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鶯の抵抗  作者: 梔虚月
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03 舞台と筋書き

 応接室では、恵子と彩子がソファに横たわる母親の身体を擦っていたが、私の顔を見上げると立ち上がり、横に避けて道を開ける。

 浅い呼吸の節子は目を瞑ったまま、私が目の前にきても無反応であり、意識を回復する兆しもなかった。

 私が膝を折って顔を寄せると、不安な顔で見守る娘たちに『何かあれば呼ぶので、しばらく一人にしてほしい』と、下働きと部屋を出ていくように伝えるが、母親が心配であれば素直に言うことを聞かない。

「優馬くんを空き部屋に移しておいでなさい、私は彼が人殺しではない証拠を探している」

「彼が無実の証拠が、この応接室にあるのですか」

「確実な証拠とわからなければ、まだ誰にも知られたくありません。ですから、しばらく一人にしてほしいのです」

 恵子は頷くと、妹の彩子と下働きに声をかけて部屋を後にした。

 私は彼らが貴賓室を抜けて玄関ホールに向かうのを確認してから、黄金銃が飾られていたキャビネットの書棚から、巻数の並びがちぐはぐだった本を引き出してみる。

 市警察の現場検証では、書棚や壁など部屋に細工が無かったと言うのだが、古い洋書は製本サイズがまちまちで、背表紙の奥行きも高さもばらばらだった。

 だから本を少しばかり手前に引き出して、奥に黄金銃を隠したところで、よほどの洞察力がなければ見つかるはずがない。

「ここだけ巻数がちぐはぐなのは、兼久に黄金銃の隠し場所を知らせる合図だったのでしょう」

 私は節子が寝かされたソファに向き合って腰を下ろすと、軍刀の頭に両手を乗せて踏ん反り返る。

 彼女に意識があるか否かはわからないが、私の推理を聞かせることにした。

 給仕が貴賓室や応接室の食器を後片付けしていても、ここに出入りして不審ではない人物は、この家の主である高平家の身内であり、黄金銃が盗み出されて疑われない者も、持ち主である高平家の身内である。

「節子さんは一日目の夜、私たちが玄関ホールで散会した後で応接室に戻り、黄金銃を本の後ろに隠して窓を開けた。貴女は黄金銃がないことに気付いた給仕に、主人である政信氏より先に報告を受けたのだから、そのとき私室に戻っていなかったんです。給仕にとっては、屋敷中央に献立に口を出す貴女がいても不審者ではないし、貴女が黄金銃を盗み出すとも思わない。それに署長の貞治や私は当時、武器を取り上げられた招待客の犯行を疑っても、まさか家主の自作自演を疑いませんでした」

 黄金銃は応接室に隠されており、誰にも盗まれていなかった。

 兼久は騒ぎが収まるのを見計らい、応接室の書棚から不規則な巻数で並ぶ本を引き出して、裏に隠された黄金銃を入手したのである。

 黄金銃の盗難騒ぎは、客室二階の招待客にアリバイを作るための自作自演だった。

「このとき兼久に渡した黄金銃には【嫉妬の弾丸】が込められており、残り六つの弾丸は貴女が持ち去ったと考えています。政信氏を暗殺する兼久に、犯行を疑われないと納得させるためです」

 兼久が政信の暗殺に成功したとき、彼には盗めない黄金銃が用いられて、さらに一緒に盗まれた弾丸が見つからなければ、目撃者を気取って白を切り通せると唆した。

「広い屋敷であれば残りの弾丸を隠すのも、良夫殺害に使う拳銃一丁を隠すのも、それほど難しくなかったはずです。もっとも署長の貞治が兼久の事件を暗殺未遂で幕引きを図っていれば、現場検証もそこそこに鑑識を引き揚げさせています。署長は最初から――十年前から、醜聞を嫌がる政信に配慮していたわけです」

 しかしそうであっても、私は共犯者の存在を指摘して、兼久が言い逃れできる状況にならなかっただろう。

 私は実際、客室二階の招待客には黄金銃を盗めないのだから、兼久には共犯者がいるとの結論に至っている。

 ゆえに節子が隠した黄金銃を、わざわざ彼に受け渡した訳合いは、そうと言い含めて引き金を引かせるためで、それを以て共犯者の存在を否定するものではなかった。

 ゆえに彼女が犯行に協力したのは、そもそも銃口が鉛の詰まった黄金銃で、兼久を騙して殺すための罠だったと言える。

「貴女は、端から兼久を殺す気だった。彼の殺意は仕掛けられた罠に気付かないほど、強かったのかもしれませんね」

 第一の殺人は、主犯である兼久の犯行に節子が手を貸した筋書きである。

 殺害の予告状を送りつけて屋敷に招かれた兼久は、宴を主催した政信の暗殺を企む主犯であり、節子は協力者に過ぎなかった。

 どちらが物語の主人公で、事件の筋書きを書いた脚本家だったのか。

 兼久が政信の暗殺を企てた主犯なのだから、彼が殺害の予告状を送りつけた主人公であり、それと気付いて台本を書いたのが節子だったと推理する。

 そうであるならば、夫の政信が容疑者を集めて狂気の宴を開いたのも、妻である節子の入れ知恵で、招待客の人選も彼女の意向によるものだろう。

 なぜなら政信は、満州から黒羽武を招いた訳合いを『妻が、彩子との縁談話に乗り気だった』と、招待客の人選に彼女が口を出していたと示唆している。

 台本に相応しい舞台と筋書きは、彼女が作ったと考えれば筋が通る話だ。

 つまり七人の招待客は、彼女の書いた台本のために舞台に集められた演者であり、それぞれに明確な役柄が用意されていた。

「貴女が招待客に用意した役柄は、被害者と目撃者、そして濡れ衣を着せるための犯人だった。しかし、これには少なからず番狂わせが生じたはずです」

 節子は相変わらず無反応だったが、私が真犯人と決めつけていることを察して、こちらに向けていた顔を寝返りで仰向けにした。

「私が今から語るのは、事実であって真実ではない。そして私が欲しているのは事実であり、真実ではありません」

 私が軍刀の石突金物で床を強く叩けば、気を失っているはずの彼女の瞼がギュッと閉じる。


 ※ ※ ※


 差出人不明の殺害予告を送られた政信は、それを破り捨てて一笑に伏すことができなかった。

 醜聞を嫌がる彼にとっては、命を狙われている事実そのものが、悩みの種となっており、家族ばかりか屋敷の下働きにまで愚痴をこぼしている。

 妻の節子が差出人を兼久と特定したのは、当てずっぽうの偶然だったのか、それとも必然だったのか。

 夫の朋友と呼ばれた彼が帝都不祥事件を境にして政敵に転じていたこと、それに貴子の事故死で夫の関与を疑っていると知り得ていれば、当たりを付けた彼女から接触したと考えられる。

「節子さんが、私が政信さんを殺すお膳立てをしてくれると言うのですか」

「主人の殺害に使用する拳銃は、兼久さんが絶対に入手できない経路で、私が用意して渡しますわ。私が貴方に肩入れする理由がわからなければ、誰も私たちを共犯者だと疑いません」

「しかし節子さんには、夫を殺す理由があるんですか? まさか私を騙して警察に付き出すつもりならば――」

「主人が長男の和政ではなく、貴子さんの息子に高平の家督を継がせると言うのが、私には堪え難い屈辱なのです」

「政信さんが、貴子の子供を跡取りに迎える? あいつは、そんな身勝手が許されると考えているのか。あいつは『景色でも眺めて気分を直せ』と、貴子が転落死した滝を私に紹介したんだぞ。あのときは、私の不注意で妻を殺してしまったと思い込んでいたが、今となって冷静に考えれば、あいつの口車に乗せらたと思っている」

「呪われた滝の噂は、子供だって知っているわ。主人は結局、兼久さんと妾だった貴子さんが世帯を持ったことに嫉妬していたのよ。彼の目には、私たちが映っていなかった。いいえ、彼の目には今も貴子さん(壊した玩具)しか映っていない」

「貴子の忘れ形見を跡取りにするだと、そんな真似されたら私や貴子の立場はどうなる。優馬を妾腹の子として高平家に迎えられたら、大坪田家や妻だった貴子は笑い者じゃないか」

 政信の暗殺未遂は兼久が主犯であっても、節子が台本を書いたことに変わりがなく、連続殺人事件の発端となった兼久の暗殺計画は、彼女から持ちかけたものだった。

 そして節子は、ここで以前から政信から聞かされていた黒羽家の嫡子である黒羽武と、次女の彩子の縁談話に託つけて、予告状を送り付けた容疑者が一堂に会する祝宴を持ちかける。

 妻の提案を受け入れた政信は、大坪田兼久、榊原夫妻、飯田良夫を容疑者として招いた。

 彼が祝宴に永岡優馬を呼んだ訳合いを想像すれば、この機会に父親を名乗り出て、長女との交際に反対していたこと、妾腹の子として議席を世襲する旨を明かすつもりだったのではなかろうか。

 もちろん節子も強く推薦しているが、そうでも考えなければ政信が優馬を屋敷に招く訳合いが見当たらない。

 ちなみに長女の恵子は、母親が優馬との交際を認めていると証言しているので、彼女が高平家の書生が妾腹の子だと知ったのは、政信が彼を家から追い出したときだったと思われる。

 次女と私の交際を応援すると口にしている彼女は、事実を知るまで長女と書生の仲も純粋に応援していたのではないか。

 それが優馬を殺すに至ったのだから、これは不如帰の托卵を恐れる鶯の所業というより他がなかった。

 こうして信州の奥処に集められた招待客は、自らに与えられた配役を知らぬまま舞台に上げられたのである。

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