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{第3章} ポーカーフェイス (その5)

「もう寝るぞ」


 時刻は夜の11時。

 明日も朝から撮影して、その日のうちに東京へ帰るのだから早めに寝ておいた方がいいだろう。

 横でずっとスマホをいじっている千歳に一声かけると、そのまま自分のベッドに滑り込んだ。

 千歳がベッドに入ったのを確認すると、俺はベッドの間にあるデスクの上の電気スタンドを消した。

 由良が俺のベッドを占領したせいでいい匂いがして今日もなかなか寝付けない。

 しかもこの匂い、昨日あいつのベッドを借りて昼寝をしていた時とは違う。

 マーキングか? 

 って犬じゃないんだからそんなことはしないだろう。

 暗闇の中、時計の針の音だけが響く。


「お兄ちゃん、もう寝た?」


 その沈黙を破るかのように右側から千歳の声が聞こえた。


「ん? まだ起きてるよ」


 俺は千歳のベッドの方向を向いて答える。


「反対向いて」

「こうか?」


 俺は寝返りをうち、白い壁をじっと見つめる。

 するとゴソゴソと、音と共に背中に温もりを感じた。


「お、おい。何しているんだ」

「本当は今日、すごく怖かった。だから昔みたいにお兄ちゃんと一緒に寝る。それと、朝の分……」


 そう言うと、千歳は俺の太ももをつねった。


「痛い、痛い」

「……一緒に寝ちゃダメ?」

「いいよ、別に」


 目を閉じる。

 大のお兄ちゃんっ子だった千歳は小さい頃からこうやって雷や強風が激しい日なんかはよく俺の布団に侵入してきたっけ。

 表向きでは強がっているが、動悸が激しくなっている。

 いくら兄妹とは言えこの歳で一緒の布団に寝るのはどうなのだろう。

 背中から安らかな寝息が聞こえる。

 再び寝返りをうって千歳の方を向くと、もう眠っていた。

 その無垢な寝顔に少しどきっとしてしまう。

 そっと手を伸ばし、彼女の髪に触れる。

 風呂上がりの少し濡れている栗色の細い毛が、俺の手のひらにそっと纏わりついて冷んやりする。

 いつの間にか俺は、千歳の寝顔に吸い込まれるように近づいていた。


「んっ……ううん……」


 千歳がそこで俺の方に寝返りをうち、ハッと我に返り枕に頭を戻した。

 もう寝よう。

 ゆっくりと目を閉じる。

 その時、ぎゅっと俺のパジャマの右腕を千歳が掴んできた。

 寝ぼけているのか、子供のように力を込めて握っている。別にお前を置いてどこにもいかないのに、引き止めるかのようにギュッと握っている。その手にそっと自分の手を重ねる。


「おやすみ」


 俺はそう言うと、夢の世界へと誘われた。


 寒っ!

 朝方、春先の朝の寒さで思わず目が覚めた。

 どうやら千歳が掛け布団を全て取っていったらしい。

 向こうのベッドに移ろうとしても、揺れで起こしてしまうのも忍びないし、かと言ってこのまま何も被らないで寝ると確実に風邪をひく。

 逡巡した結果、俺は千歳の背中に覆いかぶさる形で体を掛け布団の中に身を入れることにした。

 寒さは回避できたものの、年頃の女の子とこの距離は刺激が強すぎる。

 理性を保とうと目をつぶり、もう一眠りしようとするが鼻につく千歳の匂いとほんのりと暖かい温もりがそれを遮る。

 結局目を開けたまま、しばらく千歳の背中をじっと見ていた。

 スーピー、スーピーと鳴る呼吸音と同期して、その華奢な体がわずかに膨張と収縮を繰り返している。


「う〜ん……」


 彼女がこっちに寝返りをうってきて、そして目を開けた。

 彼女は半開きの目をパチパチとして、もう一度目が合う。


「おはよう」

「うわっ!」


 千歳が急いで掛け布団の中に身を包んで芋虫のようになる。

 それをされるとまた俺は寒くなるんだけど……。


「な、なんでお兄ちゃんが」

「いや、ここ俺のベッドだし。昨日そっちから一緒に寝るって言ってきたんじゃん」

「そ、そ、そうじゃなくて、なんでこんなに近くにってこと!」

「お前が掛け布団全部取って行ったから、寒くて入れてもらおうと思ったんだよ」


 千歳は状況を整理できたのか、芋虫のようにくるまった掛け布団から顔だけを出して座る。

 なに、この生き物。可愛すぎる。


「今、何時?」

「まだ5時くらい」

「……じゃあ、もう一回寝る」


 そう言う千歳はてるてる坊主の真似をやめ、再び横になった。


「お兄ちゃんは寝ないの?」

「あっちで寝ていい?」


 俺は空いている方のベッドを指差した。

 こう意識してしまうと二人同じベッド寝ることに恥ずかしさが襲ってくる。


「だめ! お兄ちゃんは私と寝る」


 千歳は俺が逃げるよりも先に腕をぎゅっと掴んでロックした。


「わかったよ」


 俺は腕に柔らかくてあったかいものを感じたまま再び横になった。


「……お兄ちゃん」

「なんだ?」

「せまい」

「ほらな、だから言っただろ。やっぱり俺があっちに」


 言うよりも先に千歳が俺の方に体をすり寄せてきた。

 千歳は自分の右足を俺の太ももの間に入れて、俺の胸に頭を乗せる。


「千歳さん……何を、なさっているのですか?」

「こうすれば狭くないでしょ。それとも、お兄ちゃんはいや?」


 千歳の方も恥ずかしいのか、ぽっと顔が赤くなっている。


「嫌じゃないけど」


 そんな言い方されたら、お兄ちゃんは断れない!

 鼓動聞かれてないよな?

 て言うかこの状況、なかなかヤバくないか?


「ふふふっ」


 突然千歳がクスクス笑い出した。


「お兄ちゃん、なんで私と寝るのにドキドキしているの?」


 やっぱりバレてしまった。


「そりゃ、妹って言ってもまぁ、可愛いし……」


 そう言うと、妹の顔がかーっと茹でたタコのように真っ赤になった。

 勢いよく俺の布団から出ていき、空いていた自分のベッドに潜り込んでしまった。


「なんで、そういうこと、至近距離で言ってくるのよ」

「おい、どうしたんだよ」

「知らないっ!」


 俺に背中を向けてしまって顔を見せてくれない。


「なぁ、何か悪いこと言ったなら謝るから。怒らないでくれよ」

「怒ってない。それよりも、お兄ちゃん早く寝たら?」


 こんな状況で寝られるわけがない。

 千歳は背中を向けて布団を首元までかけてしまっている。

 もう寝たのか?

 俺ももう寝よう。

 そう思って目を瞑ると、右側からかすかに声が聞こえた。


「……お兄ちゃん、寝ちゃった?」


 俺はうんともすんとも返さなかった。

 また何か言って妹のご機嫌を損ねると、ますます面倒臭いことになる。


「一緒に寝たことはみんなに内緒ね、

 パパにもママにも他の二人にも……おやすみ」


 いや、そんなこと言われて寝られるわけねえよ。

 実妹の言動がいちいち可愛すぎて、俺は悶々としたまま朝を迎えたのだった。

 それから二日目の撮影は無事に進行し俺たちは夕方、大阪駅を発った。

 もちろん帰りの新幹線の席も由良が隣だったことは言うまでもない。

 二泊三日のスケジュールに由良は疲れたようで、帰りの新幹線の時ずっと俺の袖を掴んで寝ていた。

 そして案の定というか、予想通りというか、俺の隣からは戦慄なオーラが漂っていた。


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