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{第2章} 不文律(後編)

 楽屋に戻る最中、青山さんに会うと、呼び止められた。


「はるちゃんに結構言われたみたいだから、私からはもう何も言わないけど、次はないわよ」

「はい」

「一応、今からディレクタールームに謝りに行くからあなたも来なさい」


 先日のおちゃらけた感じではなく、今日の青山さんは完全に仕事ができる女性に見える。

 ディレクタールームに入るとそこには数人のスタッフがコーヒーを片手に談笑している雰囲気が広がっていた。


「青山さん、久しぶり」


 白シャツにピンクのニットをクビに巻いた男が俺たちを見つけるとこっちに向かって歩いてきた。

 いかにもプロデューサーっぽい格好だな。


「お久しぶりです、東堂さん。今日は本当に申し訳ありませんでした」


 彼女は目の前の男性に向かって深々と頭を下げた。

 俺も彼女に続いて頭を下げる。


「いいよ、いいよ、気にしないで。その分、今日も最高の撮れ高期待しているからね」


 彼は頭を下げた俺と青山さんの肩をポンポンと叩いた。


「今日もよろしくお願いします」

 青山さんは低いトーンでそれだけ言うと、俺たちはディレクタールームを出た。


「あれ、次はないわね」


 ディレクタールームを出るなり青山さんはそう口にした。


「え、優しそう人でしたけど、それに知り合いじゃないんですか?」

「『3LDK』がデビューした時からずっとお世話になっているプロデューサーよ。この業界ってああいう優しい人に限って次は呼ばないで、逆に叱責するような人ほど次も使ってくれるものなのよね」


 なにそのツンデレ。とは言わなかった。

 俺のせいで大事な取引先を一件失ったのだから。


「でも、今からの収録ってうちの冠番組なんですよね」

「そうよ。私たちに利用価値があるうちは向こうも見限らないわ。でもアイドルって足が早いコンテンツだから。芸能人が売れ続けるのはテレビにずっと出ているからなのよ。一種の印象操作みたいなものね。テレビに出なくなったらあっという間に世間から忘れ去られる。そしてすぐその穴をまた別の誰かが埋めるのよ」


 それは紛れも無い現実だった。

 よく干されるなんて言葉を耳にするが、つまり意図的にテレビから遠ざけることでその人を社会的に抹殺する。

 特に栄枯盛衰の激しいアイドルはそのことに関しては最も敏感にならざるを得ないのかもしれない。


「すいません。僕のせいで」

「え、何が?」

「大事な取引先を潰してしまって」

「何言っているの? うちとこのテレビ局は元々相性良くないから気にしないでいいわよ。あの人の番組に出るのも昔からの義理なんだから」

「え〜」


 俺の空いた口は塞がらなかった。

 さっきあれだけシリアス顔だったのに今の青山さんは頰を膨らますような顔で話を続ける。


「まぁ昔からお世話になってるし冠番組っていうのに惹かれてオッケー出したけど、あの人もこの業界じゃだいぶ落ち目だしね。そろそろ新しいコネ作ろうって思っているのよ」


 サラッと恐ろしいことを言う青山さん。

 この人相当世渡り上手なのかもしれない。

 その後、収録中俺は青山さんの愚痴をずっと聞くことになった。

 まぁ収録が無事終わってくれたのでよかったのだが、ほんとこの業界の人って変な人ばっかりだわ。


 帰りの車の中、千歳はずっと寝ていた。

 休日はアイドル活動、平日は通信制高校に通うなんて並の努力じゃできない。(通うと言っても()()()()()なのだが)

 最低でも高校は卒業するって言う親の言いつけ、ちゃんと守っているんだな。


「千歳、着いたぞ」


 後部座席のドアを開けて、妹の肩を揺すっても一向に起きる気配がない。

 昔からこいつは一度寝ると、どんなことがあっても絶対に起きない。


「しょうがないな」


 妹のシートベルトを外して、落ちないように両腕を俺の胸の前で交差させ、背中におぶる。

 背中に感じる昔にはなかった柔らかい感覚。

 少しどきっとしてしまう。

 だめだ、日向千歳を背負っていると思ったら変な気持ちになってしまう。

 俺が背負っているのはズボラな妹、俺が背負っているのはズボラな妹……

 声には出さないが、普段上下スウェットで家の中を徘徊し、ソファーでグータラしている姿を想像して何度も唱える。

 よし、これで大丈夫。


「うぅん……あれ、お兄ちゃん?」

「ああ、起きたのか? そろそろ重いから降りてくれないか」

「お、重い⁉︎ 失礼な」


 千歳は背中で暴れ僕の首を絞めてくる。

 やめて! それ今日のトラウマだから。


「おい、ぐ、苦しい……」

「あっ! ごめん」


 やっとの事で力を弱めてくれた。

 ほんと榛菜と言い、千歳と言い、華奢な体型なのに地味に力が強いな。


「ねえ、お兄ちゃん」

「なんだ?」

「なんかお兄ちゃんから由良の匂いがするんだけど」

「……さ、さぁ、なんのことかな」


 背中に乗る妹の声があまりにもフラットで恐ろしい。

 顔面から汗が吹き出し始めた。

 その時、俺の頰を何かがさっと触れるのを感じた。

 後ろを振り返ると、千歳が人差し指の先に匂いを嗅いでいる。


「うん。やっぱりこれ由良の使っている口紅の匂いだ」

「あの、千歳さん。先程から目が死んでいる件について……」

「お兄ちゃんっ!」

「は、はい」

「お兄ちゃんは可愛い女の子とイチャイチャするためにマネージャーに付いたんですか?」

「違うんです。千歳さん、これは誤解で……」


 その後、俺の背中に乗る獅子が大暴れしたのは言うまでもないだろう。

 残り香って恐ろしい。

 3日くらい口を聞いてくれなくてお兄ちゃんは軽いトラウマになったよ。


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