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第1話

 暑い夏がいつの間にか終わり、秋がやって来ていたことに、私はようやく気付いた。

 クーラーが嫌いで、夏の間は窓を開けっ放しにしてタオルケットをお腹のあたりに掛けて寝ていた。

 その習慣そのままに今日の朝を迎え、秋というか冬の入り口が迫っているじゃないかというくらいに冷え込んだ部屋の寒さで目が覚めた。

「あ゛ー、」

 喉が痛く、試しに声を出してみるとガラガラの枯れた声。

 頭の奥には鈍い痛みがあるし、これは今日のデートイベントはキャンセルした方が良さそうだ。

 今日という日を前々から楽しみにしていたであろう彼氏には悪いが、連絡しないと相手にも準備とか色々あるだろうし。

 そういう訳で、枕元のスマホからアプリを起動し、手早くデートキャンセルの旨をチャット蘭に入力してサッと送信。

 そのままタオルケットを頭から被って目を閉じる。

 すぐさま私は眠りに落ちるのだった。


***


「おーい、こころ? もう朝だぞ起きろー?」

 こころ、というのは私の名前だ。

 だからつまり、誰かが私を起こそうとしているようなのだが、しかしこの声は誰の声だ?

 私は頭が痛いし風邪だから今日はもう寝てるって決めたのに。

 タオルケットから顔を出してみると、私を起こしていたのは兄だった。

「え゛、ちょっどお兄ぢゃん、何で私の部屋に居るの!?」

「うわこころ、お前声がガラガラじゃん。本格的に風邪引いてるっぽいなぁ。……窓開けっぱで寝てたのか? 今朝は結構冷えてたからな。大丈夫か?」

 大丈夫じゃないし。地獄の底から響いてるかのような酷い声だし、これは完全に風邪ですね。……じゃなくって、

「な、ん、で、い、る、の?」

 一音ずつ、区切って再度問うてやった。

 声が枯れているのもあって、予想以上に凄みの強い言い方になったが、目に見えて兄が狼狽え始めた。

 まだ高校二年である私と違い、兄は一年前、就職を期に家を出た筈であった。

 とはいえ、週末はほとんど家に帰ってくるし、別に家に居ることにそこまで違和感というか不自然さがある訳ではない。

 別に兄妹間で仲が悪い訳でもなく、だがこの兄は少し私に対して過保護な面があるというか、少しばかり私に対しての対応がおかしいというか、

「いやだって、こころが風邪引いたって連絡してきただろ? 心配でさ」

 ……うん? 私は兄に連絡した覚えはないのだが、

「それに、デートはキャンセルって、それどういうことだ? 俺はいつでもこころの為に予定は空けてあるが、でもデートの約束なんてした覚えがないからな、だから風邪引いて熱出して錯乱してるんじゃないかと心配でな。……まさか、彼氏が出来たとかそういうことは言わないよな?」

 兄の表情は笑ってはいるが、しかし目が笑っていない。

 あー、失敗したなあ。心配させるつもりはかけらもなかったというか、まさか半分寝ぼけてたとはいえ、間違えたアプリを起動して、まさかの兄にデートキャンセルの連絡をしてしまっていた訳か。

 あー、失敗したなあ。

 でも、私だって仮にも華の女子高生、彼氏くらい……いや、初めての彼氏で、しかも今日は初デートイベントのはずだったのだ。

 指定の店や公園なんかのスポットを回る予定で、けれどもこの体調では無理だから来週以降に回さざるを得なかった。

 そもそも、そんな彼氏との予定を兄に知られれば面倒なことになるだろうからと、その存在を伏せてきたのだけれども、私のポカでバレてしまった訳だ。

 不審な目を向けてくる兄を無視して、私はスマホを手に取って例のアプリを起動する。

「なんだ、このアキトってやつがお前の、その、……彼氏ってヤツか?」

「ぢょっど、見ないで!」

 私とスマホの間に顔を挟むように割り込んでくる兄を押しのける。

 だが兄は全く動ずることもなく、それどころか訳知り顔をして見せて、

「……全く、可愛い妹がこんな風邪で苦しんでるっていうのに、デートに来てないって怒るとか、有り得ないだろ。酷いヤツだな。……ん、これってもしかして、」

 ちらりと見えたチャットの履歴を見てどう判断したのか、何やらぶつぶつと言っていた。

 私からすれば全く怒っているような文面には見えず、むしろ待ち合わせの場に来てないし連絡もつかないけど大丈夫か、と私を心配する言葉が連なっていた。 

 取り急ぎ謝罪と、あとは風邪で寝込んでしまっている旨をスマホに打ち込んで、

「ちょっと待て、こころ。そんな男に連絡する必要はない。寝てなさい」

「何ずるの! がえじでお兄ぢゃん!」

 送信する前に兄にスマホを取り上げられてしまった。そして兄が素早く手早く私のスマホを操作して、

「代わりに返信しといてやった。金輪際、こころと会うなって。……あ、おいこころ? 大丈夫か? 起き上がるんじゃない、寝てなさい」

 それを聞いて、私は完全に頭に血が昇った。

 あまりの兄の横暴に腹が立って腹が立って、だからベッドを抜け出して、兄の前に立って握り拳をぎゅっと固めて、

「ばがぁ! お兄ぢゃんの、ばがぁ!!!!」

 思い切り、ぐーで殴った。

 私の拳を左頬で受けた兄は、目を見開いたまま後ろに二、三歩ほど後ずさって、

「……いやあ、こころに殴られるとか久々だな。うんうん、それくらい元気がある方がいい。スマホはしばらくお預けだ。寝てなさい」

 頬は赤くなっており痛そうではあるけれども、だが兄の精神的な方向では全く効いた様子がない。

 むしろ私の拳の方が痛いくらいで、

「あ゛ー、もうなんなの!?」

 私は頭を抱えて蹲るのだった。

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