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{番外編} ホワイトデーSS

 これは、去年のホワイトデーの話。

 高校二年生の俺は、春休みを利用して単身東京に来ていた。

 目的は一つ。

 妹へのバレンタインデーのお返しだ。

 いや、バレンタインデーに千歳から何かをもらった記憶はないのだが、強引なまでのお返しの要求だった。

 それはもはやお返しというよりも貢物と言った方が正鵠を射ている気がする。


『次は東京、東京〜』


 新幹線のアナウンスが東京駅に近づいたことを知らせると俺は千歳にLINEでもうすぐ着く旨を伝えた。

 瞬刻に既読マークがついた。


『八重洲口にいる』


 千歳がどこにいるのかは、すぐに分かった。

 サラリーマンが多い丸の内にて目深に被る帽子にサングラスと上下黒いスウェット。

 変装が逆に目を引いていた。

 

「なあ、東京に来たんだから、もうちょっとおしゃれしたらどうだ?」


 俺が言えることではないが、少なくともその格好は東京では場違いだろう。

 うちの地元のコンビニでたむろっている奴らと同じ格好だぞ?


「いいの。機能性重視。それよりも、ん」


 千歳は少し不機嫌に手を差し出した。


「はいよ。買ってきたよ」


 俺は、バレンタインデーのお返し、ならぬホワイトデーの貢物を渡す。

 中身は今週発売の最新ゲームらしい。


「でも、こんなの東京でいくらでも売っているだろ?」

「それが逆なの。東京は予約制の店ばっかりで初版はどこも完売だったから」

「それにしてもお前がゲーム買い忘れるなんてな」

「今、ちょっと忙しくて。上手くいけば来年の秋頃のドラマの主役取れるかもしれないからさ」

「来年の秋って、結構先じゃないか」

「まあ、そうなんだけど。ドラマの制作するためにはまず局の編成会議でいつ、何を放送するのかを決めなくちゃいけないから。で、その後がキャステイング。そして撮影。編集して放送っていう工程で進むの。だからこっちの世界ではアポを取るのは1〜2年先が基準なの」


 へぇ〜って感じだ。

 こいつ、ダテにアイドルやっていないな。


「それで、その主役が掴めるかもしれないと」

「うん。でも、他のメンバーはもっとすごいよ。年上のはるちゃんはもう雑誌のモデルの専属契約取ってるし、年下の由良も、最近バラエティーによく呼ばれてて……なんか、私だけ置いていかれている気がする」


 その時の千歳は少し悲しそうな顔をしていた。


「いや、お前はすごいよ。この歳で自分のやりたいことを見つけて、東京で一人暮らしまでしちゃってさ」

「でも、それはみんな同じだよ。アイドルになりたい子はみんなそうやって頑張ってるし」

「そうじゃなくて」


 千歳の手をそっと握る。

 冷たい。


「俺はお前が誇らしいんだよ。日向千歳が妹だってことが。だから、もっと自慢させてくれよ」


 言っている自分が恥ずかしくなるようなセリフを、この時の俺はどうして素直に声に出すことができたのだろうか。

 今になってもそれはよくわからない。

 ただ、次の信号が青に変わるときには、もう千歳の手の冷温はなくなっていた。


「お兄ちゃん」

「なに?」

「来年のバレンタインは、私もあげるから」

「うん」


 いや、今くれよ! ってちょっと思ったけれど。


「だからさ、来年の受験頑張ってよね」

「…………」

「なんか言えよ」


 千歳が俺の右肩を殴ってきた。

 照れ隠しをするときはいつもそうだ。


「ありがとう、頑張るよ」


 この時の俺はまだ知らなかった。

 来年、大学進学を機に上京して、『3LDK』のメンバーに振り回される日々を過ごすことを。

 

「とりあえず、うち帰ろっか」

「お世話になります」


 俺は小さなスーツケースを引いて、千歳と大手町駅に向かって並んで歩いていく。


「家事はやってね。あー、久々の脱コンビニ飯だよ」

「お前さ、アイドルなんだから、もっと食生活に気使えよ」

「だってさ……」

 

 ――そして、俺は東京の大学に行こうと決めた。


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