{第4章} 由良とゆらゆら二人旅(その3)
「というわけで、明日、由良と由良のご両親に会うことになったんだけど……」
俺は半日ぶりに千歳の座るソファーの前で正座して要件を手短に説明した。
妹が朝起きた時にはもう、どのメディアでもトップニュースになっていたらしく、家に帰るなり即、家庭裁判が始まったのだ。
いや、この場合は再開だろうか。
そして罪状もひとつ増えている気がする。
「……………………」
「あの」
「……………………」
先ほどからソファーにあぐらをかいて座る千歳がウンともすんとも言わずに、ずっと俺を見下している。
「千歳さん、何か言ってください」
「お兄ちゃんは――」
「はい」
「お兄ちゃんは、その……本当に由良と付き合っているんですか?」
「違うって」
「じゃあ、由良のいつものスキンシップ。あれはどう思っているんですか?いつも鼻の下伸ばしちゃって、そんな二人を一泊二日旅行させるなんて……ダメっ! 絶対ダメ!」
千歳は興奮のあまり、床をどんっと踏んだ。
「鼻の下なんか伸ばしてねぇよ」
「嘘だね、絶対伸ばしてる! この写真のお兄ちゃんニヤニヤしているし」
そう言って、千歳は例の写真を保存したスマホ画面を見せてきた。
「と、とにかく、これは青山さん命令でもあるから行かないといけないんだよ」
「それでも反対! 絶対ダメ!」
今日はやけに面倒臭い千歳。
俺は寝不足気味の目で見ながら呆れ半分の声を出した。
「お前な、ブラコンが過ぎるぞ。これは仕事なんだから我慢してくれよ」
どうやらその一言はNGワードだったらしく、千歳はみるみるうちに顔を赤くして大声で叫んだ。
「お兄ちゃんなんか大っ嫌い‼︎」
千歳はそのまま家を飛び出してしまった。
どうせすぐ帰ってくるだろうと思って探しもせず、俺は一日家で溜まっていた洗濯物を干し、冷蔵庫の中の残り物でご飯を作り、そしてソファーでテレビ番組を見ながら乾いた洗濯物を畳んでいたが……
「あいつ、マジで帰って来ないじゃないか」
明日は由良と福岡に行かなきゃいけないから、今日中に千歳に家のことを色々伝えておかなきゃいけないのに……
「まぁ、どうせやらないか」
洗濯物の中から自分のものを持って自室に帰り綺麗に収納する。
ふと、ベッドの脇で充電してあったスマホを見る。
うわ、榛菜から大量の着信が来てる。
『あっ! やっと繋がった! あんた何していたのよ』
「ごめん、ごめん、家の片付けしていたからスマホ見るタイミングなくて、それよりどうしたんだ? 今日はオフだろ?」
『さっき千歳がうちに転がり込んできたのよ。しかも泣きながら』
「そっか、榛菜のところに行っていたのか……もう夕方なのに全然帰ってこないから心配したんだよ」
『まぁ、話の内容は私も青山さんから聞いているから。あんたが東京離れている間、千歳はうちで預かっておくわ。あんたは由良の問題を先に片付けなさい』
「すまないな。本当に」
本当、榛菜さんには頭が上がらない。
『それで帰ってきたら、ちゃんと千歳の方も解決するのよ』
「ほんと、お前は頼れる姉貴みたいだな」
『あんた、年下の女の子に頼ってどうすんのよ。もっとシャキッとしなさい。それと親御さんの所に挨拶に行くんだからスーツ着て、ネクタイもちゃんと締めなさいね』
「今度はなんか母親みたいになったな」
『ぁあ?』
「……いえ。なんでもないです」
やっぱり榛菜さん怖ぇわ。
『あんた千歳がなんで泣きながらここに来たのかわかる?』
「さあ。でも初めてだったな。千歳に嫌いって言われたの……ちょっと悲しかったな」
『はぁ、兄が兄なら、妹も妹ってところね』
「どう言う意味だ?」
『それくらい自分で考えなさい』
「なぁ」
『なによ?』
「ありがとな。ほんと」
『はっ? あんた何言ってるのよ』
「いや、なんか言いたかっただけ」
『あっそ。じゃあもう切るから』
「はいよ」
『……ばか』
こんな朝早くからすでに、羽田空港では多くの人が旅の始まりに胸を弾ませている。
そして俺は未だにやって来ない由良を待っていた。
「おいおい、もうすぐで保安検査場閉まるぞ」
「お兄さーん!」
スーツケースを引っ張って由良が走ってくる。
帽子を深くかぶって顔が見えないようにしている。
熱愛報道が出たばかりでメディアも由良の行動を追いかけているだろうから、変装してくれるのは非常に助かる。
「どした? 今日は珍しく遅刻じゃないか」
「いやぁ、どのゲーム持って行こうか考えていたら遅くなっちゃって」
「お前な、遊びに行くわけじゃないんだぞ?」
「私にとっては久しぶりの里帰りですよ」
あんな報道が出たのに、意外にお互い気兼ねなく話せている……いや、こいつ、さっきから全然俺と目を合わせようとしない。まぁ、無理もないか。熱愛報道って学校で『あいつら付き合ってるんじゃね?』って噂されるみたいなものだもんな。そりゃ噂される二人の仲はぎこちなくなる。しかもそれが全国で噂されているってことだし。
まぁ、こっちはいつも通りに接しておこう。
なんとか無事に荷物を預け、保安検査も済ませた俺たちは福岡行きの搭乗口のすぐ近くのベンチに腰掛けた。
「ねぇ、お兄さん……」
「なんだ?」
「私のせいで迷惑かけてしまってすいません」
「いいよ別に」
「私の両親になんて説明する気ですか?」
「そりゃ、事務所のコメント通りの関係ですって」
その時、由良はそっと俺の膝に手を置いた。
「おい、どうしたんだ?」
由良の方に顔を向ける。
目に涙を浮かべていた。
なんでそんなに悲しい表情をしているのか俺にはわからなかった。
「お兄さん、本当に付き合っちゃいませんか?」
今なんて?
俺と由良が?
付き合う?
「あの……もう一回言ってください」
別に聞こえなかったわけではないが、これは俺の勝手な妄想の世界なのかもしれない。
そんな軟弱な俺の態度に由良はため息つくと、俺の目をはっきり見て言った。
「私と付き合ってください」
言葉が鼓膜を貫き、頭の中にこだまする。
「それって……」
「旅行の間だけでいいんです」
由良はカバンからチケットを一枚取り出して渡してきた。
「もちろん両親には友人関係で通してもらっていいです。でもこの旅行の間だけは私を見て欲しいです。……もしオッケーなら一緒に来てください」
それだけ言うと、彼女は搭乗口の方へ早足で歩いて行った。
つまり、俺に全てを決めろってことか。
この旅行の間だけって言っても、つまり俺と由良は恋人同士になるってことだよな。
いいのか?
でもなんで期間限定?
終わってから気まずくならないか?
かれこれ思案すること数分、タイムリミットが近づいてきた。
『福岡行きは間も無く最終の搭乗手続きを終了します』
もうすぐ飛行機は出発する。
「やっぱり一人で行かせるわけには行かないよな」
俺は搭乗口の方へ向かった。
 




