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{第6章} Instant Egoist (前編)

一通りの撮影工程を終えると千歳の療養のため俺たちは一足先に東京に帰った。

 もともと家でゴロゴロしている千歳に取っては、足の捻挫など大したことないようで、今日もソファーでずっとゲームをしている。

 千歳の仕事が一週間キャンセルになったため、俺も久しぶりに土日休みがもらえた。


「お兄ちゃん家事終わった?」

「洗濯物が乾くまで特にやることはないよ」


 俺がそう言うと千歳は待っていたとばかりにハードとテレビを接続して、ゲームを立ち上げた。


「久しぶりに一緒にやろ?」


 千歳が立ち上げたのは俺が中学生の時くらいにやっていた古い格闘ゲームだった。


「新しい方も出ているのになんでこっちなんだ?」


 千歳だって新版を持っているだろうに。


「だってあっちには私の好きなキャラ入ってないんだもん。それに……こっちはお兄ちゃんとずっと一緒にやっていたから思い出深いし」


 あの出来事以降、俺は千歳の顔を直視できないでいた。

 今まで妹としか見ていなかった千歳と()()()()()()になったと思うとこっぱずかしさに襲われる。


「はい、お兄ちゃん」


 千歳がソファーに俺の座る場所を作ってコントローラーを渡してくる。

 こういうのもまぁ、俺たちらしいな。

 俺はコントローラーを受け取ると千歳の横に腰掛けた。


 結果は俺の全戦全敗。

 昔は俺の方が強かったのに。


「お前、相当やり込んだな。いつの間にこんな強くなったんだよ」

「ふふん! だてに家でゴロゴロしているわけではないのだよ」


 それは十代の女子の発言としてどうなのかと思うけど、千歳がゲーム好きになったきっかけを作ってしまった俺は何も言えない。

 小学校の頃の俺は内向的な性格で、放課後はすぐに家に帰ったらゲームを開いていた。

 まだ幼稚園だった千歳はその頃から俺の影響を受けてよく対戦型のゲームとかを二人でやっていたのだから、それは千歳にとってゲームの英才教育といってもいいだろう。


「もう一戦やろう」


 俺が誘う。


「受けて立つ」


 千歳が乗る。


 だんだん勘を取り戻してきた俺は徐々に千歳を圧倒し始めた。

 よし、これなら勝てるぞ。

 そう思った矢先、


「お兄ちゃん、由良に告られたでしょ」


 一瞬だけ俺はコントローラーから指を離してしまった。

 次の瞬間、千歳のアバターに俺のキャラは豪快に蹴り飛ばされて空の彼方に飛ばされていた。


「はい、今回も私の勝ち」


 千歳はそう言うとテーブルの上にそっとコントローラーを置いた。


「……それで、なんて返事したの?」


 声がワントーン下がった気がする。


「なぁ、なんでそれ知っているんだ?」


 あの時の話は千歳がホテルの一階で朝食を取っている時にしたから、誰にも聞かれていないはずなのだが。


「あの日ね、私が遭難した日。ホテルに帰ったら由良が目を赤くしてたの。最初は私のこと心配してくれてたのかなって思ったんだけど視線の先がね、私じゃなくて雨にずぶ濡れだったお兄ちゃんに向いてて、あーそう言うことなんだなって」


 女子ってこういう時、本当察しがいいよな。



「黙っててごめん……」


 俺も千歳に倣ってコントローラーをテーブルの上に置いた。

 ここからはお互いにちゃんと向き合わないといけない話だと俺も直感的に感じた。


「お兄ちゃん……もしお兄ちゃんが本当に由良のこと好きなんだったら、由良と付き合うのがいいと思う」

「え?」

「由良はいい子だよ。ちょっと口は悪いけど、根はいい子だし。……由良だったらお兄ちゃんあげてもいいよ」

「ちょっと待ってくれよ。お前は俺のことが好きなんだろ?」


 この質問、言っている自分が恥ずかしくなるが、ちゃんと確認しておかないと。


「えっ? ……う、うん」

「じゃあなんで俺と由良をくっつけようとするんだ?」

「……だって」


 俯いて目に涙を溜めている。

 千歳も千歳なりのこの歪な関係をなんとかしようと考えていたのかもしれない。

 世間的に冷たい目で見られる関係になるくらいだったら、ずっとブラコンの妹でいようと。


「俺は……俺は、お前が好きだよ。結婚とか世間体とか、そういうのも大事なことだけど、それでも俺は全てを犠牲にしてもお前と一緒にいたい」


 俺の言葉を聞くと、千歳の涙腺が堰を切った。


「お兄ちゃん……お兄ちゃん」


 泣き顔を見られないよう両手で顔を覆った千歳を俺はそっと胸元に抱きかかえる。

 千歳もそれに応じるように両腕を俺の背中に回してぎゅっと抱きついてきた。

 この温もりさえあればいい。

 たとえ結婚できなくても、俺は千歳のそばにいる。

 そしていつか胸を張ってみんなに祝福してもらおう。


「よしよし」


 俺は赤子をなきやますように千歳の頭を撫でてやった。


「お兄ちゃん」


 千歳がそっと顔をあげた。

 涙で頰が濡れていた。

 そっと拭ってやると、千歳は背中にあった両手を俺の両頬にそっと当てる。 

 俺たちはそっと唇を重ねた。

 まだ小さかった頃にふざけてキスしたことはあったけど、その時とは全く別物だった。

 お互い顔を離す。

 目の前にある千歳は頰を赤らめて目がトロンとしている。


「もう一回」


 今度は俺から千歳の唇を奪いに行った。

 また少し時間が経って唇を離す。

 そして、今度は目と目だけで会話をして再びキスをする。

 口の中に千歳が好きな炭酸飲料の香りが広がった。


「千歳、だいすきだよ」

「うん。私も」


 そう行って彼女は俺に体重を預けるようにして抱きついてきた。

 千歳の発達中の胸が俺の胸板に柔らかく当たって、むにゅっと潰れる感触と温かさを感じる。

 俺は瞼に力を入れ、必死に耐える。

 しばらくすると千歳の感触が遠のいていった。


「ここまで……だね」


 目を開けて隣を見ると少し悲しそうな顔をしている。


「そうだな……」


 これ以上はだめ。

 普通の恋人ならば水たまりを飛び越える感覚で乗り越えられる一線が、俺たちにはまるで大河のように遥かなるものに感じる。


「お兄ちゃん、だったら由良にちゃんと返事してあげて。そっちの方が由良も気持ちの整理がつくと思うから。それで、ちゃんと片付いたら……」


 そこまで言うと、千歳は俺に抱きつくようにして、耳元で囁いた。


「……待ってるから」


死んでもいいと思った。


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