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{第5章} バカンスでは必ず何かが起こる *自社調べ 2

「……、……よ、ですよ…………もう。朝ですよ!」


 俺は耳元にこだまする大声で目を覚ました。

 目を開けると、俺と添い寝する形で由良がいた。


「おはようございます。お兄さん」

「なんでお前がここにいるんだ? 千歳は?」

「ちぃねぇは今、下の階で朝ごはん食べていますよ。こっそり鍵をパクって起こしに来てあげたんですよ」


 どこの世界に添い寝しながら起こす目覚ましがあるのだろうか。


「じゃあ俺もご飯食べに行くか」

「ちょっと待ってください」


 由良が部屋から出ようとする俺を引き止めた。


「この間、私が言ったこと覚えていますか?」


 この間?


「本当に付き合っちゃいませんかって言ったことです」


 あ、空港の時に。

 それで旅行の間は由良の彼氏役をするってなったんだっけ。


「東京に帰っても、その、お兄さんの彼女のままでいてもいいですか?」


 え?

 唐突な質問に眠気は完全に吹っ飛んでしまった。


「由良、それって……」

「相変わらず鈍感野郎ですね、お兄さんは」


 ん? 今思いっきり罵倒された?

 由良はベッドから出ると俺の元に来て、目を見て言った。


「私はお兄さんのことが好きだって言ってるんじゃないですか」


 何度も由良に好きだって言われたけれど、一度としてこんな本気の目で言われたことはなかった。

 こうなると俺はどう返したらいいか返答に迷う。

 このまま付き合っちゃっていいのか?

 いや、そんなことはあってはダメだろう。

 そもそも大学生と中学生なのだし、ひょっとすると条例とかに引っかかるんじゃないだろうか……。


「なぁ、由良」

「返事は東京に帰ってから聞かせてください」


 由良は逃げるように俺の部屋から出て行ってしまった。



「今日の撮影は、『3LDK』の3人が川に入るシーンを撮ります。まず全体で撮ったら次に個人撮影に入りますので、よろしくお願いします」


 アシスタントが俺たちの待機するテントに今日のスケジュールの説明をしに来た。

 今回は青山さんがいるので、俺の仕事は彼女の補佐。

 つまり暇人だ。


「それにしてもこんなマングローブの中で撮影するってすごいな」

「今回はかなりお金かけているらしいわよ」


 俺の横に座る榛菜がコーヒーを啜って答える。


「じゃあ、もしかしたらここの場所もいずれ聖地とかになるのか」

「こんな森の中に来てどうするのよ。車がないと来れないのに」


 そう、俺たちがいるところは密林。

 木々の隙間からわずかに陽の光が入る程度で空気がひんやりとしている。


「はぁー。川の水冷たいだろうなー」


 水着の上にオーバーサイズのベンチコートを羽織る由良がため息をつく。


「由良、これも仕事よ。我慢しなさい」

「わかってるよ」


 ほんと榛菜ってお姉ちゃんだよな。

 だんだん『3LDK』が三姉妹のように見えてくる。


「お兄ちゃん、ここ圏外。ガチャ回せない。ポケットwi-fi出して」


 千歳、お前は平常運転だな。


「wi-fiも通じないと思うぞ」


 俺は千歳の荷物からポケットWi-Fiを手渡す。


「大和、コーヒーおかわり」

「はいよ」


 俺は榛菜からコップを受け取り、魔法瓶から暖かいコーヒーを注ぐ。


「お前、そんなにたくさん飲んだらおしっこ行きたくなるぞ?」

「あんたね! 女子に向かってなんてこと言ってるのよ」


 榛菜が赤面しながらコップを受け取った。

 だが、()()()()()()()()()()()()()


「そう言えば、はるねぇはいつの間にお兄さんのこと“大和”って呼ぶようになったんですか?」


 キャンプチェアに腰掛け、地につかない足をぶらんぶらんさせている由良が、俺と榛菜の顔を交互に見ながら言った。


「べ、別にそんなのいいじゃない」


 榛菜の目がおどおどしている。


「私からしたらなんで由良も“お兄さん”って言ってるのよ。青山さんは“青山”って呼び捨てなのに」


 千歳がスマホの画面から目を外すと横目で睨むように由良を見る。

 こいつ、まだ昨日のこと根に持っているのかよ。


「それは……その……」


 由良が手をもじもじさせて俯いている。


「あらあら。神野君、着実にハーレムを形成しているわね」

「そんなの作ろうとしてないからっ!」


 俺は青山さんに叫んだ。


「そろそろ撮影始まりますので準備お願いします」


 アシスタントに助けられる形でなんとか修羅場を回避することはできた。



「急に降ってきたな」


 撮影が始まって2時間が経った頃、急なスコールに見舞われた。


「これじゃ撮影できないな。みんな一旦ホテルに引き上げるぞ」


 撮影班は機材が濡れないように急いで撤収作業を開始した。


「神野君、私たちもホテルに帰るわよ」

「了解です」


 俺はすでに全ての撮影工程を終えて着替えが済んでいる由良を連れて車に向かった。


「荷物取ってくるから車の中で待っていてくれ」

「はーい」


 由良を車に残して再び撮影場所に戻る。

 簡易着替え用のテントから榛菜が出てくると今度は傘をさして待機していた青山さんが車の方へ誘導した。


「残るは千歳か」


 しかし、肝心の千歳の姿が見えない。

 あいつどこ行ったんだ?


「おーい、千歳」


 必死に叫んでも返事がない。

 その時、スマホが震えた。


『もしもし、神野君。早くちぃちゃん連れて帰るわよ』

「それが居ないんです。撮影場所に」

『え? どういうこと? ついさっきまでいたじゃない』

「とりあえず俺が探しますので、青山さんは先に二人をホテルに送ってください」

『わかった。二人をホテルに送ったら、私ももう一回戻るから。何かあったら電話して』


 そんなに遠くに行っていないはずなんだが……

 さっきまで穏やかに流れていた川が急に流れを強めている。

 俺が川の近くまで行ってみると、一人の足跡が綺麗に川の手前で消えていた。

 もしかして、流されたのか?

 俺は急いで下流に走り出した。


「千歳、千歳、千歳、千歳、千歳、千歳、千歳、千歳、千歳……」


 何度も叫んだ。

 いつの間にか視界が歪んで、頰には暖かいものが流れていた。

 ごめん。

 本当にごめん。

 一番近くにいるって約束したのに……

 千歳にもう会えなくなるかもと思うと、今ままでの出来事が走馬灯のように駆け巡る。


 どれも大していい思い出はないけれど、

 もう会えないーーそれだけは絶対に嫌だった。

 たとえ、ソファーに寝転がって、

 家事の手伝いなんかひとつもしないで、

 昼夜逆転でゲームして、

 理不尽なことに腹を立ててもいいから

 居なくならないでくれよ。


俺は――好きなんだよ、妹が。


お前が、神野千歳が――大好きなんだよ。


両手をぎゅっと握りしめ、心の中でそう叫ぶと、思いが通じたのか、先の河原で何か大きなものが見えた。

急いでその近くまで行く。

だんだんと形が見えてくる。

人の形!


「千歳!」


 千歳のそばに駆け寄り抱きかかえる。

 暖かい。

 呼吸もしている。

 よかった。

 俺はホッと胸をなでおろす。

 先ほどの撮影用の水着を着たままの千歳は意識を失って寝ている。

 俺は急いで着ていたジャケットを千歳に掛けると背中におぶり、元の場所に向かって歩き出した。



「……お、にい、ちゃん?」

「よかった、目が覚めたか」


千歳がゴゾゴゾ動くのを背中越しに感じ、少し安堵する。


「撮影場所まで運ぶから寝ていていいぞ」


 雨の中、来た道を一歩一歩進む。

 千歳が風邪をひかないように早く雨風が避けられるところに行きたいのだが、16歳の少女を背負ってそんなに早くは歩けない。

 雨のせいで足元もぬかるみ始めている。


「お兄ちゃん」


 背中越しに千歳のか細い声が聞こえた。

 本当に雨音と川の流れにかき消されるようなか細い声。

 耳を澄まさないと聞こえない。

 でも、それが良かったのかもしれない。


 周りがうるさい方がお互い大事なことが言えるのだから。


「お兄ちゃん、ごめんね」

「俺の方こそちゃんと守ってやれなくてごめん」

「そうじゃないの。由良と福岡に行く時、あんな態度で家から出て行っちゃってごめんなさい。いつもお兄ちゃんに面倒ばかりかけちゃってごめんなさい。わがままばっかり言ってごめんなさい」

「そんなの気にするな。俺はお前のお兄ちゃんだからな」


「お兄ちゃん……本当はお兄ちゃんのこと、嫌いじゃないよ」


 嬉しかった。


「ありがとう」

「そうじゃなくて!」


 うぐっ!

 途端に千歳は俺の首を絞めてきた。

 だからそれは()()が……。


「嫌いじゃないっていうのは、そう意味じゃなくて……」

「そういう意味じゃなくて?」


 そこで千歳はまた少し黙り込んでしまった。


「千歳?」

「私がお兄ちゃんのこと好きって言ったのは、家族だからとか兄妹だからとかじゃなくて……その、恋人として好きなの!」


 目一杯の大声が森の中にスーッと消えていく。

 その残響が消えるまで俺はなにも反応ができなかった。


「そ、そうか……」


 言葉が続かない。

 そんな俺の様子を察したのか千歳が話を続ける。


「お兄ちゃんはどうなの? 私のこと好き?」


 千歳は俺の首に巻きついて繋いでいる手にぎゅっと力を入れた。


「そりゃ、好きだよ」

「それは私と付き合えるってこと?」

「え?」

「ちゃんと答えて、私も言ったんだから?」


 そこで俺は無言になってしまった。

 千歳も何も話さない。

 俺たちはさながらヘンゼルとグレーテルのように来た道を辿っていった。


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