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002



 探索者は少し特殊な人達だ。学者のように頭がよくて、子供のように好奇心が旺盛で、狩猟者にも負けないほど強い。そういう人間でないと何度も強い魔物の居る土地に赴くことが出来ないし、目的を達成することが出来ない。大きくて持ち出せないものが沢山ある。その場で解析、研究するにはそういった人物でなければならなかった。

 過去の有用な技術。知識の塊に対して興味を抱かない研究者など居ないだろう。そしてその中の恵まれた者がそこに到達し大いなる知識を得てくる。

 戦女神の木偶人形も、そうやって集められた知識から作られたのだという。それの話を母から聞きながら私はパンを咀嚼していたと思う。硬いパンを食べる度に仄かに思い出す。その時はまだ幼かった事もありそのルーツに関してはあまり理解できなかった。


 話しが逸れてしまった。探索者の人達は冒険者や狩猟者に比べると少ない。研究分野に属する事もあって、自由な人間よりも何処かの国に雇われている人が多かった。探索者専門のギルドも存在するが、それは冒険者や狩猟者よりも上位に位置するギルドとして見られている。そのギルドに入るための最難関は学校なんか目じゃないほどに難しい筆記テストと、狩猟者の上級者が唖然とする狩猟テストだ。どちらにおいてもスペシャリストでなければ通用しない。エリート意識が存在するわけではなく、ただそれが出来なければ本当の意味で探索者になることが出来ないらしい。

 例えばパーティで役割を分担してしまうと費用が嵩む。町への滞在費は勿論、研究が終わるまで何度もその遺跡へと行き来しなくてはいけない。そして、結果が出るまで報酬が無い。それまでは前に得た成果で賄うか、冒険者や狩猟者と同じ仕事をすることになる。パーティで行動しているとそれは非効率甚だしい。せめて国やギルドに滞在費が保証されているならそのパーティーでの行動も許されるだろうが、それが出来るのは大抵ある程度の成果の目処が立ってからになる。


 そんなことを教えてくれたのは良くこの御店に来て、服の修繕や革製品の補修を頼んでくる探索者の一人だった。


「よう、今日はお嬢ちゃんが店番なんだな」

「あ、ビックスさん! いらっしゃいませ」


 ビックスと呼んだその人は髭を蓄えた顎を撫でて目の端にシワを寄せて笑った。ビックス・クロム・バーバンさん。どうも何処かの貴族から探索者になった珍しい人だ。私が立ってしまうと背が並んで気まずいが、筋骨隆々な人で私よりはるかに大きく見える。髪の毛も赤毛の長い髪を後ろに大雑把に流しているためライオンのような人だ。初めはその風貌から少し怖いと思っていたが、話してみればとても紳士的でいい人だった。私から見れば近所の小父さんみたいな人で大分前からこの店の常連だ。たまに私達に飲み物やお菓子をくれたりする。

 私は店番をしている間はずっとカウンターの後ろに座っている。人が来て服が荒れると何度かさっとたたみ直しに行くがその程度だ。

 宿題を広げて色んな意味を含んだ深い溜息をついているところにその人が現れた。


「暗い顔をしているな。何かあったか?」

「あの、いえ、そのぅ……」

「あまり力にはなってやれないかもしれないが話しぐらいは聞いてやろう。

 悩みの大半は言ってみれば案外解決するものだぞ」

「いえ……あの、学校であまりうまく行かなくて……」


 内容を正確には言えないが愚痴のようにそう零した。


「ガッコウ。あぁ、あの大衆教育施設か。そう言えばそんな所に通っているんだったか」

「……はい。成績、と言って紙の上に書かれた問題を解くことで評価されます。

 あまりに評価が悪いとその施設から追い出されるんです」

「金を払わせておいて偉そうな施設なことだな」

「でも、確かに色んな知識が集まってるんです……せ、成績がいい人達はそういう人達で切磋琢磨できる良い場所みたいですし」

「ははぁ。大方、その紙の上での実績が出せず、追い出されかけているのが母親に言えないようだな。

 あぁ、言いづらいならこれに答えずとも良い。だが私にはお嬢ちゃんがそこにこだわる理由が分からんよ」

「あそこに居ると……ヴァルキリーダンスに出られるかもしれないんです……」

「木偶人形の祭りか。あんな物騒な祭りに出たいのか」

「私達が戦うわけじゃないですし……その。子供の頃からちょっと憧れてるんです。

 綺麗な服を作って、流行りモノになった事もあるじゃないですか……」

「まぁ確かにな……だがあの人形はな……」


 ビックスさんは視線をこちらから逸らして目を閉じた。一瞬難しい表情になったがゆっくりと頭を振ってため息を付いた。


「まぁ、何に憧れるかは自由だな。

 それで君は服飾の実力が無いから落ちていると?」

「被服の授業自体は普通に出来てるんです……それ以外は、その。

 あと私が大きいから……みんな話しかけづらいみたいで」


 そう。身長はひと目を引きはするが目立ちすぎて人を遠ざけてしまっている。

 そして引っ込み思案な性格が出てしまって自分から話しかけることが出来ない。

 接客はできるが自分から話しかけるのは得意ではない。慣れてしまえばちゃんと話せるが初対面には緊張してどもってしまったり、頭が真っ白になって何も話せない上がり症だった。

 話しているうちにそう結論づけるとビックスさんは髭を撫でながら薄く笑う。


「まずそれを直さにゃぁなぁ」

「えぇ~。でもどうやって」

「話しかければいいだろう。失敗したらもう一度。何度でもだ。

 折角だから友人を沢山作ってこい。それこそお嬢ちゃんの母を見習えばいい」


 友人を作れず三ヶ月が経過しているのに今更出来上がったグループに突入する勇気がない。言うのは簡単だやるのが難しい。

 若干陰口の的にもなっているので私には本当に難しい話だった。


「孤立とはな、お嬢ちゃんの心から起きる現象だ。

 周りだけでなくお嬢ちゃんが周りを拒否している。

 まずは挨拶の一つでもしてみろ。あとはちゃんと笑え。

 言葉を交わさなければ、人となりは分からない。

 分かってもらえれば、お嬢ちゃんは本来避けられるような人格をしておらんからな」


 ビックスさんは私の頭に手を乗せるとわしゃわしゃと手荒く撫でる。

 叱られているような気分になってしゅんとしている所を撫でられたのですでに泣きそうである。


「……私には、勇気の出し方がわかりません……」


 じわぁっと視界が滲む。店番中は泣かないって決めているのにどうも自分が言った言葉が痛い。

 難しいことを言って勝手に泣いてお客さんを困らせている最低な状態だ。

 そんな私に一つため息をついたビックスさんがひとつ指を立てた。


「勇気とはな。君の持つ針と糸だ」


 店に響いていた雑音が消えて私はその言葉に聞き入った。


「は、針と、糸?」


 その意図がわからずに聞き返す。

 不敵に笑って、ビックスさんは続けた。


「何度も針を服に通さなければ服は出来ない。

 君が動かないと、服は出来ないんだ。

 お嬢ちゃんは解れた袖を直すのも、新しい布を繋げる事も出来るではないか。


 それと同じことだ。


 小さいことの繰り返しが、誰かとの繋がりを作るんじゃないか。


 祭りで見れる、誰かの笑顔に成るんじゃないか。


 君が作りたい何かに成るんじゃないか。


 君がやりたい事の為なら、それを躊躇するべきではないな」



 私自身が世界をつなぐ事を拒否していては何も繋がらない。必要な物をたぐり寄せることも出来ない。

 その説明は私にすとんと降りてきて、破れていた何かが繋がったような気持ちになった。心はもうすでに無理だと諦めきっていた。

 でも諦めきれない何かが胸の中に燻って、私を前に進ませてくれない。そう思っていた。

 最初に繋ぐのをやめてしまっていたのは自分の方だった。


「……ぴぃ」

「ん?」

「ぴあ、いえ、その、頑張ってみようと思います……。

 ありがとうございます。お客さんにこんなこと……うぅ、お母さんに怒られる」

「ははは。気にするな。私からは何も言わんさ。私もずいぶん世話になっているのだからな」


 ばふばふと頭の上で手が跳ねる。恥ずかしさからその手から逃げてずれたメガネを直して手で髪を梳かした。


「あぁ、すみません。今日は何か修繕ですか?

 あ、母を呼びますか?」


 慌てて仕事に戻る私をくつくつと笑う。ソレが恥ずかしくてわたわたと無駄に手を動かした。


「いや、今日は幾つか購入だな。この間面倒なヤツに襲われてな。

 服を一つダメにしてしまった。まったく、しばらくその道を通らないといけないとなると憂鬱だな。

 適当に上着を見繕ってくれないか。またすぐに出たいのだ」


 確か調査に出る時は皮の鎧を着こむと言っていた。その状態で服を破られたのなら鋭い攻撃をする魔物がいるのだろう。

 自分は町からあまり出ないので魔物自体は遠目から見たことある程度だ。その怖さはまだ知らない。しかしビックスさんが魔物のせいでひどい怪我をして一週間寝込んだ話をして貰った時に絶対に町の外に出たくないと思ってしまった。

 遺跡以外の街道ではあまり出ないとはいうがそれでもゼロではないのだ。


「はい。インナーは発汗性の良いもので、上着は襟付きのポケットが多いものが好ましい。でしたね。

 丁度サイズの合うシャツがあるので、ポケットは付けてきます十分程大丈夫ですか」

「じゃあ待たせてもらおう」

「はい。狭いですがこちらに座ってお待ちください。

 あ、一応ですけどサイズは前と変わってませんよね?」

「あぁ、歳のせいか油断すると腹は出そうだがこの仕事をやってるうちは肥えるのは頭だけになりそうだよ」

「ふふっそれは羨ましいですね。では失礼します」


 うちはあまり大きなお店ではない。しかし時間がかからない裾直しや修繕を待ってもらうためのスペースとしてソファーが店の奥に置かれている。ついでにその近くに試着室もある。

 ソファーは二人掛けであるがビックスさんが座ると途端に小さく見える。まぁ体の大きな人であるので仕方ないが。ビックスさんは座ってすぐメモ帳を開いた。あまり待たせることはないが時間を見て色々読み返しては考察を書いたりしているらしい。

 私はそれを横目に目的のシャツとインナーを手に取ると作業場へと小走りに向かった。

 母は前日に受けた仕事を片付け終わったようで扉を開けると丁度肩をもみほぐして居る所だった。


「お母さん、ビックスさんだよ。

 シャツは私が作るからお店番お願いっ」

「あら。それじゃあ、お茶でも出してこようかしら」

「ゆっくり作業しよっか?」

 ちょっと小声な私の言葉に目を丸くするお母さん。

「あら……もう。変な気を使わなくていいわ。

 早く仕立ててあげなさい。また忙しそうなんでしょ」

「うん。わかった。十分ぐらいだから」


 母子家庭になったのは私が幼いころ。私の記憶にはほとんど父の影は無いし、母も私を生んですぐに死んだのだと教えてくれている。

 母に気があるなら再婚して、というのも別に悪いことではない。

 おじさんに慣れてから少しして何となくそんなことを思ってしまったのは、あの人が来ると母は嬉しそうだった。別にお客さんとしての対応は変わったものでもないが、何となく機嫌がいいというか楽しそうに仕事をする。

 それは母が昔ビックスさんのように旅をする人間だったからだろうか。理由はわからない。何にせよ悪くない縁だと思ったのだ。

 その事自体を本人に聞くと貴方にそんなことを心配されなくても大丈夫です、と若干怒られたがそれでもビックスさんはこのお店を使ってくれるし母とは慣れ合った様子である。年頃も近いようなので母がいいと思うのなら私も悪いとは思ってない。そういうアピールも兼ねて私はそういう態度をとっている。

 私に言われると意地になる所もある。それが分かったのは最近のことだから必要以上のことはしないことにした。

 そんなことより自分のことを何とかしなさいと言われるとぐうの音も出ないのは確かなことなのだった。


 私は作業場にシャツを持ち込んで広げる。左胸にポケットがひとつの大きなシャツ。

 古着は服の色が全て違う。人の着方や洗い方によって色々と差が出てしまうものなのだ。ダメだと思ったものはやはりどんどん破棄されるものだ。

 ただ大体同じぐらいの色や着続けることで馴染むものもある。それを見つけるのが上手いと母は褒めてくれた事がある。古着の中で使えるものと使えないが素材にするものをうちのお店では分けている。ざっと作業場の布スペースを見て、目的の端材を抜き取る。それからポケットを採寸して切り出して縫い付けを行う。左右対称に見えるように気をつけてやる。袖のスリットを増やして腕まくりをし易いように作り変える。この方があの人には受けがいい。

 後は縫い目をひと通り確認して縫い糸が古い箇所を切って縫い直す。剣を振るう事が有るということで上半身は丈夫になるように縫い付けた。


 私にはこれしかない。得意なことは裁縫で、趣味は料理、と言えるぐらいだ。

 手を動かして繋いでいくのが仕事だ。新しいものを作るのでも、古いものを繋ぐのでもそれは変わった話じゃない。

 小さなことから繋いでいく。いずれ大きな服になる。小さな努力を忘れるなということだろう。

 あの人に言われると途端に出来る気がする。強い人の言葉は人に勇気を与えることが出来ると母が教えてくれた事がある。きっとまさにこれのことなんだろう。

 感謝を示すために私が今できる事はこの服を丁寧に仕上げることぐらいだ。


 温めてあるアイロンに手をかけて最後にシワを伸ばしておく。ソレを手早く畳んでインナーの方に手を伸ばす。ボタンが緩くなっているところを縫い直してそちらにもアイロンをかけた。

 あまり複雑な工程はないので言った通りの時間でやり終えてお店の方へと足を向けた。

 母と談笑しているようで陽気な声が聞こえる。あまり邪魔をしたくはないが躊躇すると遅いと母にねっとり怒られそうだ。


「おまたせしました」

「時間ピッタリね」

「おぉ、ありがとう」

「試着なさいますか」

「着て行こう」


 そう言うとビックスさんはその場で上着を脱いだ。試着室は彼には狭いようであまり入りたがらない。かと言ってひと目がある中で堂々と着替えられても困るのだけれど。

 真新しい包帯を体に巻いていてもその筋肉が盛り上がっている様は隠せていない。

 すぐにインナーになる上着を渡してそれを来てもらう。此処で何かを言って裸のまま言い合いをしても何ら意味が無い。そんな時間を引き伸ばすより素早い着替えを手伝った方が健全だ。

 手早く着込んで腕を回す。


「……ふむ。ピッタリだな。お嬢ちゃんも腕を上げたもんだな」

「さ、流石に常連さんのは間違えませんよ!」

「はっはっは。済まなかった。代金は」

「あ、今回は大丈夫です。前に頂いた代金で十分余りますから」


 この人は支払いが大雑把だ。三百と言う数字を出すと五百か千を出してきて、釣りはいらないという。貴族っぽい払い方をするなぁと思うのはこういうところだ。

 この国ではお金の単位はルシカ。最近はアールという外貨も流れてきているが両替の手数料が掛かってしまうため割高になる。流れの人に多いのだけれど、両替してから使ってもらうように促してはいる。

 私の言葉にふむ、と頷くと鞄から千ルシカを出してカウンターに置いた。ちなみに今の作業を代金にすると大体服代が四百ルシカ、急ぎの作業代が二百ルシカ。中古なのでどうしても値段はその辺で止まる。まぁだから下町の人達には重用されているのだけれど。


「あぁっまたそんなに!」

「はっはっは!

 まぁ受け取っておけ。いい仕事には相応に対価があるべきだ」

「まぁ。まだまだですけれど、そう言って頂けるなら嬉しい事です」


 カウンターに置かれたお金とビックスさんに視線を往復させてオロオロしていると母が私の背中を叩く。


「ぴっ!」

「ありがとうございます。娘ともども、頑張らせてもらいます」


 お母さんはそう言って恭しく頭を下げた。

 ビックスさんは後ろ手に手を上げて去っていく。私は慌てて頭を下げていつも通りにお客さんに別れの挨拶をする。


「あ、ありがとうございました! またお越しくださいませっ!」


 慌てて言った為に顔が真っ赤になる。

 本当にお世話になってしまった。


 針と糸を持っていることを教えてもらった私は少しでも変われるだろうか。

 母に促されてまた店番に戻る。

 今日はお母さんが食事を作ってくれるらしい。

 少し上機嫌に買い物に出て行く母を見送って溜息をつく。

 取り敢えず宿題をがんばろう。そう息巻いて紙の上の問題にとりかかったのだった。


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