世界を明るくするウサギ
四月の眠気が誘う午後のお茶会におばあちゃんの招待を受けた。「フランソワーズ、わたしは確かに冒険をしていたのよ」と彼女は笑った。私は丁度図書館で借りてきたばかりの『ガリヴァー旅行記』に目を落としていた。
私たちは今現在、紺碧の空からの日差しをオリーブの樹木で妨げながら平和にも、テラスに腰掛けている。だからそういった単語とあまりに無縁に思えた。挿絵には主人公が6インチの小人に取り巻かれた姿が描かれている。多くの子どもに取って冒険はファンタジーの中だけに存在していたし、ドキドキするような世界の中、挿絵の人物を身近な人間に置き換えた時、気持ちがしらけてしまう。「二十世紀に冒険は出来やしないわ」と私は本を閉じた。彼女はちょっと拗ねたように「いいえ、冒険よ。私は世界大戦の真っ只中に生まれて、革命後の混乱をくぐり抜けてニューヨークへ来た。ナチから逃れた筈なのに第二次世界大戦も冷戦も忙しなく訪れて、ああ、本当に若い頃は無茶ばかりしていたわ」としわを深めた。根本的に冒険の意味を、命の危険と勘違いしているんじゃないかと思う。
確かに彼女の宇宙的背景の裏には、観念上のファンタジーが展開されているのかもしれないけれど、平和な時代に生まれた者にとって、戦争は空想二次元じゃない。彼女の両親、つまり私にとっての曾祖父母は、ポグロムによる差別と迫害を同じロシアに住む人々から受けて、ボリシュヴィキ革命を待たずにアメリカへやってきた移民族だった。そう、彼女も、私も、ユダヤ人だ。幸いな事に燃えるような褐色の肌も、艶やかな黒瞳も持ち合わせていなかった曾祖父母達は、髪の毛を脱色して上手くアメリカ社会に溶け込む事に成功した。忙しなくもあったが結果的に、革命でロシアが社会主義に変わった所で、ユダヤ人の居場所はなかったのだから、当時幼かったおばあちゃんも、懸命な判断だったと云う。
ニューヨークのダウンタウンで、黒髪を脱色し続けて暮らした日々は、陰鬱な気配が見え隠れしつつも駆け引きに負けず、ユダヤ系の移民族である事に誇りを持ち、家族総出で積極的に社会運動に参加してきた。それは彼女の今後に大きく影響を与え、ニューヨークタイムズの政治コラムや品のない雑誌の連載が彼女の仕事となった。なん冊か短編集も出していたけれど、人種を超えて愛し合う恋人達の話ばかりで、私が読むにはまだ早い気がした。それに、いつもお相手はフランス人で、どの話にも一貫する哲学があり、共通するひとりの男性像が浮かぶ。正直、私には彼女のユーモラスに少々のずれを感じていたし、その上で「ねえ、今度こそ明るい話を書いてよ」と、アドバイスするけれど「真面目に聞いて頂戴」と返される。
「私の冒険は幕を閉じてしまったけれど、貴方の冒険はこれからよ。若い内しか出来ない事なの、もっと活動的にならなきゃ」
「それはおばあちゃんみたくなれって事?」
「そうじゃない」
彼女はじっと黙って私の顔を見つめていた。
いたたまれなくて、パブリック・スクールの制服である青いギンガムチェックのワンピースの裾を掴んだ。
「ファンション」
「愛称で呼ばないで」
フライヤおばあちゃんに付けて貰ったフランソワーズと云う名前は、可愛らしくて気に入っているけれど、同じクラスのアレクシが「ファッション」(洋服)や「パッション」(情熱)や酷い時は「ファック」(糞野郎)とからかって来るから、最近少し嫌いになりつつある。彼女が私を愛称で呼ぶ時は決まって、一族の歴史を語る赤味の強い茶色の瞳で、銀を散らし期待に満ちた輝きを放つのだ。
「私の可愛いうさぎさん、そうして貴女は私の飛べなかった所まで飛んで行きなさるの。いつまでも、興味散漫でいちゃだめ。長い人生の内、何が起こるか分からない。必ず生きて行く内、脳天から爪先を貫く、自分を動かす何かを決めなけりゃならない日が来る。私は十四の時だった。今の貴女の歳ね」
急に、優しい口調に咎められているような気分になって、どうしてこんな重い話になったのだろうか考える。
「なら、おばあちゃんは何を決めたの?」
小さな時、両親に手を引かれてアメリカへ。幾つもの戦争を経験して、ユダヤ人である事を隠しながら何を。私と同じ歳に決められる事はそう、多くはない気がした。
「命を懸けたの」
滅多に話さない、ひどい訛でイディッシュ語を使うおばあちゃんの頬は、薄ら輝く薔薇色に蒸気し染まる。歳若い少女のような、あとけない表情に心臓を掴まれた。
「愛していた人に、私の命を預けたの」
少女のような彼女にびっくりして「それで、どうなったの?」と、先を求めてはしたないが、身を乗り出して聞いてしまった。立派な精神の強さも映える、余裕ある穏やかな手つきで彼女は左手の薬指を撫でる。慈しむように、夢を見ているように。
「あの人はカードを引かなかった、賭けは成立しない。私はひとり年老いてしまった」
愛のない世界で生きてきた。そんな目をしてる。ずっと、彼女は遠くを見て過し、窓の外を眺めてばかり。おじいちゃんが肺炎で亡くなった時も「私が行くまで浮気しないでよね、それじゃあグットラック」と、明るい顔して見送った。本当は、おばあちゃんは小説に出てくるフランス人の事が好きで、今でもそのフランス人が自分を迎えに来てくれる事を待っているのだと、理解を深くした。だから、今でもフランス系は一番嫌いな人種なんだ。彼女の瞳には、ありもしない指輪が細い指に食い込んで見えるに違いない。別に、責めはしない。その資格も、立場も自分にはないし、これは彼女の問題だから。実際の行動は矛盾していたかもしれないけれど、決して無関心な人間なぞじゃなかった。むしろ、情熱的で知的で、ジプシーのようで憧れた。
命のやり取りをする心情は、どのようなものなのだろうか。私は午後のテラスを後に、家路に足を向けていた。ぶかぶかのブレザーが、斜めに掛けた鞄の重さで更にだらしな着崩れする。肩のラインで切りそろえた髪の毛も、五月蠅そうに風が撫でた。途中、通学路を通る屋台のおじさんから、ハンカチとおばあちゃんの本とで金魚を一匹買った。透明なボトルに移された、小さな金魚をぶら下げて、家の前まで来ると「ファッション!」と呼ぶ声が聞こえ、肩を落とした。
「パッション、今帰りかい?」
「意地悪ね、私にはフランソワーズって名前があるのよ、貴方は一度も呼んでくれた試しがないけれどね、アレクシ」
「君には似合わない名前だ」
「あらそう、それじゃさよなら」
行き成り現れた彼に少しばかり腹が立って、顔も見ずに玄関のドアノブに手を伸ばすと、大変な意気込みで「ちょっと、もう帰っちまうのかい」迫られた。男の子らしい大きな声に、びりびりと耳鳴りがした。
「当たり前でしょう、ここは私の家の前なの、可笑しいことがあって?」
冷淡に取られたかもしれない。強い口調で云い返す力加減は煩わしさと比例してしまう。
「それもそうだ、けれどね、ファッション、ちょいとばかし話を聞いておくれよ。ねぇ、ぼくは映画のチケットを二枚持っているよ。これから見に行こうよ。ポップコーンを買ってもいいけれど、母さんが焼いたスコーンがあるんだ、生クリームがたっぷりにイチゴが乗ったやつ!」
一瞬、自分に誘いを掛けているとは思えずに、躊躇ってしまう。普段から高慢な態度所以、いまひとつ純情多感な年頃の少年には、いささか可愛らしい手段に思えた。しかし、愛称をからかう事実はいただけない。
「いいえ、今日はそんな気分じゃないの」
「だったら、KULA SHAKER(ロンドンの人気ロックバンド。若い子に人気だけれど、ママは嫌いだ)を聴きに来ない?新しいアルバム手に入れたんだ」
そう云えば、仲良しのユーシィはアレクシの事を、バンドリーダーのクリスピアンに似てるとお熱だ。私はわがままな貴公子より、男前三段のアロンザが好みだ。
「ぺザンツ、ビッグス&アストロノウツでしょ?私、発売日に買ったわ」
どうゆう訳かしら、今日の彼は中々食い下がらずに、息継ぎも控えめに次から次へと話を持ちかけた。私が誘っても、オーケーしてくれた日はないのに。捲し上げる素振りは、きかん気の子どもみたい。
「なら、ニューヨークヤンキースを見に行こう!サッカーの方が好みなら、メトロスターズを!一度、見に行きたいと云っていただろう?折角の午前授業だったんだ。今からだって遅くはないさ。君がどうしてもと言うなら、宿題だってしてもいい」
「悪いけれど、アレクシ。私……」
ぎこちない動きで苦笑する私に、困り果てた様子で俯いたアレクシは、ぶら下げたボトルに目を配らせた。
「そうだ、その金魚を公園の池に放しに行こうよ。そんな、狭い所に閉じ込めてちゃ可哀想だし、君にしては悪趣味だ」
やっとの思いで、重い腰を上げる解決策を組み立てた彼は、だらしなく結んだタイを更に緩めた。なんのていらいもない、悪意も何もない背景を知っている。その一言が許せなかったのは、完全に今日の自分が、腹の虫が悪いからに過ぎない。悪い事をした。
「いい加減にして!意地悪する男の子とはデートしたくないの!帰ってちょうだい!」
気付いた時には、ボトルを抱かかえて家の中へ駆け込んでいた。鍵を掛けて、玄関に鞄を放り投げると「ファンション!」と、呼ぶ声から逃げるように二階の自室に閉じ篭った。
「ファンション!ファンション!ぼくが悪かった、謝るから……ファンション!」
クッションが散らばるベッドに突っ伏すと、羽の埃臭い匂いに嫌になった。小鳥さん、小鳥さん、ごめんね。毎日寝起きをしている物にも、命の片鱗は存在している。ずっとずっと、金魚を飼いたかったのに。可愛い子を貰えて嬉しかったのに。金魚を一匹飼うだけで悪趣味だなんて。だって、まだ十四歳なのだもの。どうして私だけが、こんなにも薄皮に存在するざわめきを、おばあちゃんが見せるのか、考えなしの癖に正しい答えを持っている目の前の男の子にすら勝てなくて、私は値打ちのない女の子だ。自分を卑下するなんて最低だと分かっていて、浮かぶ罵声が止まらない。愛された事実にも、自信を失いようよ。おばあちゃん、命の心配もない平和な世界で、貴女のように全力で愛せる人はそうはいない。
それから数日。私は熱を上げた。軋む身体を横たえて窓辺に置いた鉢を眺めた。無知な自分を何よりも恥じた。ようやく起き上がれるようになり、宿題のレポートを届けてくれたアレクシを、ママが部屋に通した時、空に浮かぶ心地から、真っ逆さまに地に落ちた気分だった。
「ファンション。その、この間は悪かったね。ぼくはまた、ひどい事を云ってしまったんだろう?君を傷付けるつもりはなかったんだ。ましてや泣かせるつもりも」
「金魚」
「金魚がどうしたの?」
「死んじゃった」
「そう」
私の震える手を引っ張って窓辺につれて行く。ビー玉の敷き詰められた鉢には、引っ繰り返った金魚が浮いている。
「アレクシの云った通り。軽い気持ちで生き物を飼うなんて、悪趣味よね。私浅はかだった。あの時、一著に川に返してあげれば良かった。だって、こんなに早く死んじゃうなんて、金魚を飼う事が命のやり取りだなんて、思いもしなかった」
決してこれは大げさな話なぞじゃない。あまりに当たり前にあるから、忘れているだけに過ぎない。ましてや、身近にいる人間が倒れでもしなければ振り返る事のない、私たちが今こうして、ここにいる奇跡。鉢の底のビー玉みたいにぼろぼろと溢れ出す涙は、頬の曲線を忠実に滑り、くすぐったく顎でまとまり胸元に落ちた。アレクシは、持て余したように、男の子らしい指で「泣くな泣くな」と拭ってくれた。何も知らない癖にと思う反面、全てを許されているようで一時的な、恍惚感に満ちた笑みに賭けをしたくなる。けれども、どうやって伝えればいいのか、受止めるには重すぎやしないか、億劫になる。
「どうしよう、アレクシ。私、大切な時に何も決められない」
おばあちゃんは、どうやって託したの?ややあって、しゃくり上げる私が落ち着くのを待ってから、彼は優しく手を握り締め、伺うように顔を覗き込んだ。鼻の頭が赤くて不細工な顔を、見られるのが恥ずかしい。クリスピアンも格好良いかもしれない。
「ねぇ、ファンション。君、その金魚を、通学路を通る屋台で買ったろう。その主人はね、ぼくのおじいさんなんだ。うさぎさんが、素敵なプレゼントと交換してくれたとあの日、顔をほころばせながら帰って来たよ。戦争で離れ離れになってしまった同志の書いた本だって、この本の中に自分がいるって」
私は思い出した。金髪碧眼の彼はフランス人の血が混じっている事に。
「まさか!おばあちゃんの賭けの相手?ああ、どうしましょう、そんな事って……でも、どうして私だと分かったの?私のこと、おばあちゃんも、うさぎさんと呼ぶのよ」
大人の振りして、溜息を漏らしながら髪の毛を書き上げると、アレクシは二、三年上に見えた。悪戯っ子のまま指を突き出して笑う。
「分からない?白に近いふわふわブロンド、赤味の強い茶色の瞳。うさぎさん!」
涙で充血した瞳が、うさぎ目になる。
私は顔の造りは母方譲りだけれど、髪の色は父から譲り受けたものだった。白髪になり脱色する必要がなくなってしまったおばあちゃんが、嬉しそうに淋しそうに髪を梳かしてくれたことを思い出した。
「そう。やっと、彼、気が付いてくれたの」
体調も上々に熱が下がると、アレクシに付き添われ、学校の裏庭に金魚のお墓を作った。掌を合わせると、少し精神的なものに触れている朗らかさに包まれる。大切にしたなら、許してくれると、彼の優しさに甘えた。少し悩んだけれど、二人で相談した結果、おばあちゃんに伝える事にした。
「彼は、世界大戦後アメリカに亡命してきたフランス人だった。ユダヤ人が多いダウンタウンに、彼は大人っぽい顔して現れてね。若い娘は皆一目惚れよ、私もオペラを誘ったり熱を入れて、やっと通じ合えた時は嬉しかった。お互い祖国を捨てたと云う共通点もあったし、何より命を擦り減らして疲れていたのよ。あの頃は幸せだった。私の脱色した髪を撫でて彼、笑うの。ぼくの可愛いうさぎさん、赤いおめめが可愛いって。それでも私が十四、彼が十八の時、兵役志願して飛行連隊に所属した。家族の為に、体面を保たなければならなかったのよ。私は哀しくて哀しくて、泣いた。そして、彼を繋ぎ留めて置きたい一心で賭けに出たの。私は、ユダヤ人で、ロシアからの移民族だって、髪も脱色で本当は真っ黒だって」
「……自分の正体を明かすことが駆け?」
「その頃はどうにでもなった。彼次第で、私はおろか、家族や運が悪ければダウンタウンの皆まで虐殺されるかもしれなかった。それでも、私は彼に賭けたかった。命を捨てる覚悟で戦地へ赴く彼に、自分の愛を、命を持って証明したかった。身体も心も奪われて、次にあげるものが分からなかったから。彼は、驚いて、何も云わず行ってしまった。なかった事にされて私は無事。賭けは成立しない」
相槌を打つ暇もない。口を挟める状況じゃなかった。こんなにも殺伐をした空気を、知らない。彼女は、魂の告白をしながら、平和な世界で何と戦っているんだろうか。
「私は、待った。戦争が終わっても、彼の帰りを待った。けれども、私はこんなにも年老いてしまった。若い頃と違う、しわしわで醜い私を見られたくなかった。つまらない意地を張って探す事もしない、少女じゃなくなった私は結婚もして、家庭を持って、子どもを生んで……死んでしまったとばかり、思っていたのに」
「ひどいわ」と、小さく目を閉じた彼女が泣いている事に気が付いた。
「私は別の人を愛してしまった……!」
「おばあちゃん、おじいちゃんの事嫌いじゃなかったの?」
「嫌いなものですか。今でも私は夫を愛してる、愛してる、愛してる。あの頃、私は幼くて無知で、毎日が駆け引きで綱渡りだった。ドキドキする日常でささやかな愛しい人との時間に酔った。戦争の終わった平和な何もない世界で、物足りなさと躊躇う矛盾に自分が耐え切れなかった。でも、夫は何もない退屈な日常で、幸せになる事に慣れさせてくれた。命を賭けなくとも、愛しても良いのだと教えてくれた。今、この平和な世界で、彼を愛せたかと聞かれれば正直、分からない」
煙が不透明な程に密集し彼女の周りを、守るように覆った。普段、煙草なんか吸わない癖に、こんな時ばかり多用する。大人の賢い術は、考えを繕ったり、淋しい手元を持て余さない為に編み出された。
「思い出ばかり幸せで、私は満足してしまうの。目を瞑れば子どもの日のまま。フランソワ、フランソワ、素敵な名前ねって云うと、フランス人って意味なんだと笑うの。貴女にまで、押し付けて悪かったと思う」
「呆れた!それじゃあ、そのフランス人の名前を私に付けたのね!」
フランソワの女性名はフランソワーズだ。
「だって、彼、とても格好良かったんですもの」
涙で濡れた皮の薄い頬は、眩い程に若々しく持ち上がり、細めた瞳は魅力的な朱を射す。悪戯っぽく笑う彼女に、勝てないと思った。うさぎさん、うさぎさん、赤いおめめがとってもキュートね。しわしわだっていいじゃない。黒いうさぎだっていいじゃないか。私達は、生き抜いてしまったし、何もない世界を選んだ。分かり合えない事は、あると思う。けれど、勝ち負けなぞ存在しなく、戦乱を生き抜いた同志として語らう事は許されよう。冒険は、難易度を変えて精神面へ方向性を向けた。いかに、戦ってきた貴女たちがこれから、無意識に守り抜いてきた平和な世界で、生きる事が残された課題。ああ、誰を見ても愛しいと思える事が、秘めやかな勝ち味。許せてしまうよ、何もかも。ゆっくり学んで行こうと思います、おばあちゃん。貴女達のように、これから冒険が起こって劇的な変化が起こったとしても、後悔しない決断が出来るよう見守っていて。大切にするから。
強い日差しが、真上から降り注ぐ頃になると、夏の花を添えておばあちゃんの元に手紙が届くようになった。差出人は、聞かなくとも分かる。とても複雑そうで、怒ったような顔をするから。今度、お茶会に誘ってあげればいい。その時は、ぜひ私のボーイフレンドも御一緒に。彼はイチゴと生クリームたっぷりのスコーンを持って来てくれる。けれど、浮気は許しませんよ。だって、私、おじいちゃんの事も大好きなんだから。
『ぼくの可愛いうさぎさんへ
冒険も終わった何もない世界で、僕は君への愛情に負けてしまいそうになったよ。ねぇ、フライヤ。僕たちは、僕たちが思っている程に歳を取っていないのかもしれないよ。
冒険をしていた頃のように心が元気なんだ。可愛い孫達に、感謝しなければいけないね。
妻に一途なフランソワより』
夢の跡の大好きなものが沢山ある世界で、ささやかなる冒険に私は、命に相応する勇気を持って望もうと思う。丁寧に繰り返される日常に飽きる事なく、平和な世界を。
「フランソワーズ」
ああ、アレクシが呼んでいる。
END
N.Yを舞台に書いてみたく、そこでクールなおばあちゃんと情緒不安定な少女、マザコンの少年、かつて格好良かったおじいちゃんが生まれました。初めて書き上げた小説で、お見苦しい所も多々ありますが、とても愛着のあるお話です。