005
天才なんて言葉の上にしか居ないものだ。
エルグリーフの持論は、揺るがない。何事も努力もなく、一度の実行することも無く、成し得ることはない。
大抵の研鑽を興味と“好きだから”と言う理由で突き進む。それを羨望している人間だけにしか天才は見えないのだろう。
「これがウチの作品どす」
実習中に見てはいたが仕上がりまでできたものを見るとまた違う。形の試作を手伝って縫い上げは自分でやりたいと持ち帰っていた。それを放課後に眺めてふむふむと品評会をする。
「わぁ! 柄物使ってる!」
「あきまへんか?」
「ううん! 可愛い〜!
このピンク好きだなー」
隠れない少女趣味が顔を出す。もちろん自分で着て似合わないことは百も承知なので単純に好みとしての発言だ。
「こんな柄もあるのか――」
「こっちの人向けにもっとシンプルでもええとは思うんやけど。
色素薄くて綺麗な人ばっかやもんねぇ。
うちも派手やとは思うとるからやっぱお祭り用やなぁ。
もっとおめかしして街に出る機会があればええんやけど」
黒髪の麗人は人形の周りを回りながら袖や帯を揃える。
彼女は美人にも可愛いにも当てはまるタイプの人で、とても可愛い人だ。それを素直に口にすると笑ってくれるがしばらくして照れ出す。
「誰にでも似合うもの、ではないわね」
「ほぉやなぁ〜」
「……鮮やかな赤ね。アナタにはさぞ似合うんでしょう」
「うふふ。メアリーはんなら、青か緑がええやろなぁ。
あるよあるよ、ちょぉまってなぁ」
「着ないっ! 着ないからね」
「えー」
衝撃だ。特定の人間にしか似合わない服。異なる文化。彼女はそういったものを扱うことが多かったようた。服を扱う以上仕方ない事だといっているが本当に着る人を選ぶ服ばかりだ。
「織物の柄は全部手織りなんだって。すごいよねぇ」
「染物は刺繍せなあかんからな」
「刺繍も好きだなぁ私!
絶対メアリーさんも一度は見た方がいいよ!
よだれでるから!」
「フィーフィー汚い」
「ぴっ」
慣れたものだ。寄ってくるフィーフィーの顔を押し込むとほっぺたを押されてひよこの鳴き声が出てくる。
メアリーもこの関係は嫌いじゃない。
「はぇー。やっぱ凄い成長速度だよねぇ。こう言う人を天才って言うのかなぁ」
「いややわぁ、ウチは教えてもろた通りにやっとるだけやし、センセがええんやな」
「えへへ」
この二人は若干気持ち悪いほど仲がいい。
メアリーも悶々としてしまうほど近い距離で話していたりする。
最近は自分もその距離を許しつつあり、違う違うと言いながら走り去る姿が目撃されている。毒されているのは何か許されないらしい。
「あれ、どうしたのメアリーさん」
「別に」
「怒ってる?」
「怒ってない」
「……?」
フィーフィーにはあまり天才という言葉を使って欲しくはなかった。しかし、彼女にとっても要領がいいと言うだけで一度教えた事がスラスラ出来てしまう彼女は天才に当たるらしい。
それを認めたく無くてこうやって作品を一緒に見ている。
しかし、これは非の打ち所がない。色のセンスが無いなんて言おうものなら自分の色の付いてないドレスを自分でバカにしているようなものだ。
目を惹く和柄はドレスとしては確かに着る人間を選ぶ。しかしその性質から目を惹くドレスにすることができる。その華やかさは赤いドレスとは違う、魅入ってしまうものがある。
そして、服を着せて一発目、彼女は動かすに至った。こんなもんやろうなぁ、と供物にはされなかった事を残念がる。因みに今まで一度も大会前の服を持って行かれた話はない。
故にフィーフィーの場合は修復ゆえの珍事であろうとされている。
フィーフィーも先日には新たなものを作って調整中に木偶人形は動いた。完成してないので持ってかれなくてよかったと溢した。
メアリーはご立腹である。
口に甘味を入れてみてもむすりとしているので何か納得行かない事があったのであろうとフィーフィーが彼女に聞いてみる。
「……天才を認めたくないだけよ」
「え? メアリーさんも天才って言われてるよ?」
「それで言ったらフィーフィーは何なのよ」
「うーん、お店の人とか職人じゃない?」
「せやなぁ。ぷろふぇっしょなるやなぁ」
「違うのよ、その。アタシもどっちかっていうと感覚で動いちゃうからそう言われがちだけど……天才ってそうじゃないでしょ?」
自分の思うところの天才ではないのか、と何となく察する。自分が出来ないことができる人間を指していうだけではその言葉は何の意味もない。
天才と言われる人は自分を天才の枠に入れてないことが多い。もっと高い目標を持っていて、そこまで出来る人をそう呼びたいからだ。
「あぁ! じゃあ、天才にあってみようよメアリーさん」
「へ?」
ニコニコと満面の笑みを見せるフィーに二人が首をかしげる。
清々しい朝に三人はフィーフィーの店の前に立つ。
「アナタ、もしかして思ったより自信過剰なの?」
「あははは、ちがうよ。
それじゃおはようございます!」
「おはよう。貴方達が今日からお手伝いに来る子達ね」
「はい、メアリーと申します」
「カノンと申しますぅ」
「うふふ、宜しくねメアリーちゃんカノンちゃん。
エプロンは昨日フィーが作ったわ。
糸くずついたりしちゃうから髪もまとめちゃってね。危ないから」
「はい」
長い髪は機械に巻き込まれると大変だ。
フィーフィーも髪が広がらないように普段は毛先をゴムでまとめている。しかしここに来るたびにやたらと複雑な編み方をしたがるカノンに負けて、頭にお団子を作られている。
「はい、それじゃ――開店よ!」
バッとお店の扉が開けられる。風が強い日以外は基本的に入り口は開けたままだ。
中古服の取り扱い店舗だが、店先は綺麗にするように注意している。女性服が中心だが男性服も
扱っている。カウンターはお店の向かって右がわ。入り口沿いにあって、窓が修繕の受付カウンターを担っている。カウンター裏からは作業室が見え、これはガラス張りで機械なんかも見える。服がズラッと並んでいるので
奥に試着室と簡易な椅子がある。お店は基本的に低めだ。これは町の平均的な女性に合わせている。ただフィーフィーのような大きな人も出入りするので入り口は大きく天井も高い。
そんな小綺麗なお店の裏で慌ただしく作業
「はい、こっち、ニコイチで修復ね。
五番の箱にリベットあるから付け替えて。黒糸よ」
「分かりましたー」
「はいこっちは全部バラして襟付け替え、三番の箱リングに変えて、ポケットに刺繍ね」
「はぁい」
「メアリーちゃんはそっちは出来た?」
「あと、すこ、し、でっ。あっ」
バッと手元のシャツを取られる、じっと母の目が縫い目を追う。
「んー、ここダメね、ズレてる。わかる?」
「え……あ、は、はい。一ミリ弱ズレてます」
「フィー、ハサミ」
「はい」
縫い合わされた箇所をハサミでバシッと切ってしまうとそのまま机に広げて解説に入る。
「いい? ここを合わせる時は下から縫って、ここがズレても内側に隠せるから。あと縫う時に悩まない様に今から見せるの縫い方も覚えて、迷ったらこれでやってみて」
「はい!」
バシバシと指摘と修正が入る。同じエプロンで働く友人達に笑みを送る。
なぜこの人か中古服に甘んじているのかは知らないがそれでも本物を指す意味の天才はこの人だと思っている。
淀みなく店が回る。的確な指示が飛び交う。メアリーの始動中にも空くとすぐカノンのチェックをしてまた直しを入れる。
メアリーの方も少し手元が狂いそうだったのをミシンを止めて布を整える様に指示してお店に出る。
「三十番から三十五番まで仕上げ確認おねがいします」
「はーい」
「あ、昼食作ってくるね」
「お願いね」
自分の分の仕事を終えさっと台所に引っ込んで行く。しばらくすると二人も仕事を終えて昼食の時間となった。
「こ、これで午前……!」
「お疲れさま」
メアリーがぺたりと頬っぺたを机につける。お茶が置かれるとそれを見て起き上がり両手で持ってチビチビと飲み出した。
二人ともかなり姿勢はいい。自然と向き合う空気が良くなる。でもなんだかお茶の飲み方が微笑ましい。そして何度目かの来訪で慣れているカノンは気を抜いて緩んでいる。
「はぁ、流石やなぁフィーはんは」
「成る程……フィーフィーの根元に触れた気がするわ」
「店長はずっとああなんだよ。
バシバシ切ってくるし遠慮もないし。
折角やったのにノータイムでハサミだもんビックリするよね」
「はぁ、最初は驚いたけど……何か言ってる暇もなかったしね。気持ちいいお方よね。
年齢関係なく尊敬出来るわ」
二人がユルっとしいる空気に飲まれて、メアリーも少し足を崩す。何だかんだ慣れてきてくれて居るのがフィーフィー的には嬉しい。
「で、この調子なのは私と同い年の時からずっとらしいの。ずっとパワフルだって」
「あの仕事量いつもほぼ一人でやってるんでしょ……」
「うん。今日は少ない方かな。急に暑くなったり寒くなったりすると一気に仕事増えて目が回っちゃう位になるのに、店長何にも変わらないから」
「鉄人過ぎでしょ……」
「ところで、二人とも薄味派だっけ」
フィーフィーは出来たサラダとパンを並べていく。焼きたての香ばしい匂いが家に満ちていく。これは母を呼ぶのを兼ねている。お腹には正直なのでじきに店を休憩して食べに来るだろう。
「ウチはそうやな」
「アタシは濃いめが好きよ」
「じゃあ、色々ドレッシング出すから試してみて欲しいな。食べられないものある?」
「うーん、パッとは思い浮かばないわ」
「メアリーはん達はみんな濃い味好きやの?」
「マチマチよ。アナタ達と大差ないわ」
「ほぉなんや。フィーはんは料理も美味しいんよ」
メアリーはパンを小さくちぎってもむもむと咀嚼する。小動物みたいで可愛い。
「見た目がいいわ。でもカノンが得意げなのは納得がいかないんだけど?」
「んふふ」
「ドレッシングみっつ。
つけながら食べてみて〜。結構自信作なんだ」
二人の前に取り分けられたドレッシングを置く。慣れたもので、カノンは躊躇いなくそれをつけて口に運ぶ。
最後に自分の分も置いて野菜をつけて食べてみる。二人もそれに倣って食べて各々の感想を言う。
「今回はこのレモンのが好きやなぁ」
「……どれも美味しい……え、これ手作りなのか……?」
「よかった〜。そうだよ。私の手作り。
ドレッシングは美味しく食べれる魔法だよねー」
ほこほこと湯気を立てるスープ。トマト仕立てでキャベツやウィンナーの入った、見た目よりもあっさりした食べ心地のスープだ。パンも小さいものに色々と詰め込まれたサンドイッチ。こちらは卵とレタスやハムなどが使われたスタンダードなものと鶏肉に濃いめのタレを付けて焼いたもの。
「ぐぅ、料理も上手いの……!?」
「あ。ライバル項目増えたでこれ」
「えっ。料理は手習いと、学校でやった事だけだよ」
キラキラ輝いて見える白い食器。飲み干すとおかわりを聞いてくれるフィーフィー。
「嫁力高くない……?」
戦慄する。身長でいじられて居ることが多く、普段のイメージは引っ込み思案で慌てん坊だった。しかし仕事をしている時に初めてフィーフィーは落ち着いた子だと知る。そしてここに来て花嫁修行の全てを完了して居ると気づくと何故か焦りを感じた。
「フィーはんはもうお嫁行けるよなぁ」
「えっ。そうかな」
そんなタイミングでスタスタと歩いてきた母親が会話に加わりながらダイニングに入ってくる。
「そうよ。だってもう炊事洗濯掃除は完璧だし、体も大きくて頑丈だし。
心はひよこだけどね。いたっ」
座るときに足を打ち付ける母に苦笑いするフィーフィーが揺れる食卓が収まるのを待ってお茶を置く。
「お疲れ様〜。もっと落ち着きなよ〜」
「ふぅ、ありがと。
二人増えるから楽になったわね」
嘘でしょ、と二人が笑顔で固まる。迷惑しかかけてないはずだ。あれを楽とは何だろうか。
「二人とも凄いんだよ〜」
「そうねー。私の直しをまだ三回ずつしか食らってないもんね。優秀なもんだわ」
実際は機材の使い方やちょっとしたことはフィーが教えてしまっていたので大きなこと以外は触れる事がなかったのである。
「ご迷惑をお掛けします」
「いいのよ。優秀な子が増えるのは歓迎だわ。
その代わり手加減は無いのだけど」
手加減なしでとは二人立っての願いである。フィーとしても店長の本気を感じて欲しいのでそれを勧めてはいた。
「当然です。手加減されるなど恥でしかありません。
ご指導ご鞭撻宜しくお願いします」
「うんうん。二人とも真面目で良い子だわ。
ところでフィー、アナタまた巨乳の子選んでナンパしてきた訳?」
「違くて!」
たしかに率先して相談に乗る様にはしている。良いお客様になる訳だし。しかし選り好みしているわけでは無い。どちらにも一長一短、しかし短所に降り積もる気持ちがあるのだ。
不名誉な言いがかりに抗議の姿勢を見せる。しかし、メアリーが先に胸に手を当てて頷く。
「ああ、確かに……もうフィーフィーの作った下着じゃないと生きていけない体にされました」
すでに普段着分はフィーフィーから買ってしまっている。フィーフィーが心血を注ぐ作品のオーダーメイドの良さを知ってしまったのだ。仕方ないことである。将来的には彼女は自分で作ってしまえるだろうが、物の構想自体に一日の長があるフィーから学ぶのが良いと判断した。実益を兼ねた勉強代だと正規の値段で売って貰っている。
洗い方もちゃんと説明してくる徹底ぶり。これは彼女を頼るべきなのだ。お陰で胸周りの事情は大幅に改善され、特に気にすることも少なくなって来た。
「またやっちゃったのね」
「ウチもフィーはんが居らんともう……」
カノンも便乗し、ポッと頬を染める。疑惑の目がフィーフィーに向けられる。
「え? あんたやっぱり……」
「違う!! その疑惑目線やめて!」
「もー。すっかり女たらしなんだからー」
「ぴぃぃぃ!」
味方が欲しい。身の潔白を示してくれる味方が。
机をペチペチしてみても特に現状は変わらない。
「あははは。はむ。あれ、なんだか香ばしい味ね。パンの方からだわ」
「それは胡麻の入ったパンなの、ちょっと面白い味だよね」
「香ばしい味になるのね。
んー。料理はもうフィーに勝てないわ〜。嫁に欲しい」
「私居るんだけど」
「あんた女の子なんだから貰われて行くでしょ」
「でも街にいるなら結局此処で働くよ?」
「いるかなー?」
「いるよー?」
全く信じてない風の母が首をかしげる。
『あはは!』
「仲良しさんで微笑ましいわぁ」
二人の様子に唖然とするメアリーと慣れた様子のカノン。彼女は時折訪れていたのでこの空気のことはよく知っている。
「うん。アタシと母はこんなに近い関係にはなれないでしょうね」
「そ。まぁ、よそ様の事情には突っ込まないわ。
アタシはこうしたいからこうなだけだし」
何となく元気がないというか上の空になるメアリーに母が切り込む。
「まだエルグリーフの母さん達なら元気じゃないの?」
「ああ、はい、壮健です。
ただ、私は母に勝てるものはなかったなぁと」
「体は?」
「これは……勝ち負けでなくどうしようもないのです。
母が自分の子じゃ無いかも知れないと疑って来るような代物で」
「まぁ。どうしょうもないわね。
冗談でも言うもんじゃ無いわ。
一発ひっぱたいてあげましょうか」
「いえ、母は武道に通じています。叩くとろくなことになりません」
「良いのよ。私がスッキリすればね!」
「ああ、その。豪胆ですね」
「よく言われるわ」
大口で食べながら母が言う。
言動や行動はずっと若いままなのだ。成長しないわけではなく、若い人間に対しての目線をちゃんと備えているのだ。
「よく言われてるね。
キモがゴムで出来てるとか。
心臓がフサフサとか、ドラゴンの血で三日煮込んだとか」
「ふふん」
得意げな母である。こればかりはひよこ心に羨ましい。
そのま他愛のない話に流れ込む。
フィーフィーは母より先に片して仕事場を開けに戻る事にした。
三人にゆっくりしてねといい、冷たいデザートだけ出して行く。
「うう、フィー何でもできるじゃないほんと」
「杏仁豆腐美味しいわぁ」
「これはカノンの差し入れでしょ」
「よぉわかったなぁ」
「小豆は東国のものだったはず」
「正解〜。今朝貰ったものだけど。
不思議ね、甘いのにツルツル食べられる」
「私は手土産もなくすみません」
「そんな気を使わなくてもいいわ」
そう言ってお茶に口をつける。そんな彼女にメアリーはスッと頭を下げた。
「噂に違わぬ天才ぶりでした」
そんなことを言う彼女に首をかしげる。
「天才? やーねぇ、天才なんてもう辞めちゃたわ」
本当に、世間話の様にそんな風に言う。
「や、辞めた? 辞めれるんですか?」
「親になったらね」
「え? どういう事でしょう?」
「うーん……。まぁ、天才ってひとまとめだけど。
まぁ才能でチヤホヤされてた時期はあったわ。
あたしは性格も強気だし、才能もあるし、なんでもできると思ってた」
実際出来てたし天狗にもなったのだろう。出る杭を打とうとするものを突っぱねて打ち返す勢いがあった。それは想像に難くないと皆も思う。
「まぁそんな天才もいざ子供できたら何にも出来なくてねぇ。
旦那には早く逝かれちゃうし、もう色々てんてこ舞いになってね」
泣きたくなるほど追い詰められた。
投げ出したくもなった。
フィーフィーは余り祝福された生まれではなかった。それは彼女のせいではなく、旅人であった母親が旅の中で身籠って産んだからだ。
それを両親に知らせるでもなく、身勝手に生きていた。
子供は生まれ仕事は順調。順風満帆と言っても良かった。それだけでいいと彼女自身思っていた。
いつまでも状況は同じでなかった。彼女の人生としては驚く程転落していく。
夫が悲運の死を遂げた。危険な仕事はやめてくれと言ったのに彼はやめられなかった。それが彼の生きる道で、それしか無いと思い込んでいたからだ。故に結果を出していたし、唯一無二の発見もした。
取り乱す彼女は職も失い、放り出された。
「私もほらあんまり同職の人に好かれる仕事はしてないから。頼るあても少なくて」
そして、寂れた故郷のソードリアスへ子供を連れて旅だった。
遠い場所に居た。まさか歩いて半年掛かるとは。
「結局親を頼ってここまで来て、自分で店だけ立ててこんな事してるわ」
そんな事になって親にしこたま怒られて、それでもフィーフィーと一緒に家に置いてくれた。
そんな親にお金を借りて店を出した。それも返す前に両親も逝ってしまった。
荒む時期に、ひよこの真似をするフィーフィーを眺めて居た。
「ぴよぴよしてるとぉ、あひるになる!
ふぃーが、ぴよぴよしてると、おかあさんになれるっ!
ぴよぴよ!」
子供は時々、真実に触ってくる。
その時。
純粋に目を向けられた自分は泣いてしまった。
こんな自分ではいけない。
こんな馬鹿みたいな人生を歩ませてはいけない。
今この子の為に誇れる私にならなくては。
それまでの全ての考え方を改めた。
仕立て以外にも中古服の扱いもして、手間の割に稼げるリビルドに手を出した。
その昔誰かが笑っていた二流の仕事だ。
ああ、馬鹿みたいだ。
いま、その仕事があるおかげで救われている。沢山の人に感謝されている。元々は資材の乏しい町だった。
だから中古、リビルド、そういったものの方が求められていた。
ああ、こんな事で良かったなんて。
馬鹿者は誰だったのか、親に叱られフィーフィーに気付かされ、やっと自分は普通ではなかったと知ったのだ。
生きることのなんと難しい事か。
「まぁ――私はその時、天才やめて普通の人になったのよ」
職場では相変わらず。しかし、その時ひとつだけ決めた事があった。
自分から教えることをやめたりはしないこと。
自分は天才肌だ。何だって飛ばし飛ばし教えようとする。
何より飽きやすい。分かるまでやれと投げていい加減になってしまうことも多かった。
フィーフィーは決して、要領がいいわけではない。鈍臭いし、教え始めは何度も聞き返してくる。
そのかわり、ちゃんと教え切ると驚く程早く物を作るようになった。そして噛み砕き方が上手いのか、フィーフィーが教えた方が早い子も多い。
何より――服を作るこの仕事を愛している。
良かったことは、自分が彼女に残してあげられるものがあることである。
「その代わりフィーに全部を注いででっかくしたわ!
予想外に大きくなったけどそれはそれよね!」
ああ、と二人はあの大きさに納得する。注ぎすぎでは、とも思うがこんな人に愛されて育って大きくならないわけがない。屈託のない笑顔を見せる母親である。
だからこそ。フィーフィーはそれを知らなくとも、母を愛している。
「ああ――後悔は無いわ。
フィーには言っちゃダメよ。すぐ拗ねるんだから」
メアリーは自然と眩しい彼女の姿に目を細める。カノンは涙ぐんでいた。
「ああ、アナタは真に人なんですね。
アタシは――アナタのような人になりたい」
真摯にそんな事を言う。
あら、照れるわ〜と笑っている所に、カノンが涙を誤魔化す為に別の話題を注ぎ込む。
「メアリーはんはええ人おるからなぁ」
「そーなのー?
何々?
イケメン?
イケメン?
イケメンなんでしょ?」
パッと席を移って問い詰める。
「ああっ、やめて下さいっ。どうしてアナタ達はこう、グイグイ来るんですかっ」
「ペンダントに写っとりますよ〜」
「みーせーてー」
「うう、またこのパターン……!」
このことだけは押しに弱い。どうせ見られるのだからと諦めてペンダントを開いて見せる。
「あらイケメン。ん?」
「ど、どうかなさいましたか?」
「この人、もしかして鍛冶師じゃない?」
「し、知り合いですか? 彼はあまり外に出ないはずですが」
「あー。いや、私が昔動き回りまくってたからねえ。
エルグリーフの町の鍛治師でしょ?
懐かしいわー。やーねぇ、やっぱりエルグリーフだわ。全然変わらないのねぇ。
へー、ラブラブでしょ?
その時にはもうなんか二人してこうやってロケット持ってたんでしょ?
このこの」
「その……はい。この間手紙も届いたようで、あ、会う事になりましたし」
「ちゃんと幸せになろうとするのよ?
アナタ達は長生きで誇り高いけど、幸せに鈍感すぎるから」
ロケットを返してそんな風に言う。
「……そうなのかも知れません。
だからアナタ達が眩しく見える」
「あら、千年お熱いエルグリーフだっていても良いじゃない。きっと恋人の像とか出来て永遠に語られるわ」
「そ、それは恥ずかしいので遠慮したいです!」
「いいじゃない。愛は誇るべきよ」
「うう」
「可愛い子。きっとその子なら大事にしてくれるわ。彼とても誠実だから。
前はファルりんに虐められてたけど、一発殴ったらやめたし」
「まって下さい。ふぁるりんとは」
びくっと名前に驚いてぎこちなくフィーの母親を振り返る。その視線に顔をしかめて少し思い出すように頭をひねる。
「ファルリリィ……なんとかかんとか、ハボット」
「母です……」
顔を抑えて耳まで真っ赤にする。
あらーとカノンは口元を抑えた。
奇妙な縁があったものである。
「あはは!!
もう殴ってたか。じゃあ勘弁してあげるわ!
子育ては難しいからね。
今度会ったら宜しく言っといてね。
げっ、コーカット!
とか言ったら足払いしていいから」
ポンポン肩を叩いてそんな風に言う。
「アタシが無事ですみませんから……」
「息止めて外側からふんってやるだけよ。
全く、くだらない事ばっかりやってたのね」
「母がご迷惑を……」
「元気そうなら良かったわ。
ボコボコにされた甲斐があってものね」
「ああ、あの、すみません」
「だからいいって。私も若かったもの。
格闘家に喧嘩で張り合うものじゃないわね。
でも高い鼻はへし折ってやったわ。物理じゃないわよ?」
「分かってますけど、あの、一体何を……」
「お説教かしら。
卑怯と我流の技で縛り上げて旦那さんと一緒にこんこんと説教したわ。情けなさでボロボロ泣いてたわ」
「ああ、うん、なんだかどういう顔していいのかわからなくなってきました。
あの日母は頑なに何でも無いと言い張ってましたが……あの哀愁の意味は少し分かった気がします」
「笑い話よ。まあお母さんの言い分も聞いたげてね。
でも私は言いたいこと言ったし! 後悔はないわ!」
ああ、敵わないなぁ、と笑ってしまう。
誰もが憧れる生き方である。
後悔はないと屈託なく笑うのだから、それがどれだけ羨ましい事か。
店長は正に言いたいことを言ってまた去っていく。
「じゃあフィー!
あんたも午後から革製品だからねー!」
「ほんと!? 頑張りまーす!」
そしてまた元気に指導が始まる。
「二人なのに活気が凄いわね」
「コレがこのお店の持ち味なんやろねぇ」
「二人も午後ここにあるやつ片付けてもらうからそのつもりでね!」
『はい!』
元気のいい返事と共に午後の仕事が始まり、その日は何故が客が増えて忙しくなる。
目が回る忙しさの中で、笑顔でこなす二人の店員は手伝いに来た二人には同じく職人としてあるべき姿に映った。
「リビルドはこんなに忙しいんだな……」
「うん、でも、日暮れまでに終わったし、やっぱり二人のお陰だよ」
「あと温泉も有難いわ」
「いつ来てくれはってもええんやで〜」
「いいお友達だわぁ」
暖かなお湯。水の流れる音が響いていてその緩やかな空気に癒しを感じる。
曇っていた眼鏡も温度に慣れて視界が晴れてくる。
「はぁ、いいお湯だった」
「今日もおっきかったなぁ」
「それはもう見慣れてくれない?
いや、見ないでくれない?」
「うふふ」
もはや挨拶がわりに弄られている為慣れてきた。
姦しい会話をしながらその日は解散となる。
友人達との生活も楽しくなってきた。こんな日が続く事を願って、家路へとついた。




