{第5章} バカンスでは必ず何かが起こる *自社調べ 3
すっかり考え込んでいるうちに、撮影場所に戻っていた。
雨風がしのげる防水テントの中に千歳を下ろす。
どうやら足をくじいているようだった。
足首のところが赤く腫れている。
千歳が投げた言葉を俺はまだ返せないまま、テントの中にお互い背中合わせに座って、雨が弱くなるのを待っていた。
「……千歳」
「なに?」
やっと自分の気持ちに整理がついた。
「俺も……その、好きだよ。ずっと側にいたい」
「ほんと?」
「うん」
「私のどこが好き?」
「なんだろう、分からない。けどいつまでも千歳の面倒を見たいって思うくらい大切だよ」
その言葉に千歳が少しだけビクッとしたのを背中で感じる。
「兄妹だよ?」
「そうだな」
「いいの?」
「うん」
俺はこくりと頷いた。
誰にも祝福されないかもしれない。
でも、俺は今隣のいる一人の女の子と一緒に歩んでいきたい。
そう思ったこの気持ちが多分“好き”ってことなんだと思う。
「お兄ちゃん」
「なんだ?」
突然後ろから手が伸びて後ろを振り返ると、よく見知った顔の、けれど一度も見たことがない破れんばかりの笑顔があった。
「おにいちゃんだいすき」
太陽が雲間から顔を出し、二人を照らす。
千歳の目元が少し光っていた。
彼女の言葉に少し遅れて、恥ずかしさが襲ってきた。
久しぶりに聞いた千歳のひらがなだけのそのセリフ。
その魔法の言葉はなんでもしてあげたくなってしまう麻薬のようなもので、味を占め始めた千歳はそれを濫用して、そしてその言葉自体も年を追うにつれてあまり聞かなくなったのだが、まだ絶滅していなかったんだな……。
いや、もしかしたら此処一番にとっておいたのかもしれない。
こいつ格闘ゲームの時、大技は最後まで残してオーバーキルする奴だし。
「雨も止んできたし駐車場に向かうか。青山さんがそろそろ来る頃だろうし」
俺は千歳の前で再びしゃがんだ。
千歳をおぶるとゆっくりと駐車場の方へ歩き出す。
「そういえば、なんであんなところで気失ってたんだ?」
「これを落としちゃって」
そう言って千歳はごそごそと何かを取り出すと俺の目の前にぶらんと吊るした。
ネックレス。
チェーンが取れていた。
川に落としたのか。
「そんな昔にあげたやつよく付けているよな。安物なのに」
俺が3年前に千歳のデビュー祝いに上京する時ねだられて買ってやったものだった。
「ううん、これじゃなきゃダメなの。これがあったから私は東京で一人頑張れた」
そう言って千歳はネックレスをぎゅっと強く握りしめる。
辛い時、親に会いたい時、寂しい時はいつもそうやって耐えていたのだろう。
「離れていてもお兄ちゃんはいつも私の側にいてくれたから」
「千歳……」
一頻り雨を落とし尽くした空は打って変わって晴天で、まるで仲直りのお膳立てをしているようだった。
そして虹が掛からなかったのも俺たちらしく、また一興だろう。




