004
天気が良かった。快晴の空に程よい風。今日天使が降って来ても笑って出迎えられる。そんな気分だ。
顔を上げて最近いつもあった頭のもやがなくなっているのをあまりにも清々しい景色から感じる。
「カノンちゃん、おはよう!」
少し驚いて、カノンはくすくすと笑う。
「おはようさんどす。今日はご機嫌やなぁ。
なんやええ事あったん?」
「え、だってあたし退学じゃ無いんだよ!
カノンちゃんのおかげだよ! ありがとう!」
「まぁ。お礼が言えるんはええ子やな。うんうん」
「ぴっ!」
頭は手が届かないので背中をさする。不意打ちのポディタッチに驚いてヒヨコが出てくる。
道の端とは言え人の往来が多い所だ。微笑ましい光景に自然と微笑む人は居たが邪魔と言われるとぐうの音も出ない。
クスリと笑いあって二人で歩き出す。
「ふふふ、フィーはん、そないに笑える子やったんや。
昨日まではしょんぼりさんやったのに。
そのままでおったらええよ。
ウチはその方が好きやわぁ」
脇腹を指先で触りながら笑いかけてくる。
「ぴっ、つんつんしないでっ、な、なんかごめんね?」
「ええのええの。弄りがいあるんはええ事よ」
うんうんと頷いて満足げに溜息をつく。彼女の様に素直な子のために頑張れたのだからそれはきっと誇るべき事だ。体の大きさに見合わない気の小ささがあるが、同い年の女の子である。
そんなことを思いながら登校して、席に座ると途端にシンとしてしまう。
「はあ、ひよこさんやなぁ」
「え? なに?」
「おすましさんやなぁ思うとったら、えろう可愛いらしぃ子やなぁって」
「??」
よくよく考えると、身長の大きさ以外はかなり少女趣味である。枕元ふりふりしていたし、ぬいぐるみもたくさん持っていた。
あえて崩して言ってみて通じない事にクスクス笑った。
フィーフィーは客商売をしている事もあり、基本的には堅い部類に入るだろう。本人も少し緊張がちな所から入ってしまう為だが、それに気付くにはもう少し歳を重ねる必要がある。
ひとたび内側に入って仕舞えば人懐っこい性格で今のようにへにょりと笑ったりする。緩くて隙が多いがコレが彼女なのだ。しかしこの性格だからこそ初対面の人間への堅さは納得であろう。いつも彼女一人分で閉じこもっていた殻の中は入って見ると意外と深くて暖かい。
可愛らしい子というのは紛れも無いカノンの正直な評価であった。
その日は穏やかであった。何事もなく授業が終わり、板書を写して荷物をまとめる。
ちょっと街のことを案内して欲しいと言われ即座に了承を返す。カノンと買い物に出かけることになった。
街には知り合いが多い。当然フィーフィーは目立つわけで歩くと何かと声がかかる。挨拶をして通り過ぎたりするか世間話に興じるかは向こうの忙しさ次第だ。大抵の場合軽く話して終わるが美人な友人に皆が目を輝かせる。
しなやかな細い体、風になびく艶やかな黒い髪。色白でブラウンのくりくりした瞳を持つ彼女はとにかく人目を引いた。
彼女が流暢に挨拶をするとそれだけで男女関係なく彼女の事を聞いてくる。
「ご、ごめんね、みんな騒がしくて」
「みんな働いとるんやねぇ」
漁師、花売り、飲食店、様々な職業の人に話しかけられる。伊達に衣食住の衣服の職業に携わって居るわけでは無いのだなとカノンは感心していた。
ちらりと大きな友人を見上げて、今日はなんだか話しかけて来る人多いなぁ、なんて自分のせいにしてくるのをくすりと笑う。
今日は少し日々気になっていたフィーフィーの化粧事情に踏み込んでみた。無頓着なのかな、とは思っていたが殆ど化粧品を持ってないとは思わなかった。それは良く無い。眉毛を整えて薄く化粧をする。髪の毛を片方だけ後ろに流して、ツヤツヤになるまで梳かして――。
歩く灯台なんて、自虐していたが彼女の変わり様にも皆驚いている。堂々としていればセクシー路線でかなり活躍できる風貌だ。本人がそれをよしとすることはないだろうけれど、それでも自分をちゃんと評価していれば自分を卑下しなくて済むのだ。
「まぁ普通の街の人だからね。
飲食は地区で休みが違ったりするから定休日は隣の区画のお店に遊びに行ったりはするよ。
お母さんたちは若い子に仕事ばっかりってのもねって言ってて、お店の休みとは別に毎週一日好きに決めれるお休みがあるの」
誰が始めたのか子供のうちにいろんな人と触れ合っていろんな事を知っときなさいとそれぞれの。それが半分営業目的でもあったとはつゆ知らず。まぁお互い頼って生きるのは町の宿命だなぁとしみじみとしてしまう。
人の少ないカフェを選んで休憩する事にする。甘いものが甘すぎない大人のカフェだ。購入して持ち帰る人がメインなのでカフェスペースはおまけのようなものなのだ。
「ホントごめんね、騒がしい人ばっかりで」
「いいやぁ、フィーはんは人気者やったんやな」
「目立つからね……」
スッと背中を丸めてしまうと、カノンが指を伸ばしてくる。
「こまり眉さんやもんな」
眉間に触れられてまた背筋を戻す。
「うう、困ってないよっ」
「お仕事しとる時はシャキッとしとるのになぁ」
「うう、お母さんにも言われた……」
とは言え困り眉気味なのは元々なのだ。
意識してないのだから仕方ないとはいえ言われると気になってしまう。
「ええやん、かわええよ?」
「恥ずかしいっ」
褒められるのはやたらと恥ずかしい。人の少ないカフェを選んで良かった。
カフェのおじさんは気を利かせてくれて居るのかカウンターには見えない。
「こない歩いたん久しぶりやわ」
「そうなんだ。ごめんね歩かせてばっかりで」
「いいやぁ。ウチが世間知らずなだけやわ。
やっぱりどこ行ってもまだまだ知らん事ばっかりやわ」
「お嬢様だもんねぇ。上品とは違うけど美味しいものも楽しいこともいっぱいあるでしょ」
「やねぇ……うち、ここのお菓子好きやわ。貰うてこかな」
「大人な味覚だね。おじさんおじさん!
お土産にいいやつないー?」
「んー? お友達のかい?」
「うん」
「フィーちゃん達は甘党だもんな」
「うん。お茶は苦くても良いんだけど、食べ物は甘い方が好きかな」
「このガラスケースに並んでるやつがそうさ」
「この焼き菓子包んで欲しいどす。四つ、ウチのんに食べさせて見まひょ」
「はいよ」
おじさんは手際よくそれをトングで掴んで箱に詰める。
「はい毎度あり」
「おおきに」
そしてさっと紐付きの紙の袋を手渡される。焦げ茶色の可愛いサイズにお店のマークが貼られている。
「紙の袋いいですね!」
「そうだろ? 雨の日じゃなきゃ十分な代物さ」
「持ちやすうてええですなぁ」
「ちょっとしたものを入れるのにいい……今度うちもやれないか言ってみよ」
「おう。紙屋の倅は知ってたか?」
「うん、今度行ってみる!」
二人で店を後にして見晴らしのいい場所へ行こうという話になる。途中紙屋のお兄さんに偶然会って、話の日時だけ決める。
今日はずっと晴れていた。暖かい日差しが降り注ぐ中二人でゆっくり街を見れる場所へ歩く。
「トントン拍子やなぁ」
「あはは。まぁ地元ならこんなもんだよ」
「ええのん、話は勝手に行ってしまいそうやけど」
「まぁみんな知り合いだし。帰って店長にも言っとくよ」
「街に根付いとるんやなぁ」
何となく寂しそうだ。故郷の街を離れるというのはどんな気持ちなのだろう。帰りたいと思っているのだろうか。郷愁の強さは理解できないが住み慣れた場所を遠く離れるのは不安に違いない。
「まだ来たばっかりだし、すぐ慣れるよ。
みんないい人だし」
根付いた人ではあるが基本的にはこの街の人たちは寄せ集めなのだ。ずっと昔から住んでいる人なんて数える程でしかない。
色んな人が来るて、街を彩る。閉じた街では生きていけなかっただから門戸はとても広い街だと思う。
「せやねぇ」
少し坂道を歩いて、見晴らしの良い場所に来た。人通りがそこそこある。カップルの人達が多いだろうか。まあ、端の手すりにもたれて休むくらいならさして目立つことでは無い。
高台に風が吹いて少し汗ばんだ体を心地よく冷やしてくれる。
海はない、地平の見える山陰の街。川が大地割れに向かって通っているだけで、後は普通の街だ。
手摺にもたれて、少し溜息をつく。
「カノンちゃんもこの街を好きになってくれるといいなぁ。長くいて欲しいし」
学習のために来たのなら学校が終われば戻るのだろう。それでも、そう思ってしまった。口にせずには居られないくらいには。
「なぁに? 告白? 照れるわぁ」
「え?」
「ぅん?」
ニコニコと眩い笑顔の彼女が自分を覗き込む。
「あ、ちが! そうじゃな……!
いや、でも、嫌いってわけじゃなくて!
その、そのう……!」
「ふ、ふっふふ! いややわ! そんな本気で!
ふふふ!」
「ぴっ、いや! 違うの違うの!
なんか変な空気になったよどうなってるの!?」
「フィーはんが恥ずかしい事言うから」
「だ、だって、そんな風に取られるなんて……!
でも、今日は楽しかったし、ずっといてくれたらなって、思っ、て」
なんだろう。少し感極まった。悲しくないのに涙が出る。感情が混乱していた。
今日はこんなにも楽しかったのにずっとは続かないんだ。
「ああ、泣かへんの、ごめんなぁ。
ちょっと嬉しゅうて――、
不束者やけど、これからもお願いします」
よいしょと頭を抱き寄せられて撫でられる。こんなに近い友人は初めてなのだ。どう接すればいいのか、正しいのか分からない。ただ彼女が優しいから、それに甘えてしまう。
しかしそれで良いのだと、教えてくれるようにあやされる。
帰って母に色々と話していると「同性婚はこの国じゃできないわよ」と真面目な顔で言われた。
街の情報網を侮ってはいけない。あの光景は知り合いから知り合いへ一気に伝播したらしい。
そうじゃないと誤解を解くのに少し時間を要してしまった。“親友”という言葉を探すのにそんなに時間がかかるとは思ってなかったのだ。
――訪れる平穏な日常の前に立ちはだかったのは、唐突な非現実である。
「ピィィイイィィィィァアア!!!」
追われている。それは恐怖の叫びだ。
相手の体格は同じ。
相手が木偶人形である意外は人の動きそのものだ。
しかも足が速い。
全力の疾走も虚しくすぐ後ろにつかれたとき、走馬灯のように先程のことが頭に巡る。
先生の不足により、自習の時間となった実習室で必要な機材を取りに準備室を訪れた。
自習には物理的な物を提出する課題が伴っており編み物を軽く作って提出する事にした。編み物を習いたいと言うカノンたっての希望だ。彼女は繕い物や服を作る事は得意だが、編み物はやった事が無いらしい。
許可はカノンが程なく取って来て、実習室と毛糸の使用許可が下りた。材料と編み棒の数を確認しに来たのである。数を覚えておくのは癖の様なものであり、確認出来るのに知らないままと言うのは気持ちが悪い。そんな気持ちも底にはあるが、一つ性分として確認に来ている。
準備室は先日のこともあり、余り良い気持ちではなかったが木偶人形の事は少し気になっていた。綺麗な布で掃除でもしてあげよう。
そんな軽い気持ちで準備室の扉を開けると仁王立ちするそれが居たのである。
少し驚いた。ひよこが出てしまった後誰かのイタズラだな、と胸を撫で下ろして視線を上げた。
近くなってる。
血の気が引いて言った。背中に冷たい汗を感じる。真昼間なのにこんなに怖い。基本的に授業を受けている時間のため人目はほぼ無く恐怖が加速する。
再び驚きの声を発して、後ずさった。
その後は震えながらジリジリ入り口から離れ全力疾走を始めた。
丁度実習教室を出て来たカノンちゃんの前を走り抜けると案外走れることに関してのコメントが聞こえた。それに構っている暇もない緊急事態である。
そのまま全力で走り抜けて突き当たりの開いていた扉を出てドアを閉める。
「はひ、はぁっ……!」
木偶人形のては人の手とは違って簡易である。故にドアノブは掴めない。非常通用口なので普段あまり空いているところを見ないが今日偶々何かを搬入していたらしい。開きっぱなしのドアに飛び込んで思いっきり閉めた。
バリィン、と砕け散る音ともに窓を割りながら人形が飛び出してくる。
「ヒィィィィ!!」
追いかけっこが再開する。
淡々と追ってくるのが本当に恐怖である。
運動は重い服の出し入れなどを毎日するので力持ち度合いで言えば上の方だろう。
しかしその体格で得ているものとは違って足の速さは筋肉の質と天分だ。間違っても肉体が主体の人達に勝てる様な速さではない。
そして呆気なく袋小路で追い付かれ壁際に押し付けられる。
こんなに怖い事は他にあるだろうか。
「ぴぃ! 殺さないで下さいぃぃ!」
『――……貴様では、無いな。
この服を作ったのは』
「はひぃ! あ、あの、私は、お、お直しをしたただけでぇ、その」
眼鏡が震える体に耐え切れずズレにずれる。それを何とか直しながら見上げて、顔の無い人形に追い詰められている事に恐怖しか覚えられない。昼間だからか妙に現実味がなく、あと一歩気絶できる程では無いのが恨めしい。
『名前は?』
「ふふふぃ、フィーフィー・コーカット、ですぅ!」
プルプル震えながら何とか答える。
傍目に見て脂汗が凄い勢いで流れている。何なら若干走馬灯も見えていて、意識を何とか落ち着かせようと必死である。
『そうか。覚えたぞ職人。良い腕をしている。
怯えなくともよい。キミを害する為に来たのでは無いからな』
一歩離れてくるりと回る。
過呼吸気味だったのを少し息を飲んで抑える。
動くのは知って居た。見たこともある。
綺麗な服を着て、踊るように戦って居た。
『コレは古い服なのだ。
最初に作られた我々の為の試作品。
キミはこの古着を――新品にしてしまったのだな』
「ご、ごめんなさい!」
『責めているのではない。この服は気に入っていた。
以前より布地も増えて外套も好みだ。良ければ供物にしようと思う』
「は、はひ!」
フィーフィーが震えるようにこくこくと頷くと満足げに大きな動作で頷き返して、フィーフィーから離れる。
『ではな』
それだけ告げて、ただの人形に戻る。
服が消えて、ただの木偶人形としてそこに立つ。
ズルズルと壁に添ってぺたりと座り込んで呆然と人形を見上げた。
「あら、こないなとこにおったんやね」
「……カノンちゃ……うぅ……ビックリしたよぉ! もぉ!」
「おおよしよし、怖い思いしたんやねぇ」
ぬるりと人形の脇を抜けて扉を閉めた彼女に縋り付く。
メソメソする巨体を抱きとめてカノンが撫でた。
「どないしたん?」
「わかんないぃ供物とか言ってたぁ! 服が消えたぁ!」
「ほぉかほぉか」
ぽんぽん背中を叩かれてあやされる。随分と懐かれてしまった。既にこういう子なのは知っているので驚きに値しない。
暫くすると落ち着いて来たので、カノンに礼を言って離れる。
「供物と言ったか?」
「ぴぃっ!?」
「あら校長センセ」
「供物と言って持っていかれたか」
「はい、あの、お気に入りだったって……!」
「気に入った、か……」
人形を見て遠い目をする。
何か彼に関係しているのだろうか。それはとても拙い事になったかもしれない。
「まずかったですか!?」
「――いや、だが供物か。
そう言って持っていかれたのは歴代で三着目だな」
そう言って靴を鳴らす。人形の前に立ってそれを見下ろした。
「三着……?」
「そうだ。第一回優勝者の“群青の時計”、第二回優勝者の“真紅の宝玉”」
「あの服は……試作品だって言ってました」
「そう――かつて、最初に、彼女らが存在する事を教えてくれた一着。
“星杯”
――キミが……いや。
良い仕事をしたな。
この世の神性に、満足したと言わしめたのだからな」
そう言って微笑むと、木偶人形に手を伸ばす。
この人形自体も試作品らしい。だから指や足には正確な機能が無いようだ。
「あ、それはウチらが戻しときます」
「そうか。では頼む」
その言葉に頷くと先生はその場から踵を返す。
疲弊して居るわたしはその場で休む事になり、木偶人形はカノンちゃんが持っていく。
その後教室から荷物を持ってきてくれたカノンと今日は一緒に帰ることとなった。
「あははは! 追いかけ回されるなんて災難ねぇ!」
朗らかに大笑いされて頬を膨らませる。
部屋の中で大きく響いてお隣さんにも聞こえただろうか。
「もう! 全然笑いごとじゃ無いよ!」
「うひひ、あー、お腹痛い、笑った笑った。いっ! たぁ」
「むぅ〜〜」
笑いすぎて机に足をぶつけていた。いい気味だがまだ笑っているのでむくれる。
確かに今元気にここに居るのだが少しくらい心配してくれてもいいんじゃないかと思う。
それは言葉になる程の感情ではなく、納得のいかないモヤモヤになる程度だったが。
「それにしても、星杯なんて凄い名前のドレスね。さぞかし綺麗なんでしょうね」
「……んー。胸元の所が確かに杯みたいになってたかも。上の布がキラキラしてた。
ちょっと古かったけど元がわかりやすい良いドレスだったよ?
でも首元の青色の布が空で、星が入った服みたいなイメージだったのかな」
「ふぅん? まあ戦女神も喜んで着るくらいだものね。
きっととても良い布を使ったものに違いないわ」
素材の良し悪しはこの人はかなり気にする。中古服なら品質を合わせるのが腕なのだ。一部分だけ無駄に良い悪いのある服はすぐに壊れる。
「良い布ではあったけど……あそこにあったのって学校が購入したものだろうし、そんなお金払って何作る気だったんだろ」
「アナタそんなの勝手に使って直したの?」
「だ、たって、閉じ込められたんだよ!?
それにあの時は落ち着かなくてつい……」
「ダメじゃないの。許可も取らずに。
仕事を褒められたからって、舞い上がっちゃダメよ?
逆にミシンぶん投げて扉ごと壊しても私はアナタは悪く無いって庇ったわ。
でも服を作ったのは、ちょっと訳が分からない」
指差しからの真っ当な意見に両手を挙げる。
「ぴぃ……ごめんなさい」
しょんぼりとして反省する。確かに意味もわからないし褒められた行動ではないのは言われればそうである。
このバシバシ線引きして指摘して来るのも実は母なりに心配してくれて居るのでいちいち反抗したりしないようにしている。
今考えると何故あんなことを優先したのか訳が分からないのは確かである。
「宜しい。でも最近ほんと元気ねぇ。同性愛事件もあったし」
「ちがうよ!!」
「わかってるわよ。でも言われる私もはずかしいんだからね」
「は、はぃい……」
こと商売道具にも関することである。母の厳しい躾けに反省しつつ、手を動かして仕事を始める。
そう言えばカノンちゃんもポカンとして居た。今度謝っておこう。
「あんまり危ないことに首突っ込んじゃダメよ?」
「はぁい」
ぐりぐり頭を撫でられながらそんな忠告をうけて、返事を返す。しかし自分から関わったつもりはない。既に自分が当事者だっただけ。
少し溜息を吐いてすぐにいつも通りに仕事を始めた。
翌日の授業前に今回の祭りの予選の説明が始まった。どうやら先日はドールの搬入が有ったらしい。だからあんなところに校長先生が居たのかと一人で納得してうんうん頷く。
「――さて、先日ようやく予選ドールの準備が出来た。
しかし問題が一つある。
今年のドールの在庫が少ない。
本戦参加できる人間は元から多くはないが今年は更に少なくなる」
ざわざわとどよめきが広がる。
校長に嘘をついて居る様子は無い。
「何故でしょうか?」
「どうも発注数を間違った不届き者が居てな。
本校の体制立て直し中にいくつか盗られた様なのだ。追って捜索中で有る。本校分以外にも盗られた物を回収中ではあるのだが、どうも数が足り無い」
険しい表情を見せる先生に、極小に手を上げてフィーフィーが尋ねる。
「あの、クラウス先生は……?」
「かの男は強制帰還である。先日中にこの国を出た筈だ。
入国禁止とし、本国で見つけられた場合不正入国で処罰。前科も鑑みる為重罪と成るとして居る」
「ひえぇ……」
要するに、彼の企みはフィーフィーですらなく、ここに送られて来る人形を狙って居たのである。
自分の息がかかりやすい人間を入れるために色々動いて居た。
そんな思惑などフィーフィーは知らず、ただの階級主義者のひとなんだなと思っている。あの手の人はまだ多く、そしていつの時代でもなくなりはしない。故に付き合い方を考えるべきなのだ。それが客商売で生きて行く術を学んだフィーフィーの思うところである。
あそこまでの事をやられて置いて、可哀想だなと思ってしまっているので彼女のお人好しも大概だ。
「さて、肝心の枠数だが、本校からは一枠。
近々、君達の最大の敵は、去年を勝ち抜いた上級生だな。
クラス代表はコンテストだ。私を含む教員十二名が採点を行う。それと、木偶人形への試着だ」
試着とは、と生徒たちが首をかしげる。単に着せる事を意味しているわけではないのだと言うのが聞いて取れたからだ。
「まず最初の関門はドールが動くかどうかにある。
既に何人か着付けする姿を見た者がいるかも知れないが、動いた物を見た者は居ないのではないか?」
「あ――」
入学時に見せて貰ったデモンストレーションでは動かして居る人はいたが、それ以外では見てない事を思い出す。記憶の中に動かせて居た人は居ない。
「まず動かせる者がいるかどうか。
アレらは教科書通りのドレスでは動かない。
故に、競技として意味がある。学校としてもな」
「この学年には既に二人、起動に成功した者がいる。
Iクラス、メアリー・ラン・サイート・ハボット。
IIクラス――フィーフィー・コーカット。以上だ」
「ぴっ」
頭が真っ白になる。視線が集まりすぎて生きた心地がしない。ブルブル震えるフィーフィーに声がかかる。
「あら。やったやんフィーはん」
背中にポンと手が当てられて思わず背筋を伸ばす。
「ぴっ……あは、ははは……たまたま、だよ!
そ、それに、まだみんな試してないだけだし!
うん!」
「さてな。一月掛けて作った渾身の作品と、咄嗟に直した過去作品。
どちらも凄い物だが、後者に至っては初めての成功例だ」
ざわざわとし始める教室に冷や汗が止まらないフィー。何よりあの服は――。
「ふん、盗作じゃないか」
誰かが言ったその言葉に息がつまる。
そんなことをしたつもりはない。ただ完成品をリビルドしただけ。あれに対して自分が作者だと豪語するつもりもない。
「模倣ではそもそも動かない。
少なくたも大会出場者たちの中でそれに成功した者はいないからな。
彼女が作り直した試作品は数十年前の代物だ。
デザイン原型としては教科書にも載っている。
しかし教科書通りに作っても動いたことはない」
「ではそいつはなんなんだ?」
「――同じ服を並べるだけでは動かない。
これは最初の優勝作品である“群青の時計”で散々試された事実だ。
原型が同じ別の服、という認識なのかもしれん。
ならばよりセンスの良さが試される、という事なのだろう。
そう言った輩は居ないでもない。
同じ轍を踏んで失格したいならそうするがいい。
彼女はオリジナルを超える物を作った。
"試作品"だった物を"作品"に昇華させたのだ。
それはただの真似では無い。服を作る仕事の全てで成果を出した。その結果であると言える」
視線が集まってしまう運びにピヨピヨしてくる。そんな彼女をよそに校長は話を続ける。
「半分以上は元々職人の者達がこの大会で競っている。
まぁ、当然と言えば当然だ。
学習に来ているものと服を作りに来ているものでは役割が違う。
一方でハボットの様な者も居る。彼女は学校始まって以来の天才だろう。
彼女は三ヶ月前針と糸に触ったことすらなかったのだからな」
「天才……」
その言葉にゴクリと息を飲む。
想像しづらいが凄いことだ。服を作る事自体にさほど難しい要素はない。針と糸を動かして、布を繋ぐだけなのだから。
しかし誰かに認められる服を作る事は違う。
彼女は認められたのだろう。
他人を気にした事はあまり無かった、しかし天才と言われて居る人を気にしない程図太くもない。
後でこっそり見に行けないかと思っていると、勢いよく扉が開かれた。
「話は聞かせてもらったわ」
先生の話を皆が聞いていたので不意に響いた声に視線が吸い込まれる。
サラサラの銀色の髪。瞳は色素の薄い空色。
小顔で小柄な美少女がそこに居た。
華奢ではあるが、しっかりとした出で立ちから大きくも見える。
耳が少し尖って見えるのは気のせいではないだろう。彼女は高らかに指を伸ばしてそしてその指をフィーに突きつける。
「フィーフィー・コーカット! 貴女を連行します」
「ぴっ!?」
フィーフィーがオロオロして居ると校長がため息をつく。
「授業中だぞハボット」
「次は被服でしょ。この子にはもう必要が無い授業。
じゃあアタシが時間を貰ってもいい筈」
なぜか発言権が無い気がしている当事者がアワアワと先生と来訪者をみて慌てている。
そんな彼女にため息をついてカノンが口を出す。
「ダメどす」
「む……」
「フィーはんのやる事はフィーはんが選ぶんどす。
あんたさんも教室戻った方がええよ?」
「アナタに用は無いわ」
「そもそもセンセの話を無視するんは良く無いんよ? 習わんかった? お嬢ちゃん?」
「んん……! 失礼な……!」
かなり童顔の為彼女は年下扱いされやすい。それを気にしているからこその毅然とした態度なのだが、その弱点に見事に言葉の刃を突き立てる。カッとなった瞬間に校長が言葉を挟む。
「ハボット。教室に戻れ。次の授業は君は座学のはず。意図して出席を疎かにするならば出場停止か退学だ」
聞かざるを得ない言葉が聞こえてしまい、冷静になってため息をつく。
この学校の授業は義務に近い。いずれ本当に市井の人々に浸透させる為、出席を理由無く怠ると罰則がある。
そして至極真っ当な理由で説教を食らう羽目になる。
「……分かった。
フィーフィー・コーカット」
「は、はい?」
スッと指先をフィーフィーに向けて目を見開く。
「後でアナタを攫うわ!」
「誘拐宣言!?」
指先を避けるようにカノンの陰に隠れる。
そして先生は手荒く扉を閉めて歩き去る彼女に呆れてため息をつく。
「……扱い難いものだな」
どうもこの手のことは初めてでも無いらしい。
ある意味で有名な二人が交わした初めての言葉はほぼ一方通行に叩き付けられたもので、フィーフィーにとっては苦手な人として記憶されてしまった。
「待ちなさあああい!!」
「ヒイイィィィィ!!」
逃げて居た。授業時間を終えた後、教室を出るとバッタリと出くわした。
目を合わせないようにしてそっと逆方向に去って行くと背後から物凄い圧を感じて猫のように逃げ出した。フィーフィーの逃げ足は一級品である。正に脱兎の如く走り出した。伊達にノミの心臓ではないのだ。
あれ、最近逃げてばかりでは? もしかしてそう言う運気に巻き込まれてる?
「何故逃げるのコーカット!」
「お、追いかけてくるからぁ!!」
勿論無表情でズンズン迫ってくる少女は恐ろしく映った為身体能力に物を言わせて走り出す。
逃げ足は恐ろしく早い。この学校においては兎に角捕まらないことが大事だ。
「ま、まて、まてぇ〜……! はぁ、はぁ!」
しばらく走ると背後が可哀想な事になっていた。息も絶え絶えといった風に追いかけていた彼女が顔面から廊下に倒れる。生徒のいないフロアだった為それを他に見られる事はなかった。
「倒れた!? だ、大丈夫ですか!」
「はぁ、はぁ、はぁ、ちょ、っと、待って……。
もう、体力が……」
慌てて戻ると、死にそうな顔のまま手がガッチリと足を掴んでくる。
「捕、まえ、た……はぁ、はぁ、はぁ……!」
そのあまりにも必死過ぎる様相に大人しく捕まることにする。
その後、肩を貸すのも身長差で辛かったので抱き上げて連れて行く。軽い彼女を難なく運び、保健室へと寝かせることになった。不思議な事の顛末に後を付いてきたカノンがため息をつく。
「情けないことになっとるなぁ。
用事やったら相手を指差して威圧したらあかんやろ。挨拶からせんと」
礼儀の事で怒られている。怒っている彼女は至って真剣で、なぜかフィーまで申し訳なくてそわそわとしてきた。
「う、うるさいわねっ大体、逃げる方が失礼でしょ」
「うるさいやあらへんやろ。
逃げる方が失礼なんは話しかけた方が失礼やない場合だけやで。
礼儀が分からんのやったらウチが教えたるわ」
カノンが鋭い瞳を彼女に向ける。これはテコでも動かない奴だ。礼儀正しいとは思っていたがこんなに厳しいとは思わなかった。
「アナタに習う事なんか――」
その圧によってタジタジと言う。
これは母親が本当に起こった時によく発している空気だ。怒っているというのが分かりやすい。
「礼儀は人としての基本や。種族もなんも関係あらへん。それも無いあんたさんにフィーはんが答えける義理もあらへん」
「あ、アタシは年上よ!?」
「知らんわそんなん。年の上下は礼儀に関係あらへんやろ。寧ろ年上なら模範的な態度みせんとあかんやろ。そんなことも出来へんの?」
「うぅ……」
「へりくだった言い方で見下されるんが嫌でも、基本は怠ったらあかんのよ。
態度で堂々としとるんはええ。
言葉は面倒臭がらんとちゃぁんと使わんと。
なんも言わんと用件だけ一方的に言われても嫌やと思われて逃げられるんやで。
フィーはんは臆病やけど別に人嫌いやあらへん。
何考えとるんかわからん人が怖いだけやねん。
せやから挨拶くらいしよう?
自分やって今名前も知らへん奴に怒られて腹たつやろ?
挨拶も名乗りもしてへんからな。
普通のことやろそういうの」
当然のこと。
そのくらいやれと言う真っ当なお叱りである。貴族的な喋りをしろとか、明るく元気にとか、そう言うのではなくて自分の言葉で挨拶と名前を言えと言っている。
少しカッとなったような表情を見せたが、彼女の鋭い瞳に口を噤んで一つ息をついた。目で圧す力が半端ない。ちょっとピヨピヨしてきた。
理性の灯った瞳がこちらを向いて、小さく黙礼される。
「……追い回してごめんなさいコーカットさん」
「ぴっ、いえ、こちらこそ。逃げてすみません。
あの、私のことは廊下で聞いていたのですか」
「いいえ。事前に校長から聞いていたの。それを通り掛かりにあそこで再び聞いてつい入り込んだの。
アタシはメアリー・ラン・サイト・ハボットよ」
「フィーフィー・コーカットです」
視線を向けられてカノンも小さく黙礼する。
「ウチはカノン・トウドウインどす」
やんわりと微笑むカノンちゃんはいつも通り。
その様子を見て驚くと、そう言うことかと姿勢を正した。彼女は基本的に怒りたくて怒っているわけじゃ無い。ただ理不尽や失礼を見逃せないだけだと思う。
何となく蟠りが解けて、私も嬉しい。ニコニコしていると、ハボットさんもふっと笑う。
「先に言っとくとアタシは百二十を超えてるの。
アナタ達で言えば三世代から五世代は前の人間たちと同じ生まれ」
「ええ!?」
「長耳の人って長生きなんやったっけ。
そんなに差があるのんは知らんかったけど」
「エルグリーフはアナタ達の十倍を生きるの。
校長も旧知の仲でね……ほんと、卒兵の頃から知ってるくらい。
知り合ったのはいろんな街を転々として、使いっ走りみたいなことをやってた頃ね」
それは随分と年上だ。あまりのことに声を上げる。
「ええっ」
「昔はフサフサだったのよ。あ、今は白いけど、赤毛なのよ。髪も長くて、サラマンダーなんて呼ばれてチヤホヤされてた。
今は歳とっちゃったわね。お爺さんだわ」
「全然想像できません……。
ああ、でも、わかりました。何となくやりづらそうなのはそう言うことなんですね」
校長が見せた微妙な表情はそう言うことだろう。
「うん。理解が早くて助かるわ……なによ。トウドウインさん?」
ニコニコとしている彼女を訝しそうに見る。
「いいえ。やっぱり根はしっかりしたお方やったなぁって。
この学校、失礼な人多いんどす。
別にほんもんの礼儀知らずっちゅうわけやあらへんから、みんな心の余裕が無いんかなぁって。
何で市井の子おるって分かっとる学校来たんやろ。ちょっと考えたらわかるやん」
「アナタは歯に衣着せないのね」
「着せてもええんやけど遠慮しとるんどす」
「毒舌なんだからもうちょっと遠慮しなさいよ」
「ああっ、あの、その。カノンちゃんは悪気があるんじゃなくて。
本当に心配してくれてるんです。
礼儀正しい人には同じように最大の礼儀を尽くして返してくれるとっても丁寧な人で、そのっ」
褒めるのがとても下手であるフィーフィーが友人の為に精一杯の説明をする。
真摯であるからこそむず痒い。そんな顔でフィーに微笑む彼女を見てメアリーも少し頭が硬かったのだと反省する。
「なるほど……鏡のように、ね。良い化け猫のようね。東には縁起の良い猫もいるみたいだし」
「貴方さんもええ狐になりはりますよ。聞き分けのええ振りも上手いみたいやし狐も一応守り神もできはりますし」
誰かに対してそういった礼儀を押し付けるのはエゴである。いい人と彼女を褒めるコーカットこそが一番の良い子なのだろう。そんな評価のつもりで送った言葉は見事鏡に返される。
「ははは」
「うふふ」
二人の様子は和やかに見える。和解なのかな、と首を傾げつつ何となく「私は?」と聞いてみる。
『ひよこ』「やなぁ」
寸分たがわない意見の一致、きっと誰に聞いてもそうなのだろう。
「ぴぃ……」
それは自分でも分かるほど、ひよこであった。
そう言えばとフィーフィーは人差し指を立てる。保健室は穏やかで、カーテンからは柔らかな風が流れ込んできていた。
「ところであの、もしかして倒れた理由、胸が苦しくてでは?」
「あっ、見たの……ってまぁ同性に見られてどうと言うものでも無いんだけど……ちょっときつく縛りすぎたわ」
和やかになった空気の中でやっと自分の状態に気付く。サラシを外されて目立たなかった胸が大きく膨らんでいた。かなり苦しい状態で運動したため予想外に空気が足りなかったようだ。
「あの、私下着の販売もよくやってるんです。
胸の大きな人専門みたいになっちゃってるんですけど、でも、悩みがあるなら相談に乗りますよ」
「なによ、おせっかい?」
「だ、だって、胸が大きいなんて誰もあんまり真面目に聞いてくれないじゃないですか。
たから私は真面目に聞こうって決めてるんです」
悩んでいるのに茶化される。時々それは耐え難い屈辱である事を言っている方は分からない。母親に対しては一度爆発したことがあるので、服を作るに際して胸でいじってくる事はなくなった。
それから私も大人になったので笑って済ますようになった。それでも、悩んでいる人はたくさんいた。私ぐらいは真面目に、と言うのはそんな人たちが仕方ないとは私と同じように諦めたように笑うからだ。
そんな人達を助けられるのは、自分しか居なかった。だからこそ――。
真剣に見返した。私が貴方のコンプレックスを嗤う事はない。言葉ではない真摯さが伝わったのか少し気恥ずかしそうに俯いてポツリと言う。
「……アナタは足も早かったわね。
アタシはそもそも鈍臭いの。特に運動は、この胸も相まってね。
武道の家に生まれたのに弓は弦が胸に当たって痛いし、剣は構えれば胸が寄るし重いし……そもそも種族的にこんなデカくならないはずなのに……奇跡だの何だの言われて男に変な視線を向けられるし……」
家系的にはそういう武芸を継ぐ家なのだが、どうやら色々あって断念したらしい。無念とともに訪れた新天地で一念発起して勉学に励んでいるようだ。
「分かります!
とにかくネタにされてイラっとするというかっ」
身に覚えがありすぎて共感を言葉にする。
「こっちも好きでデカくなったんじゃないのに!
しかも同性から無駄な嫉妬も買うのはなんなの!
男が寄ってくる? チヤホヤされる?
要らないお世話よホント!
良いことなんか何も無いわよ!」
白熱して愚痴の言い合いの様になるがこの共感空間はとてつもなくストレスを燃焼していってくれる。
「笑って流す以外だと変に怒らせちゃうし、難しいですよねほんと」
体の話題はデリケートなものだ。
逆に胸が欲しくて悩んでいる子だっている。だから無闇に要らないとは言うのは酷なのだ。
「そうよね、アタシ以上だものねアナタは……。
でも、締めておかないと動き辛くない?」
「結構しっかり固定されてるんですよ。上には跳ねますが下には落ちないんであんまり痛くないですし。あとむしろバランスを取ることに注力しています」
「バランス……具体的には?」
「私は上背も高いのでなるべくバランスの良さを意識します。シルエットが最初に整えるバランスで、あとはその中でうまく服をやりくりします。
あまり子供っぽい服で皆さんと一緒に立ってしまうとより違和感がすごいので、シンプルで綺麗にまとまるように心がけてます」
「そうなのね、アナタの場合は胸よりも体の大きさが先に来るから?」
「そうなんですよ! でも、胸も大きいのは確かです」
一度話せばもはや遠慮はない。
ぐっと寄せるとものすごいボリュームなのでメアリーですら息を飲むほどである。
「凄いんよ、うちの頭もすっぽりのブラ」
「あう、つんつんしないでっ」
「うーん、アタシ達の頭がそこについているのね……さぞかし重いでしょうね……でも、背が高いからバランスは取れていると。で、下着に秘密があるの?」
気の毒そうにポンと肩を叩かれる。掘り下げないのは彼女なりの配慮だろう。そんな事にホロリときつつグッと拳を握る。
「はい。まずはサイズの合ったブラを作りますよ。可愛いのを!」
「へぇ。別に柄には拘らないわよ」
「シンプルなのが良いですか?
スポーツブラも作りますよ」
「すぽーつぶら?」
「運動するとき用のやつで、サラシよりずっと楽でちゃんと固定してくれます。初めは少し圧迫感を感じるかもしれませんが慣れればそうでも無いですよ」
「ふぅん。詳しく」
「はい。形状は襟のないシャツの上の部分の構造で――」
思いの外普通の人である。流石に秘めた悩みなだけあって下校時間ギリギリまで話してしまった。
細かいサイズはそこで測ってしまって後日に試着。カッターシャツから統制のとれた落ち着いた深いグリーンがベースのブレザー、チェックのプリーツスカートを用意してそれをプレゼントする事にした。勝手にやったのだからそれでお金を取るわけにはいかない。実際片手間にやったものだ。気に入ったらお店に買いに来てねと含むくらいでその話は終わる。
それによってフィーフィーにとって途轍も無い誤算が起こるがそれはもっと後の話だ。
手順を追って会いに来る。ごく普通に教室にのまえで呼ばれ、ごく普通に昼食を一緒した。数日で色々と話せる仲になり、三人でよく服のことや他愛のない事を話した。つまり普通の友人として振舞ってくれる。
目に見えてフィーフィーはメアリーに懐いていった。若干複雑な表情を見せるカノンだが、彼女を蔑ろにしているわけではないため焼き餅を妬いてる風になってしまう。
思ったよりもカノンの方が入れこんでしまっているらしい。そう考えると自分は甘え下手なのだろう。彼女を見るとそんな事を思う。
やきもきしているとフィーフィーの方が甘えてくるのでそれに満足してしまう。彼女は今自分が完全に絆されている事に気付いていない。
メアリーは自分以外の人は何が認められたのか知りたいらしい。彼女の事は気になっていたのでフィーフィーも答え合わせには協力することになった。
「私も知りたいです。どんな服を作られたのか気になってました」
「アタシのは被服室に置いてあるの。放課後にでも見せましょっか。今日、時間は大丈夫?」
「はい」
現物が何処かへ消えてしまった自分とは違い、彼女の服は手元にあるらしい。
その服を確認する為いそいそと授業後に被服室に向かった。
――丁寧に作られたシンプルドレス。それに独特の紋様の付いた純白のドレスである。
彼女はコレを動かすつもりで木偶人形に着せた訳ではなく、サイズの確認とバランスを取っている最中に突然動き出したのだそうだ。
かくして両手と足を確認するような動作の後に沈黙したまま動かない状態に戻ってしまったらしい。
「わぁ、シンプルでいいドレスですね」
「聞くとアナタの物は供物として取り上げられたと聞くわ。私との差は何?」
「分かるような、分からないような……その、怒らずに聞いてもらえますか。
笑ってくれるのならそれで良いのですが」
「なにかしら?」
何なのかは分からない。ただいつも通りなら、ここからフィーフィーにはやる事がある。
「多分、この服原型はパーティ用ですよね」
「そうね。見た目通り」
「――バランスは素晴らしいと思います。
というか、これがこのまま原型として優秀ですよ。
ただ戦女神の祭り用には少しシンプルすぎるのかなって思います。
ダンスパーティ寄りの服をイメージするのが良いかと。
人が集まるお祭りですしね。本当に奇をてらってシンプルなのもあり、とは思いますけど。その場合の完成度はかなりの物を要されます。
完全に悪いとは言い難いのですが例えばこんな風な布を当てたり……」
フィーフィーは端切れを追って背中に細いリボンを置く。非対称にしておくと雰囲気が大人寄りになる。
「飾り? でも戦闘服って聞いたわ。それをドレスというのが謎ではあるけどこの辺りの風習なんでしょ?
シンプルな方が良いのではないの?」
「服飾のお祭りですからね……。アクセサリーなどは仕上げにと考えて付けてらっしゃらないのですか?」
「そうね」
「でしたら全体を見るために付けましょう」
普段とは打って変わってフィーフィーは有無を言わせない迫力で作業を促す。
いつもそうであれば、誰からも侮られる事は無いのだろうが自信というのは私生活から付いてくるものだ。話に淀みがなくなり、スイスイ作業を進めていく。
「なにその編み方は……!
皮の紐をそんな風に使うのね!」
「これは両方ベルト機能の応用なんですよあとボタンを縫わなくて良いので早く上がります。
あと頑丈です。ヴァルキリーダンスには皮もののワンポイントは多いですよ」
「実際にも使えるの?」
「はい。頑丈な服が好みなら縁に皮を使う事は多いと思います」
彼女は目をキラキラとさせていた。フィーフィーも興が乗って来る。やはり話が通じる人と盛り上がるのは楽しい。
母親と仕立て相談している時に喧嘩のように意見を言い合っているのは実は本人達はとても楽しい。譲れない事に理由をつけてああだこうだと言い合う。この意見のやり取りこそが、この職の花である。
教室が橙色に染まる中ようやく納得のいく形となる。
といってもフィーフィーの納得では無く、メアリーの納得が主でやはり彼女の意見を尊重して作り上げたものだ。
「後は……裾直しですね」
「ええ。これで動いてくれるのかしら」
「正直言って分かりません。私は兎に角お客さんに気に入って貰うように作るだけです」
「客ね……」
アイデアは既にたくさんある。
服の事をずっと考えていた。子供のような夢のある服も、大人の様に遊びのない服も沢山作ってきた。
おおよそ作れない服は無いのだろう。母とやっているとそんな風に思う。
私が知る手段は私の服を作るためのもの。
「コーカットは学校の後も働いているのよね」
「はい。お家が仕立てと中古服の販売店なので」
何のこともない普通の事だ。三ヶ月続けて、退学問題が解決した今彼女にはとても余裕がある。
このまま成績上位で居ると特待生になれるらしいのでそれを目指して努力して見ている。
「――まぁ、熱意だけで来れる場所はこんなもんか。
アタシも誰かに師事しないと。
生きてきた時間は長いけど、本当に何かに打ち込んだ時間は少ないからね。
アナタみたいに本当に楽しそうに作りつづけられるならそれは幸せな事なんだわ」
三人で丸椅子を並べて座る。真ん中がカノンで左右がメアリーとフィーである。フィーは絶対にそういう並びの椅子で真ん中に行きたがらない。
「あぁ――、わかるわぁ。
でもフィーはんは……いや、滅多なことやし言うのやめとこ」
「何? 私何かある?
カノンちゃんに含まれると気になる……!」
「フィーはんはかわええなぁ」
「あーっ、誤魔化されるーっ」
撫でられて膝に顔を埋める。丁度隣の椅子だったのでそのままずりずりと寝転ぶ。
誤魔化されても良いじゃない。そんな思考で大人しくなる。
「結構なお点前で……」
「なんの儀式よそれは……」
「秘技ひよこくずしどす」
「ぴぃ……」
「アナタそれで良いの。しっかりしなさいフィーフィー」
「なんて恐ろしい技なの……動けなーい……」
「ふふふ。ええ子、ええ子」
「何だろう……大きさのせいか、いかがわしい……何のプレイ?」
「ん? ままごと的な?」
「んん……まぁ、あれよ。あまり恥ずかしげもなくそれをするのはやめた方がいいわ」
「なんで?」
「ど、どうしても! 外聞を考えて!
それこそ常識でしょカノン!」
「うふふ、メアリーはんはお堅いなぁ」
「これはおかしいでしょ!?」
完全にふやけているだけのフィーフィーを指差して顔を赤くする。
良いじゃない飼われたひよこでも。
「ははぁん。メアリーはん、良い人おるんやなぁ」
「いい人?」
「コレやでコレ」
「恋人!」
「言っておくけど……私達は婚約者がいるのは普通の事よ」
「なんや窮屈そうやな」
「そうしないと好き勝手に出て行くからね……」
あー、とカノンは首をかしげる。
「寿命が長いのも色々あるんやなぁ」
「そうね。まぁこの学校みたいに期限があって二年で戻るとなってるならいいんだけど。
働きに出るとなかなか戻れないままでいて、寿命も見てくれの若さもあるから色々頼られて、いつのまにかその土地に根付いていたりするってのが多いかな」
絶対に悪いことでは無いのだけれど、せめて番いで出てくれまいかと言うのがお国の言い分であるようだ。実際彼女みたいに若い子が一人で外に出ることはあまり無いらしい。
夫婦か恋人同士ならば容易く出られるらしいのだが。
「ハーフとかになるんかな?」
「なる。でもまぁ、アタシ達の寿命の四分の一にも満たない時間しか生きられないみたい。だからあまりアナタ達に関心は持たないようにしてる。産んだアタシ達の方が長く生きるのはやはり辛いからね」
「ふーん、で、で? 許婚さんの写真とか無いの?」
「……な、ない、わよ」
「嘘が下手やなぁ。見せて見せて」
「見てみたい!」
「ぐぅ……フィーフィーが言うなら……仕方ない」
ふわりと髪を上げて首の後ろに手を回す。そしてことり、とペンダントを外して開いた。
二人はそれを同時に覗き込んで、黄色い声をあげた。
金色の髪、細長い切れ目。それでいて笑顔に嫌味はない美しく爽やかな青年。
「かっこいい!」
「二枚目さんやなぁ」
「種族的にあまりゴツくはならないのよね。
それでも彼は人に混じっても割と普通な方よ」
「なんなん、もう仲良しさんなん?」
「な、なに? さっきからグイグイくるわね……」
「どんな人? どんな人?」
スッと、逃げる瞳の方に顔を寄せて聞いて行く。悪気のなさそうなフィーがニコニコと隣にやってきて逃げ場がなくなってむず痒そうに絞り出す。
「その、うぅ、言わなきゃダメかな?」
「惚気の匂いがするなぁ」
「耳まで真っ赤ー」
「こう言うお堅い子はな、彼氏の前やとベッタベタに惚れとんよ」
「だ、誰がベタ惚れよっ」
カッとなって食いついてしまう。ニヤニヤとしたカノンが何処からか扇子を取り出してスッとペンダントを指す。
「嫌いやったらペンダントなんか持ち歩かんやろ」
「うぅ、や、やめようよ、苦手なの、こう言うのは……」
「大丈夫、大丈夫やで、どう思っとるんか言葉にするだけやん。好きなんやろ? どう言うところがええ人なん?」
ふぅ、と耳に息を吹きかけられる。
「あ、あっ、うう、フィーフィー、助けて」
「カノンちゃん、メアリーさんが困ってるよ」
「フィーはん。やる時はやらなあかんのよ。
ウチは聞きたい。あんなことやこんなことの恋話のいろは歌の全てを知りたい!」
「なにその熱意!?
見たことないほど目が輝いてるんだけど!」
決意を感じる、そんな瞳だ。いつも柔らかな表情なのに今はとても凛々しい。
「別に減るもんやないやん、聞かせて、な? な?」
「あ、アタシが語ったらアナタも語るんのよ!」
顔は赤いが噛み付くようにいって防御に成功したと笑みをこぼす。
「ええよぉ」
しかしその防御は罠だ。話し上手かつ聞き上手。カノンちゃんはわかりやすくも話好きの女の子。彼女といて話が途切れることはないと言っていい。
「え!? 恋バナを提供できるの!? 大人!」
「フィーはんは……仕事一辺倒やもんなぁ」
「だ、だってー!」
「でも、気になった子はおるんやろ?」
何故かこちらに向いてしまった矛先を頭を傾げる。
「あー。どうだろ。男の子ってみんな私に寄ってこないからなぁ」
「アナタは苦労するのかもね……」
「私より大きい人は諦めてるけど、私が小さく見えるくらいの人が良いなぁ」
「含蓄あるわぁ」
「希望的観測ではその男は寄ってこないわよ。
その時はアナタから行かないと」
「そうだね。まだ誰かを好きになる感覚はわかんないから……というか言う側になると元気になるね」
ちょっと持ち直したメアリーに言ってみる。するとカノンちゃんは扇子を口元に当ててススっと寄って行く。
「まだ余裕なんやな? メアリーはんの、旦那はんは何処がええんかなー?」
「だ、旦那じゃないっ……まだ……」
「というか、えるぐりーふさんは結婚適齢期はどんぐらいなん」
「うーん……大体百を超えたあたりから。
ここから五百年は幅があるの」
「長い!」
もはや生物的にどうなの? よく分からないが爆発的に増え続けるという種族でもないようだ。
「もうよぉわからへんわ……。
でも、ははぁ。ウチは読めてきたで」
「ちょっと情報を与えるとどんだけ読むのアナタは!」
まるで探偵だ。あまり本を読んだりはしないがそういうジャンルの本もあるのは知っている。
「簡単やん。メアリーはんは学校の為に来とる。二年はまぁ、長いっちゃ長いやん。そりゃ千年からすりゃ短いんかも知れんけど。離れる時間としては十分。
せやなぁ、うちやったら、こう、手ェ握って、戻ったら結婚しよう、とか」
まるで、火傷に触れられたかのように素早く反応する。
「ば、馬鹿じゃない!?」
「しかも、そうやって逃げて来たんちゃう?」
その指摘が何かに命中してしまったようで顔を隠して叫ぶ。
「なんなのアナタ! 見てたの!? うわああ!」
「わかりやすぅ」
「こんな取り乱したメアリーさん初めてかも」
「だ、だって……! いきなり来るから、び、ビックリして……!」
「ほほぉ、あかんなぁ、それは放っとったら愛想尽かされるかも知れんなぁ」
「こ、婚約者なのに?」
今まで聞いたことないほどポンコツな声が出ている。これはカノンちゃんに遊ばれてしまう所を見せてしまったのかも知れない。
「怒鳴りつけて逃げて来たんやろ? 嫌われたーって思われたら、次の子当てられるやろ? メアリーはんは出てもうたし……」
「そ、そんな、私はどうすれば……」
涙目でポロポロと語ってしまう。
あわあわしていて可愛い……てはなく、可哀想だ。
「お手紙は?」
「送ってない……」
「書こうや。ちゃんと話しせんと。
ウチは聞いたからには悲恋は嫌やで」
「うう、こんな、無理やり……」
「ほらほらぁ、したためよぉやぁ、こ、い、ぶ、み」
「うああっ」
耳元で囁かれて悶えるメアリー。羞恥攻撃の的である。最早胸を揉まれても対して恥ずかしがらないフィーフィーとは違うので新鮮に遊ばれてしまう。
「はぁ、初々しい空気、美味しいわぁ」
「なんか……こういう小悪魔居そうだよね」
「……コイツは絶対もっと上級のデーモンか、サキュバスの類っ」
「なんやわからんけど、ほんなら吸うてもうて構わんのやな?」
「知ってるんじゃない……!」
クスクスとそのやり取りを笑いあう。
二人の友人は程良く刺激を与えてくれ、更に安心感をくれる仲となった。
出身も家柄もバラバラだが、その垣根は感じない友達として歩むことになる。
――完成させた服は動かすに至った。それでも供物になるほどでは無いようで持ち帰られることはなかった。
その話を聞いたフィーフィーは持ち帰って何するんだろうか、と考えた時に見せびらかして喜んでくれていたりするならあの存在も微笑ましいなぁと笑って居た。あの無邪気さは年相応だか、やはり彼女は職人だ。喜んでくれたなら良い、そう笑うだけなのだ。
「――やっぱ、同学年じゃフィーフィーが最難関か……年季が違うって、やな言葉よね」
借りている部屋のベッドで寝転んでそんな風に長寿種が呟く。
それでも、彼女は笑っていた。同種族以外にそんな言葉を言わせてくる。しかも本当に年若い自分の十分の一程度の年しか生きてない娘がそうなのだ。
努力をしてない誰かにいくら天才と言われても嬉しくは無い。その言葉を免罪符にして何もしなくても良いと思っていることが腹立たしい。勝手に比較して卑屈になられるのもうざったい話である。
逆にフィーフィーは、そんなことは一切言わなかった。同業者に近い感覚で話し、自分が高まっていくのを感じる。フィーフィーもキラキラとした目でこちらの着眼点に驚き、意見を酌み交わし――きっとこれがライバルなのだ。
彼女が人間なのがもったいない。この先何百年ある時間の中の一瞬でしかない今の中にしか居ないのだから。
しかし、それでも彼女に並び立つ者として居たい。
この高まる感情は嘘じゃない。
「――次のデザインは……」
ボロボロのノートを広げて案を書き始める。簡素な部屋だが本が沢山ある。止まらない発想から何枚もノートが埋まっている。他愛のないものもある。人に見せられる程の絵ではないものがある。それでも彼女の原典はこれである。
落書きだった。しかし、人ではなく服の案ばかり。昔は着たかった服を描いていたと思う。後から見ればこんなに少女趣味だったかと恥ずかしくなるレベルだ。
いらないものをまずは消して考える。自分の場合ベースデザインが出来てこその服を作るのだ。
フィーフィーのアドバイスを鑑みてそう自分を定義した。基礎となる形を考えるのが上手い。フィーフィーは見ただけで彼女の天才的な部分を言葉にした。現行の職人に褒められると自信がつく。何より嬉しかった。彼女は見せてもいない自分の研鑽を、手放しで褒めてくれたのだ。
彼女にそれ以外も認められる者にならねばならない。そんな風に彼女の中にある誇りが彼女をさらに高みへと突き進めるのだった。




