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{第2章} 不文律(前編)

「おいおい、なんで今日に限って首都高工事しているんだよ」


 牛歩のように進む車の列に俺はハンドルをコツコツと叩いて苛立ちを示す。


「お兄ちゃん。あとどれくらいで着く?」


 後部座席では千歳がずっとスマホをいじっている。

 車の中でゲームしていると乗り物酔いするぞ。


「この渋滞がどこまで続いているのかわからないからなぁ」


 カレンダーを1枚めくって四月。入学式を終えた次の土曜日。

 マネージャーとして初めての仕事に俺は遅刻しそうになっている。

 今日はお台場のテレビ局で行われる収録に妹を送迎すると言うものだが、まさか首都高が渋滞しているなんて思わなかった。

 そんな時、ズボンのポケットに入れていたスマホが揺れる。


「はい、もしもし」

『あんたたち今どこにいるの? 集合時刻もう過ぎてるわよ!』

 青山さんがご立腹なのがスマホ越しからでも伝わってくる。

「すいません、今渋滞にハマってて」

 電話越しの青山さんは、はぁ。とため息をひとつすると、

『30分以内にきて。向こうには私から話をつけておくから』


 と言って一方的に電話を切った。


 結局渋滞はその後もずっと続き、お台場のテレビ局に到着したのは約束の30分をゆうに超えてしまっていた。

 搬入口に車を止めると千歳は走って楽屋に向かった。

 俺も車を止めると、荷物を持って楽屋の方に走っていく。

 すると楽屋の前では青山さんではなく、榛菜が腕を組んで待っていた。


「ちょっときて」


 彼女は俺を見るやネクタイを掴み、まるで犬のリードのように引っ張って前を歩く。

 あまりにグイグイ引っ張っられるせいで首が締まりそうだった。


「ちょ、首! 首!」


 ネクタイを掴む彼女の手を叩いて引っ張るのをやめるようお願いしても、彼女は力を緩めはしなかった。

 こいつ、加虐趣味でもあるんじゃないのか。

 テレビ局を出たところで彼女はやっとその手を離した。


「おい、何すんだよ! 首締まったらどうすんだよ!」


 さすがにこっちも我慢の限界だった。

 しかし彼女の口から出てきたものは、それを詫びる言葉でも自分を弁護する言葉でもなかった。


「死ねばいいんじゃない?」


「おい、冗談だよな?」


 腕を組んで瞬き一つせず、鋭い眼光で俺を睨みつける。


「あんた、この業界で遅刻がどれだけ重罪か分かっているの? 演者が揃わないと全ての作業が止まるのよ。今回は私たちの冠番組でゲストも誰もいないからよかったけど、もし私たちがゲストの立場だったら、

――次は必ず使ってくれない」


 最後の言葉を言う時、彼女は少し寂しそうな顔をしていた。


「でも、首都高が工事中で渋滞したんだから仕方ないだろ」

「あんた、マネージャーなんだったらそれくらい調べてもっと早く出なさいよ。やる気がないならやめてくれて結構。これ以上私たちの足を引っ張らないで頂戴」


 彼女はそう吐き捨てると、テレビ局の中へと入って行ってしまった。

 俺はしばらくその場所から動けなかった。

 年下の子に叱責されたのが悔しいからじゃない。

 自分が妹たちの足を引っ張っているという事実に耐えられなかったのだ。

 だから由良が隣に来たことすら気づかなかった。

 ちゅっ!


「おい、お前今()()した」


 目を丸くして左の頬を抑える。

 少し湿っていた。


「何って、お兄さん落ち込んでいたから元気になるおまじない。してあげたんですよ」


 隣に座り、コロコロと笑いながら答える由良。

 アイドル以前に女の子として大サービスすぎるだろ。


「お前、本当に軽いやつだな。そう言うことされたら男は自分のこと好きなのかもって調子乗るんだぞ」


 俺はなるべく平然を装って、ハンカチでキスされた頬についた口紅を拭きながら言う。

 別に拭き取るの勿体ないなとか思ってないんだから、勘違いしないでよね!


「何言っているんですか。こんなのお兄さんにしかしないですよ……はるねぇに叱られたんですよね」


 今度は先ほどの元気な声とは打って変わって少し控えめな声色。


「ごめんな、お前たちの足引っ張ってしまって、マネージャー失格だな」


 すると、由良はぐいっと俺の顔のすぐ近くまで寄ってきた。


「お兄さん、やめないで下さいね。はるねぇ本当は繊細な子だからお兄さんがこれで辞めちゃったら絶対自分を責めちゃうと思うの。だからお願い」


 顔の前で両手に手を合わせて必死に拝む。

 この仕事、肉体よりも先に精神に疲労が来そうだ。


「やめないよ。俺は千歳と約束したから」

「約束、ですか?」

「そう。俺と千歳二人でかわした約束」

「ふーん」

「何?」

「しすこん」

「はぁ⁉︎」


 由良は笑いながら急いで立ち上がり逃げようとする。

 それを阻止するように俺は彼女の腕を掴んで伝えた。


「ありがとうな。元気出たよ」

「は、はい……」


 由良の耳たぶが少しだけ赤く染まっていた。


「じゃあ、戻ろうぜ」


 俺は由良の先を歩くようにテレビ局の中へ戻った。


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