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{第3章} ポーカーフェイス(その1)

 突然だが、俺は今大阪に来ている。


「お兄ちゃん、たこ焼き買って来て」

「お兄さん、私はお好み焼きがいいです」

「私はあそこの豚まんね、早く買って来なさい」


 もちろん一人旅ではなく、このクソがk……ごほんっ。国民的アイドル『3LDK』の撮影の付き添いである。

 最近、こいつら俺のことをパシリにしていないか?

 なんでこうなったのかというと、あれは二日前のこと。


 大学の授業中に電話が鳴り、急いで教室を出るとスピーカーから元気な声が溢れた。


『ハロー、神野くん。授業中だった?』

「そうですけど、なんの用ですか?」


 満員の大教室から抜け出すのって結構恥ずかしいんだよね。


『大学生って暇なのかと思ってた』

「暇ではないですよ。授業自体は全然面白くないですけど」

『でしょ、でしょ、だからさ、君明後日から大阪行ってくれない? 詳細は後日メールで送るからお願いね』

「ちょっと待ってください! いきなりすぎませんか?」

『明後日から『3LDK』の冠番組の大阪ロケなんだけど、私そろそろ有休消化しないといけないからさ。ほら最近ブラック企業とか問題になっているでしょ。だから休まないといけないのよ。そういうわけでよろしくね。領収書は必ずとっといてね。じゃ!』


 要件を一方的に伝えるとスマホのスピーカーから通話終了の電子音が流れた。

 ほんとこの人は本当に社会人なのかってくらい傍若無人だ。

 まぁでも、学校にいてもということで『3LDK』の付き添いで大阪に行くことにしたのだが……


「お兄さん、おはようございます!」


 先に東京駅に到着していた俺と千歳の元に由良がスーツケースを引いて歩いてくる。

 朝から元気なのはいいけど、少しは変装とかしないとバレるぞ? 

 ただでさえ今日の格好も黒いロリータ調の服にピンクのスーツケースなんだから。

 ちなみに千歳の格好は上下灰色のスウェットにクロックスのサンダルである。

 こっちもアイドルなんだから、もうちょっと服装には気をつけた方がいいんじゃないだろうか。


「あとは榛菜だけか」

「はるねぇならもう新幹線のホームにいるらしいですよ」


 スマホの画面をいじりながら由良が答える。


「さすがだな。じゃあ行くか」


 新幹線のホームに向かって歩こうとすると、スーツの袖口をクイッと掴まれた。


「はい、お兄さん」


 由良がニコニコしながらピンクのスーツケースを指差してくる。


「はいってどういうこと?」

「引けってこと」

「自分の荷物くらい自分で持てよ」

「私、アイドル、あなた、パシリ。オーケー?」


 由良が自分と俺を指差しながらカタコト調の日本語で喋る。

 お前、純国産だろ。


「パシリじゃねえよ⁉︎」


 このクソガキちょっと有名だからって調子乗りやがって。


「お兄さん、青山に言いつけるよ?」

「……喜んで運ばせていただきます」


 結局俺は両手で俺と千歳の荷物を詰めたスーツケースと由良の分の二つを引くことになった。

 青山さんから『3LDK』のメンバーの要望は極力応えろという指令が出ているだけに無下にできない。


 新幹線のホームに着くと、今日も白いシャツに黒いパンツの榛菜が本を読んで待っていた。

 この中では装備が一番身軽で、中くらいのボストンバッグ一つに書店の名前が印字されている袋だけ。


「遅い!」

「今日は集合時刻前だよ」


 汗をダラダラかきながら、榛菜に言い返す。

 由良のやつ一体何入れているんだ。

 スーツケース重すぎだろ。


「早く席取ってきて」

「グリーンじゃないのか」

「当たり前でしょ」

「そんなものなのか?」


「そんなものよ。アイドルって……」


 榛菜のその言葉に少し虚しさを感じた。

 俺は先陣を切って新幹線の中に乗り込むと4人が座れる席を探す。

 なんとか横一列の席を確保すると、『3LDK』御一行を席へ誘導する。


  「じゃあ、私お兄さんの隣」


 由良が真っ先に俺の隣に座った。

 それを見て千歳が冷たい目で俺の方を見てくるが、知らないふり、知らないふり。

 茶髪で上下スウェットにクロックスってぱっと見ヤンキーにしか見えなくて怖い。

 榛菜は我関せずって感じで反対側の窓側に陣取り、本を読み出した。

 ほんとここまで性格が違う奴らでよくトップアイドルにまで上り詰めたなと思ってしまう。

 最終的に座席は左側から順に榛菜、千歳、通路を挟んで俺、由良になった。

 普通に考えれば美少女に囲まれての旅行なんて夢のようだと思ってしまうが、こいつらとの旅行は先が思いやられる。


「お兄さん、見てください富士山ですよ!」

「あー、はいはい。俺寝ていいか?」

「なんでそんなに冷たいんですか! 私が隣に座っているのに興奮しないなんて」


 するわけないだろ。いや、可愛いけども。


「昨日も大学行って疲れているんだよ。寝させてくれよ」

()()()()()()()()()()()()んですね」


 ん? 話聞いてたかな?

 リクライニングを倒して目をつぶっても、さっきから隣の人が耳元にふーっと息を吹きかけたり、俺の手の甲をスリスリしたりして全く寝させてくれかった。

 由良が何かアクションをする度に左側からポッキーが勢いよく折れる音や飴を強引に噛み砕く音が聞こえて、左右どちらにも振り向けない。

 音源がどこからかは特定しないでおく方が平和だろう。

 ――閑話休題。


  大阪に着いてから、俺は3人のお守り兼パシリとして心斎橋を縦横無尽に動き回っていた。

 こいつら本当大人をなめやがって……


「お兄さん、次はあそこに行きますよー」

「おい、今日は一日オフだからってあんまりはしゃぐなよ」


 トップアイドルが変装もせずに人前ではしゃいでいると目につくだろ。


「私早くホテルに行きたいんだけど」

「お兄ちゃん、コンビニでアプリカード買って来て」


 ……君たち集団行動って知ってる?

 一体この問題児集団を青山さんは一人でどうやってまとめているんだ。

 修学旅行の時の先生ってこんな気分なんだな。


「お兄さん、お兄さん……」

「ねえ、早くしてよ」

「お兄ちゃん、課金……」


 そして俺の忍耐はついに限界を迎えた。


「もうわかった。このまま一回ホテルにチェックインしてあとは各々自由行動にする」


 俺は勢いよく宣言するとタクシーを拾うと今日泊まるホテルに向かった。

 どうせ千歳はホテルのコンビニで課金用のカード買ったらずっとソシャゲだろうし、榛菜はもういい歳なんだから一人にさせても大丈夫だろう。由良さえ面倒みればなんとかなるはず……



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