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{第4章} 由良とゆらゆら二人旅(その4)

「初めまして、私、『3LDK』のマネージャーをしております、神野と申します」


 由良の実家のリビングで俺は対面する親御さんに名刺を渡す。


「由良の母です。こっちが由良の父です」

「今回はこのようなことになった原因は私どもの監督不行き届きにあります。申し訳ありませんでした。以後このようなことがないよう努めてまいりますので今後もよろしくお願いします」


 なんとか青山さんに言えって言われたセリフを言い切った。

 監督不行き届きって言葉がなんとも言い難い。


「そんな、今回の件はうちの娘がプライベートでやらかしたことですし、マネージャーさんに落ち度はないですよ」


 お母さんが必死に俺を弁護してくれている。

 あなたの目の前にいる人と一緒に撮られたんですよ。とは口が裂けても言えない。


「わざわざ福岡まで来てくださってありがとうございます。なんのおもてなしもできませんが、ゆっくりしていってください」

「ありがとうございます」



 由良の実家は一軒家で家を出た兄の部屋が余っているらしく、俺にその部屋が与えられた。由良のお母さんは色々と由良を成長させた感じの印象なのだが、性格は由良と似ても似つかないほど、丁寧で正直拍子抜けした。もしかしたら相当甘やかされて育ったのかもしれない。部屋に荷物を置いてベッドに寝転がりながらネクタイを緩めていると由良の声が聞こえた。


「お兄さん、私です。入っていいですか?」

「うん。良いよ」


 ドアを開けて由良が入ってきた。

 ベッドのすぐ近くまで来ると正座をする。


「お兄さん、ついてきてくれて本当にありがとうございました」


 珍しく、由良が頭を下げている。


「いや、これも仕事だから気にするな」


 そう言って俺は手をひらひらさせると、由良はニコリと笑う。


「少し散歩でもしませんか?」


 福岡と聞いて俺は都会を想像したのだが、由良の実家は福岡県は博多市内でなく、その少し外れ。のどかなところだった。


「あー、この景色久しぶりです」


 由良が車通りのない道の真ん中を両腕を広げて歩く。


「帰省とかあまりしていないのか?」

「年末年始はアイドルの繁忙期ですからね」

「そっか……」


 まだ中学生の子供が親元を離れて大人の世界で頑張っている。

 目の前に立つ少女の背中が少し大きく見えた。


「お兄さん、別に親もそんなに気にしていないので心配しないでくださいね。アイドルの熱愛なんて毎日のようにまとめサイトに上がっているので……ただ、今回は写真も載っちゃったので信憑性は強いのですが」


 少し具合が悪そうに笑ってみせる。


「正直、会うまでは由良の両親に本気で怒られると思って、ビクビクしてたんだよ。『娘に何してくれてんだ!』って本気で怒鳴られそうで」

「そんな厳しい親に育てられたら私はこんな性格になりませんよ」

「ははっ、確かに」

「ぶぅ、なんで笑うんですか!」


 由良が俺の腕に抱きつきてきた。

  突然のことで俺はビクッとして思わず、腕を後ろに回そうとしてしまうが、


「離しませんよ、お兄さん。せっかく二人っきりなんですから、楽しいことしましょ」


 俺を掴む手に力を入れて離そうとしない。


「由良、流石にお前の親とかにこの光景を見られたらやばいんじゃないのか? 俺はあくまでお前の付き添いって設定で来ているのに」

「大丈夫、()()()だけですから」

「なんの先っぽだよ‼︎」

「そりゃ、お」


 由良がそのまま平気で言いそうなので俺は急いで口を塞いだ。


「んっん〜、ん〜」


 俺の口の間から由良がいやらしそうな声を出す。

 本当に周りに誰かいたら変に思われるからやめてほしい。


「全く、白昼堂々お兄さんに襲われるんじゃないかと思ってびっくりしましたよ」


 やっぱりもう一回口塞ごうかな。


 俺は由良を放って置いて歩き出した。


「あー。待ってくださいよ、お兄さん」


 由良が走って俺についてきて、また俺の腕にしがみつく。



「捕まえました」

「勝手にしろ」



 上目で見てくるこの変態美少女を、不覚ながらも可愛いと思ってしまった俺もおそらく多分相当毒されているんだろう。


 あくる日、


『もしもし、神野くん? そっちはどう?』

「とりあえず由良のご両親にちゃんと説明しましたよ。向こうも分かってくれたみたいです」

『それは良かった。いや、その場のノリで本当に付き合っちゃうんじゃないかなって思ったけど』

「ま、まさか」


 青山さん、なんでこんな時だけ冴えているんだよ。


『それでね、来週新曲のMV撮影で沖縄に行くこと知ってる?』

「はい」

『どうやら来週の天気が怪しいらしくてね、急遽予定前倒しで明日からやることになったから。由良と神野くんは今日中に沖縄入りしてね。私は、はるちゃんとちいちゃんを連れて行くから』

「え、ちょっ、青山さん?」



 青山さんは要件を言い終えるとまた一方的に電話を切った。

 ほんと傍若無人というか、自由奔放というか。

 俺はリビングでテレビを見ていた由良に事情を話した。


「そっか、じゃあ行かないとですね。福岡空港から直通便があると思うのでそれで沖縄に行きましょう」

「じゃあとりあえず荷物まとめるか」


 スーツケースの中にはまだ一日分の着替えがある。

 青山さんから預かったブラックカードもある。

 沖縄には行けるだろう。

 だが、


「せっかくの里帰りができたのに申し訳ないな」


 由良をまたすぐ仕事に向かわせることに俺は罪悪感を覚えた。


「お兄さんは謝らなくていいですよ。それにこれが私の仕事なんですから。お父さんに空港まで送ってもらうよう話してきますね」


 ――こんな世界でも生きていくって決めたからには私は、死ぬまで食らいつくわ

 俺はあの時の榛菜の言葉を思いだした。

 もしかしたら由良も千歳も、そういう覚悟みたいなのを持っているのかもしれない。


 スーツケースに荷物を詰めていると由良は俺の部屋にやって来た。


「お兄さん、この1時の便で行きましょうか」

「そうだな、じゃあもう出発した方がいいか」


 俺たちは由良のお母さんにご挨拶をして、由良の実家を出た。


「ごめんね、お父さんせっかく帰ってきたのに、またすぐ仕事で」


 由良のお父さんの運転する車の後部座席に俺と由良は座っている。

 バックミラーにうつらないことをいいことに由良はずっと俺の腕に手を回して抱きついている。

 ほんと、これ見つかったらなんて言い訳するんだ?

 小声で由良のことを呼んでも、こっちを振り向こうとはしない。

 よく見ると、耳たぶを真っ赤にしている。

 こいつ、自分でしていることに恥ずかしくなっているのか。


「ごめんね、神野くん。娘はわがままだから色々大変だろうけどよろしく頼むよ」


 お父さんそれは()()()()()()()()()、ですよね。


「いえ、これが僕の仕事ですから」

「仕事か……まぁ親としては娘が幸せに生きてくれれば何も望まんよ。たとえ()()()()()()()()()()としても」


 あれ、完全にバレてる?

 俺は由良のSOSのサインを送ってなんとかその場を丸めてもらおうとするが……

 こいつ、俺の腕に抱きついたまま寝ていやがる。

 由良のお父さんはバックミラーで俺の顔をちらっと確認すると、話し始めた。


「由良には兄が居るんだけどね、年が離れていて由良が小学校に上がるときにはもう実家を出てしまったんだよ。だから神野くんのことを本当の兄だと思っているみたいだね。ほんとこれからもよろしく頼むよ」


 最後の方の声は少し上擦っていた。

 俺はただ一言


「はい」


 とだけ答えた。

「いえ、お義父さん、あなたの娘さんは下ネタ好きのド変態ですよ」と言えるわけない。

 こいつ絶対親の前で猫かぶっているタイプだ。

 そして、その返事を聞いていたのかわからないが、由良の頭が俺の肩にもたれかかってきた。

 胸元に吐息が当たる。

 ますます恋人っぽいシチュエーションに俺の理性はギリギリのところで耐えていた。


「んっん……」


 由良が寝返りを打ち、寝息が俺の首にかかった。

 生暖かい吐息に俺の()()は最終形態に移行した。

 こいつ容赦無く俺の理性を超えてきやがる。

 寝ていてくれて本当良かった。


 俺のあれが自然収縮をした頃、俺たちは福岡空港に着いた。


「由良、着いたぞ。起きろ」


 俺は由良に声をかけるが、起きない。

 今度は体を揺すろうと由良の肩に手を伸ばすが……

 あれ、勝手に触っちゃっていいのかな?

 いや、これくらいのスキンシップはむしろ由良からは日常茶飯事だし、

 でも年上の俺はやっぱり紳士な態度を取らないと……

 と後々考えると恥ずかしくなるくらい童貞を拗らせていると由良は自然と目覚めて、俺は手のやり場を失った。

 俺は空港のベンチで由良にことの成り行きを話すと……


「うふふ。そんな揺すって起こしてくれれば良かったのに」

「いや、でも俺は年上だし、そんなのジェントルマンじゃないと思って」

「お兄さんがジェントルマンなことはもう十分知っていますよ。私はお兄さんのそう言うところが好きなんですよ」


 ん? いま好きって言った?

 彼女は俺の、というか思春期男子の思考を一足飛びにするように俺の手を握ってきた。


「なぁこの前の空港のことだけど、」


 俺はあの言葉を綺麗に清算しないといけない思いに駆られた。

 これで俺の仕事は終わった。

 だったらいつもの俺と由良の距離感に戻らないと、いつか引けなくなってしまう。

 なぜだかわからないがそんな気持ちになった。


「まだ期限は切れてませんからね、この旅行の間って言いました。つまり、東京に帰るまでは有効です」


 由良は人差し指で俺を指差し、ウィンクしてくる。


「お、おい由良」


 由良は俺の手を力強く引っ張って、出発ロビーを走りだした。


「さぁ、お兄さん。沖縄に行きますよ!」


 俺たちの乗った飛行機はふわりと沖縄の地へ飛び立った。


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