はるかに遠き、夢の形見は…
男は女で釣れ、女は占いで釣れ。
これは、怪しげな宗教団体の勧誘方法として実践していた手法だ。
男はスケベだから女で釣れる。
女は運命を信じるから占いで釣れる。
世知辛いというか、あまり気分のいい話ではないが、女で釣れというのは要は「ハニートラップ」ってことだ。
こう書くとチープに聞こえるかもしれないが男にとっては笑えない話でもある。
何故なら歴史上に偉人たちに限らず、現在進行形で数多の男がその女で釣られているのだから。
え? 何故急にこんなことを話すかって、だって。
「貴方は運命の人なの、だから私と一緒に行きましょう」
そう、まさに女で釣られようとしているのだから。
ここは街はずれの道、確かに人目にはつかないが全く人が通らないわけではない絶妙な道、なるほど、勧誘は手法だけではなく場所も大事だよね。
(なんだかなぁ)
それにしても俺ってそんなに物欲しそうに見えるのだろうか、こう「女で釣れる男」って思われるみたいで、なけなしのプライドが傷つく。
しかしよく見ればかなりの美人さんなのに、こんなことしてもったいないなぁ。
俺はなぜか自信満々に自分を見つめるお姉さんから目を逸らす。
「あの、そういうのいいんで、失礼します」
とそのまま道を進もうとした時だった。
「え!? え!? ちょ! ちょ! ちょっと待ちなさいよ!」
と焦った様子でお姉さんに回り込まれた。もうしつこいなぁ、俺はこれから大事な用があるというのに。
「ど、どういうことよ!? どうして一緒に来ないの!?」
「いや、どうしてって、あの、お姉さん、余計ことかもしれないですけど、折角綺麗なんですから、こんなことからは足を洗った方がいいと思いますよ」
「…………」
と俺の忠告に驚愕の表情を浮かべているお姉さん、いや、それはこっちなんだけどなぁ。
「貴方、まさか、私のことを怪しげな団体に勧誘しようとしている人とかに勘違いしてない?」
「……い、いやぁ、どうなんでしょうね、えっと、俺は、その、今のままで満足しているというか、人生楽しいですし、仲間にも恵まれて趣味も旅行と食べ歩きが好きで」
「ほらー! やっぱり勘違いしているじゃない! 違うのよ! 私は怪しげな団体にも属していないし、勧誘じゃないの!」
「は、はあ、じゃあ、なんです?」
俺の言葉にお姉さんは「ゴホン!」と咳ばらいを一つすると真剣な表情で伝えた。
「貴方は占いの神、ディナレーテに選ばれしものなのよ!」
(うわぁ……)
これまた典型的な手法「貴方は特別」で来たのか。
ただ侮るなかれ、こういった「相手を持ちあげる」というのは、勧誘手法に限らず、相手に納得させたり説得したりするのに効果的だ。
だが、これはいけない、何故なら、このお姉さんが言うディナレーテ神に選ばれた人物は、歴史に名を残す傑物と同義なのだ。
だからこういった場合は現実感を持たせるために「小さな範囲内での特別」を演出した方がいいのだ。
まあ「自分は特別な選ばれしもの」とかいう妄想をしたことはないとは言いませんよ。でもそれはちゃんと現実を捉えた上でだと思うのですね。
ただこの状況で一番厄介なのが、お姉さんの今の言葉に嘘は感じられない。つまり本気で言っているっぽい。
ということは、このお姉さん自身が占いかなんかを真に受けて騙されたって可能性がある、こういうのは善意だと本人は本気で思っているから質が悪い。
まあこういった場合は変に論破しようとすると興味を持ってくれたと思って喜々として食いついてくるから、受け流すのが一番だ。
「へぇ、ディナレーテ神ですか。どんな占いだったんですか?」
「ふう、やっと信じる気になったのね? 私には目的があって、占ってもらったの。だけど貴方も知っているとおり、占いの神に選ばれるというのは大変な事、占いの神に選ばれた人物は歴史に名を残す傑物と同義、だから結果は出ないと思っていた。ダメもとだったけどだけどまさか出るとは思わなかった、それが貴方なのよ!」
「光栄だなぁ、でも、お姉さん、多分なんですけど、それ、俺じゃないと思います」
「え?」
「神に選ばれた傑物は、もうそれこそ最初から違うといったレベルの人です。例えば神の力を下位互換として顕現している魔法、それを人に現世に落とし込めることに成功した大天才アーキコバ・イシアル。彼は人形を尖兵とし、短期間で消滅したとはいえ、神聖教団という当時最小でありながら最強国家を作り上げた立役者、このレベルの傑物という事ですよね?」
「……え?」
「でも残念ですけど、俺はそんな突出した能力はないです、でも傑物と言われて悪い気はしませんでした。ありがとうございました、じゃあお姉さん、きっと運命の相手は見つかると思います。それでは用事がありますのでこの辺で」
「ちょっと待ったぁ!!」
「……なんですか?」
「貴方、私が変な占い師に吹き込まれたことを鵜呑みにして振舞っている痛い人みたいに見てない?」
「……そ、そんなことありませんよ、あ、それと、お姉さん美人だから、変な目的を持って近づいてくる男もいますから、十分に気を付けて」
「だーかーら! 占いといっても当たる当たらないの話では無くて正確には予言の様なものなのよ!! 分かったわ!! そこまで信じないのなら!! 最終手段よ!!!」
「え!?」
やばい、最終手段とか言い出した、こういう人って何考えているか分からないし、ここはもうなりふり構わず逃げた方がいいかもしれない。
と踵を返そうとした時だった。
『これで信じる?』
突然頭の中に鳴り響いてきた声、明らかに自分たちが使っている言語とは異なるのに、何を話しているか分かる、これは……。
「神の言語!!!」
『そう、私は』
「ひいいいいいぃぃ!!! 邪神だあああぁ!!!!」
腰が抜けてへたり込んでしまう。
や、やっとわかった、こ、こいつは、邪神だ!
邪神、厄災をもたらす存在、言葉のイメージに反して、実際は人懐っこく、愛嬌もあって、社交的なんだそうだ。
だが邪神に取り込まれた、所謂神の傑物の反する神の傀儡、玩具、そう成り果てた人物の記録も残っている。
ま、まさか、こいつは、邪神に身も心も改造された挙句、神の力欲しさに狂う邪教徒たちに最後の1人まで加護を与え続け、結果自分の信徒たちを皆殺しされた光景を笑いながら見ていた、有名な邪神。
「邪神エテルム!?」
という俺の指摘に。
『だ、だ』
とわなわなと震えると、ガッと胸ぐらを掴まれる。
『誰が邪神だ!! この馬鹿!!!!』
『女神に対してねぇ!! 太った!! 老けた!! ブス!! それを超える悪口が邪神なのよ!!! あんな奴らと一緒にすんじゃない!!!』
「うわあ! 神の声が凄い大きな声でリフレインしてるぅぅ!!」
頭の中で大音量で響く声にもんどりうち、ハアハアと息が切れた。
なんだっけ、えっと、邪神じゃないのか、でも邪神が邪神ですっていうわけないし、ヤバい、これは想像してた以上にヤバいんじゃないか。
『まあ、ごほん!』
「まあ、邪神が邪神ですっていうわけないから、最終的には信じてくれてって言うしかないんだけどさ、まあさ、もう色々と面倒になってきたからさ、そうね、神の存在を退けようってのは無駄な努力なのはわかるよね?」
「最終的には脅しかよ!! 詰んでんじゃん! 俺詰んでんじゃん!! まだ若いのに!! うわーん!! 邪神に俺の人生が!!」
「また言った!! だから邪神じゃないの!!」
「シクシク」
害を加えるつもりはないらしい、けど、意志があろうがなかろうが、向こうが言ったとおり、神の介入は人の力ではどうこうできない。
そして邪神は周りを巻き込み厄災をもたらす存在ならば。
(愛するあの子にだけは手出しをさせない!!)
邪神はおそらくそういった弱点を突いてくる、愛するあの子を盾にされると俺は屈しかねない。となれば俺は覚悟を決めなければならない。
となれば俺のやることは一つだ。
「分かった、それで、俺は何をすればいいんだ?」
神のいう事に従う、だがそれはあくまでいうことを聞くふりだ。まずは時間を稼いで対策を練る。神は無敵ではあるが、決して戦えない相手ではないからだ。
さあ、俺は覚悟は決めた。後はこの邪神はなんて答えるのかなのだが……。
「…………」
目の前の女神様は何も言わずキョトンとしていた。
「な、なんだよ? ほら、運命なんだろ? こんな劇的なアレとかないの?」
「なんだも何も、私は占いの結果で出たから来ただけよ、そもそもこれだけ拒否されて、あまつさえ邪神扱いされるとは思わなかったけどね。むしろ貴方が私を導くものだと思っていたのに」
「…………」
「…………」
えー、これだけ引っぱといてさ、何その他人任せ、というか、この女神って。
「なに?」
「なんでも、神様も色々いるんだなぁって思って、神聖教団じゃないけど、ラベリスク神みたいに世に変革をもたらす神様もいて凄いなぁって思いました」
「おい、私をポンコツ扱いしてないか? これでも私はねって、言っても虚しくなるだけね、えっと、さっきも言ったとおり占いというか、正確には「確定された予言」をすると言った方が正しいのよ、だから細かいことは知らないの」
「確定された予言?」
「例えば、貴方が魔法使いになりたいとする、でも当然人間に魔法の才能はほとんどない。天才と呼ばれる人間でも亜人種平均クラスしか持てない。ここでハーフクラスの魔力が持ちたい未来は当然にない、ここまでは分かる?」
俺は頷くと女神は続ける。
「そして貴方が魔法の天才でなければ亜人種クラスの魔力を持つ未来は当然にない、故に貴方が魔法使いになりたいと占っても結果が出ないのよ。貴方の魔法才能が灯りに程度にしか使えないとして、術式埋め込む?」
「ああ、しないね、確かに、なるほど、確定された予言か、だけどさ、なんか、その、言いにくいんだけど、神の力って、使い勝手悪くない? ほとんど占えない占いの神って」
「そうよ、よく言われるけど、実は神は万能でも何でもない、そもそも神の理に人は耐えきれない。だけど、神が人の世に出るリスクは分かるでしょ? 逆にリスクを使い混沌をもたらすのが邪神よ。私が神という身分をあっさり明かしたのは、それほどまでに信用できる占いだからよ。そういう意味では私は「幸運」よね」
「ふーむ、面白い話ではあるけど……」
「…………」
「…………」
「占い外れたかもとか思ってるだろ?」
「ギクッ!!」
「おい! それはこっちの台詞でもあるんだからな!! 大事な用事があったのに!!」
「大事って、さっきもそんなことを言っていたけど、何なのその大事な用って」
「うえ! い、いや、その、あの」
とモジモジする、大事な用事なのは事実なんだけど、その。
「あ! そういえば! 神様なんだよな! えっと! そのさ! 例え、例えだよ! 例えば~、女の子を誘いたいとか、デートしたいとか、そういうのに協力とか、どうかなぁ?」
「ああ、大事な用って、そういうことなのね、うーん」
少し考えて女神はこう告げた。
「頭の中をいじくって、貴方に恋愛感情を持たせることは可能よ」
「やるかぼけー」
「まあ私もやらないわよ、神の洗脳は人の洗脳と違って、自己秩序を崩壊させてしまうからね」
「こわっ!!」
「それにしてもいい雰囲気ね、まあそれは大事じゃないとは言わないけど、誠意って大事よ「ああ、自分のことを本当に好きなんだな」って感じてさ、それでキュンときたりするものよ、そうなれば脈あり、逆になんとも思わなければ脈無しね」
「それはそう言うけどさ、そのー、あのー」
「あのね、そういうウジウジしたところは」
と女神の言葉を待たず俺は一枚の写真を出す。
それを無言で受け取る女神は写真を見る。そこには俺と愛しのあの子ともう1人の男が映っていた。
「あら、美男子じゃない、誰なの?」
「………………ライバル」
「……ふーん」
と女神は俺の全体をジロジロと見る。
「大丈夫! 男は顔じゃないわ!!」
「おい! そのフォローは逆に失礼だからな!」
「というか多分貴方に隠れて付き合ってるパターンじゃない?」
「ごふらくふぅ!!!」
思わず膝をついてしまう。
「こ、こ、この野郎! ハッキリ言いやがって!! 俺もそんな気がしてるんだよ!! だって、だって、2人で一緒に買い物行ったり、仲良さげにしていたりしている目撃情報もあるし! な、なにより、なにより、部屋に泊まっているところも見られているし……」
「あらら、泊まりって、確定じゃない」
「でも諦めきれないの! あ! そうだ! えーっと、その、ディナレーテ神って占いの神様なんだろ!? 俺とあの子の未来を、その、ごにょごにょ」
「恋占いかー、まあ理屈で言えば占えるんだろうけど、ディナレーテは気まぐれだから多分無理だと思う」
「そっか、そうだよな」
「まあまあ話は最後まで聞きなさい、ディナレーテのアーティファクトなら持っているわ」
「アーティファクト!!」
アーティファクト。
神の道具という意味が一般的だが、正確には「神の能力を基に下位互換して作られた物」という意味だ。
神々の恩恵は様々あるがその一つ、それこそ「万能薬」も存在すると言われている。
女神は両手で持てる小さい鞄位のサイズの物を取り出す。
「これはね、確定された予言はできないけど、「凄く当たる占いレベル」ってことだから、結果が出やすいという事なの」
「それはさっきのとどう違うんだ?」
「不可能及び0に近い事象を除去した事象から、可能性事象の中で一番現実的な未来を映し出す装置、だそうよ」
「? 意味わからん?」
「えーっと、まあ簡単に言うと、その子と付き合う未来が不可能とか無理のレベルだったり、確定に近い状況にない限り結果が出ないってこと、少しの「不確定」が含まれるから、100%当たるディナレーテの占いよりかは出やすいってこと、ってなるほど、やっとわかったわ」
「分かったって何が?」
「美男子に好きな女の子を取られて、貴方はその失恋の痛みを糧に隠された何かが覚醒するってことね!!」
「美男子に好きな子取られて覚醒て!! 嫌すぎるだろうが!! カッコ悪すぎるだろうが!! 感情移入はできるけどね!!」
「まあそれは置いといて、で、どうするの?」
「…………」
つまり情け容赦なく現実を突き付けてくるってことだよな、だけど。
踏ん切りをつけるのもいいかもしれない。
そんな弱気が鎌首をもたげる。
アイツは顔だけじゃなくて愛想はないけど性格はいい奴で友人でもあし、何よりあの子を大事に思っているってのが伝わってくる。
この自称女神の言葉ではないが、自分を大事に思ってくれているという誠意にキュンとくるわけだよなぁ。
「わかった、お願いする」
「ん、分かった」
女神は、特に何か言う訳ではなく、そのままアーティファクトを何やら操作すると。
「あ……」
という言葉にグサッとくる、なんだよう、どうせ振られる……。
「う、うそでしょ、結ばれるって結果が出てる」
「え?」
確認するけど間違いないと頷く。
「凄いわ、奇跡よ、長い間生きてきたけど、こんな奇跡があるなんて」
散々な言われ方だが。
「い、い」
「いやったああぁぁぁ!!!!」
飛び上がって喜ぶ。
「わーいわーい! いやさ! 分かってた、分かってたよ! 彼女はね、男を顔で判断するような女じゃないんだよね! こう、中身を見るんだよ、中身をね!」
「変ねぇ、壊れているのかしら、あ、そうそう、これって映像化することも可能なの、折角だから恋仲になる瞬間が映像としても映し出されるけど見る?」
「見る!!!!」
いそいそとアーティファクトの画面をのぞき込み、再び何かを操作すると。
パッと現れたのは美人の女性がバストアップ姿で登場した。
「はあ! いつ見ても可愛い! はう! こんな綺麗な人が、俺の、でへぇぇ~」
恋が成就する瞬間か~。
――「黙って俺について来い!」
――「男らしくて素敵! ついて行きます!」
こんな感じか、ニヤニヤが止まらないぜ~。
そのまま映像がズームアウトすると……。
――「びえええん! いっしょになってくれなきゃ! 死ぬううぅ!!」
と腰にしがみついている自分がいた。
――「あらあら」
――「でも! おれ、何もできないし! 女の子の喜ぶことなんもわからないよぉぉ!! 浮気しないぐらいしかできないよおおぉぉ!!!」
――あの子はくすくす笑いながら、しがみついて泣き叫ぶ俺の頭をなでなでしてくれた。
――「浮気、しないんですか?」
――「しないよぉぉ!!!」
――「くすくす、はい、分かりました、私で良ければ、いいですね、浮気は駄目ですからね」
――「……ぶえ?(訳:え?)」
――「ですから、私で良ければ、これからよろしくお願いしますね」
――「ぶ、ぶええん、ぶえぶえええん?(訳:ほ、本当に、俺でいいの?)」
――グスグスと泣く俺にくすっと笑うと彼女はこういった。
――「だって、一緒になってあげないと、死んじゃうんでしょ?」
――「そうだよぉぉ!! 死んじゃうよぉぉ!!」
とここでブツッと映像が終わった。
「…………」
「…………」
「ついに正体を現したな邪神め!!」
「逆ギレすんな!!」
「ヤダヤダヤダヤダヤダヤダ!!! あんなのヤダ!! ヤァダァァ!!!」
(うわぁ、あの映像のとおりじゃない)
「じゃあ頑張れば? まあ最初は気持ち悪いって思ってていても、何故かほだされてトキメクとか女の子はあるからさ、そのパターンっぽい」
「気持ち悪いとか言うな!!」
「だから頑張れば? あくまでも一番可能性が高い未来ってことだし、変えられないって意味じゃないし」
「結果がよかったのに散々だよ!!」
「まあ成功するって分かっただけよかったじゃない、でも努力はしなさいよ。あの様子だと貴方の気持ちには気付いているみたいだし」
「シクシク」
「えーっと、ってことは、当面の目標はその女の子を彼女にしたいってことでいいのね? じゃあ、早速その子のところに行きましょう!」
「やっぱりついてくるのかよ……」
「占いの結果が出た以上はね、おそらく一つ一つに何か意味があるんでしょ、知らないけど」
「適当だな……、もう、分かったよ、嘘はついていないみたいだし、神様ってのも本当みたいだし」
「だから最初からそう言っているでしょ、全くこんなに難儀するとは予想外だったわ」
「それはこっちの台詞だ、あ、そうだ、名前は?」
「え?」
「名前も聞いてなかった、なんて呼べばいいの?」
「ウィズよ」
「それは現世に顕現する時の名前か?」
「いいえ、本当の名前、そうね、顕現する時の名前を決めないとね、これから人の世で生きていくわけだし」
「ウィズか、分かった、俺の名前は」
「リクス・バージシナ、でしょ?」
「名前ぐらいは分かってたんだな」
「それぐらいはね、んで、リクスが好きなこの子の名前はなんていうの?」
「ユナちゃん、ユナ・ヒノアエルナ、俺が住んでいるフェンイア街の一番美味い食堂の看板娘」
「ユナね、ってことはまずは好みの分析からね、女心のアドバイスもしてあげるわ」
「えー、なんかウィズって綺麗だけど男の好みにうるさそうで敬遠されてそうで当てにならなそう」
「アンタね、神様だって怒る時は怒るのよ?」
「神様か、それならそれでさ、こう、もうちょっと演出とかハッタリとか大事だと思うぞ」
「というと?」
「だからこう、降臨する時に負荷をかけるとか、自分のことを我と呼ぶとか、降臨中は常に神の言葉を使うとか、口調もこんな砕けた口調じゃなくて威厳のある口調にするとかさ」
「別に負荷なんてかける必要ないけど、しかも我って、ぷっ」
「例えだよ例え! ほら、ありがたみって奴だよ、つーか、神が占いの神で結果が得たから無条件で協力してくれるなんて、ムシのいい話しすぎるだろ?」
「そう言われると確かに胡散臭いかも、演出とハッタリか、後々必要になってくるかもね」
「というか、その占いの神によれば俺は最終的にどうなるんだ?」
「さあ?」
「さあ? じゃなーい! それも分からんのかい!」
「だから私には目的があって、その結果が貴方だったから来たの。だから最終的にあなたがどうなるのか、そのために私がどうすればいいのかは分からない、だけど、貴方と一緒なら、私の目的が達成できるのよ」
「ああ、なんかそんなこと言ってたな、んで、その目的って何?」
「貴方も分かるよね? いま世界は不穏な空気に包まれている。今は平和だけど、それぞれの国が戦争に備えて色々準備を進めているという噂」
「…………」
「人類史上、大陸全土を巻き込んだ戦争は、過去に2度起きている。多数の人が死に、国が滅び、結局最後は誰も勝たず共倒れのようにして戦争が終わる。そして戦争が起きない時代が続いて、国力がたまると、再び戦争が起こる、それの繰り返し」
「そして私も、多くの人が無残に殺される姿をたくさん見てきた。神なんて言っても、そんな形でたくさんの人が不幸になるのは、とても嫌なの」
「そして見てのとおり、私達神と呼ばれる存在は桁外れの力を持っている。だけど神の理に人は耐えられない。だけど私は自分の力を使って戦争を平和な形で終わらせたい。だから私と共にこれから起こるであろう大陸全土を巻き込んだ三度目の戦争に、要となる人物が誰なのか占って欲しいと言ったのよ」
「……その占いに、俺が出たってのか」
コクリと頷くウィズ。
なんか、想像以上に凄い話だった。
大陸全土を巻き込んだ戦争が起こり、占いの神がその要となる存在が自分であるという結果が出た。
「…………」
俺は無意識に手を握りしめていることに気が付いた。
平凡を絵に描いたような俺、けど俺にはその、アーキコバ・イシアルに負けないぐらいの才能が実は眠っているのか。
俺は再びウィズを見ると彼女は真剣な顔をして頷くと俺に力強く告げた。
「そう! 貴方はそのこれから起こる大陸全土を巻き込んだ戦争に打ち勝ち、国家を設立する! そんな歴史に名を残す偉大な人物の下足番になるのよ!!!」
「おい! 俺だって怒るんだからな!! なんだよその大きなようで小物な目標!! 下方修正しただろ!!」
「だってさ、結果が出た時には興奮してきたけど、今冷静に考えてみると、これから歴史に名を残すの? 貴方が?」
「くっ!! 言い返せないが、いきなり呼び止められて付きまとわれてさ!! なんて言いぐさだ!!!」
「まあ大丈夫よ、さっきも言ったとおり、外れるってことは無いからね、ディナレーテの占いなら望みどおり神の力もちゃんと貸してあげる、使徒にだってしてあげるわ」
「俺はそんなものを全く望んだ記憶はないがな」
「えーっと、まずは女心のアドバイスだっけ、ユナちゃんだっけ、まずは彼女のところに行きましょう。それとリクス、貴方はカッコつけない方がいいよ、カッコつかないから、繰り返すと本気でキモいとか思われかねないし、あの映像見る限り素直にストレートにしかできないんだから、そうすれば女心も多少はデデデデデデデ!!」
「うるさぁーい!! お前もう黙れよ!!」
「おい! 女神とはいえ女の顔だぞ!! つーか好きな女ぐらい神の力を頼らないで口説け馬鹿!!!」
「なっ!! それが出来れば苦労あるかこの邪神が!!」
「また邪神って言った!!」
とギャーギャー喚きながらその場を後にしたのだった。
――現在
フェンイア都市。
格付けは首都と同じ階級外、唯一首都と同等の格付けであり、ここの街長は教皇が勤めている。
その中央に位置するウィズ教本拠地である聖公会大聖堂。
ウィズ神とリクスの出会いの地とされるこの場所に立てらた聖なる場所。その大聖堂内にて、ガイドは案内した観光客の集団に解説をしていた。
「ウィズ王国は、今まで何人もの名君と呼ばれる王を輩出してきました。その王達がなしえた素晴らしい功績の数々は皆さんご存知の方も多いと思います。それでもその名君たちと比べた歴代国王の中で「偉大」の名を冠する王は初代国王リクス・バージシナただ1人であり、それは万人が認めるところです」
ガイドは、そのまま視線を前に向ける。
本来なら教会にはウィズの肖像画が飾られているが、実は聖公会だけは違う。
そこには天から降臨するウィズに跪くリクスが描かれているのだ。
「偉大なる初代国王リクス・バージシナは、生まれながらにして既に自分が特別な存在であり、これから起こる統一戦争において自分がその要になる存在であることを予期していてと言われています」
「そしてそれはウィズ神も同様で、初めての邂逅の時、何も言わずともリクスが傑物であることを理解し、リクスもまた何も言わずとも相手が自分を導く神であることを理解して跪いた。そのシーンを切り取ったのがこの絵なのです」
「ウィズ神とリクス初代国王の出会いは諸説ありますが、神学者の間ではこれが最有力と言われています。何故ならまず、この絵が描かれたのは統一戦争に勝利した時であること。何より絵自体がウィズ神の加護を得ているため、描かれた時のまま一切の劣化が無く残っている、いや、これはウィズ神が「残したい」という意志であると解釈するのが自然、故にこれがウィズ王国の誕生の瞬間なのです」
観光客の集団が感心する中で、女性客が質問する。
「リクス初代国王は凄く男らしくて頼りがいがあるなんて聞きましたけど」
その質問にガイドは笑顔で答える。
「はい、神に選ばれた傑物、原初の貴族の始祖たちを従え、絶大なカリスマを持ったリクスは容姿にも恵まれて優しく、非常に女性にモテたそうです。だけど不貞は犯さず、妾も持たず、ユナ初代王妃一筋の愛妻家なんです、だから女性にも人気があるんですね」
「うわぁ、カッコ良くて頼りがいがあって優しくて愛妻家なんでしょ、女を引っ張って行って、ユナ初代王妃もそこに惚れたんだろうなぁ」
色めき立つ女性客に、むすっとする男性陣は。
「ユナ王妃は美人で淑やかな女性だって聞きましたけど」
「はい、ユナ初代王妃は過酷な運命を背負ったリクス王を献身的に支えた良妻、体も頑健で5人の子供も受けて、その子供たちに王の資質を教えた賢母、美人で、度量もあり、リクスの「男の付き合い」にも寛容で、笑顔で許したそうですよ」
今度は色めき立つ男性客。
「いい女だなぁ、男の甲斐性って奴を理解しているんだ」
「はい、それではこの絵画の説明は以上になります。この後は自由時間とします。集合時間には遅れないように、それと立ち入り禁止区域には入らない様にお願いしますね」
という言葉のもと、一旦解散となった。
それを大聖堂の壁に寄りかかりじっと見ていたウィズ。
「…………」
ウィズは主神の仕事がありフェンイアにいる時は空いた時間を、大聖堂に来る人々の姿を見たり、先ほどのように人々の声に耳を傾けている。
(跪くどころか、私を邪神と勘違いして腰抜かして怯えていたのよね)
出会いの事実は国策を進めていく上で「不都合」という事で脚色され後世に受け継がれることはなかった。
ただ脚色をしたのは最初だけだ。後は後世の人間がどんどん創作を膨らませて、今では「絶大なカリスマを持つ、美形で頼りがいがあり女にモテモテの神の傑物」とまで膨らみ、それが通説として定着している。
(本人が聞いたら、どう思うのだろう)
これが神楽坂が好きな娯楽文学ならば、神に選ばれし者は神から大いなる力を与えられたり、隠された力が覚醒したするそうだが、リクスは死ぬまでリクスであったし、何かの能力なんてものはなく、覚醒もせず、一番最初の平凡という印象はそのままだった。
その平凡のまま、リクスは統一戦争に勝利をして、ウィズ王国を建国、初代国王として歴史に名を残した。
そんなリクスはというと、ガイドの説明のとおり愛妻家であることは間違いないが恐妻家でもあった。
ユナはあれで凄いヤキモチ焼きで、男の付き合いに寛容どころか一切許さなくて、尻に敷かれていたのだ。
女にモテモテは以下略。
絶大なカリスマ、普段は原初の貴族の始祖たちは「とにかく自分がしっかりしないと!」と思われていたし、本人は特に何もせず、隙あらば仕事をサボって遊ぼうとしていた。
だけど不思議といざという時のリクスの指示は的確であり、一見して意味不明な指示や理解しがたい思考や突き抜けた行動をすることがあったが、その全てに先を見通したうえで後で全てが繋がり驚かされることも多かった。
その覚悟を感じた時は、始祖たちは普段とは打って変わり、リクスに忠実な部下として、かけがえのない仲間として必死に動いていた。
これはまあ、カリスマと言っていいのだろうか。
そうそう、ユナへの告白の件についてなのだが。
――「占いによって導き出された未来は、同時に回避が容易であり、その通りにしないだけで絶対に実現しない未来である(キリッ)」
なーんて言っておきながら、直前で怖気づいて、ほぼあのまんまで告白する形となったのだのだが、実はあれには続きがあった。
告白をした後に、例の隠れて付き合っているのではないかという件の美男子がその場に現れたのだ。
その男を前にしてリクスはこういった。
「おおお、おれはユナのことが世界で一番好きなんだ!! 一生大事にするんだ!! お前のユナへの気持ちは知っている!! だがお前には渡さない!!」
絶叫に近い形で、ユナを抱きしめながら言った言葉に、美男子はむすっとした顔をしながら頭を掻き、その姿を見てクスクス笑うとユナはこういった。
「誠意ある男性を選べ、それが口癖だものね、だから文句ないでしょ、兄さん?」
「…………へぇ?」
突然の事実がよく呑み込めていない様子で2人を交互に見るリクス。
「ごめんね、リクス君の気持ちには気付いていたの、そしたら兄さんは気が気でならなくて、見極める~って言って、私の友達を装っていたのよ」
「へ? つまり、ともだちじゃなくて? きょうだいなの? つ、つまり、2人でよく遊ぶってのは?」
「ええ、兄妹仲はいいもの、別に不思議じゃないでしょ?」
「でも名前が全然違う、えっと、ドゥシュメシア・イエグアニートってのは?」
「俺はずっと孤児院で育ったからな、ユナは途中で食堂屋に引き取られたんだよ、その時に里親の名前になったんだよ、本名はユナ・イエグアニートだ、それとユナ」
「なに?」
「こういう奴が案外、女を覚えたら派手なんだからな、分かってるか?」
「またそういうことを言う」
「ふん」
とむすっと何も言わないが。
「大丈夫、賛成してくれているみたいです。リクス君のことは兄さん結構認めているんですよ」
「おい! 聞こえているぞ!」
「はいはい」
とこんなやりとりがあり、2人は無事に交際をスタートしたのだった。
その後ドゥシュメシアはリクスと無二の親友となり、親友と愛する妹と、そして私のパートナーの1人としてずっと統一戦争からウィズ王国建国の為に尽力。
彼自身が見つけた愛する人との子供には結局恵まれなかったけど、ウィズ王国の繁栄と問題を予測し、自分の意志を受け継ぐ人物を陰の補佐官として任命させてくれと言い残し、公式上からは姿を消した。
その後の国王たちは、その遺志を様々な形で体現してきた。ある国王は私設部隊として、完全なビジネスパートナーとして、そして仲間として。
そして今のリクスの無二の親友の名を冠する人物は……。
●
「…………」
主神の仕事を終えてウルティミスに帰り、お土産に買ってきたお菓子を神楽坂と2人で食べながらウィズは神楽坂をじっと見る。
「うまうま、うまうま、って、どうしたのウィズ、じっと俺の顔を見て」
「いえ、昔を思い出していたんです」
「…………そうか」
と何も聞かず、再びうまうまとお菓子をパクパク食べている。
「神楽坂様」
「なに?」
「神楽坂様は、何処かリクスを連想させますね」
「え!? リ、リクスって、あの偉大の名を冠する初代国王と!? な、なんだよ、急に、持ち上げたって何も出ないぞ!」
慌てふためく神楽坂を見て、機会があれば「神としての自分の家」に招待するのもいいかもとウィズは考えて、笑顔でこういった。
「ふふっ、別に持ち上げてなんていませんよ」
:おしまい:
突発投稿2。
完結登録をしてありますが、続きます。




