{第3章} ポーカーフェイス (その2)
タクシーで数分、なんば駅そばのホテル。
ビジネスホテルよりも格式高いけれど、そこまで高級ではない感じで、清潔感がある。
青山さんのメールによると俺の名前で予約を取っているらしい。
「今日予約しています。神野です」
俺はフロントに行き、チェックインを始める。
「神野様ですね、本日お二人様のお部屋が2つになって、いるん、です、が……」
フロントのお姉さんはそこで俺の後ろにいる3人の姿を見て言葉を失っていた。
そりゃそうだろう。
二人部屋が二つ。
つまり俺は今日この3人のうちの誰かと一晩過ごすということになる。
『はーい』
明らかに気怠そうな声。
「こんにちは、神野です」
『あー、どしたの? 何かあったの?』
「今、ホテルのチェックインしているんですけど、なんで予約が2人部屋2つなんですか! 3人部屋一つと一人部屋でいいじゃないですか」
『だって仕方ないじゃない。そっちの方が安いんだから。じゃ、まぁ頑張って』
プーップーップーッ……
また要件を一方的に伝えられて電話を切られた。
この人、クビになればいいのに。
「はい、ちょっと集合」
急いで3人を集める。
「仕事ができない青山さんのせいで今日の部屋が2人部屋2つになりました」
「お兄ちゃん、『仕事ができない青山さん』ってなんかラノベのタイトルっぽいね」
さっきからソシャゲの周回作業をしている千歳はそれだけ言うと再び画面の中のゲームに目線を移した。
『青山さんは仕事ができない』の方がラノベっぽいぞとは言わない。
というかそれ、ほんとに書いてやろうか……。
「じゃあ、誰かがお兄さんと同衾するってことですね」
「誰かが俺と同じ部屋で別々のベッドで寝るってことね‼︎」
こいつ中学生なのになんで同衾とか言う言葉知っているんだよ。
「私はいやだけど、まあ、あんたがどうしてもって言うなら……」
顔を赤くしながら榛菜が言う。
榛菜はないな、普通に怖いし。
「まぁ普通に行けば俺と千歳だよな。兄妹だし」
「うん。私もそれでいいよ」
これが安パイだろう。
由良と寝たら新幹線の時みたいにナニされるか分かったもんじゃない。
「待ってください。これは私とお兄さんが一線越える大きなチャンスなんですよ?」
由良が目を輝かせて歩み寄ってくる。
「そんな一線越えたくないっ!」
俺は長い腕のリーチを利用してこれ以上由良が近づいてこないように頭を掴む。
「ちぇっ、既成事実さえ作ればこっちのものだと思ったんですけど」
なにこの子、恐ろしい。
考えていることが行き遅れの女と一緒なんですけど。
と言うわけでなんとか由良の暴走を抑え千歳と俺が同じ部屋で寝ることにした。
榛菜が悔しそうな顔をしているのも謎だが、千歳が勝ち誇ったような顔をしているのも謎だった。
フロントでキーカードを受け取ると榛菜に一枚渡す。
「今からは自由時間だけど、夜ご飯はみんなで食べるから7時に部屋の前に集合な」
「はいはい」
「お兄さん、あとでそっちの部屋に行きますからね」
榛菜と由良に今後の予定を伝えて部屋の前で別れた。
まぁ隣同士なんだけど。
「おぉ結構広いな」
「そうだーねっ!」
部屋に入ると早速千歳がベッドに両手を広げダイブする。
綺麗に掃除が行き届いていて、二人部屋にしては結構な広さだった。
「じゃあ俺、シャワー浴びてくるから」
二人分の荷物を詰めたスーツケースから着替えの私服を取り出す。
「え、シャ、シャワー……」
千歳がビクッとして顔を赤くする。
汗かいたんだからシャワー浴びるのは普通だろうに。
シャワーから出ると由良が俺のベッドに寝転がってテレビに接続したハードで千歳と通信対戦していた。
「あ! お兄さん」
「なにしているんだ?」
「スマ○ラ」
「それは見たらわかる。なんでここにいるんだと聞いている」
「ゲームしに来たに決まっているでしょ。他にも色々ありますよ。マ○カとか、バイオ○ザードとか」
そう言いながら由良が俺のベッドの上にカセットを広げる。
こいつ、こんなにたくさん持ってきてたからスーツケース重かったのか。
「向こうの部屋でやれよ。俺は寝たいんだよ。新幹線でも全然眠れなかったし」
「じゃあ、私のベッドで寝ていいですよ」
「は? 向こうの部屋は榛菜がいるだろ、俺が行ったら怒るに決まっているだろ」
「怒らないよ」
「「ねー」」
二人が顔を合わせ笑顔にハモる。
怒らないと言うのならいいか。
「なに?」
おい、榛菜さん超不機嫌な顔で出て来たんですけど。
「由良が俺のベッド占領してて寝れないからよ。こっちの部屋で寝させてくれよ」
「ね、寝る⁉︎ なに言ってるのよ⁉︎」
「俺寝相いいからお前の邪魔はしないと思うんだが……ダメか?」
「はぁ……。しょうがないわね」
榛菜は少し嫌そうな顔をして俺を部屋の中に入れてくれた。
「私読書してるから邪魔しないでよね」
「はいよ」
フカフカのベッドに体重を全て任せる。
隣の部屋と間取りも何も変わらないのに、この部屋いい匂いがする。
なかなか寝付けない。
仰向けのまま目を閉じてじっとする。
何も見えなくなった分、いつもなら聞き逃すような音もよく聞こえる。
紙をめくる音
コーヒーを飲む音
カップを置く音
椅子を引く音
カーペットを歩く音
次の瞬間、耳元でかすかな呼吸音が聞こえた。
俺の体は反射神経的にビクリと動かしてしまう。
耳元にふわりと暖かい息が当たる。
そのムズかゆさに体がくねりそうになるのを俺は必死に我慢する。
ここで目を開けたら女の子に恥をかかせることになる。
瞼に力を入れた。
「大和、本当に寝てる?」
や、大和? 榛菜から名前で呼ばれたことすらないのに。
しかもそんな優しい声で呼ばれたらもう昇天しそう。
俺は躍る気持ちを抑え、寝ているフリを続ける。
それから、俺の頭に暖かいものが当てられた。
俺はすぐにそれが彼女の手だと気づく。
ゆっくりと左右に俺の頭を撫でる彼女の手は心地よくて、いつの間にか俺は本当に寝てしまった。
意識が覚醒した俺はベッドからむくりと体を起こし、目をこする。
寝た時と同じ様に椅子に座っていた榛菜は本から顔を上げ、俺を見る。
「……おはよう」
そう言いながら、榛菜の顔を見ると、赤らめてすっと本に顔を隠してしまった。
「お、おはよう」
口元を隠した状態で彼女は目をそらしながら言うと、すぐに立ちあがって入口のドアまで歩いて行った。
「夢だったのかな」
俺はボソッと口にする。
まさか榛菜が俺にそんな優しいことするわけがないよな。
「ちょっと! 何しているのよ! みんな待ってるわよ、早く来なさいよ」
「どこに行くんだよ?」
「あんたが7時にご飯食べに行くって言ったんでしょ!」
口調はすっかりいつも通りの榛菜さんに戻っていた。
俺は夜ご飯を食べに行くことを思い出して、ベッドから離れる。
部屋の前には由良と千歳が待っていた。
こいつら、今度はポータブルのゲーム機で通信対戦してるよ。
「あ、お兄さん。遅いです。お腹すきました」
俺が来たことに気づいた由良がうらめしそうな声を出す。
そして
「あぁっ!」
「しゃっ!」
どうやら一瞬目を離した隙に千歳にボコられたっぽい。
俺たちはエレベーターで降りる。
「お兄さん、よく寝れましたか? はるねぇと二人きりで変なことしてないか心配だったんですよ」
その言葉に目の前にいた榛菜の背中がビクッとしたのを俺は見逃さなかった。
「してねえよ!」
俺は勢いよく由良に言い返す。
むしろ俺もナニされたのか知らないんですけど。とは言えない。
恥ずかしくなって俺は顔を赤らめてしまう。
結局夕食の席で俺と榛菜は対角線に座り、彼女は一度も俺と目を合わせようとはしなかった。