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「で、誰?」
「は?」
「リズの初恋相手」
我が家に着いたとたん、ジルベルト様は真剣な目をして私の初恋の相手を尋ねてきた。その眼差しが少しこわい。
「えっと、何か私にご用があったのではないのですか?」
「それよりも今は、リズの初恋の相手が知りたい」
そんなに気になるの?まさか、処刑のネタにするつもり?でも後ろ暗いことなんて何もない。ちょっとした淡い恋心なんて見逃してほしい。
大体ジルベルト様は私に対する態度がおかしい。
“第二王子”は“エリザベス”が嫌いな筈でしょう?
婚約してから交流のなかった私達はあの庭園が初対面と言っても過言ではないのに、あの日以来、この人は私にベタベタ触れ、愛を囁き、人前でもお構いなしにイチャイチャしてくる。
いったい何が彼をそうさせるのかわからない。何かしらのゲーム補正が働いて、私がヒロインに嫉妬する状況を作り上げているのだろうか。そうは思うが、今はジルベルト様が嫉妬しているように見える。
「リズ、早く教えろ」
射るような眼差しで見つめられ、胸が波打つ。引く気はなさそうな様子にひとつ息を吐き、ジルベルト様から顔を背け、少しふてくされながら答えた。
「王宮建築士見習いのルーと言う少年です。我が家の改修工事の際に出会っただけで、特に何かあったという訳ではありません」
だから処刑は止めてくださいね、と言う気持ちを込めて言ったが、ジルベルト様からの反応はない。
ルーは、建築士のおじ様達からルー坊と呼ばれていた同じ年ぐらいの榛色の髪の少年で、いつも帽子を目深にかぶり俯いていたから、顔はよく覚えていない。たまたま怪我をした彼を治療して知り合い、何度か言葉を交わしたぐらいの関係だけど、工事最終日にぶっきらぼうに渡された手作りの宝石箱は、今でも一番の宝物だ。
そういえば、一度だけ見た彼の瞳はジルベルト様と同じ透き通るような碧眼だったな、なんて懐かしく思っていたが、その間も相変わらずジルベルト様からの反応がない。
不思議に思いジルベルト様の方を見ると、ジルベルト様は口元に手を当て、顔だけでなく耳まで真っ赤にさせて、私を凝視し固まっていた。心なしか瞳もうるうるしている。
え?どういうこと?
怒っている、ようには見えないし、処刑ネタを掴んで喜んでいるようにも見えない。なんだろう、強いて言うなら感極まったって感じ?
「あの、ジルベルト様?」
恐る恐る呼び掛けると私から目をそらし俯いて何かぼそぼそ言っている。
「……さか…俺……どうし……んな…うれしい…」
声が小さすぎて、何を言っているのか聞き取れない。
「ええと、ジル?」
「リズ!!」
取り敢えず、もう一度呼び掛けて見ると力強く抱き締められた。
「リズ、エリザベス、俺も、俺もなんだ」
はい?俺も?
えっと、今話していたのは私の初恋相手のことで、それが俺もっていうことは・・・
えっ!?まさか、ジルベルト様もルーが初恋相手ってこと?
つまりジルベルト様はBにLで、じゃあ私にベタベタするのはそれを隠す為のカモフラージュだったの?
衝撃の事実に驚愕している間に、ジルベルト様は私の手を取り跪いた。
「エリザベス・サファイア、俺の愛を君に捧げる。どうか、俺だけの宝石になってくれ」
これ、王子ルートのハッピーエンドで言われるプロポーズの言葉だ。女性を宝石、男性を宝石箱にたとえる、この国のプロポーズの定番の言葉・・・
「エリザベス…」
熱のこもった瞳で見つめられ、心臓が早鐘を打つ。
本当はわかってる、ジルベルト様が私をどう思っているのかも、自分の気持ちも。
でも未来を考えると認めるのが怖かった。だからずっと誤魔化してきたけど、もう限界。
みんなが私とジルベルト様の恋を期待していたのは、きっと私の想いが漏れていたから。
だってあの庭園で出会った時からその瞳に囚われている。
「ジルベルト様」
私も跪いて、ジルベルト様の手を両手で握りしめる。
「私の愛は貴方のもの。私の宝石箱は貴方だけ」
「エリザベス…」
ジルベルト様の顔が近づいてきて、私はゆっくりと瞳を閉じた。そして私達は長い長い口付けを交わした。
「そういえば、ご用は何だったのですか?」
長い口付けの後、私達はソファに移動し寛いでいた。もっとも私はソファではなく、ソファに座るジルベルト様の膝の上に座らされているけど。
「あぁ、俺の臣籍降下が承認されて、学園入学前にこの家に入ることが決まったんだ」
「臣籍降下?」
「リズは一人娘だから王子妃になると公爵家の跡取りがいなくなるだろ?もちろん縁戚から養子をとることも出来るが、父上と公爵と相談して俺が公爵家を継ぐことになったんだ」
「よろしいのですか?」
王子いずれは王弟だけど、筆頭公爵家とはいえ公爵とは身分も待遇も仕事も色々違うのに本当に良いのだろうか。
「俺には継承権がないし、兄上も婚約されて、エドワードには黒髪の子が産まれた。だから何の問題もない」
スッキリした笑顔でそう言われると、何も言うことはできない。
「それに学園に通う間リズに会えないなんて耐えられないからな」
んん?会えない?
「入学前に結婚式をあげて、俺はアイオライト子爵を叙爵され、公爵家の隣の王家直轄領を授与される。リズはアイオライト子爵夫人だな」
ハハッとジルベルト様は嬉しそうに笑っているけど私は事態がうまく飲み込めない。
お父様が引退するまで公爵位は継げないから、降下したジルベルト様が子爵位を賜るのはわかる。上位貴族の嫡子は結婚するとその家のいくつかある爵位の1つ(大抵は子爵位)を継承するし。
でも結婚?会えないってどうして?“第二王子”と“エリザベス”は同じ教室に在籍していたのに?
「ジル、どうして入学前に結婚になったのですか?会えないとはどういうことですか?」
「これは兄上と決めたんだが、学園は男女別々に学ぶように変更したんだ」
「男女…別々?」
「兄上がフィリア嬢と他の男が近付くのを嫌がってな、俺もリズに他の男を近付けたくない。だから学園と交渉して別学にしてもらった」
殿下が交渉・・・それは交渉と書いて脅迫と読むのではありませんか?
「兄上が熱心に交渉していたからな、恐らく学園で男女が接触するのは不可能だろう。リズに男を近付けたくはないが、俺もリズに会えないのは嫌だ、だから入学前の結婚を願い出て、今日許可がおりたんだ」
殿下が交渉したのなら、ジルベルト様が言うように学園で男女が接触することは不可能だと思う。
これは、なんと言っていいのか・・・
学園で攻略対象とヒロインの接触はほぼ不可能。
ジルベルト様と私は婚約者でなく夫婦。
攻略対象の第二王子は子爵になって、ライバルの公爵令嬢は子爵夫人。
王子でも公爵令嬢でもない私達。
つまり、王子ルートは消滅ですか?