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{第1章} 俺の妹がアイドルなわけがない(後編)

 ステージ裏でぼーっと突っ立って待っていると、ライブを終えた彼女たちがステージ裏に引き上げて来た。


「あ……」


 一番最初に引き上げて来た妹、千歳は俺を見るなりそんな声をあげる。


「よっ」


 俺は手をあげて挨拶するが、顔を真っ赤にしてそっぽを向かれてしまった。


「あれれれれ? ちぃねえのお兄さん?」


 次に引き上げて来た背丈が千歳よりも小さく、銀色の髪の子が僕を見るなり近づいて来る。

 そのウサギみたいに近寄って来る感じに愛くるしさを覚える。


「神野大和と申します。妹がいつもお世話になっています」


 平然を装って挨拶をしてみるが、心臓はもうばくばくだった。

 だって目の前にいるのがトップアイドルでしかも超可愛いんだから。


「なんか……似てない」

「やかましいわ!」


 つい大声でキレてしまった。

 彼女はこっちを見てクスクス笑っている。


「ごめんって、初めまして、みんなのアイドル秋月由良だよ〜よろしくね」


 そう言って目元でピースサインを作る。

 うーん、なんともあざといのだが、その愛嬌が憎めない。


「由良、着替えに行くよ」


 最後にステージから引き上げて来た背の高いお姉さん系の子がこっちに近づいて来る。


「はるねぇ、はるねぇ、この人がちぃねぇのお兄さんなんだって」


 由良が俺を指差して目の前の女の子に紹介する。


「由良、人に指差してはいけません」


 この人、見た目に違わずお姉さんポジだな。


「すいません、お兄さん。由良が失礼をしました。私は望月榛菜です。よろしくお願いします」


 由良とは違って良くできた子だ。

 彼女に釣られ、俺の方も丁寧に挨拶をした。


「では、私たちは着替えて来るので」


 榛菜はそう言うと由良の手を引っ張って楽屋の方へ連れて行った。

 二人とも可愛かったなぁなんて思いながら一人呆然と立ち尽くしていると、青山さんに肘で横腹を突かれた。


「それで、神野くんは誰推しなのかな?」

「いや、俺は、別に」

「いいじゃん、いいじゃん。言っちゃえば」


 彼女がニヤニヤしながら俺に迫って来る。


「じゃ、じゃあ、由良かな」


 彼女の責めに耐え切れなくなった俺はついに口を割ってしまった。


「そっか、そっか。へぇ〜」

「なんですか?」

「いや、別にぃ〜」


 なんか妙に腹が立つ。

 そうこうしているうちに楽屋の3人が着替え終えて俺と青山さんのいる方に帰って来た。

 榛菜は、黒のスキニーパンツに白シャツというシンプルなコーディネート。なのに、スレンダーな体型のせいか凄く様になっている。

 千歳の方は、短パンにオーバーサイズの灰色のパーカー。

 顔立ちがいいから変ではないのだが、身内だからわかる。

 お前部屋着のまま現場に来ただろ。

 由良はパステルカラーのTシャツに白いチュニックスカート。まさに女の子って格好だった。


「じゃあ、改めて、明日から『3LDK』のサブマネージャーになる神野大和くん。ちぃちゃんのお兄さんよ。ちなみにさっき聞いたら由良推しなんだって〜」


 青山さんは口元に手を当て、横目で俺を見ながらそう言った。


「やだ〜。お兄さんったら、私のこと好きなんだったらそうだと早く言ってくださいよ〜」

 由良が俺の体をペチペチと叩いてくる。

 小さな子に叩かれて興奮するような性癖を持っている訳ではないのだが、アイドルに叩かれるなんてご褒美か何かだろうか。


「別に好きとは言っていないぞ、青山さんに3人のなかで誰が推しかって聞かれたから由良って言っただけだ」


 事実は正確に伝える。

 社会人としてこれ大事。


「私もお兄さんのこと大好きですよ」


 ニコニコしながら由良はそう言う。

 いや可愛いんだけど、大人をからかうのも大概にしろ。


「やめろっ! 俺に抱きつくな」

「え〜、なんでですか。私のこと好きなんでしょ」

「推しとしか言っていないぞ!」

「私に抱きつかれるなんてファンの人にとったら最高のご褒美なのに、お兄さんの()()はなんでなんの変化もないんですか」


 おい、今こいつヤバイのぶっこんできたぞ。


「あのー、そろそろ話進めてもいいでしょうか」


 青山さんが死んだ魚のような目でこっちを見て来る。

 ついでにその横にいた千歳から黒いオーラが出ていたのは見ないことにしよう。


「神野くんは大学もあるから主に休日の送迎と撮影現場の監視をやってもらうから。じゃあ、今日はお疲れ様。無事ツアーも終わって明日からまた夏の新曲発表に向けて頑張りましょう」


 俺と『3LDK』のメンバーは青山さんが運転するアウディで東京ドームを後にした。

 ちなみに、今後俺が運転する車はこれではなく普通の社用のワゴンらしい。

 移動の際ちゃっかり俺の横に座った由良に腕を組まれて、その後ろに座っていた千歳が氷の女王のように冷たい視線を送っていたが、知らないふりをした。


 妹のマネージャーになる条件で借りてもらった部屋は、中野駅から徒歩数分にあるマンションで、俺と千歳のそれぞれの部屋とリビングに簡素なキッチンがついた間取りだった。

すでに俺の部屋には実家から送ったダンボールが運ばれていて、千歳がお風呂に入っている間にそれを開け、部屋をアレンジする。

玄関で畳んだダンボールをまとめて縛っていると、千歳がホクホクと湯気を立てながら風呂場から出てきた。


「荷物の整理終わったんだ」

「うん。明日から入学式だしな」

「そっか、お兄ちゃん明日から大学生だもんね」

「千歳も明日から高校生だろ」

「わたしは芸能科だから、主に自宅学習」


 さすがグータラだ。

 家から出ないなんて、普通の人からしたら日向千歳と同一人物とは思わないだろう。


「今日見て思ったけどさ、お前ステージの時と家の時とじゃ大違いだよな」

「何が?」


 タオルで髪をゴシゴシ乾かしながら俺の隣にちょこんと座って来る。 

 寝間着が中学校の長袖ジャージじゃなかったらとは言わないでおこう。


「いや、ステージの上だとあんなにキラキラしていて可愛いのに、家だとなんかズボラじゃん」

「か、か、可愛い……」


 千歳の顔が急に赤くなる。


「別に言われ慣れているだろ、可愛いなんて」

「そ、そうだけど、お兄ちゃんに、そんなこと言われたの、初めてだし」


 うん、やっぱり家の中だとどこか様子が変な気がする。


「まあ、これからよろしくな」


 そう言いながら妹の頭を優しく撫でてやる。

 若干湿っているブロンドの髪の毛が手に吸い付いて来る。

 すごい剣幕で睨まれた。


「ごめん、お前も年頃だしこういうの嫌だったな」


 俺は咄嗟に手を引っ込める。


「そ、そうじゃなくて、その……」


 今度は顔を背けたかと思うと急にそわそわし始めた。


「……どしたんだ、モジモジして、ちゃんとトイレ行ってから寝ろよ」

「もういい!」


 そう言うと妹は自分の部屋に閉じこもってしまった。

 うーん、思春期の妹の扱いは難しい。


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