{第3章} ポーカーフェイス (その3)
日付が変わって次の日。
スマホのアラームで俺は起きると、目覚まし代わりにシャワーを浴び、スーツに着替える。
「なんかまだ、着慣れてないよな……」
鏡を見ながらネクタイを締める。
ベッドで千歳が腹を出しながら寝ている。
ヘソの形綺麗だな……
「ったく、アイドルなんだからちょっとは体調管理しろよ」
そっと掛け布団をかけてやる。
コンコン
ドアがノックされる音が聞こえ、扉を開けると、白シャツと黒いパンツといつもの格好に着替えていた榛菜が立っていた。
「どした? こんな朝早くに」
「べ、別に……朝ごはん食べに誘おうと思ったんだけど、千歳はまだ寝てるの?」
「まだぐっすり寝てるよ。由良もまだ起きないのか?」
「うん」
「じゃあ二人で先、食べに行くか」
「……うん」
榛菜が顔を赤くした。
「どうした? 大丈夫か?」
「うん、それより」
彼女は一歩俺の前に歩み出ると、
「ネクタイぐらいちゃんと締められるようになりなさい」
そう言って俺のネクタイの端をぐっと引っ張り、長さを調節した。
彼女のその行為に、俺は数週間前のあの出来事を思い出してビクッとしてしまう。
あの時は本当に死ぬかと思った。
「あぁ、ごめんなさい。私にネクタイ掴まれるのトラウマだった?」
「いや、そういうわけじゃ……」
はい、そうなんです。とは言えない。
「あの時は少しやりすぎたわね。ごめんなさい」
視線を逸らして榛菜が言う。
「いや、あの時のことはもう良いよ。さ、飯食べに行こうぜ」
――はるねぇは本当は繊細な子だから。
俺は由良の言葉を思い出した。
なんだかんだ言ってあいつもメンバーのことよく見ているんだな。
朝食を食べ終えた俺と榛菜は、各々の部屋で寝ている相方を起こすことにした。
と言うのも、そろそろホテルを出ないと集合時間に間に合わなくなる。
「千歳、そろそろ起きろ」
俺は千歳の掛け布団をめくった。
ピンクのパジャマの間に陶磁器のような白い肌が顕になっている。
本当にこいつはアイドルなのかと思ってしまうほど、仕事をしていない時は女子力のかけらもない。
「んん……寒いよ」
「いい加減にそろそろ起きろって!」
俺は掛け布団を死守しようとする千歳からなんとか布団を剥ぎ取った。
千歳がダンゴムシのように小さく丸まる。
そのせいでパジャマが引っ張られて、今度は腰のあたりが顕になる。
迂闊にも俺はドキッとしてしまった。
パジャマからうっすらはみ出る千歳の下着。
薄い水色……
兄としてあるまじきことだとはわかっているのだが、ついそそられてしまう。
その時、コンコンとドアがノックされた。
扉を開けると、パジャマ姿の由良が立っていた。
こいつの方は白いパジャマのボタンが所々開いているが、本人はそんなこと御構い無しに立っている。
第二ボタンがしまっていないせいで、白色の下着が完全に見えてしまっている。
目のやり場もない。
なんなの?
アイドルってもしかして私生活みんなこん感じなの?
いや、でも榛菜はちゃんとしているし、全員が全員そんなわけはない、はず。
「お兄さん、おはようございます。朝ごはん食べに行きましょう」
「もう着替えて出ないといけない時間だからお前と千歳は現場に着いてから食べてくれ」
「お兄さんとはるねぇは?」
「もう食べ終えたよ」
「え〜、はるねぇだけお兄さんと一緒にご飯食べてずーるーいー」
由良が頰をぷぅっと膨らませる。
「早起きしなかったお前が悪いだろ。早く着替えろ。遅れるぞ」
なるべく由良の方を見ないように俺は手をしっしと振る。
彼女は榛菜に手を引かれて部屋に帰って行った。
よし、あとは千歳を起こして、着替えさせれば……
再びベッドに戻ると、千歳はこれ見よがしに俺が剥ぎ取った布団を奪回し、二度寝に入ろうとしていた。
きっと掛け布団を剥ぎ取っても、いたちごっこが続くだけだ。
その時ひとつ妙案が浮んだ――布団が取れないなら、千歳を布団から抜けばいい。
「あと10秒以内に布団から出ないと大変なことになるぞ」
最終勧告を促しても、返事が聞こえない。
「10……9……8……7……」
カウントダウンを始めても起きようとしない。
「6……5……4……」
こっちは遊びたいわけじゃないんだ。
早く出ないとガチで現場に遅れるんだぞ。
「3……2……1……」
勧告はしたからな。
俺は布団の中に手を突っ込んで千歳の両足首を捕まえた。
千歳はこれから何が起こるのかとピクリと反応するが、布団から出るつもりはなさそうだ。
「……0!」
その言葉と同時に、俺は勢いよく千歳の足首を引っ張った。
「うわぁぁぁぁぁ」
千歳が掛け布団の中からだるま落としのようにするっと出てきた。
予想以上に軽快に千歳を引っ張れたため、勢い余った俺はそのままフローリングに尻餅をついてしまった。
そして、引っこ抜かれた千歳は……
ベッドの縁から俺の膝もとにかけて体が布団から出て、摩擦のせいでパジャマは完全にめくれ、胸元が顕になっていた。
顔までは完全に出てこなかったせいで何が起こったのかわからず困惑しているが、すぐにパジャマがめくれていることに気づいたらしく、両腕で急いで直す。
「お兄ちゃん、朝からなんてことするの! 妹のパジャマ脱がすとか、変態!」
とりあえず、布団から妹は出すことに成功したが、これは機嫌を直していただくのにまた骨が折れそうだ。
兄の威厳を犠牲にして、俺は『3LDK』のメンバーをなんとか現場に間に合わせたのだった。