに某の得手とするのはそうした近接技で、左腰に差した剣は手を読まれないためのものだ。もしや、名のある剣客の方か……?」

「いえ、ただの商人でござい。旦那、もしよければ研ぎと柄の調整だけでも格安で請け負いやすぜ」


 そこからはじっくりと話し込んでいった。

 周囲の客はなにやら眼力のあるらしいインセッチの様を遠巻きに見ながら、ひょっとしてすごいひとなのではないかと口々に噂をしはじめる。

 あの調子ならうまく売れるようになるのも時間の問題だろうな、とナナカはクラギの淹れてくれた紅茶をすすりながら眺めた。


「いきいきしてるね、インセッチさん」

「武器を扱うのも、武器を扱うひとに関わることも。そのすべてがお好きなのでございましょう。ああして個々人の性質に寄り添った対応をいただけるのであれば、武器という生命線を扱う方々からすれば信頼度も高くなるというものです」

「くせのある武器が多かったけど、ああやってそのひとに合ったものを提案していければそのうち売れるよね、きっと」

「世の中、体格や戦法も千差万別ですからね。インセッチ様の眼力があればそれに見合う使い手へと届けるのはさほど難しいことではないかと」

「早く売れるといいね。でも宿屋さん、さすがだよ。ああいうものの例えからインセッチさんの向き不向きに気づかせるなんて」

「ご謙遜を。直接に答えをお与えになったのはナナカ様でございましょう」

「……またあたしに全部押し付けようとしてる!」

「そのようなことはございません」

「宿屋さん、親身になって考えてあげてたじゃない! たぶんインセッチさんも宿屋さんに感謝してると思うよ!」

「大した助力はしておりません。……ああいう不器用さには覚えがあって、つい入れ込んでしまったのみにございます」


 不器用に、覚えが?

 それは――クラギにもそういう時期があったということ?

 気になってナナカの言葉が切れたところ、ふいにクラギが瞳孔の細い目で窓の外をにらんだ。


「おや……あれは」

「え、なに……あっ!」


 見れば。

 人々が集ってインセッチを囲んでいた露店の向こうから、ずん、ずん、と鈍い音を響かせて大きな影が近づいている。

 身の丈はナナカを縦に三つ並べても届くまい。五トルメにはなろうか。

 小山のような図体で、太く長い両腕で地面を掻くようにして進んでくる、逆三角形の筋骨隆々とした体。

 真っ黒い体毛の中にぐぱりと開いた上下の顎には、並ぶ黄ばんだ牙。

 森にすむマダラブチグマという大型の熊――それが、おそらくは魔物化している。

 巨体の陰が前庭に落ちた途端、客たちは一斉におびえ逃げ惑った。


「いけません」


 窓を開けてクラギが飛び出す。すぐにナナカもつづく。

 熊の巨腕が、ぐう、ん、と振りかざされた。

 そこでようやく気付いたらしいインセッチが、ふっと振り向いてその姿を認める。


「お、あーらら……」


 間の抜けた一声。

 次いで、たたっと走り出す。

 天を指して振りかざされた巨腕が、まさに落ちてくる場所。

 自らの商いに並べていた武器の下へ、駆け込み。

 ずざっと滑り込む動きのうちに、剣と手槍と斧と槌、そのすべてが宙を舞った。

「え」というナナカとクラギの声が重なった。


「そいじゃ皆さま――御覧ごろうじろ!」


 熊の横を、通り過ぎた。

 滑らかな足捌きで、熊の身を彼の影が這い回ったように見えた。

 ……落ちようとしていた巨腕が、まずちぎれ飛んだ。

 次に地につき支えていた二本の足。

 次に肋骨ごと内臓が爆ぜ。

 心臓から血が噴き出し。

 脳天がかち割れ。

 ぐらー、と倒れてきた熊の背中に乗っていたインセッチが、返り血の散った顔でくるりとこちらを向いて。

 脊髄を砕くべく振り下ろした槌をずる、と引き抜いて肩に担ぎ直した。


「……期せずして実演することになりやしたなぁ。ま、見ていただいておわかりになったでしょうが、このように扱っていただければアラ不思議! みなさんだってこんな風に、いとも簡単に熊だって相手にすることが、」


 いやできないよ。

 全員の気持ちがひとつになった言葉がインセッチに浴びせかけられた。



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