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{第3章} ポーカーフェイス (その4)

「すいません、いきなり言われても、本人たちができればやりたくないと……」


 青山さんの代わりに初めて収録現場に立ち会った俺の前途は多難だった。

 テレビ局側が収録の内容を変更すると言いだしたのだ。

 しかも、その内容が……。


「神野さん、そこをなんとかなりませんか?」


 俺と年齢が近いADが俺の顔色を窺っている。

 この人も上の決断にしわ寄せがきている人間なんだろう。

 でも俺はあくまでサブマネージャー。

 一存で決めることはできない。


「すいません、少し時間をください。会社の方にも話してきます」


 そう言って俺はその場を後にした。

 スマホを操作して青山さんに電話をかける。


『もしもし、神野くん? なんかTOLOVEった?』


 スマホ越しからは、毎度お馴染みの眠たげな声が聞こえてくる。

 あと、その言い方は別の意味で問題が発生するのでやめてほしい。


「今日、大阪のテーマパークで撮影じゃないですか、それでテレビ局側が予定を変更して……」


 俺はことの始終を青山さんに告げた。

 彼女からの返答はたった一言だけだった。


『やらせなさい』


 俺はその言葉にいつもの彼女には感じない寒気を感じた。


「でも、本人はやりたくないって、」

『それでもやるのよ。彼女たちもプロなんだから、腹をくくらせなさい』


 彼女は俺の言葉を遮ってそう言うと、ブチっと一方的に電話を切った。

 俺はどんな顔をしていたのだろうか。

 自分でもわからない。

 『3LDK』の待つ所へ行くと、榛菜は俺の顔を見て察したのか立ち上がって言った。


「やりましょう」


 榛菜は黙々とバンジージャンプ用のハーネスを身に付ける。

 その姿はまるで覚悟を決めた武士のように潔い。

 千歳は本来何に対しても無頓着で、バンジージャンプも飛べと言われれば飛ぶやつなのだろう。

 いつの間にかセットを完了していた。

 ただ一人、由良だけはいつまでも椅子から立ち上がろうとしなかった。


「由良、飛びたくないのか?」

「絶叫系あまり得意じゃないの」


 バンジージャンプの件は本来、罰ゲームに用意されたもので、台本では大阪の若手芸人が飛ぶことになっていた。しかし、プロデューサーの『アイドルが飛んだほうが良い数字取れるだろう』の鶴の一言で予定が大幅に変更。『3LDK』のメンバー全員が飛ぶと言うことになったのだった。


「分かった。もう一度向こうに掛け合ってみる」


 俺は由良のその震える姿を見るとこのままじゃいられないって思ってしまった。

 いくら仕事とはいえ、14歳の女の子に嫌なことをやらせるのはあまりにも酷だ。

 サブでも俺は彼女たちのマネージャーなんだ。彼女たちのことを守ってやらないと。


「すいません!」


 ちょうどこちらの休憩場所に歩いて来ていたディレクターとプロデューサーに俺は叫んだ。

 二人はきょとんとこっちを見ている。


「やっぱり、由良は」


 そこまで言うと俺は後頭部に衝撃を感じ、その場にうずくまった。


「すいません、なんでもありません。私たちは準備もできましたので、よろしくお願いします」


 ハーネスを装着した榛菜がいつもの笑みで二人に声をかけた。


「おい、でも」

「いいから。あなたはお茶買って来てちょうだい」


 榛菜の目力に俺は押し負けた。

 メンバーの待機場所に帰ると、由良が目を赤くしていた。

 泣いていたのか。

 待機場所にはどことない不穏な空気が流れていた。

 だが、今から俺は彼女たちに残酷なことを伝えなくてはならない。


「五分後に撮影再開だ」


 今日のすべての撮影が終わった時、俺とメンバー3人の中で元気のある奴は誰一人いなかった。

 結局あのバンジーは榛菜が最初に飛んで、次に千歳、最後に由良が飛んだ。

 由良は飛ぶまでにかなり時間がかかり、飛んだ後は半泣きでこっちに帰って来た。

 俺はなんて声をかけたらいいのかわからず、ただティッシュで彼女の鼻を拭いてやることしかできなかった。


 ――本当、俺の仕事って一体なんなんだろう。


 その日の夜、ホテルのベッドに腰を下ろしたと同時に青山さんから電話がかかって来た。


『もしもし、それで結局どうだった?』


 きっとバンジーの件を言っているのだろう。


「飛びましたよ、3人とも」

『そう……あなたには損な役回りをさせてしまったわね』

「いえ、でも由良は絶叫系NG出していたんですよね?」

『もちろんよ。でも今回のプロデューサーは毎回いい数字を出すことで有名な人でね。ここでいいパイプを作っておかないと、と思って……』

「それで、彼女たちに無理やりやらせたんですか」

『それが彼女たちの仕事よ。ともかく何もないなら良かったわ。気をつけて帰って来てね』


 話はそれだけだった。

 通話が終了すると、部屋の音は千歳が入っているシャワーの音以外は何も無くなった。

 ネクタイを緩める。


「はぁ……」


 体をベッドに預けるように寝転ぶと、俺は小さくため息をついた。

 マネージャーに就いて、この世界の裏側を知って、芸能界というものが少しずつ俺が想像していた世界から乖離していく。

 ノック音が響いた。

 扉を開けると榛菜が立っていた。


「ちょっといい?」


 榛菜に連れ出され俺たちはホテルの下にあるラウンジに来た。


「なぁ、ここ子供が出入りする所じゃないんじゃないのか?」

「私は17よ。それに勿論飲酒するつもりはないし問題ないわ。」


 17歳は普通ラウンジになんか出入りしない。

 有名人がこんなところ出入りしていたらたとえ飲んでいなくても、飲酒疑惑かけられたら文句言えねぇぞ。

 心配であたりを見回したが、どうやら俺らの他に客はいないようだ。

 俺たちはバーカウンターに横並びで座ると、ジンジャーエールを二つ注文した。


「それで、どうしたんだ? こんなところに誘って」


 横に座る榛菜の方を見ると、少し寂しそうな顔でうつむいている。


「今日のこと、どう思った?」

「今日のことって、あの撮影のことか? 正直、由良が最後まで飛ぶのを怖がっているのを見ていると可哀想だなって思ったよ」


 ジャンプ台で脚が震えて、五分近くしゃがみこんだ姿と、それを見ても何もしてやれなかった自分の歯がゆさを思い出す。

 誰にだって、できることとできないことがある。

 好きなことも嫌いなこともある。

 そういう姿を見せるのも仕事のうちだってわかっているが、俺はどうしてもそこに“ヤラセ”の意図が見え隠れして少し憤りを感じた。


「じゃあ、飛ぶと言う決断をした私を恨んでる?」

「まさか、むしろあの時俺の顔色で全て察してくれて、二人を説得してくれたことに感謝しているよ。お前自身辛かったよな」

「そ、そんなこと……」


 榛菜の方を見ると、ほんのりと顔を赤く染めている。

 彼女は目をつぶり、少し間を置いてから口を開いた。


「芸能界ってもっとキラキラしたところだと思ってた?」

「まぁ、この業界と縁もゆかりもなかった頃はそう思っていたかも」

「じゃあ、今は?」

「なんか少し変」


 俺は正直にそう答えた。


「私も憧れを持っていた時期もあったわ。今は金と欲に満ちた世界にしか見えないけれど。普通に会社勤めの方が福利厚生も充実していて、将来性もあって幸せになれるわね」

「じゃあ、なんでお前はこの世界に入ったんだ?」

「それでも、私は自分の価値を試してみたかったの。なんの変哲も無い17歳の少女じゃなくて“望月榛菜”として生きたかった。だからこんな世界でも生きていくって決めたからには私は――死ぬまで食らいつくわ」


 俺はこの時初めて榛菜の矜持に触れた気がした。

 彼女が常日頃から自分にも周りにも厳しい理由が。


「そっか、お前はすごいよ。でもな……」


 きっとそうやってずっと『3LDK』を引っ張ってきたんだな。

 グループの最年長として、センターとして。


「たまにはその重荷を誰かに一緒に背負ってもらえよ」


 彼女は目をハッとさせた。

 俺は敢えて彼女の顔を見ずに話を続ける。


「由良も、千歳も、みんなお前の味方なんだから、たまには二人を頼ってやってもいいんじゃないのか」


 俺はそれだけ言うと席を立った。

 なんとなくここからは一人にした方がいいと思ったから。


「じゃあ!」


 彼女が少し大きな声で俺を呼び止める。


「じゃあ……」


 後ろは振り返らなかった。

 俺の中の望月榛菜はテレビの中の姿のままで、

 凛としたあの姿のままでいて欲しかったから。


「じゃぁ、あんたのことも頼っていいいの? 私の味方でいてくれるの?」

「当たり前だろ。俺はお前たちのマネージャーなんだから」


 それだけ言うと俺はエレベーターの方へ歩いて行った。


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