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王国議会の役者達



 王国議会。


 ウィズ王国における重要施策などを多数決により決定される最高意思決定機関。


 王国議会議員は都市の街長で構成されており、1等から5等までなる都市の格付けはそのまま王国議員としての格付けとなる。


 そして王国議会議員の特徴は全員が民間人で構成されている点にあり、貴族が存在しないのだ。


 というのは過去王国議会を原初の貴族が独占し、権力の寡占化が進み腐敗が進行したため、時の王が原初の貴族を含めた正貴族、つまり男爵以上を全て追放した。


 ウィズ王国の歴史上原初の貴族ですらも容赦しない苛烈な施策の一つで、この施策により国家運営に民間人が重要な位置を占めることになったのだ。


 そして国家の意思決定が多数決で決定されるのなら重要なのは派閥だ。追放施策以降議員たちはそれぞれの派閥を作り、我こそがと自分の力を周りに誇示している。


 その派閥の一つ、曙光会。


 会長は第三方面本部所在の一等都市レギオン街長、ファシン・エカー。


 裕福な家に生まれ育ち、政治家として政治屋として両方で優れた才能を発揮した彼は、修道院に向かうことはなくシェヌス大学に進学し、そこで人脈の基礎を構築、卒業と同時に当時の2等議員の秘書を務め、めきめきと頭角を現した。


 若くして2等議員の管理下にある別の街長を勤め、様々な場所で優れた手腕を発揮。結果、高齢により当時の2等議員が引退すると同時に立場を引き継ぎ、曙光会を設立。


 その後も順調に出世を続け、曙光会はその勢力を拡大、ついに方面本部都市の街長に就任、一等議員へと昇格する。


 一等議員の地位は、議長を頂点とする王国議会の最高幹部、その中で第三方面の街長は、王国議会ナンバー6の位置。


 頂点に近い人物であり、議事堂で彼が歩けば多くの人物が道を譲る。誰もが認める勝利者。




 そして今日は、、、。




 その勝利者は終焉の日。




 様々な思惑が複雑に絡む、王国議会。



 これはその日常の一コマ。





 ファシン・エカーは、レギオンの高級住宅街にある自宅兼曙光会本部にて、執務室の席に座り、目を閉じて黙っていた。


「政治家に求められるのは、国家のため、国民のための能力ではなく、数を集める能力である、それは分かっていたつもりだったのだがな」


 皮肉気に呟くファシン。


 多数決の強さは当たり前の話ではあるが数だ、数がなければ話にならない。どのような素晴らしい政策も実現しなければ絵に描いた餅だ。


 その数において曙光会は会員自体は少数ではあるが、それぞれの会員自身が派閥の長である者だったり、派閥を持たない人物についてはその能力をもって曙光会に奉仕することで王国議会においての立場を強固なものにしていた。



 だが先日、王国議会最大派閥である後世会に、王国議員含めて数百人規模の曙光会の会員をごっそりと人を引き抜かれてしまったのだ。



 残ったのは……わずか3名。



 多数決に置いて数は力、故に数の消失は力の消失を意味する。


 そして挽回は不可能だ。何故なら周りに曙光会を助けるような人物はいない、助ける「利益」が無いからだ。


 これからのファシンの辿る道は二つ。政治家ならば全員が叩けば出てくる「ホコリ」を盾に罷免を迫られるか、次の街長の選挙の時に後世会から出馬する立候補者が当選して自分が落選するか、いずれにしても敗北の道しか残されていない。


 ふっと、ファシンは意味ありげに微笑む。


「それにしても、お前が残ったのは意外、と言っていいのか?」


 と自分の傍に控えるゴドック・マクローバーに話しかける。


 ゴドック・マクローバー2等議員、魔法都市ウルリカ街長、曙光会の書記だ。


 ファシンの言葉に息を吐くゴドック、これは嫌味というよりも、お互いに軽口を叩き合える仲であるのだ。


「元より我がウルリカは閉鎖都市。都市単体の実績がそのまま王国での評価に直結します。魔法都市としての存在と需要の重要性を無視出来ません、そして切り離すこともできませんからな」


「それを言い切れるのは羨ましい限りだ、ウルリカは人材にも恵まれているからな」


 ウルリカの大規模都市に与えられる3等を超える2等の格付けは、かつて魔法を人の世に落とし込み、魔法技術を構築して世間に広げた神聖教団。その超技術を研究し、今まで数々の成果を上げてきたこと。そしてその副次効果としての亜人種への差別と偏見への根絶のための建前が存在するからだ。


 現在でもウルリカに存在する魔法王立研究所の常に最先端をいき、人種を問わず集められた優れた研究員達の日々の研鑽によるものだ。


 先日、ローカナ・クリエイト文官少尉の発明した美容魔法による入浴剤は、ただ風呂に入るだけで効果があるというお手軽さからヒット作品となっている。


 学業部門においてもウルリカ高等学院は毎年数名の修道院の合格者、二桁のシェヌス大学の合格者を輩出する名門校だ。


 だがここ近年で、いやウルリカの歴史上の最高功績は神聖教団最大の謎と呼ばれたアーキコバの物体の解明である。


 その功績により、ゴドックは王国議会においてのその存在を確かなものとし、自身の派閥を作れる立場になり、その話は現在もひっきりなしに来ている。


 そして王国での重要な位置にいるから、当然ゴドックにも後世会の有力幹部から声がかかったのは事実だった。


 ファシンの軽口はそれを知ってのことだ。そして確かに後世会の上級幹部としての待遇の誘いを断るといった「不利益」を自分で被るというのは、自分の性格では考えられなかったのもそのとおりだ。そもそも人材の引き抜き自体は「正攻法」であるのだから。


 無論、まだ無名であった自分を引っ張り上げてくれたファシンに恩義があるのも事実であるし、それを裏切ることはできないというのも大きな理由ではある。


 だがここは政治の世界。美辞麗句は建前としてだけ使いこなせなければ話にならない。ゴドックとて美しい理由だけで残ったわけではない。


「会長、もちろん会長には恩義がありますし、それを裏切れないといった思いもありました。ですがおっしゃるとおり私がここに残ったのは当然に計算の上ですよ」


「その計算とやらを聞かせてくれ」


「王国議会において多数決国家において数は絶対正義、ならばその数を集めてどうするのか、それは原初の貴族の繋がりを得たいからです。そしてはっきり申し上げれば、その原初の貴族との繋がりが得られなかったからこそ、今回の敗北を招いたと言えましょう」


「…………」


 国家の最高意思決定機関である王国議会議員たちが締め出されたはずの原初の貴族たちの繋がりを何故欲しがるのか。


 それは原初の貴族は王国議会から締め出された後「決定された意志を誰が行うのか」という点に注目したからだ。


 原初の貴族たちは、それぞれに自分が担当した専門分野において、他に変わりが出来ない程にその役割を果たしていたため、王国議会が決定した意志決定を行うためには、自分の意向を無視できないシステムをくみ上げたのだ。


 故にどんな素晴らしい意思決定がされても、それは実行されなければこれもまた絵に描いた餅。決定された意志を「どこまで実現できるのか」が原初の貴族の裁量によることとなった。


 当然意思を決定しておきながら、ほとんど成果が上がらないと分かれば、非難をされるのは原初の貴族ではなく王国議員たちである。


 だからこそ原初の貴族との繋がりを欲するのだが、原初の貴族たちは自分たちの力の強さを理解しているからこそ滅多に接触は図らない。故に原初の貴族たちと、例えば「便宜」を図るほどの関係を築くことができれば、後世会と対等になれるのだ。


 何故なら後世会会長は、その数の力を理解し、原初の貴族の直系の1人より便宜を図ることを許された数少ない人物であるのだから。


 だからゴドックの含む意味を当然ファシンは理解する。


「クォナ嬢か……」


 クォナ・シレーゼ・ディオユシル・ロロス、私立ウルティミス学院顧問就任。


 彼女は原初の貴族の1門、シレーゼ・ディオユシル家当主、滅私奉王を体現した王の秘書官、その現当主ラエル伯爵の実娘、つまり直系。


 時代が違えば傾国の美女と呼ばれた美貌を持ち、上流の至宝と呼ばれた人物。


 熱心なウィズ教信徒、司祭を叙階されており、主に孤児院運営に力を入れている。


 彼女の顧問就任は、マルスという遊廓というマイナスイメージを覆し、王国の教育界に衝撃をもたらした出来事であった。


 余りに突然のことだったので様々な憶測が飛び交うが、クォナ嬢自身は顧問就任について「セルカ街長の教育理念に感動した」とのことだった。


 そしてクォナ嬢自身、マルスに孤児院がなく運営の範疇外だったため、前々からどうにかできないかと考えていたとも付け加える。


 とはいえ……。


「だがゴドック、引き抜き工作自体はクォナ嬢就任の前からあったが、引き抜かれたのは、就任後のことだ、いや、言葉を選ばずに言えば拍車をかけたと言ってもいい」


「…………」


 今回の曙光会離脱にクォナ嬢就任を口実として使ってきた会員がかなりの数いたのだ。


 原初の貴族との繋がりが欲しているにも関わらず何故なのか、それは次のファシンの言葉が物語る。


「クォナ嬢は政治力が一切なく見返りが無いからだ。であるにもかかわらず多大なリスクを背負う羽目になる。扱いを一つ間違えばラエル伯爵の不興を買うからな」


「…………」


 不興を買う。


 これは不機嫌にさせるとか失礼を働くと言った意味ではなく。後ろ盾や便宜と反対の意味で使われる。


 原初の貴族の不興を買うというのは上流での再起可能な敗北者ではなく、再起不能の死と同義であるのだ。


 だがゴドックはクォナ嬢就任については別の捉え方をしている。


「ですが、私達以外に曙光会に残ったただ1人、セルカ・コントラストがおります。彼女はクォナ嬢が、顧問就任の際に使った「口実」に使った人物です」


 ウルティミス・マルス連合都市街長、セルカ・コントラスト4等議員。


 現在セルカは今用事があると言い残し、席を外している。


 セルカの現在での曙光会の立場は一番下っ端の下足番、つまり雑用担当だ。


 ただ雑用と侮るなかれ、曙光会はファシンの自宅を本拠地としているから集合場所は同じであるものの、会員の日程調整から、交通手段の把握やら宿泊場所の手配やらで、曙光会の開催の準備のために、引き抜かれる前の規模ではそれこそ、セルカの能力をもってしても一ヶ月間かかるほどの量だったのだ。


「彼女は非常に優秀です。あのレベルの人材を欲しがるところは引く手数多かと、修道院に合格レベルの頭脳を持つというのも頷ける話、明晰な頭脳だけではなく、あれで策謀にも優れています。故にクォナ嬢がセルカの「手腕」を認めて、学院顧問になったといっても私からすればさほど不自然に思いません。何より彼女が街長として就任以降、ウルティミスは今や3方面の都市能力値の中では上位の数値を出しております。しかも一年足らず、これは脅威的であると思います」


「何が言いたい?」


「セルカは、能力を認められ原初の貴族の直系より「便宜」を図ることを許された、という意味です」


 便宜。


 原初の貴族に限らず、正貴族から受けられる恩恵は「後ろ盾」と「便宜」の二つに分かれる。


 ただ後ろ盾については普通は庶民が得られるものではなく、現実的でない。


 例えばシレーゼ・ディオユシル家の当主、ラエル伯爵は、自身の側近であるディル男爵、魔法一家のメネル男爵の2人の「後ろ盾」をしている。この2つの男爵家は長年をかけて一族を挙げて献身的に支え、ラエル伯爵自身が必要とされる立場ではないと駄目だ。


 だからこそ一般人が便宜を許された人物というだけで、原初の貴族からならばそれは「超一流の証」と言っていい、とはいえ。


「ゴドックよ、もういい」


「会長!」


「お前も分かっているだろう? 確かに仮にゴドックの言うとおりセルカがクォナ嬢より便宜を図ることが許されても、それが曙光会にとって関係のないことなのだ。あくまで個人の関係だからな、繰り返すが政治力が一切ない彼女にとって、曙光会をどうすることもできないのだよ」


「まだ諦めるのは早いと言っているのです! セルカが残ってくれているのなら、なんとかそこから逆転の糸口を!」


「この世の中に一発逆転といった都合のいいことは存在しない。それに縋るのは心が弱っている証拠だ」


「…………」


「思えば、王国でなり上げると決めて一等都市レギオンの街長にまで上り詰めたが、我が野望ここに潰えたり、といったところか。まあいいさ、蓄えは十分にある、のんびりと余生を過ごすこととしよう」


 軽口を叩くファシンは項垂れるゴドックを見る。


「ゴドック、この状態になっても曙光会に残ってくれたことに感謝する。セルカも含めて、今後の身の振り方については出来る限り尽力しよう。それにしても、セルカはまだ用事とやらはまだ終わらないのか?」


「さあ、少し席を外すとだけしか聞いておりませんので」


 とゴドックが言い終わった直後に、コンコンとノックがあり、セルカが入ってきた。


「来たか、セルカ、大事な話がある」



「ファシン会長、ゴドック書記、突然ですけど私の仲間が会いたいと言っているんです、ゴドック副会長も2人で付き合っていただけませんか?」



「…………」


 一瞬意味が呑み込めず、その場にいた全員が呆ける。


 いきなり何を言い出すのだろう、深刻な場であることはわかっているだろうに。


「セルカ、言っている意味がよくわからないが」


「是非会長と副会長に会いたいとのことなんです、今からお願いします」


「…………」


 有無を言わせないセルカ、なんなんだ、彼女だって今の曙光会の現状と結論について考えが及んでいないわけではないのだろう。


 とはいえ普段のセルカを知っている分、ふざけている訳ではないということはわかる。


 つまり誰なのかは分からないが、おそらく自分にとって損をする相手ではない、と言いたいのだろう。


 ゴドックに視線を移すと、致し方なしと同調する。


「分かった、誰なのだ、その仲間とやらは?」


「今は申し上げることはできません、表に馬車を待たせてあります」


「…………」


 心の中でため息をつく、どの道、曙光会は終わりなのだ、こんな余興の付き合うのも一興だという気分でしぶしぶ了承する。


 セルカを含めた3人は外に出ると、彼女の言のとおり正面玄関前の道路に漆黒の馬車が止めてあった。


 既に使用人服に身を包んだ女性が待機しており、3人の来訪を見るとそのまま扉を開け、全員が乗ると扉が閉められ、馬車が出発した。


「随分頑丈にできているな」


 漆黒の馬車に何も刻まれていないが、そのファシンの言葉に誰が呼応することも無くセルカは黙っている。


「セルカ、どこへ向かおうというのだ?」


「ご心配ですか?」


「……今はもう、どうにでもなれという気分だよ」


 どうやら、何も言うつもりはないようだ。


 そのまま窓の景色を見ようとしたが、その窓も無くバツが悪い、2人にて何度目か分からないため息をつくのであった。



「会長、副会長、着きました」


 疲れがたまっていたのか、そんなセルカの声で起こされた時、自分が寝ていたのだと分かった。


 既に馬車は止まっており、扉が開かれている。ゴドックも寝ていたのだろう、そのまま重たい足取りで開けた先は、都市の外れにある古びた教会があった。


「教会? 随分古いが……」


「この教会は誰が建てたかは分かりませんが、ここを管理するウィズ教司祭様が時折ここを訪れて使用しているのですよ」


「そうか……」


 特段興味もない様子で教会のセルカに促されるままに両扉を開けて入った先、一気に暗くなった視界を捉えようと目を凝らす2人。


 そこは特段変わった様子も無く、中央の道を境に左右に席が伸びている内装の普通の教会だ。



 更に目が慣れてくると、1人の男が背中を向けて座っているのが見えた。



 誰だと思う前に、後ろから別の声が突然響く。


「一等都市レギオン街長、ファシン・エカー一等議員、二等都市ウルリカ街長ゴドック・マクローバー二等議員」


 驚いて振り返るとそこには3人の侍女達が並んで立っていた。


「お待たせしました、司祭様が到着されました」


 侍女達が一斉に頭を下げてそこから現れた人物。


 その瞬間、一気に場の空気が、花でも咲いたかのように明るくなる。


 それは男の理想を体現したとされる、庶民から王族にも数多の男を虜にした女性。


 クォナ・シレーゼ・ディオユシル・ロロス。


 彼女が現れた。


「「…………」」


 状況が全く理解できない2人をしり目にクォナは優雅にお辞儀をする。


「お初にお目にかかります。私は神に選ばれし偉大なる初代国王リクス・バージシナに仕えし原初の貴族の始祖の1人シレーゼ・ディオユシル。その血と遺志と誇りを受け継ぐ12門の一つ、シレーゼ・ディオユシル家、その現当主ラエルの直系、クォナ・シレーゼ・ディオユシル・ロロス、そして」


 その差し出された手に導かれるように視線を後ろに移すと、背中を向けていた男は立って、正対する形で自分たちを見ていた。


「その神に選ばれし「偉大」の血の意志と誇りを受け継ぐ、ウィズ王国次期国王」



「フォスイット・リクス・バージシナ・ユナ・ヒノアエルナ・イテルア王子にあられます」





 2人は勧められるままに長椅子に座り、フォスイット王子が椅子に座る形で2人と向かい合わせに座っており、王子の横にセルカとクォナが控えている。


「突然の呼び出しすまなかったな、おいそれと動ける立場ではないことを理解してもらえると助かるよ」


「い、いえ、そんなことは……」


 何が起きているのかわからず応対するのが精一杯のファシン。


「なに、そう構えることはない、大した用じゃないんだ、仲間が頑張っているのなら力になりたかった、故にこの場を設けた次第だ」


「……なかま?」


「? セルカのことだ、聞いていないのか?」


「…………えぇと」


 確かに、そういえば仲間が会いたいと言っていた、真偽を探るべくセルカに視線を移すと彼女は自然とクォナに視線を移し。その視線に気づいたクォナはパッと笑顔になるとファシンに話しかける。


「はい、王子のおっしゃるとおり、私も王子と同じくセルカと仲間になったんです」


「…………」


 呆然とするファシンをしり目に王子はゴドックを移す。


「お前がゴドック・マクローバーだな?」


「はっ! お、お初にお目にかかります! フォスイット王子!」


「セルカはお前に見いだされたと聞いた、セルカは女でありながら辣腕家だ、彼女に目をつけるとは中々人を見る目があるようだな」


 という言葉を受けてセルカはジト目で王子を見る。


「王子、今「女でありながら」なんて言いましたけど、完全な時代遅れですよ、次期国王となる方がそれでどうするんですか」


 セルカは王子の背中をポンと叩き、2人の顔が青くなるが。


「はっはっは、お前は怒ると怖いからな」


 とクォナを交えて3人で色々な話題に花が咲く。



 茶番というのは、2人とも理解している。



 だが、その茶番の意味するところがまだ分からない。


 まずシレーゼ・ディオユシル家当主のラエル伯爵は、クォナ嬢を溺愛しており、彼女が政治抗争に巻き込まれるの非常に嫌う。


 だから今ここにクォナ嬢がいるということ、それに自分に会いたいというのは「そういうこと」で、この状況はこれだけで。


 ラエル伯爵の不興を買うということだ。


 だからこそ皆、クォナ嬢のウルティミス学院顧問就任を歓迎していなかった。


 そしてもしその不興を買わない状況があるとするのならば、それはもう、目の前のいる人物しかなしえない状況であるという事だ。


 ただそれでもラエル伯爵は良い顔はしないはず、それを押してでもここに連れてきたという現実、何故ならそれは……仲間だから。


 仲間のために力になる、そして今の自分たちの状況を鑑みれば、状況がかろうじて理解し始めた2人。だが自分はどうすればいいのだと、大の男2人が、雑談する3人を眺めるというシュールな光景であったが、それを打ち破ったのは王子だった。


「曙光会の現状は聞いている」


「「っ!」」


「後世会に人員を引き抜かれ、残ったのは今ここにいる3人のみ。王国議会の権力闘争に敗北し、再生の目はない、後は解散するだけだ」


「…………」


「だがそれは仲間であるセルカの危機でもあるのだ。彼女が率いるウルティミスはこれからの都市だ。だから政治的な立場はこれから必要になってくるだろう?」


「は、はい」


「それが私がここにいる二つの理由の一つ目」


「え?」


「二つ目は……」



「クォナの私立ウルティミス学院顧問就任が後世会への人員引き抜きに拍車をかけたと聞いた」



「「っ!!」」


 一気に凍り付く場で2人は動けなくなる。


「それに彼女が責任を感じてな、自分のせいでこのようなことになってしまった、なんとか助けてほしいと私に頼んできたのだよ」



 口調は穏やかに、王子は立ち上がるとそれぞれの肩に手を置く。



「すまなかったな、原初の貴族は我が仲間であり配下だ。我が配下の起こした不始末は、私の不始末だ」



 ただ添えられている筈の手に圧力を感じ面を上げることができない。冷や汗が止まらない。


「も、申し訳ありません、我が力が、至らずに、ク、クォナ嬢に恥を、ど、どうかお許しを」


 掠れた声で言葉を紡ぐファシン。


 そうだ、原初の貴族のメンツを潰す行為は十分に不興を買う行為とは先ほどの言ったとおり。


 場所も、街はずれの古びた教会、ここにいるのことは目の前にいる人物以外誰も知らない。


 そしてウィズ王国の王族と原初の貴族に敵対したことによる、行方不明者も多数出ている。


 ひょっとして、ひょっとして、私たちがここに呼ばれたのは、まさか……。



「レギオン街長の地位は安心するが良い、お前には今後も街長として、第三方面議会の議長として我が国に尽力せよ」



「…………ぇ?」


「確かに後世会の会長は、数の力を善悪を問わず追求し実現させた手腕は大したもの。それこそ我が配下、原初の貴族の一門、ツバル・トゥメアル・シーチバル家の直系の1人ドクルルが便宜を図ることを許すほどに」


 ツバル・トゥメアル・シーチバル家。


 偉大なる初代国王リクス・バージシナを支えた原初の貴族の始祖24名、その中で経済力で貢献した固い絆で結ばれた3兄弟。


 金の問題で絶対に起こるであろう骨肉の争いを回避するために、3門が合併、偉大より子孫たちが唯一ミドルネームに始祖のファーストネームを3つを名乗ることを許された、最大の組織力と資金力を持つ。原初の貴族の「経済」担当。


「だが、奴は増長した、自分の身の保身のために、自分の被るべきである誹謗中傷を原初の貴族に転嫁してきたのだ」


 それは知っている。そもそも多数決はより多くの人の意見を吸い上げるためのシステムである。


 だが多数決で決めることは意見の「多様性」という名の癌が必ず発生する。だからこそその派閥も多様性の対処に苦慮するし、場合によっては組織が空中分解してしまう。故にその癌を原初の貴族の名前一つで封じ込めていたのだ。


 でも、今の話が自分が街長を続けられる話とどう繋がる……。


「ま、まさかっ!」


 そう、それは、クォナ嬢が今ここにいることと同じ理屈で考えることができるのならば。


 王子はファシンの顔を見てにやりと笑う。



「察しのとおり、本日付で私の命をもってツバル・トゥメアル・シーチバル家ドクルルからの後世会会長の便宜を外した。その理由については申し訳ないが曙光会の窮状を利用させてもらった。クォナに恥をかかせて、シレーゼ・ディオユシル家に泥を塗ったとしてな」



 余りにあっさりと出た言葉。


 便宜を外した、一生をかけて得られる、原初の貴族からの便宜、そんなにあっさりと外してしまうものなのか。


 確かに品が無い男であった、制度は守るが悪用する、そんな男、黒い噂も絶えない。いずれは足元をすくわれる人物であると言われていたのは事実。


 しかも王子は不興は勘弁してやったと言っていたが、便宜を外されるのは不興を買ったからだと解釈されるんじゃないか、しかも次期国王の命令なら尚更だ。


 それは、事実上の上流においての死。


 たった今まで、王国最強派閥の長が、次代議長にもっとも近い男が。


 目の前にいる王子の、たった一言によって、判断によって。


 ならば自分のするべきことは一つだ。


 ファシンは勢いよく立ち上がる。


「ご配慮感謝いたします、このファシン、隣にいるゴドックと共に曙光会を盛り上げ、再び曙光会の威力を強めるため、数の強さを最大限に生かし」


「その必要はない」


「え!?」


「むしろ曙光会は今いる3人だけで継続させよ」


「な、な、なぜ?」


「後世会との派閥争いで負けた理由が私の配下の不始末にある、とはいえ今後も同じ理由だったり別の理由だったりでの派閥争いに振り回されるのは余計な手間となるからな。人数も少ないからそれを排除したいと、私は考えている」


「で、ですが、それだと、再び」


 と言葉を紡ごうとした時、ファシンも隣にいるゴドックも続きが言えなくなった。



 何故ならそれは、フォスイット王子の目を見た背筋が凍ったからだ。



「大丈夫だ、お前は私の「便宜」で街長となったのだからな」



 次期国王の便宜。


 この瞬間、ファシン・エカーは次期国王から便宜を図ることを許される存在となった。原初の貴族の直系どころか当主よりも格上の人物からだ。


 そして王子の目を見た時、ファシンの隣にいたゴドックは思い出した。


 あれはアーキコバの物体の解明功労を祝しての晩餐会の時だった。ドクトリアム卿が突然来訪して、神楽坂と何やら話をしていた時、神楽坂が何事かを言葉を返した瞬間に見せたあの冷酷非情な目だ。


(ああ、そうか)


 分かった、あの時の、ドクトリアム卿の目の意味すること。


 目の前にいる王子は国益のためならば自分の首をはねる、一切の躊躇も無く。


 それは隣で、同じ目をしているクォナ嬢も同じだという事。


 そうだ、そんな目を向けられて、神楽坂は、確か……。


「笑っているぞ、ゴドックよ」


 そうだ、笑っていた、泣き笑いのような顔を指摘されて、ゴドックは更に引きつるしかない。


「い、いえ、これからの我々の動き次第で、国家に尽力できる立ち位置になったということ、嬉しさのあまり感謝の言葉もありませんから」


 その顔を見て王子は嬉しそうに顔をほころばせる。


「そうだな、全員が離反する中、沈みゆく船だと分かったとしても、残ったお前だ。それは絆の証だろう、期待しているぞゴドックよ」


 王子の言葉にファシンとゴドックは床に両手を置き、跪く。


「曙光会会長ファシン・エカー及び副会長ゴドック・マクローバー、我らはウィズ王国国民として臣民として、王国議会議員として、王子に忠誠を誓うことを申し上げます」


 その言葉を聞いて、王子は、その時初めて年相応の笑顔を見せる。


「これにてめでたく曙光会は今後も継続することが決まったわけだ。今日は戻り今後の対応策を練るが良い、後はそうだな、暇があれば一緒に食事でもしよう。それとセルカはここに残してくれ、こちら側も話すことがあるからな」



 この王子の言葉で言葉は終わり、この場は解散となった。





――次の日、後世会会長が原初の貴族の便宜を外された事実と、その理由として不興を買ったからだという憶測は瞬く間に拡散。


――数日後には後世会会長は追われるようにして会長職を罷免され、上流での死を迎えることになる。


――その結果、後世会は組織運営上の多様性を収束させることが出来ず、それぞれの後世会有力者が離反し、別の派閥を結成することにより空中分解することとなった。



「この現状に至っては、多くの人の意見を吸い上げる多様性という癌の「対処」療法としては、原初の貴族の威光を使うのは決して下策ではない、といったことになるのか」


 ファシンは今、目の前にある封書の山を目の前にして皮肉を込めて呟き、その封書の一通を受け取り、一瞥すると床へと投げ捨て、それをゴドックが拾う。


「政治は勝ち馬に乗るのが鉄則とはいえ、凄い量ですな」


 この封書全ては、曙光会への入会希望、王国議会を始めとしたさまざまな分野ので有力者たち、曙光会と袂を分かった人物達からの復帰の嘆願書も多くある。


 劇的に立場が変わったのは自分たちも同様だ。


 ただ去り行くだけの再生の目の無い敗北者が一夜にして勝利者となった、文字通りの一発逆転の奇跡、本当にそれが実現したのだから。


「それにしても多様性という数の力の癌、それをまさか特効薬を使う形で解決するとはな」


「特効薬、数を少なく且つ限定すること、ですね。とはいえ服用できるはずもない薬を特効薬と呼んでいいのか疑問ですが」


 ゴドックの言葉にファシンは話し出す。


「だがそれをなしえたこととなる訳だ。多数決制度の欠点を自身の威光を利用する形での解決、クォナ嬢に恥をかかせたことによる制裁と、それに伴うマイナスイメージを配下を助けるためという美徳で払拭。セルカを関与させることによる彼女の政治的向上と、王子が直接配下に置くことによりにより、色々やっかみを受けているウルティミス・マルス連合都市の保護を実現させたわけか」


「当然に我々2人もまた特効薬を使う上で選定されたという形。力が消失し風前の灯火とはいえ、重要な立場だけは保持していた自分。閉鎖都市で数の威力と関係のない立ち位置であったゴドック」


「今や、王子の便宜を得た会長は事実上1人で第三方面議会を統治する形となった。多数決の社会ではありえないこと。我が魔法都市も、経済的理由や亜人種差別撤廃という建前だけではなく、政治的重要性も手中に収めることになる」


「思えば、セルカが引き抜きに応じなかったのを不思議に思っていたが、全てはこの状況を構築するためか」


 一気に話し終えると使用人が入れてくれたお茶をすする。


「それにしてもフォスイット王子は愚鈍という噂でしたが、とんでもないデマですな、この一つをとっても、威光を上手に使えなかった後世会会長より1枚も2枚も上手だ」


「そうだ、フォスイット王子は愚鈍でもクォナ嬢は世間知らずでも何でもない、偉大なる初代国王リクス・バージシナ、そして偉大を支えた原初の貴族の始祖たちの末裔、ということだ」


「「…………」」


 ファシンとゴドックは、暖かい飲み物を飲み、時間をかけて頭を冷やすが。


「だが、ゴドック、私には、私にはわからない! つまりはこういうことだろう!?」


「…………」



「セルカはフォスイット王子の側近、しかもただの側近ではない! 原初の貴族の直系と同格だということだ!!」



「…………」


「確かに、セルカは優秀だ! だがたかが4等議員だぞ! 次期国王と便宜も後ろ盾も超えて仲間!? それが分からない!!」


 ゴドックはそれに答えない、それは分からないからではない。



「神楽坂イザナミ」



 突然発した名前に驚くファシン。


「か、かぐらざか? た、たしか、セルカが街長を勤めるウルティミスの駐在官、だったか?」


「はい、ひょっとしてですが、彼を介して繋がったのかもしれません」


「そ、そこまでの、人物なのか!? 確かアーキコバの物体の解明、240年に一度の解を発見したのは奴だったが、そ、そうか、つまり、無能という噂は真っ赤な嘘で、セルカに匹敵、若しくはそれ以上の逸材ということか!」


 興奮気味に言うファシンだったがゴドックにとっての神楽坂は……。


「申し訳ありません、自分から切り出しておいてなんですが、能力という意味については、分からないというのが本音です」


 神楽坂イザナミ、まあ無能とはまでは思わない。


 アーキコバの物体の解明の時に見せた、こちら側の事情を正確に読み切り、それを利用する洞察力、推察力、度胸と胆力は評価には値する。


 だが才気を感じない。


 まず修道院出身の文官とは思えないぐらいデスクワークがダメで、論文を書いている時は、隙あらば休もうとするからメディ・ミズドラとローカナ・クリエイトから必死に励まされながら執筆していた。


 解を発見した手柄は神楽坂にあるから、あの論文は共同執筆ということになっているものの、実質メディがほぼ9割を執筆していた。


 それこそ彼女の方が相当の頭脳明晰で、流石と思ったぐらいだ。一見してのんびりしているように見えるが、彼女にこそ才気を感じた。


 そう述べるゴドックにファシンはこう切り返す。


「神楽坂はドクトリアム卿の後ろ盾を得ている、お前はその場に立会っていたはずだ、それは周りが気が付かない、奴の才気を感じたから、という解釈は出来ないのか?」


「そっ、それは……」


 ドクトリアム・サノラ・ケハト・グリーベルト侯爵。


 原初の貴族の始祖、偉大なる初代国王リクス・バージシナに仕えし、24人の1人、役割は簡単に言えば国の金庫番。


 金の「魔力」を理解しており、病的とまで称されたほどの潔癖を貫いて尽くしたサノラ・ケハトの誇りと血と遺志を受け継ぐ現サノラ・ケハト家当主。


 冷酷非情な暴君であり名君。


 次期当主時代から孤独であり孤高、便宜すら一度も図らない当主が後ろ盾にまでなった。


 すわ神楽坂が神の傀儡ではなく傑物ではないかという噂が流れ、周りが大騒ぎをして最初こそ凄かったものの、結局全くと言っていい程変化はない。というかそもそもあの時以降一度も会っていないそうだ。


 更には神楽坂は次期当主のモスト息の不仲が改善されるどころか、悪化する一方だとという事も手伝い、むしろその「あてつけ」という意味での後ろ盾であり、今ではドクトリアム卿の酔狂、飼われているだけ愛玩動物、などと揶揄されている。


「その噂について、私は否定できるほどの根拠は持っていません。神楽坂がウルリカを離れてから交流のはありませんから。ですが神楽坂はそのすぐ後に、まさにフォスイット王子と付き合いが生まれるのです」


「それは友人としてという噂だったはずではないか?」


「それにしては不自然な点があります。王子は神楽坂と接触する為にシレーゼ・ディオユシル家の次期当主パグアクス息に調査を依頼したという情報もあります」


「それは次期国王だからな、付き合う相手を選ぶ必要もあるだろうし、それを秘書であるパグアクス息に依頼するのは当たり前だと思うが」


「その点については確かに。ですが何故神楽坂と接触を計ろうとしたのか、という点について考えて見ると、神楽坂と原初の貴族の一番最初の接触こそはドクトリアム卿ですが。本格的な付き合いはクォナ嬢が初めてです」


「その付き合いはドクトリアム卿のを介してクォナ嬢側からの接触です。この点については事実確認は出来ていますが、その理由については明らかになっておりません」


「そしてその直後にクォナ嬢から友人として認められ、今や想い人としてお茶会に誘われたという噂もあるほどです。あの不自然なぐらい男の影が無かったあのクォナ嬢がどうしてと思っておりました。今まで男の影があってもそれを隠蔽したという下種の勘繰りもする人物もいるぐらいなのに」


「そして直後のクォナ嬢のウルティミス学院の顧問就任、そしてフォスイット王子が我々に便宜を与える。セルカの手腕は認められたことは事実でしょう、その根本に神楽坂が関与しているのなら筋が通る、と考えた次第です」


 話し終えたゴドックにファシンは渋い顔を崩さない。


「確かにそう考えれば筋が通るが、だが神楽坂が関与して次期国王が便宜を与える、というのは現実感が無い」


「いいえ、現実感はあります、神楽坂について会長も噂を聞いている筈ですよ」


「い、いや、それは!」



「神楽坂がラメタリア王国のワドーマー宰相に知略で勝ったという噂、ワドーマー宰相をもって、同格以上と認められたと」



「そんなものデマに決まっている! あの人物はそれこそラメタリア王国の傑物だぞ! あのレベルの策士に勝てる人材がそれこそ自国にいるのか!? カモルア・ビトゥツェシア家も同国の外交の要として特級指定されているのだぞ!」


「ですが、この数カ月で宰相の王族に対しての対応が変化したのは事実です。しかもそれに、神楽坂が関与したという噂があります」


「だから噂は噂だろう! 噂ごときに惑わされてどうする!」


「でもそれならば筋が通りませんか? このレベルの人物なら、王子は友人としてだけではなく、仲間としても」


「それは神の力を使ったからだ! 神の力を借りれば誰だってなしえる! それを当て込んでだけだ!」


「でも、本当にそうでしょうか?」


「な、なに?」


「神がどうして、絶対の力を持つ絶対の存在でありながらそれこそ滅多に顕現せず、その力を行使することに異常なまでに慎重なのか、邪神の神話を紐解いても分かるように、それは神の理に人が耐えきれないから、です」


「お、おい」


「だからこそ、神は過去の反省から人を選定する時に、神自身も占いの神ディナレーテ神に頼るようになったということに、そして、我が国において、かつてその神に選ばれ、神の力を使い、仲間を集め、統一戦争に勝利し平和に導いた」


「おいそれ以上は辞めろぉ!!!」


 絶叫に近い形で会長がその続きを制する。



「原初の貴族は、偉大への不敬をとても嫌う!! 偉大に並べて人を論じてはならない!!」



 ウィズ王国にはタブーがある。


 かつて、神学の学会にこんな論文が提出された。


 それは偉大なる初代国王リクス・バージシナが傑物でも何でもなく凡人であったという説だ。


 神話を紐解いていくと、原初の貴族の始祖たちは間違いなく傑物であるが、現実のリクスの能力について触れられていない点であるということを根拠としている。



 結果、それは原初の不興を買い、彼は学会を永久追放された、その不興を与えたのは。



「シレーゼ・ディオユシル家現当主のラエル伯爵だ!! クォナ嬢は伯爵の娘! もし告げ口でもされれば!」


「す、すみません、ですが理由は何であれ、そして事実は何であれ我々は生き残った。まずは現状を固めることから最優先、確認作業に移るべきだと思います!」


「うむ、となればまずはその神楽坂だな、奴と会えるのか?」


「それはセルカを介する必要があるかと。ただ情報については前回接触する前に仕入れてあります。美味い食べ物と温泉と観光、古代ロマンに目がありません。ウルリカに来た時も目を輝かせて観光に勤しんでいましたし、温泉は多い時は日に4度も入っていました」


「よし、とはいえ接触は慎重にする必要がある。ゴドックよ、分かっていると思うが身辺で揚げ足を取られるようなことはするなよ。他の連中は、王子には手が出せないのなら、我々の評判を下げて王子の便宜を外させるように動くはずだからな」


「はい、仰せのとおりに」


 こうしてウィズ王国第三方面の全てが集まる1等都市レギオン、魔法技術では他に追随を許さない2等都市ウルリカ、そして四等都市ウルティミス・マルス連合都市、このトライアングルは強固なものとして確立することになる。



 様々な思惑が複雑に絡む、王国議会。



 これはその日常の一コマである。





――王国議会の役者達:完



:おまけ: 教会での会話:王子とクォナとセルカと……



――ファシンとゴドックが立ち去った後の事。



「王子、ありがとうございました」


 緊張を解いたセルカがフォスイット王子に話しかける。


「なんてことはない、私自身王国議会へのパイプが欲しいと思っていたからな。後世会と曙光会のいざこざはこちらにとっても好都合だった」


 と言葉を切って感心したようにセルカを見る。


「しかし見事なものだ。神楽坂から能力はもちろん策謀家として優秀とは聞いていたが、神楽坂が全幅の信頼と信用を寄せるわけだ。クォナの受け入れを見させてもらったが、見事の一言だったぞ」


「しかし神楽坂が不得手な部分を見事に補っている。あいつは、戦略と戦術に優れているが、政治や世渡りを絡ませると途端に不得手になるからな」


「そこが私の役割だと自負しておりますので、ふふっ、でもちょっと持ち上げすぎだと思いますけど」


 セルカの言葉にクォナがクスクス笑う。


「あらあら、私のイメージを上げつつ、自身の教育水準の向上の目的を達成させ、政治的立場が無いことを利用して、私をシンボルとしてイメージアップを図った方の言葉とは思えませんわ」


「クォナ嬢ならば、それに相応しい方だと思ったからですよ」


「あらお上手、セルカ、貴方は凄いです。私は今後の状況によっては、私の孤児院運営にも携わってもらおうかなと思うほどに」


 この言葉にびっくりしたのは、隣で控えていたセレナだ。


「びっくり、そこまで考えていたの?」


「ええ、セレナは秘書として、シベリアは医者として、リコは護衛として非常に優秀。私も全幅の信頼と信用を置いています。ですけど私が政治的立場が無い故に政治策謀については弱い。それをセルカが補って欲しいと思いますわ」


「無論です。どうぞ使ってください」


「…………」


 そんなセルカにクォナは少し考える。


「セルカ、プライベートでは敬語は辞めて、私のことも呼び捨てで構わないわ」


「え、でも、それは」


「はっきり言えば、私の友人としての世界は、侍女たち3人だけなの。私がどうしてそういうスタンスを取っているか、同じ女の貴女なら分かるでしょう?」


「まあ、それは、でも、それは誤解というか、中傷じゃないですか」


「だけど、私には立場というものがあるの。原初の貴族としてではない、上流の至宝、深窓の令嬢なんて忌々しい立場がね」


 びっくりして目を丸くするセルカ。


「でも今の私の立場は、同じドゥシュメシア・イエグアニート家の直系として話しているの」


 はっきりとしたクォナの言葉に戸惑うセルカであったが。


「クォナ、言い方が回りくどい、アンタの悪い癖よ、セルカ、要は友達になって欲しいのよ」


 とセレナのフォローが入る。


「え? そうなんですか?」


「そうよ、そしてその申し出について友人として私も賛成。クォナは世界を広げる必要があるとは思っていたの。私も今はこの場にいないシベリアとリコも同じだと思う。出来ればアイカ少尉ともね。色々と遊びにいったりさ、食事したり、私もしたいと思っている」


 セレナの言葉にセルカは少し考えるがすぐに笑顔になる。


「喜んで。私もそんなに友達はいないから、駆け引き抜きにして嬉しい。よろしく、その、セレナ」


「はい、よろしくね」


「え、えっと、その、クク、クォナも、よろしく」


「はい! よろしくお願いね!」


 と笑顔になる3人。



 それを見ながらニヨニヨと笑う王子は空気を読まずに口を開いた。



「いやぁ~良かった良かった、仲良くなったようで、神楽坂を巡って血みどろの戦いが始まったらどうしょうかと思ったさ~、これで一安心だな!」



 ぴしっと笑顔のまま停止するクォナとセルカに、青ざめるセレナ。


 その空気に気付かず王子はカラカラ笑うと続ける。


「セルカが策謀が自分のやることを強く意識するってのは、要は戦略と戦術の神楽坂と対等でいたいってことだろ? 健気だねぇ、オジさん好きよ、健気な女性っていいよね!」


「それにしてもクォナも意外だったよ、まさかセルカに協力するとはな、前の男子会の時みたいに凶器取り出すとか思ったからこれもびっくり、まさかの友達オチ!」


「だが2人とも、神楽坂は素朴な感じが好きみたいだぞ、2人は素朴どころか1人で誰も頼らずに生きられるぐらい逞しすぎるから、そこら辺をもっと」


 とここで、王子は言葉を紡げなくなる。


 何故なら自分を見る2人の目に凍り付いて動けなくなったからだ。


 心に刺さるほどに冷たい目、その目を見て王子は思い出す。


 そうアレは王国府学院の時のこと。自分のうっかり発言で女子達の不興を買った時に自分に向けられた目だ。


 自分を道端の石ころ以下としか見ていない、そう本気で思える目だ。


 その目をしながら2人はゆっくりと立ち上がると、王子に近づいて肩に手を置く。


「王子、ご忠告ありがとう存じますわ、ねえセルカ?」


「はい、王子の手を煩わせることなく、ホッとしました」


 ガタガタ震える王子は目が離せなくなる。


「ああそうだ、王子、お礼に女心で「いいこと」を教えて差し上げますわ」


「え?」


「彼氏がいる女性が1人で歩いているとします」


「え? か、かれ? え?」


「最後まで聞いてくださいませ。その女性が美男子にナンパされました。さて、その女性はどうすると思いますか?」


「どどど、どうするって、その、えっと、つ、付いて行く女もいるんじゃないか? 女だって彼氏がいても、美男子が好きだろう? いいい、言っておくが、いくらなんでもそこは分かっているぞ!」


「では、エンシラ王女が美男子にナンパされました、さて、どうすると思いますか?」


「エンシラ!? エンシラが付いて行くわけないだろう! 特にクォナは見ていたじゃないか! 俺の想いを受け入れてくれたエンシラを!」


「まあ可愛い♪ ねえセルカ? クスクス」


「ええ、とっても可愛い♪ クスクス」


「へええ!? なにそれえぇ!!??」


「じゃあセルカ、行きましょうか、アイカ少尉にも声をかけて、レギオンに私が贔屓し知恵る5星レストランがあるの。そこのVIPルームは私の名前を出せばすぐに押さえられるようにしてあるわ」


「いいいいい今! 今のどういう意味なの!?」


「あら、美味しそう、じゃあ行きましょうか」


「だから! ねえ! 答えて! お願いよう!」


「セレナ、予約をお願いね、ファシン会長たちを送り届けたらリコとシベリアと合流して女子会を開きましょう」


 ここでクォナはくるりと王子を見ると判決を下した。



「今の王子の話を肴にね」



「行かないでぇええ!!」


 という叫び虚しく、王子は教会に取り残されたのであった。



――後日・王城廊下・王子と神楽坂と……



「王子、セルカから聞きました。ありがとうございました」


「ああ、うん、それは問題ないんだが、な、なあ神楽坂よ」


「なんでしょう?」


「彼氏がいる女が歩いているとします」


「え? 何です急に?」


「まあいいから最後まで聞いて、彼氏がいる女が歩いていて、その女が美男子にナンパされました。その女は付いて行くと思うか?」


「……はい? そりゃ付いて行く女は付いて行くと思いますよ。っていくらなんでも、そこまでの夢は見ていませんが」


「じゃ、じゃあ、エンシラが美男子にナンパされたらどうすると思う?」


「エンシラ王女!? 付いて行くわけないじゃないですか!! あれだけの想いを受け入れてくれたわけですよ!! 何を言っているんですか!!」


「そ、そ、そうだよなーー!! まったくさー!! 俺も同じことを言ったら、クォナもセルカも「可愛い♪」とか含みを持たせて俺をいじめるんだよ! ひどいと思うだろう!?」


「マジですか!! まーーったく女はこれだから!! デリカシーというものが無いんですよね!!」


「全く持ってそのとおり!」!


 と息巻いて歩いていると、前から王国府女子職員3人組が来た。



「やべえ、キスマークついてるよ」

「あれ? 昨日彼氏当直じゃなかったっけ?」

「いや、イケメンにナンパされてさ、もーマジでカッコよかったからさ~!」

「アンタってホント美形好きだよね、知らないよバレても」

「アンタだってそうでしょうよ?」

「たはは~、でも男ってさ、自分がいるとどんなカッコ良いい男が近寄ってもなびかないって思ってんだよね」

「あーあるある、美男子なら女なら全員付いて行くに決まってんじゃん、バカだよねぇ~男って」


「でも可愛いじゃん、一途に信じている姿って」


「「そうかもね~」」



と通り過ぎた。


「…………」


「…………」


「あ、あ、あいつらは! そ、そそ、その、性格悪いからですよ!」


「…………」


「あ、あんな奴らを彼女にするなんて男も女を見る目が無いんですよ!」


「…………」


「お、おうじ! 泣かないで! 俺も泣きたくなるからぁー!!」


 というモテない男の魂の叫びが王城に木霊したのだった。



 後日、王子は半泣き状態で神楽坂を伴って、エンシラ王女にまさかのありのままを報告。


 話を聞いてクスクス笑う王女より「ちゃんと私を大事にしてくださいね。大事にしてくれたら美男子にナンパされても付いて行きませんから」という言葉を貰ってやっと心の平穏を取り戻すのであった。



:おしまい:



いつもの突発投稿です。


完結登録してありますが続きます。


ちなみに王国府3人組は何げにお気に入り。


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