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{第7章} 初恋リビングデッド

「あんたシャキッとしなさいよ。事故でもしたらどうするのよ」


 後部座席から榛菜の声が聞こえる。

 その言葉で俺は我に帰り、アクセルを踏む。


「なぁ、俺お前のこと現場まで送ったら」

「あんた、由良の病院に行こうなんて言うんじゃないでしょうね」


 榛菜に先手を打たれた俺はビクッとする。


「図星ね」

「ダメか?」

「ダメに決まっているでしょうが!」


 バックミラーに映る榛菜が怒りをあらわにしている。


「あんたね、なんで由良があんなに仕事増やしたか考えなさいよ」

「もともとバラエティーのオファーたくさん来ていたんだろ?」

「違うわよ! そうじゃなくて、なんで新しく仕事の量を増やしたのか考えろって言ってるの!」

「すまんが分からん」


 潔い申告に、後ろからため息が聞こえた。


「……()()()()()()()()()()()に決まってるでしょうが」

「え?」

「他に何があるって言うのよ」

「なぁ、それって由良がまだ気持ち断ち切ってないってことか?」

「さぁ。あんた由良とちゃんと話合ったんじゃないの?」


 あの遊園地での一件は話し合ったって言えるのだろうか。

 由良は最後の最後まで俺のことを心配していた。


「由良ね、あの日多分あんたと別れた後、泣きながらうちに来たのよ」


 泣きながら? 由良が?

 俺の前ではいつも笑っていて決して泣かなかったのに。


「きっとあんたの前では我慢していたんだと思うけど」


 俺はこの時やっと由良の気持ちを理解した。

 あいつの気持ちの整理をつけさせてやろうって思って会ったはずなのに、俺の方が気持ちの整理をつけさせられて、すっきりさせられて……

 あいつ、どこまで大人なんだよ。


「やっぱり俺、由良の病室に行く」


 怒られるのを覚悟で榛菜にそう言った。


「それがどう言う意味かわかって言っているのよね?」

「あぁ。でも由良の初恋はちゃんと成仏させてやりたいんだ」


 その言葉を聞くと榛菜は目をつぶって頷くのがバックミラーから見える。


「だったら、まずは千歳と由良の二人で話をさせなさい。きっと由良の中にある想いはあんたに向けたものだけじゃないと思うわ」


 俺は次の日の休みを利用して千歳とお見舞いに行くことにした。


 青山さんに由良の病室の番号を聞いて受付を済ませた。

 薬品の匂いが混じる病棟の一番奥の個室。

 そこが由良の病室だった。

 病室の表札には偽名が使われていた。

 パニックを防ぐためだろう。

 コンコンと二度扉をノックした。


「はい?」


 間違いない、由良の声だ。


「俺だ、お見舞いに来た」

「お、おお、お兄さん? ちょっと待ってくださいね」


ドアを一枚隔てて由良の慌てふためく声が聞こえる。

しばらく外で待っているとやがて由良からの返事が聞こえた。


「……どうぞ」


俺は扉を開けた。

 ベッドの上で由良は体を起こして座っていた。


「……ちぃねぇ」


 俺の後ろに立つ千歳を見て由良が力なく呟く。


「由良、体調はもう大丈夫?」


 千歳が由良のベッドの縁まで駆け寄って声をかけた。


「迷惑かけてごめんなさい。でもおかげさまでもう大丈夫です。週末にはもう元気100倍です!」

「迷惑だなんて……由良、ごめんね。」

「なんでちぃねぇが謝るんです」

「由良がなんで倒れちゃったのか、私はわかるから。本当にごめん。私にはこんなこと言う資格なんてないかもしれないけど、もう無理して忘れようとしないで。そんなことしたらまた倒れ……ちゃう」


 千歳が由良のベッドシーツに顔を埋め、鼻をすすり出した。


「忘れるってなんのことですか? 無理してるって……そんなことないですよ。大げさなんですよ青山も。今回は軽い貧血が起きただけなのに」


 由良がそう言いながら腕を上げ、力こぶを作ってみせる。


「何年の付き合いだと思ってるの? 由良が最近元気ないことくらい分かるよ」

「……さすがですね」


 由良は力無く腕を下ろして俯いた。


「本当にごめんね、由良。でも、お兄ちゃんは、お兄ちゃんは、私のものだから……他の人には渡したくなくて……でも由良も私にとって妹みたいに大事な存在だから……ごめんね……うわぁぁぁぁぁぁぁ」


 こんなに泣き叫んだ千歳を見たのは久しぶりだった。


「ちぃねぇ……ありがとう。本当に、ありがとう……私の、お姉ちゃん」


 由良の目からも大粒の涙が溢れていた。

 二人はその後抱き合っていつまでも泣いていた。

 俺はただその眺めを傍観することしかできなかった。


 

「その場にいたのに何もできなくて、ごめんな」

「別に、これは私と由良の問題だったし」


 千歳のリクエストで浜辺に行きたいって言うから葛西まで車を走らせたのに、こいつはレアモンスターがどうとか、レアドロップがどうとか、さっきからゲームしかしていない。

 あの後、落ち着いた千歳と由良はいつものように他愛のない話をしたり、一緒に病室に備え付けてあるテレビに、由良が青山さんに持って来させたゲームを繋いで遊んだりといつもの楽屋と変わらない情景が流れていた。

 二人の姿を眺めていた俺は千歳がトイレに行って席を外したタイミングを見計らって、由良に声をかけてみた。


「由良、俺がこんなこと言う資格ないかもしれないけど、何かあったらいつでも言ってくれよ。俺はお前たち3人のマネージャーなんだから」

「はい。それよりもお兄さん……」


 由良が手招きして俺を近くに呼び寄せる。


「ちぃねぇのこと泣かせたら私、お兄さんのこと嫌いになりますからね」


 耳元でそう囁いた由良は俺の頰にそっと口づけをした。


「お、おい……」

「これぐらいいいでしょ? あ、ちぃねぇには内緒ですよ」


 由良が人差し指を俺の唇に押し付け、片目を瞑る。

 その表情はいつもの、俺が知る、

やんちゃで、

生意気で、

真っ直ぐで、

可愛いくて、

みんなのアイドル秋月由良だった。

 絶対に泣かないと決めていたのに、それなのに……。


「あーあー、もうお兄さんは最後の最後で……」


 由良は俺をそっと抱き寄せて頭を撫でながら呟いた。


「さようなら、大好きでしたよ。お兄さん」


 後で気づいたが、俺の肩にもシミができていた。

 きっと千歳はドアの外で全部のやりとりを聞いていたのだろう。

 俺と由良が気持ちを落ち着かせたタイミングを見計らって入ってきた。

 千歳の目も少し赤くなっていた。



「結局、私たちって本当にこのまま進んでもいいのかな?」


 俺の隣に座る千歳はいつの間にかスマホから目を離して海岸線を虚ろに眺めて呟いた。


「由良を傷つけて……きっと私たちの知らないところでも誰かを傷つけているかも」


千歳は膝の上のスウェットをぎゅっと摘んでいる。


「だからこそ傷つけてしまった人にも、いつか幸せを返してやれるようにまずは、俺たちが幸せにならないとな」

「私は今、十分幸せだよ。お兄ちゃんと一緒に居られて」


 そう言って、千歳はもう少し俺の近くに座り直してくる。


「俺も。東京に来てこの数ヶ月、色々あったけど今から思えばいい思い出ばっかりだよ」

「まだまだこれからだよ。来月は新曲発表なんだから」

「なぁ、千歳……」

「ん? なに? お兄ちゃん」


 俺は水平線を眺めながら、言った。


「幸せになろうな」


「ちょっ、なに急に恥ずかしいことを……うぅ」


 千歳は照れ隠しなのか、俺の肩を一発殴ってきた。

 俺は千歳の両腕を掴むと、彼女の顔を覗き込むように見ると、真っ赤に染まった千歳は恥ずかしさが極まってプイっとそっぽを向いてしまう。


「……なんで、こういう時だけ、ちゃんと決めちゃうかな」


 俺はそんなもじもじしている千歳に後ろから抱きついた。

 千歳の髪から優しい匂いが広がる。


「だいすきだ」


 俺が言うと、千歳はこっちを振り返る。


「私も、だいすき」


 夏の一歩手前、人気のない夕焼けに染まる砂浜で千歳はそっと俺の肩に頭を乗せてきた。

 俺はその頭をゆっくりと撫でる。

 千歳さえそばにいてくれれば、あとは何も望まない。

 今は誰にも言えない関係なのかもしれない。

 世間に後ろ指を指されても、

 法律上は結婚できなくても、


 俺はたった一人の妹を一生守っていこうと心に決めた。


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