兄弟は今日も皆様の安全を守ります。
擬人化企画、参加二作品目。ある付喪神達の会話です。
頭をやわらかくして、お好みのイケメンで脳内ビジュアル化してお読みください。
第一話「隣の芝は青い」
私は、人々を眺めていた。老若男女、様々な人間がそこに立ち、私を見ている。
光によって人間たちを導き、見守ることが、私の職務であり使命である。
今日も背筋を伸ばして立ち、我が内に燃える仕事への熱意を感じていると――弟が話しかけてきた。
「兄貴ぃ、俺、兄貴と仕事代わりたい」
「……はぁ?」
見下ろすと、弟が、腰に手をやりながら、落ち着かなさげにうろうろしていた。
「……何を言っている?」
「だってぇ、俺、兄貴が羨ましいんだよー」
いい年をした男が甘えた声で足をばたつかせる。私は弟に、視線だけをよこした。
「何がどう羨ましいんだ。仕事は同じだろうが」
というより、私と弟の仕事は二人一組のコンビだ。共に互いがいなければ成り立たないが、とはいえ、やっていることに大した違いはない。
しかし弟は、がばっと顔を上げると、駄々をこねる。
「だって兄貴の方が、絶対、人間にずっと見つめられてるぜ!?」
「……そうか?」
私は自覚がなかったので、弟の言葉に、人間達を見下ろす。
――確かに人間達の中には、私の輝きをじっと見ている者もいた。近年、私ではなく、スマホとやらを見つめている人間が増えた気もするが、それでも合間にチラチラと私に視線を向けていた。
一方――弟が輝いた途端、人間達は一瞬弟の放つ光を見たが、すぐに弟から視線を逸らした。
……なるほど。
確かに、我々兄弟の持つ輝きは、その強さも長さも同じくらいではあるが、私の方が弟より人間の視線を受けているように思われた。
「な、な? だから兄貴、俺と代わろうぜ!」
「馬鹿を言うな。そんなことをすれば人間達が混乱をする。彼らを守るのが私達の使命だ」
「……ケチ」
いじけたように俯く弟に、拳骨を食らわせておいた。
弟の頭から、青い光の粒がぱらぱらと飛び散った。
翌日。
「俺やっぱり、兄貴と代わんなくてもいいや」
「……ほう?」
妙に上機嫌の弟に、私は尋ねた。何が嬉しいのか、いつもより明るく光っている。
「やっぱり俺の方が、皆から人気あるもんな」
「人気だと?」
弟は嬉しそうだ。
しかしこいつは、人間から見られているだの人気だのと……そんなものを気にしてどうする。
そもそも私達は、人間に好かれ、愛でられる類の物だろうか。まあ、弟が素直に仕事をするのであれば、それも良かろうと、乗っかっておくことにした。
「そうだ、お前は人間に好かれている」
「だって、俺がいたら、みんな走って駆け寄ってくるもんな」
「そうだな」
「それに、人間が兄貴をじっと見てる時って、イライラしてるもんな」
「……そうだな」
「人間に待ち望まれてるのは、俺の存在だもんな!」
こいつ……。
イライラしたが、ぐっと堪えた。
誰が何と言おうが、私は人間達を導く自分の仕事に誇りを持っている。
ただ、ほんのちょっと、弟が羨ましくなったのは……内緒だ。
第二話「赤子の手を捻るよう」
私は、人々を眺めていた。
光を示し、人々を見守り導くことが、私(と弟)の職務であり使命である。
私(と弟)の導きに反することが愚かなことであるというのは、幼い子供でも知っている。ゆえに、ほとんどの人間は我らに従う。眼下に広がる人々の営みは、今日も平和であった。
「お疲れ様です」
声をかけてきたのは、隣の三姉妹の末っ子であった。
「ああ、お疲れ」
彼女は、私よりも高い場所から、その青い瞳で人々を見下ろしていた。
この三姉妹もまた、我々兄弟と同じく、人々を導く役目についており、仕事では大事なパートナーである。
私の仕事は弟とコンビでするものなのだが、さらに、我々兄弟と、彼女ら三姉妹がセットで仕事をすることで、人々を完璧に導くことができるのだった。
「最近、わたくし達の光を無視する人間が多くて困りませんこと?」
「うむ。由々しき問題だな」
軽く世間話をしているうちに、三女と入れ替わりで次女が顔を出した。
「どうも……」
黄色の髪をした彼女は、引っ込み思案で、控えめだ。
私に礼をすると、すぐに長女と入れ替わる。
「ふふ……今日も人間達は気忙しいわね」
三姉妹の長女は、紅を引いた真っ赤な唇を妖艶に吊り上げ、人々を照らすように輝きを放ち、秩序によって導き始めた。
「……やっぱり兄貴が羨ましい」
「また何を言い出す……」
気が付けば、弟がむくれていた。
「だって! 兄貴はあの三姉妹全員と一緒に仕事してんだぜ!」
「……お前だって、してるだろうが」
「してねえよ、俺、三姉妹の顔見たの、付喪神になってからだもん」
あっさり言い切った弟の言葉が信じられずにいると、弟は、指で空中に何やら書き始めた。
青い光の筋が宙に残り、さらさらと図を書いていく。
【ローテーション表】
兄貴 三女
↓ ↓
↓ 次女
↓ ↓
↓ 長女
↓ ↓
俺 ↓
↓ ↓
↓ ↓
兄貴 ↓
↓ ↓
↓ 三女
「こういうローテーションの繰り返しなんだよ! 明らかに兄貴は三姉妹全員と一緒だけど、俺だけは姉御としか一緒じゃないんだ!」
「……。」
言われてみれば……そうである。
だが、私達の仕事とはそういうものなのだ。
ぎゃんぎゃん言う弟を無視し、背筋を伸ばして立っていると、斜め上から、三姉妹の長女――魅惑的な赤い唇が印象的な姫だ――が語りかけてきた。
「あら、アタシと一緒なのは不満かしら?」
弟は口ごもる。
「そういうわけじゃ……」
「アタシは貴方のこと、とっても素敵だと思ってるわよ?」
うふふ、と彼女が微笑む。
「だって、貴方が輝く時には素敵な音楽がつくし、去り際には星みたいに瞬くでしょう?」
それは私や貴方のお兄様にはないものだわ、と言って微笑む彼女に、弟は照れて頭をかく。
「……そ、そうかな」
「人間で言ったら、ほら、アイドルというのがちょうどそんな扱いなんじゃなくて?」
「アイドル……」
分かりやすく喜ぶ弟。
チョロいにも程がある。
「そっか! 俺、頑張るよ、姉御!」
意気揚々と輝き出す弟を、呆れた目で見る私に、彼女は流し目で妖艶な笑みを向けた。
「もちろん、いつも凛々しい貴方も素敵よ?」
「……む」
思わず、赤くなったのは、断じて色気にやられたからではない――それが私の仕事だからだ。
登場人物紹介
兄(歩行者用信号機:赤)
いつも背筋をピンと伸ばして直立不動、真面目で堅物。寡黙だが、仕事への熱意は高い。
そこそこ人通りと交通量のある、ごく普通の直進路に設けられた信号機に宿った付喪神の一人。
弟(歩行者用信号機:弟)
気分屋でハイテンションな青年。兄と年格好は変わらないように見えるが、落ち着きがないのは、「進む」という動の要素に縛られているからか。
最近は、「俺って実は緑なんじゃ?」と自らのアイデンティティに悩んでいる。
長女(自動車用信号機:赤)
三色丸いランプが並ぶタイプの信号機の長女。
赤いルージュが魅惑的なセクシーお姉さん。
次女(自動車用信号機:黄)
黄色い髪のおとなしい女の子。
点灯時間が短いからか引っ込み思案だが、本人は五人の中で唯一の黄色を気に入ってる様子。
三女(自動車用信号機:青)
青い瞳のしっかり者の少女。夜間には、兄と二人のシフトが長いからか、よく話をしており、彼がちょっと気になっている。
企画を主催してくださった黒井様、読んでくださった皆様、ありがとうございました。