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んっ、あれ?ここどこだっけ?
ボーッとした頭で辺りを見ると、見慣れぬ天蓋が目に入ってきた。身体を起こそうとするも全身がだるく、しかもお腹に重石が置いてあるようで起き上がることが出来ない。
えっ?何これ、腕?
何とか手を動かしお腹にやるとそこには人の腕らしきものがあった。もっとよく確かめようと腕らしきものをペタペタ触っていると不意に手を取られ、指が絡められギュッと握り締められた。
えっ?と思った次の瞬間、上半身を引き起こされ強い力で抱き締められた。
「◇§◎#&%★!?」
叫ぼうにもビックリし過ぎて声が出ない。
何!?何なの!?何が起きてるの!?
状況が把握出来ずパニックに陥っている間にも締め付けはますます強くなる。
くっ、苦しい。息が・・・。
強い締め付けに呼吸がままならなくなってきた頃、「コホン」と何処からか咳払いが聞こえ、締め付ける力が弱まった。
ホッと息をついたところでこちらを見つめる碧い瞳と目が合う。
え?ジルベルト様?なぜ私を抱き締めてるの?
ボーッとしたままジルベルト様を見つめていると、ふわっと優しい眼差しで微笑まれた。
うわー、そうやって微笑むと殿下そっくりー・・・ん?殿下?そっくり?
先程の出来事が脳裏を過り、背筋に冷たいものが流れる。
あれ?もしかして私、ジルベルト様に殺されるところだった?
誰かの咳払いが無ければそのまま窒息していたであろう状況に気付き愕然とする。
え?なんで?確かに“エリザベス”はジルベルト様に嫌われていたけど殺したいほど?いや、最終的には処刑されたんだけど、でも私まだ何もしていないよね?
そんなことを考えているといつの間にかジルベルト様の膝に乗せられていた。ジルベルト様は左手で私をがっちり抱き締め右手でスープが入ったスプーンを差し出す。
「ほら、口開けろ」
命ぜられるまま口を開けるとスープが流し込まれる。
美味しい。
思わず口元が緩むと、ジルベルト様が嬉しそうに笑みを浮かべた。間近で見るその笑みに心臓が跳ねる。
どうしよう、言われるまま飲んだけど、このスープもしかして毒入りなの?こんなに嬉しそうなんだもの、きっと毒殺に成功して喜んでいるんだわ。
その後も口元に運ばれるスープを拒否出来ず、用意されていた全てを飲み干した。スープを飲み終えた頃にはなぜか眠くてたまらなくなっていた。
うぅ、なんでこんなに眠いの。身体も全然動かせないし。やっぱり毒?毒入りスープを飲まされたの?“エリザベス”より早く人生を終えるなんて、私何を間違っちゃったの?
・・・・・そして私は意識を失った。
***
んっ、あれ?ここどこだっけ?
目が覚めると見慣れぬ天蓋が目に入ってきた。そしてお腹に感じる重み。そこはかとなく既視感を覚えながらもそっと身体を起こす。身体のだるさはすっかり消えていた。
「起きたのか」
え?と思った次の瞬間、ジルベルト様に組み敷かれていた。
「顔色はいいようだな」
か、顔色?なぜ顔色?はっ!そういえば毒入りスープ飲まされたんだった。でも生きてる!良かった、丈夫に産んでくれてありがとうございますお母様。って、お、重い~。
深く息を吐いたジルベルト様が私の首元に顔を埋めてのしかかってきた。何とか押し退けようとするもびくともしない。
い~や~。毒殺に失敗したから今度は圧死させるつもりなの?
「あ、あの、ジ、ジルベルト様」
呼び掛けるも返事はない。どうしようかと思っていたら首にチクッと痛みが走った。
「……ジルだ。…ジルと呼べ」
「えっと、ジル様?」
「…様はいらない」
は?敬称を付けずに愛称を呼べってこと?でもそうしたら・・・、つまりジルベルト様は私のことを・・・。痛っ!
どうしようかと逡巡していると再び首に痛みが走る。
「…ジル」
呼びたくはなかったが、渋々呼ぶとジルベルト様はビクッと身動ぎした。
「……もう一度」
「ジル」
「リズ!」
乞われてもう一度呼ぶとジルベルト様はガバッと身体を起こし満面の笑みを浮かべた。
胸がドキドキして苦しい。あぁやっぱり、ジルベルト様は私のことを不敬罪で処刑するつもりなのね。敬称を付けずにしかも愛称を呼ぶなんて不敬もいいところだもの。上手くいったからってそんなに喜ばないでほしいわ。
「リズ、もう二度と無茶はするな」
は?無茶?なんのこと?
「覚えてないのか?庭園で俺に治癒魔法をかけて魔力切れをおこして倒れたんだぞ」
魔力切れ?だからあんなに身体がだるくて動けなかったんだ。でも、庭園で治癒魔法?ジルベルト様に?・・・・・思い出した!
そうだジルベルト様を下敷きにした時「痛い」って聞こえたから慌てて魔法を使って、確か魔法は・・・うん、初級から最上級まで全部使った。そりゃ魔力も切れるよ。でも怪我をさせた罪で処刑されるのを回避したかったんだもの。結局無駄に終わったみたいだけど。
処刑を回避出来そうにない運命に項垂れていると両頬を掴まれ顔を上げられた。
「そんな顔するな。怒っているんじゃない、ただ心配なんだ」
そう言ったジルベルト様の表情は気遣わしげで、本当に私のことを心配しているのが伝わってきた。けれど顔が近い、近すぎるよ。
ジルベルト様の顔は吐息が触れそうなくらい近づいていて、
「俺のために魔法を使ってくれて嬉しかった」
――――――そして、ゆっくりと唇を塞がれた。