18.渡す物
「……うぅっ、お母様怖かったです」
先程のメルシアさんを思い出してか、耳も体もへにょりとへたらせ怯えるメルル。確かにさっきのメルシアさんは確かに怖かったけど。
俺も殺気とかには慣れているけど、そういうのとはまた違っているからか、俺も普通に怖く感じるんだよな。女性を怒らせるととんでもないのは誰でも同じようだ。
レオナとかもキレたら怖かったなぁ。俺が無断で外に出たりしたら「ヘル様、あまり酷いと縛って閉じ込めますよ?」とか、にこにこと笑みを浮かべながら言ってくる事もしばしばあったし。
第1師団長のクリフィーネ師団長も普段にこにことしている癖に怒ると本当にやばかった。俺も1回だけしか見た事ないけど、キレて屋敷を半壊させていたしな。実力が桁外れに高い分、余計にタチが悪い。
「師匠? 顔色悪いですけど大丈夫ですか?」
俺が昔の事を思い出していると、メルルが下から心配そうに覗き込んできた。俺はなんでもない、と言いながらも街の中を歩く。
ここら辺はあまり被害が出なかったようだ。全壊している建物はかなり少なく、既に自分の家に戻っている人たちもいる。
そして、しばらく街の中を歩くと、大きい広場に出た。ここはそこそこの被害があったようだ。この辺りも他の場所に比べたらマシなようだ。屋台などは壊れていたりするが、中央にある噴水などは無事だ。
「それで、私に話したい事って何ですか?」
復興しようと作業をする街並みを眺めていると、隣を歩くメルルが尋ねてくる。そうだな。黙っていても仕方ない。
「メルル、急だが俺は明日にでも街を出ようと思う」
「えっ!?」
俺の言葉に耳も尻尾もビンっ! と立ち体全身で驚きを表すメルル。しかし、少しすると耳も尻尾もへにょりと垂れ下がり、涙目になるメルル。
「ど、どうしてそんな急に……」
「もう少し教えてやりたかったんだけどな。どうしても行かないと行けなくなった」
ルイスが何を企んでいるかはわからないが、あいつを野放しにしておく事は出来ない。直ぐにでも後を追いかけないと。
今にも泣きそうなのを何とか我慢するメルルを見ると、とても心苦しいものがあるが。俺は少し腰を下げてメルルと同じ視線で目を合わせる。
「だけど、あの約束を忘れたわけじゃないぞ?」
「え?」
俺は腰からナイフを抜く。クロスリッパーには当然及ばないが、それでも切れ味は他のナイフに比べて鋭く、魔力を流す事である能力が発動するナイフだ。
「この都市の副師団長にメルルの事を頼んでいる。この都市の師団に入って強くなってから再開した時、その時まだメルルの気持ちが変わっていなかったら、一緒に行こう」
俺から手渡されるナイフを震える両手で受け取るメルル。そこまで緊張するものでも無いのだが。
「わ、私っ! 師匠と次に出会った時、付いて行けるように頑張ります! だ、だから! 絶対に戻って来てください!」
「わかった。楽しみにしておくよ」
俺は微笑みながらメルルの頭を撫でる。メルルは擽ったそうに目を細めるが嬉しそうだ。
それからメルルは俺の渡したナイフを抜いては戻して抜いては戻してを繰り返しては、にへらぁ〜と笑う。あまり女の子が刃物を見て喜ぶ姿は、言葉に出来ない怖さがあるが、喜んでくれるのは嬉しいものだ。
レオナにも何度かあげた事はあるけど、あいつは泣いて喜ぶから逆に怖いと思うほどだったからな。
それから再び街の中を見ながら屋敷まで戻る。途中でナイフを見過ぎたメルルが刃を出した状態でこけそうになるが、それ以外は特に問題が起こる事なく戻る事が出来た。
メルルには無闇に街中でナイフを抜くなと、言っておいたので、これからは大丈夫だろう。
怒られてしょんぼりしたメルルと屋敷に戻ると外にはグリフォンが横たわって寝ていた。しかもただのグリフォンではなく、全身が純白のグリフォンだ。
花嫁が着る純白のドレスのように見える事からブライドグリフォンなど呼ばれていたりする。滅多に見る事が出来ない希少種で、飛行能力が高く、風魔法が得意なモンスターだ。
こいつをテイムしている奴は俺は1人しか知らない。まさかこんな早く来るとは。こちらからの手紙は魔鏡という魔道具を使えばいい。効果は魔鏡があるところに物を送れるという、2つ以上ないと効果を発揮しない魔道具だ。
生き物は送れないし、それなりの魔力は必要にはなるが、非常時などの連絡にはかなり役に立つ。12師団のところには必ず置いてある物だ。
それから連絡が来た後に、直ぐにブライドグリフォンに乗って来れば、3時間ほどで着く事出来るが、まさかあいつが単独で来るなんて……
「あの駄犬、俺の事書きやがったな」
それしか考えられない。それ以外にあいつがこんな早くに、それどころか第5都市から出張って来るわけがないからな。
あいつ、面倒だから会いたくないのだが、中に入らなければメルシアさんたちには会えない。メルルも来ないのですか? と俺を見て来るし。
仕方ない。意を決して中に入るか。中に入ると1番奥の上座に燃えるような赤色の髪をした女性が気だるそうに座っていた。そして
「はぁ〜、あんたは100テラ。あんたは2万テラね。はいさっさと払って〜」
と、自分の好みで治療費を請求しているのだった。




