{第5章} バカンスでは必ず何かが起こる *自社調べ 1
「アーロハー」
「アロハは沖縄じゃなくてハワイだぞ」
「いいんですよ。南国なんですから」
空港に着くなり、あいつは真っ先に外へ駆けていった。
そのせいで俺はまた二台のスーツケースを引いて追いかける羽目になった。
「さ、青山さんたちと合流するぞ。えーっと、場所は」
青山さんから受け取ったメールを確認しようと開いたスマホの画面を、ばさっと由良の手が隠した。
「まずは美味しいもの食べましょうよ」
「いや、でも集合場所ここから結構遠いぞ、早く行かないと夜になっちゃうし?」
青山さんたちと集合するホテルは沖縄本島の北部。
那覇空港から車で一時間弱は走らなければならない。
「まだ有効期限は終わっていませんよ。それに明日から撮影なんですから、今日一日くらいは沖縄満喫しましょうよ」
そんな笑顔で見られるとこっちが折れるしかなくなるじゃないか。
「……分かったよ。じゃあレンタカーだけ先に借りさせてくれ」
「まずはやっぱりソーキそばですね。那覇市内で美味しいところあるでしょうか」
助手席に座る由良は、先ほどレンタカーショップでもらった観光パンフレットを広げている。
それよりも……
「なんでオープンカーなんだよ。恥ずかしいだろ」
「だってこんなに晴れているのにもったいないじゃないですか」
由良は自分のスマホを器用に車と接続して音楽をかけ始めた。
スピーカーから聞き覚えのないメロディーが流れ始める。
この声、やっぱり『3LDK』だよな。
「この曲って……」
「来月発売の新曲ですよ」
「こんなところでかけちゃっていいのか? これ機密漏えいとかにならないか?」
「いいんですよ、それよりもこの曲ドライブにぴったりでしょ?」
確かに、常夏をイメージしたアップチューンな曲で今の状況にぴったりだ。
「お兄さん、ここのお店に行きましょう。その交差点を右折です」
隣で由良が曲に合わせてはしゃいでいる。
「よし! 折角沖縄に来たんだから今日くらい思いっきり楽しもぜ。それで明日からの仕事もまた頑張ろう」
俺は由良に親指を突き立てて合図を送った。
「はいっ!」
由良は太陽よりも眩しく笑った。
せめて今日だけでもその笑顔を守ってやりたいなと思ってしまった。
「あのね、今日中に集合とは言ったけど、遊んでいいなんて一言も言ってないでしょ」
「はい、すいません。」
ホテルに着くなり俺は青山さんに怒られた。
お昼ご飯にソーキそばを食べてから、俺と由良は美ら海水族館に行ったり、海岸線をドライブしたり、誰もいない砂浜で夕日が沈むまで遊んだりした結果、集合場所に着いたのは夜8時を回っていた。
日が沈むと由良はホテルに着くまでずっと助手席で眠っていた。
あれだけ遊んだらそりゃ疲れちゃうよな。
でも満足そうな寝顔を見たらもうなんでもいいやって思えてしまう。
「でも由良、よっぽど楽しかったんでしょうね。神野君ありがとうね」
青山さんは急にしおらしくなった。
「由良は中学入学と同時にアイドル活動始めて、東京の芸能科のある学校に一人で上京してきたから、同年代の友達ってはるちゃんとちぃちゃんぐらいだったのよ。『3LDK』がデビューしてすぐに飛ぶように売れちゃったから彼女たちに子供らしいことさせてあげられてないことに少し後ろめたさがあってね。だからこうやって歳の近い神野君が甘やかしてくれるのは、ほんと助かっているわ」
そっか、そうだよな。
由良も千歳もそれに榛菜も、まだみんな学生だもんな。
本当は学校の友達と一緒に遊んだりしたいよな。
背伸びして大人の世界で頑張ってるけど、こいつらまだまだ子供だよな。
「まぁ、でも他の二人が今日のこと知ったらどう思うかしらね。熱愛報道の説明をしに行ったはずの二人がそのままバカンスで本当にデートしちゃうなんて、ね〜」
「ちょっ、青山さん。そんな言い方は」
俺は急いで青山さんに弁明をしようとした。
「神野君、ちいちゃんと喧嘩したんでしょ?」
俺の言葉よりも先に青山さんは容赦無く、しこりに触れてきた。
「……はい」
「まぁ兄妹のことにはあまり口を出したくはないけど、由良ちゃんの方にばっか気をとられていないでちゃんと妹の方も構ってあげなさいよね」
おいおい、それじゃまるで俺が由良に、由良に……。
いや否定はできないな。
確かに、ここ数日由良と一緒に過ごす機会が多くて。
でもどっちかというと俺は由良を恋人というか、妹っぽく思えてしまうのだけど……。
この言い訳も千歳に言ったら怒るだろうな。
青山さんから鍵を受け取ると、鍵に書かれた番号の部屋に向かった。
ガチャっと鍵をまわして自分の部屋を開けると、暗い部屋にテレビの明かりだけが付いていた。
明かりをつけ部屋の中央まで行くと、千歳がソファーで寝ていた。
ソファーで横になっている千歳はコントローラーを握ったまま寝ていた。
テーブルの上にはもう一つコントローラーが置いてある。
もしかして、俺が来たら一緒にやろうとしていたのか?
千歳なりの仲直りの仕方だったのかもしれない。
「なんか少し申し訳ないことをしたな」
そう呟き、荷物を置いてソファーに近づく。
「おーい、こんなところで寝ると風邪ひくぞ」
肩を揺すっても全然反応がない。
なんだろう……
由良に触るのはあんなにためらったのに、千歳なら簡単に触れる自分がいる。
「ん? ……お兄ちゃん?」
千歳が目を少し開いて俺を見た。
「おう」
千歳を起こすために俺はソファーの前で膝をついた。
そのためお互い顔が近い。
瞬きまで同じというシンクロ率。
俺の顔を見た千歳は顔を赤らめると、毛布を頭まで被って丸まった。
ん? どこかにみたことがあるぞ、この状況。
俺は千歳になんて言ったらいいのかわからなかった。
ごめん?
いや、でも何について謝るんだ?
おはよう?
いや、まだ夜だぞ?
千歳にかけるべき言葉を探していると、千歳から口を開いてきた。
「なんでこんなに遅かったの?」
毛布の中から、か細い声が聞こえる。
「ちょっと、飛行機が遅れて」
嘘をついた。
でもそれはみんなが幸せになる嘘だ。
ここで『由良と観光した』なんて言ってみろ、千歳は激昂してまた話してくれなくなる。
だったら由良とのドライブは隠してしまえばいい。
そう思っていたのだが……。
「嘘。お兄ちゃんたち3時には空港に着いていたでしょ。青山さんがそう言ってた」
あっさり見抜かれた。
返す言葉もない。
「なんで嘘ついたの?」
「…………」
俺は蛇に睨まれた蛙のように、ソファーでてるてる坊主のように毛布から顔を出す千歳の前に正座していた。
なんか千歳と二人の時は正座してばっかりな気がする。
「お兄ちゃん、怒らないから本当のことを言って」
キリッとした目つきで俺を見てきた。
俺は千歳に空港に着いてからの行動を全て話した。
すると千歳は……
「はぁああ? 意味わかんないんですけど! なんでお兄ちゃんはいつもいつも、そうやって由良には甘いの‼︎」
「怒らないって言ったじゃん!」
「『怒らないから話してごらん』って言う先生に白状して本当に怒られなかったことある?」
「いや、ないです」
でもさっき怒らないって言ったじゃん!
「別に由良に甘いわけじゃないだろ。毎日家事しながら休日はお前のマネージャーもしているじゃないか」
「それは仕事でしょ! じゃあ由良とそうやって遊ぶのもお兄ちゃんの仕事なの?」
さっき青山さんに感謝されたから、仕事といえば仕事なんだろうけど、そんなことを言ってみろ。
火に油を、いやガソリンを注ぐようなものだぞ。
結局なにも返せない。
完全に話の主導権を奪われた俺は、ただ千歳の怒りが収まるのを待つしかなかった。
全国のお兄ちゃんたちはみんなこんな感じなのか?
それともうちだけなのか?
千歳はそれから何も言わずにひたすら毛布をぎゅっと握りしめていた。
しばらくして、すうっと息を吸い、ゆっくり吐くと、怒りを抑えた口調で話し始めた。
「お兄ちゃんは、由良のこと好きなの?」
何も説明できていない千歳からすれば、俺の行動はそう言う風に見えてしまうのかもしれない。
「うまく説明できないけど、俺にとって由良はそういう人じゃない」
実の妹の前で由良のことを妹みたいなんて言えない。
俺が答えられる精一杯の答えだった。
しかし、千歳はそれじゃ不満らしく話を掘り下げてくる。
「好きじゃないなら、なんで一緒にデートしたりしているの?」
「だからデートじゃないって」
「沖縄に来て二人でドライブなんて……私だってしたことないのに」
「え、お前ドライブしたいの? 普段部屋にずっと閉じこもって外出ようとしないのに」
うちの妹は誰に似たのか生粋の引きこもり体質で休みの日はほとんどソファーの上で過ごす。
芸能活動の反動のせいだと思って俺も両親も多少は目をつぶっていたのだが、こいつも外に出て遊びたいのか?
「別にそう言うわけじゃ……でもお兄ちゃんと由良が遊んでいるのを見ると、なんか変な気持ちになると言うか……」
「だってお前、コンビニでソシャゲの課金カード買ったらずっとスマホとにらめっこじゃん」
俺がそう言うと、千歳は軽蔑の眼差しを送ってきた。
「ふんっ!」
妹はベッドに思いっきりダイブすると、そのまま布団をかぶってふて寝してしまった。
昔はもっと素直で可愛い子だったのに、どうしてこうすれ違いが多くなってしまったのだろうか。
俺も軽くシャワーを浴びると、もう一つのベッドに腰掛けた。
あちらのベッドを覗いてみると、息苦しくなったのだろう、千歳は布団から顔を出して寝ている。
寝顔はほんと昔と変わらないな。
「おやすみ」
俺はそう言うと、電気を消した。




