006
「それでは予選を始めます!」
まるで自分が戦うかの様に緊張する。
しかし祈ることしか出来ない。服を着せるのが仕事であって目抱くこと自体が仕事じゃない。母親には常に自分の服装が最先端である様に自信を持って立っていればいいとは言われている。マネキンに着せる服の様に店員が着る服もモデルもしての一つだ。だから私はあまり進んで店には出ない。私に似合う服は大抵の場合私に似合う服として母が作ってくれているのだ。それを自信がないと言うつもりはないが褒められたりすると恥ずかしい。それは性分なのだ。勘弁してほしいと思う。
選出解説ならぬ作品説明をする為に舞台の上に引き出された。私の中のヒヨコが暴れまわる。そんな中私に審査員がいくつか質問してくる。
「この作品のタイトルは?」
作品タイトル。事前に決めてくるのを忘れて特に焦った。頭の中でお母さんがアドバイスをくれる。『適当にバーンと番号でも振っときなさい』お母さん、それ今日の仕立て直しの番号札だから……!
脳内のお母さんが適当に番号を振ってしまう前に、審査員の質問に眉間に力を入れて答える。
「す、Swtc1-1!
スイッチシリーズです! はい!」
ここから始めるためのナンバリング一番。ここで服の名前の意味を問われることはない。意味は無い、何となくだと言う人の方が多いだろう。
一昔前は礼服に似た物が多かった。学校で習う基本として白が基調の服を作るのは元々男性礼服の趣が強いからである。カッターシャツに似た系統シャツが多く、一律して綺麗だ。それに紺色系統のスカートやズボンが付随している。
今の主流は舞踏会で使えるドレスだ。これに着ていくものにも規定がある。布の丈夫さや丈の長さを徹底的に気にして裾を踏んでしまう様なことは無くす。
煌びやかなドレスの中に、白い軍服の様なキッチリとした雰囲気の服が一着立ち並ぶ。
敢えて、一昔前の流行の流れをもったものを使っている。年季の入った木偶人形、またこの子が私に割り当てられたのは運命だろうか。自分の仕立てた服と相まって歴戦の勇士の様に見える。流線は体をキッチリ固定して気持ちを引き締める様にした。周りはドレスとライトアーマーばかりなので男性的には見えてしまうが、女性としてのラインは失っていないので女物だと言うことはすぐにわかる。
ヒラつくものは少ないシンプルなものだがだからこそ完成度の高さが伺える。白くて長いロングブーツも目を惹く。ブーツは友人に頼んだもので靴屋本職のものだ。完成度は高い。
「フィーはんの服、目立ちよりますなぁ」
「そ、そんな事ないよ。
インパクトで言えばやっぱりカノンちゃんが一番あるよ」
赤い色の付いた服が集められた中でもトップクラスに目を惹く朱染の着物風の服。それもまた色彩の観念を揺るがしてくる出来で、極彩色に近いフィーフィーの服の真逆を行く。
「やっぱり二人は個性が強いわね。天才なだけはあるわ」
「いや、もはや舞踏用と割り切ってるキラッキラッの服並べてる人に言われるとちょっと」
「予選は目立てばいいんだしこれくらいで丁度良いの」
「あんなに胸元からおヘソまでバッツリ開けちゃって……。
あ、昔は自分でその服着るのが伝統だったらしいよ」
「い、今はそんな制度はないはずよっ」
「お腹冷えてまうなぁ」
戦女神の木偶人形。
ポーズは腰に手を当てて手前に足を出しているモデルの基本姿勢。全身のくびれを強調でき女性としての魅力を前面に引き出せる。
戦うための服である。当然布地は厚めだ。野暮ったくならない様に見せるのが本当に難しい。しかし長めの袖でもつけようものなら剣が振れない。そんな服では戦女神は降りてこない。昨今では布地控えめの見世物としての予選、剣や鎧も職人が作る本戦と二つの段に分かれている。
「戦女神の審判を――前へ」
服を着た木偶人形が二歩前に出て足を止める。
並んでいた四十体のうち二十三体が動いた。半分と少し、これは例年に比べ多く気合いが入る。
製品としての質、ファッションとしての優劣ではなく舞台に登る事が許されるかの品質チェックだ。
先生達の審査により無事予選を通過する。ここで残った三十二人が校内戦だ。
フィーフィーは予選に使ったものをそのまま使う。
大きな紙に張り出された。トーナメント方式でまず四つのブロックを作る。AからDと呼ばれるブロックにランダムに名前が張り出されていく。
フィーフィー・コーカットは一番最初に試合が行われるAブロックの一番。ヒヨコハートには二番目に厳しいポジションだ。一番厳しいのは勿論最後なので、逆に良かったとも言える。友達がいて良かった、一人でこの状況だとパニックでどうにかなってた。
メアリーはBブロック、カノンはDブロックとそれぞれの所属が別れる。
一安心だ。いきなり友達と当たると心のヒヨコが卵に還る可能性もあった。メアリーとカノンとは決勝まで当たることはない。
競う仲間なのだから勝敗の結果を気にして気まずくなるのは武道理念に反する。戦う人間ではないが戦わす人間だ。同じ様な振る舞いが求められる。
メアリーは当然だという風に頷いていた。
「ドール達には触らない様にお願いします。過去不戦勝を狙うために忍び込んだ者は後日救急搬送され二度と針に触れない体になった事件もあります。
彼女らは常に意識があり臨戦状態である事を認識して下さいね」
担当教諭の説明に皆が息を飲む。
「この学校、なんか一通りありそうな事件は起きた後だよね」
「せやなぁ。内部的は大体小競り合いは終わってはるんやないかなぁ」
「だから最初に弾き出すような真似ばかりしてくるのね。貴族が牛耳ろうとする訳よね」
「入って来るもんを操作できればええ訳やしな」
「そりゃ軍務にもなるか。身分関係無く扱えなきゃやってけないものね」
「どう言う事?」
フィーフィーが首をかしげると二人はフィーフィーの背中をさする。頭に手が届かないからだろう。
「フィーみたいなのを守るためよ」
「私?」
「フィーはんはやめようと思っとったんやろ?
平等に裁く力を持ったもんを上にしとるんやと思うよ。
――まぁ、あくまでフィーはんみたいに意味がある子だけやろうけど」
「え? え? あたしを助けてくれたのはカノンちゃんだよ。今でも本当に感謝してる」
「えっ、いややわぁ。大した事あらへんよぉ」
「不意にいちゃつき出すのやめてくれる?」
「うふふ。でも、そんだけお上の力が働いとるっちゅうことやで」
呆れるメアリーにカノンが上機嫌に頬に手を当てて笑う。真摯に向けられる感謝の念は気持ちの良いものだ。加えて色々なものを返して貰っている。彼女の遠方での学校生活が楽しいのもフィーフィーのお陰でもある。
「あたしは貴女達と決勝で戦いたい」
「ブロック代表で戦ってあとは得点評価と枠数で決まるから、みんなで決勝で戦えるね!」
各ブロック毎の代表は決勝行きは確定。準決勝以下の皆は審査と評価点が足りればそこに出されていく。最後の戦いは最大四人以上の戦いになる。
「え? 天然なの? まだ戦い始まってないんだけど。
当たり前のように自分は決勝まで進めると……?」
「ん? んー。あの中だとマギクロ、メイルシュトローム、プリーツオンの辺りがいい服だったよね。うちの母……店長に見せればバシバシ手直ししてくれると思う。同学年には負けないよ。
三年生は流石にいいもの作ってるね。あの辺になると評価は割れると思うの。作りの良さを評価してくれる戦女神の腕にもよると思う」
にっこりとしているが彼女の評価は辛辣だ。暗に不出来だから負ける訳がないと言っている。
実のところそれは二人も感じていた。実践で鍛えられるとよりわかる。
早さ重視かと思いきや、必ずあの女主人は「丁寧にやれ」と叩き込んで来る。丁寧に、早く。この順番だけは忘れてはいけない。
使い古されて解れるのはいい。
初めからほつれたりズレていたり質の悪い服を着せるのは素人の仕事だ。
「店長さん、学校のセンセより凄いよなぁ」
実技というものは仕事となると一切手を抜いてはいけない。そう叩き込まれて作業をするのだ。しかも誇り高い人の側で仕事をするとその伸び方が違う。
得難い体験をしている。そう感じた。言われた通りにこなす事にちゃんと意味がある。あの人は教えるのは苦手だと言っていたが、その実のところ要点は抑えていて最短距離を走らせてくれる。
指摘を受けると苛つくような細かなズレは、終わってみれば大切な事ばかりだ。形作りでやる事ならそれで良い。製品を作るのには圧倒的に経験値が足りなかった。
そしてその積み上げは、確実に実力の底上げになっている。
「それでは! 一回戦第一試合です」
別に観戦は許されているが別段人は多く無い。予選の方が人気があって大いに賑わっていたと言っていい。
予選で選ばれなかった者は即座にその何故を研究せねば次の大会に間に合わないし、新しい服を見た者達はその服達に魅了されて次のアイデアが溢れて来ている。
だからこそ、その試合は誰しもが惜しんだ。
カツン、と革靴の音が響いた。靴をデザインして熱心に打ち合わせ、職人魂に火を付けた。同年代の職人だ。当代のエプロンは店のロゴも含めてフィーが行なっていることが多い。
ベルトは自作だ。太めの銀色バックルは後で付け替えができる。円形の中に大鷲のマークは細工師に静かにキレられた。大変すぎる細かさだ。それなのに出来ないならやらせてくれとまで頼み込んで来るのだから断ることも出来ない。
この素の図々しさは母親譲りだと言われている事を本人は知らない。本人は真摯に今できることをやりたいだけなのはどちらも変わりない。
銀色のボタンは外ボタンと内ボタンで別れたものだ、自分が好きなものを付けてもいい。
内ポケットも中々多機能にしたのだけれど誰も評価してくれなくて悲しい。
戦女神の木偶人形は踊り始める。
相手のハイヒールと合わせて本当に男女の踊りのようである。社交ダンスの男性服は女性を引き立てるためにあまり派手ではない。
しかし、フィーフィーが使用した白い生地は凛々しさが滲み出ていてポーズが決まる度に歓声が起きる。こんなファッションショーもやってくれるんだ。戦女神様はサービス精神旺盛だ。
くるりと回って上着を肩にかける。上着を脱ぐまでが早い。ファッションショー用では無いから簡単に外れるものではないはずなのだが……戦女神木偶人形の不思議発見。
下に着せているのは黒い下着、白糸仕立ての黒いシャツ。シャツは入れなくていい丈の上着なので襟には小さな雛の銀色飾りボタンがある。
内側が草食系動物なのが良いんだよ。この、なんだろう。伝われ私のリビドー。お母さんは一瞬で理解して可愛いと言ってくれた。この切り替わりが良いのだ。
戦女神には伝わったのかチョット可愛いポーズとして、顎に手を当てて首を傾げてくれる。
「それそれ!」
「フィーはん盛り上がって来ましたなぁ」
「店長との血の繋がりを感じるわ」
「でも全体的にはセクシーな方で揃えてくれるよね。可愛いポーズはやっぱ審査得点的にはあんまり伸びないから。
あー、夢みたいだなぁ、カッコいいなぁ!」
赤いドレスも凄いのだ。三年生の傑作と言ってもいい。
大きく広がる裾が楽しそうだ。
恐らく本戦では鎧か何かをちゃんと着込むのだろう。腰のあたりが寂しいというかシンプルな作りだ。
そして音楽が静かな転換を迎える、踊っていたドール達は舞台の真ん中で向き合う。
ゴクリと皆で息を飲む。実践用途は服自体の出来が左右する。服の出来が良いと魔力の通りが良い。機能が多いと手段が増える。内ポケットは何に使われるのか知らないが大抵は剣や槍で揃う。遠距離武器はリングの都合もあってかあまり出た事はない。
相手の赤いドレスは長い槍の武器を取り出した。基本的に作って渡さない場合は自前の武器を見せてくれる。その場合は事前に彼女らの武器を知る事ができないので運に近い。
学校大会では武器の有無は成績に響くところではない。本戦では鍛治科が付くのでフル装備を提供してもらえる。
そんなことを考えているうちに
「――あれ?」
「あははは!! なにあれ、何も持ってないじゃない!
楽勝ねグロリア! さあ、私の白星を勝ち取りなさい!」
その声にやれやれと言うジェスチャーを見せて、相手のドールを挑発する。
徒手空拳で長物と対峙してる。
「あわわ!」
鋭く放たれる突きが顔面を狙って放たれる。
カツンと靴を鳴らして体を捻る。二撃、三撃と続く攻撃にもひらひらと花びらのように舞う。何を見せてくれようとしているのだろう。
「ちょっと、何やってるの!?」
「これは……」
ずっとこっち見てる。帽子のつばの位置がずっと一定なのがわかる。
「ぴぃぃぃ……」
「余裕を感じるなぁ」
「なんか……こっち見てない?
フィー、声をかけた方が良いんじゃない?」
「な、なんてかければ? 頑張れ?」
「もっと雅な感じにしよーやぁ」
「み、雅な感じ?」
「ほら、あっちのお方が手本見せてくれたやん。
『白星を勝ち取りなさい!』みたいに」
「ちょっと! その私が恥ずかしいみたいな談義やめてくれる!?
と言うか、ドールに戦闘開始を指示するのは作者の仕事よ! そんなことも知らないの!?」
戦闘を行う訓練はしていない。というのも一度戦闘させるとドールが壊れる。故にこの一回戦目に上級生に叱られる光景は半ばいつものことなのである。
「え!? えっと、えっと」
「さぁ見せてあげなさい、大鷲の狩を! とかどない?」
「フィー大丈夫? 一緒に言ったげようか?」
「保護者かな!?」
ああっ、こっちを見ながらブンブン首を振ってる!
自分で考えて欲しいアピールだ!
早くしないとあちらが有利だ。ええとええと、と思考を巡らせるする。脳内のお母さんが適当に決めてあげようかと出てくる。いけない! この人の適当はいい加減の間違いなんだから――!
この作品名は先ほど決めた。それに倣った掛け声で良い。
私はこのドールに何をして欲しいんだろう。
私が憧れたドールはどうしてた――?
グッと胸元をに手を置いて言葉を落とし込む。
「――、踊れ、スイッチ――オン!!」
ピタ、とむしろ双方は動きを止めた。
ダメ!? ダメでしたか!?
かぁっとフィーの顔が火照った瞬間に動き出す。
そこからは、本当に踊る様に――。
ヒュン、と銀色のレイピアが閃いた。――長い! 身長に合わせた超長細剣は槍に当たると砕けそうだ。しかしその驚異的な長さに粘り強さを感じるしなりは確かに業物である。鍔の細工は意匠細かく、持ち手は黒い。今の服に合わせたものだろう。二つの試合開始に会場が沸いた。
しかし動き出した途端に、会場が静まり返る。
赤いドレスの裾が翻った。同じく銀の槍もキラリと閃く。
二体のドールは止まらない。槍の突きを剣先でズラす。しばらくするとお互い全ての動きを剣先で止める、そんな芸当も魅せてきた。
テンポが速くなる。どんどん、銀色に輝く剣筋が花の様な線に変わっていく。パターンを見せたからか次の瞬間には押されるかの様に見せた後花弁が増えていく様に繊細に描かれる。
「綺麗――」
雨の様な突きを捌ききり、高く弾き上げたと同時に速く踏み込む。相手も下がらずそれに対応して体を捻るが遅い。
カツン。
スイッチを入れる。そこから先に容赦は無い。
まるで実力差のあり過ぎるものの戦いだった。明らかに手加減をされて居た。接戦を見せてくれて居る。そう感じるものは多くいたはずだ。
戦女神は最後まで諦めない。赤いドレスはを着たドールは槍を振るう事をやめなかった。だからこそ、その姿が勇敢にも悲痛にも見えて得体の知れない感情が沸き起こる。
しかし正道に居る。誠意を以って貫き通す。背の全力のレイピアは振り上げた腕の裏から頭を貫いた。
木の破片が飛び散って、驚きの表情のまま木偶人形に戻る。
「――は、そんな――」
ドールしか目に入らなくなる様な、まるで自分がその場にいるかの様な全力の勝負。
皆忘れていた呼吸を思い出して息をつく。
そして、大きな拍手が響いた。
「そんなぁ……! あたしの、グロリア、貴女はまだ……!」
鎧を着て完成だった。
じゃあこの戦いにそれを間に合わせなかったのが敗因か。
敗者が咽び泣く。
「あたしの、二年間、そんな、そんなぁ……たった数ヶ月じゃない!」
「いえ、実家が本職なのでちゃんと仕事しだして五年以上やってますよ」
「そんなのズルいじゃない!」
「うーん」
フィーフィーは思考する。ズルいか。確かに自分の被服は学校の先生をして教える事がないと言うものだ。大抵の事は知っているしできる事だ。まぁデザインに関しての座学や新しい道具知識のために来ている様なものだ。確かにズルいに当たるのかもしれない。
「女神様。その服気に入って頂けましたか」
ぐっと親指を立てて返してくる。
女神様意外とフランクだよね。
「持って帰って下さって良いですよ」
少し逡巡したようだが直ぐにコクリと頷いて会場に向かって大きく一礼すると全身の服と共に消え去る。
おお、と声がしてフィーフィーは手を挙げた。
「先生! 服が無くなったので棄権します!
先輩、明日までに服を直しましょう!!」
「え? は、え?」
全ての存在を置いてけぼりにして、フィーフィー・コーカットは学校大会から去った。
「あっははははははは!! げほっ! んんっ!」
「わはははははははは!! これが、この間まで辞めようと言ってたとはな!!」
大爆笑される。ビックスさんも久しぶりに顔を見せて母と話していた所であった。
「ひー、もぅ、こんな笑ったの久しぶりよ。
良くやったわ。もー、これは私の娘よねー。
言い訳出来ないわー」
「だ、だって!」
ズルいって言われたし。製品化は終わってるのだからそれが確認できたあそこで提供して終わりだって良いじゃない。
「お母さん、あたしお店枠で出たい」
「えー?」
「だって私もうこっちの枠だよ。流石に学校だと、弱いものイジメだった」
「お店の枠ねぇ……。フィーフィー、お店が有名になっちゃうと学校行けなくなるわよ」
この大会で優勝並びに本戦出場者は、本当に泊付の為の注文が殺到する。上位貴族の注文などは断れないが更に上の家名を出していくと断れる。
「う。が、頑張るよ!」
「頑張るねぇ」
「うう、ダメ?」
「そーねー、どーしようかしらねー」
口元を抑えつつ頭を揺らす母。
「お嬢ちゃんはあれだな。自分の力を知らないままだっただけなんだな」
「物差しなんてないんだもん。一回戦ったら分かったよ。
学校は本物を作ってないよ。デザイン重視で綻びが多いね。急いでると裏地付けなかったりするし。見た目だけ整えてもねぇ」
流石に内ポケットに迄拘るフィーフィー・コーカットの作品完成度は群を抜いていた。
検証しようにも供物化されている。学校に提出したデザイン仕様書は先生達も舌を巻く細かさだ。
「いいの? お店の枠は強豪揃い。
有名店はファンが多いのよ。
あのお店だから投票する、なんて良くあることよ?
アンタは理不尽と戦うと潰れちゃうかもしれないのよ」
少し思い出す昔の記憶。ああ、でもすぐに楽しい記憶が溢れてくる。単純な人間だ、私は。
手を開いてグッと握る。さっき約束してきた言葉を思い出す。
「――ううん。もう大丈夫」
当然、フィーフィーの突然の棄権に友人二人は反対してくれた。
「ちょ、ちょっと、ふざけないでよフィー!
あたし達との戦いは!?」
「ごめんね、もうここじゃ戦えないね」
「ふざけないで!! ふざけないでよ……!!」
案外キッチリとした服を着ているフィーを掴もうとすると、大きく張っている胸のあたりしかない。背の小さなメアリーが掴むと、ぶら下がっている様にもみえる。
同じく近寄ってきて、カノンも少し残念そうな表情を見せる。
「フィーはん、戦女神の人形祭、出たいんやあらへんの?」
「うん、出るよ」
「……来年とか、そういう事?」
二人の言葉に首を振る。そして決意したと言う表情を見せる。
「私はね、お母さんに……店長に頼んでみようと思うの。
看板貸してくれって」
「フィーはん、それじゃあ……」
「うん。ここで強いふりをするのは良くないと思うの。
私は今回初めて挑戦するんだからお店の名前なんて、と思ったけど……。
先輩見てたら、思い出した。
私はあのお店のためにあの大会に出たい。
練習なんて無いよね。初めから本気でここしか無い人達に失礼だよね。
だから二人ともありがとう。
私は一般枠に行ってくる。
そこで、戦おう! ね!」
その先で待っていられるかどうかは分からないけど、看板を背負うのと同じくらい負けられない理由が増える。
「ふーん、なるほどねー」
「だからお願いします」
「ま、出れば良いわ。でもここの看板は使えないのよ」
「な、なんで!?」
カウンター越しに向き合うフィーフィーが視線を合わせる。
にっこりと笑って少し気まずそうに笑う。
「店主参加必須でしょ? でもウチは休めないもの。大会中の仕事はウチが殆ど受けてるんだから」
「そんなぁ!?」
唸るビックスは髭に手を当ててから、パチリと指を鳴らす。
「それじゃ、嬢ちゃんも店を作れば良い」
「ええ!?」
「あら良いわね」
「お母さん!?」
「他ならない嬢ちゃんの為だ。店を始めるのに必要な金額は出資しよう」
「そんな、いただけませんよ!」
あわあわしているとお母さんは何か思案して纏める。
「オーダーの店を始めるならウチの中からでいいからそんなには掛からない筈……看板とディスプレイスペースを作る分出資してもらおうかしら」
「ああ、遠慮なく言ってくれ」
出資してもらって何を返す気なのこの人。
返さないといけないのは私か。何着かオーダーを優先で受ける様にすれば良いのか。
「店名を決めましょ」
「え、本当にやるの?」
「フィーフィー・オーダーメイド・ショップ」
「私の名前で!?」
「そうよ。店名が名前ならいろんな人に覚えてもらうことが出来るでしょ。
私の店とは区別できなきゃね。名前使っときなさい」
「待って待って! 流石に学校出場辞退後自分の名前つけたお店で当てつけ突撃してるみたいで嫌!」
「コーカットさん居るー?」
「ああ、スーアレスさん。丁度良いところに」
丁度良いところに商工会長夫人が現れる。
二児の母でふくよかな方だ。母親が並ぶと同い年とは思えないといつも思う。あり得ない方は自分の母親の可愛らしさの方なのかもしれないが。いや、相応に歳はとれてると思うけど。
「お店の申請? フィーちゃんももう十五だもんねぇ。
こないだトロスコさんとこの息子さんも、独り立ちの試練だーって屋台申請してたわ。
看板からやっちゃうのね」
「場所はここだから暖簾分けみたいなもんよ。
フィーフィーが受けるオーダーはもうこの店とは別枠よ。
個人のフルオーダーよね」
「確かに私も沢山お世話になってるし。
開店のお花も送るわねぇ」
「ありがとうこざいます」
「え、フィーちゃんお店出すんだ!」
更に人がお店に入ってくる。藍色の深い髪色の女性だ。唐草色のキッチリとした研究員服は、とても彼女に似合って居る。
「ディレイスさん!」
「何々、水臭いじゃな〜い!
ビックスはなんかしたげるの?」
その人はすぐに中に座っていたビックスに視線を向ける。今回は急ぎ用では無いのだろう。破損した服も洗って持ってきてくれた様だ。そんな彼女の荷物を受け取って運んで居る時も話は進む。
「看板と支度代の出資だな」
「うそ、入れ込み過ぎじゃない!?」
「衣食住の衣は完全にここの世話になっているからな。
我々探索者用に頑丈な服やらを実用と見た目も合わせて考えてくれる。寧ろ我々研究会で花ぐらい送って良い店だぞ」
「うぐ、確かに!
私もコルビ君のターシルちゃんもみんなここだったぁ!
良いお店だし良い匂いするんだよねぇ。
ではではアルクセイド探索研究会でお花送りますよ!」
ばーん、と大きな胸を張る。その大きさはフィーフィーに並ぶ程だ。お互い泣きながら色々共感し話し合った仲だ。仲が良いレベルでは一番と言って良い客である。
「お、恐れ多いです!」
「ううん! いっぱいお悩みも聞いてくれるフィーちゃんだもん、これくらいやるわ!」
「これは……来週はお花屋さんになっちゃうかもね」
母が頭をひねってちゃんと店先にお花のスペースも無いとね、と溜息をつく。
「しかし、本当にいきなりだな」
皆に前祝いの言葉を投げられるフィーフィーを遠目に見ながらビックスが言う。
「そうね。私も――役割がこうなるとは、ね」
「……なに? そいつは……本当に必要なのか?」
「私の子だからねー」
遠く話す二人の話はよく聞こえなかったが周りの人達の話はどんどん進んで一週間後には看板が掲げられ、街の友人や知人からの激励の言葉と花が届く。
そんな中、学校で順調に勝ち進んで居る二人も開店祝いにお見舞いに来てくれる。
「なんやフィーはん盛大にお祝いされとんなぁ。はいウチらもお花」
「結局店としてはどうなるんだ?」
「あ、ありがとう。実質今までと何か大きく変わるわけじゃ無いんだけどね」
照れながらフィーフィーが言うが、店長が首を振る。
「変わるわよ」
「え?」
「あんたがあんたの看板背負って戦うんだから。
『宿り木の小鳥』とは違うのよ。しっかりしなさいな」
宿り木の小鳥の側に、大きなヒヨコの看板が登場して居る。
皆納得のエンブレムに微笑んでくれる。
『鳳雛の歌』
そう書かれた看板と同じロゴで黒いエプロンに身を包む。今までのものとは完全に別物である彼女なりの決意の表れだ。
フィーフィーの本当の戦いが始まろうとしていた――。




