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第59話:神の理が人の弱点、人の理が神の弱点



「以上が私の動きとワドーマー宰相との対話の全てです。神の力については昨日話した通り、人の姿を作り上げて認識を誤魔化したこと以上は使っていませんから」


 ウィズ王国、王子の執務室にて俺は後始末部隊と実働部隊の全員に語りかける。


 あの後、ワドーマー宰相との会談を終えて、クォナ達に強引に切り上げてもらいウィズ王国に帰国し、フォスイット王子に任務終了を報告、招集をかけてもらった。


 王子の執務室に朝一で向かうと詳細な引継ぎを行う。王女に説明したとおり自分の動きはあくまで非公式であるためこうやって書類ではなく口頭で引き継ぐ必要があるのだ。


 自分の説明を受けて王子が口を開く。


「そもそも神の力を使って頭の中をかき回すつもりはあったのか?」


「ありません、最初は脅しの意味でそう思わせる必要はありましたけど、実際に使える物ではありませんから。実際ワドーマー宰相も後半部分は警戒していませんでした」


「そこをあっさりそう言い切るとはお前も凄いな、何故そう考える?」


「そもそも今回の王女の目的は長期戦、宰相の存在は色々な意味で欠かせないものとなります。ここで本当に頭の中をかき回したら、後に引きずるから圧倒的にデメリットの方が大きいです」


「なるほど、今後の展開を考えて、政治的思惑抜きにあくまで宰相との一騎打ちに専念していたのだな、有利なままリセットできるように」


「はい、その点においてはクォナはこれ以上ない適任者だったと思います。社交界での立ち位置が完璧。今回の功労者は間違いなく彼女だと思いますよ」


「そうか……」


「つまり今回の作戦の肝は、私と王子とクォナ嬢が相互協力関係にあるというこの部分を「なんとしてでも疑われてはならない」ということだったんですよ」


 王子が頷いたのを見届けて、一番最初に答えたのはパグアクス息だ。


「神の力を使って、人の視界に架空の人物の姿を作り上げて、それを自在に動かし、セレナを傷つけたと演出する。しかも宰相の作った資料の「認識を誤魔化」してか」


「はい、もちろん架空の人の姿を作り上げることができるのなら、クォナ嬢側の4人が同時に2人存在しないようにする必要があります。そのために必要な時は部屋の中で待ってもらっていたんですよ」


「なるほどな、認識疎外の加護は神が人の世界に顕現する時に使っていると聞いていたが本当だったのか、いや、それにしても凄いものだな、本気で勘違いをしてしまう訳か」


「はい、これは他にも「ありえない人違い」をさせることもできます。それこそパグアクス息をクォナ嬢と本気で人間違いをさせることもできますよ」


「うむ……」


 少しを畏れ含んだ様子のパグアクス息の一方、ちょっと不機嫌気味なセレナ。


「そうだよねー、私はストーカー野郎と勘違いされた挙句に骨を5本も折られたという事になっているからね」


「悪かったよ、だが原初の貴族の恐ろしさを知っていればいる程、この発想には辿り着かないのさ」


 変わらずにブスッとしている、ここで黙っていたリコが口を開いた。


「神楽坂中尉、今の話を聞いていると私たちと一番初めて会った時に仕掛けたマスターの悪戯を下地にしているのね?」


「そのとおり、これはそのまま使えると思ったよ」


 ストーカーに命を狙われている、こんな洒落にならない事態をクォナは慣れているとまではいわないだろうが、それでも自分の熱狂的ファンである騎士たちを抱えるといった男の黒い「ナニカ」について、彼女自身、セレナ達も苛烈に対処できているし、周囲もそれを認知している。


「まあ、エアドには悪いことをしたかな」


 罪悪感がチクチク痛むが、シベリアはあっさりした様子。


「クォナの役に立てたのだから、本人は文句言わないと思うけどね」


 そうストーカー事件も狂言である。


 ちなみにエアド・ベグーソーは実在する。


 だが彼がストーカーなんてとんでもない、彼がクォナの振られたのは事実であるも、その後も孤児院の職員としてかつての自分の後進を育てている温厚な人物、騎士たちのように見境なく熱狂することもなく分別のある人物だ。しかも今は、同じ孤児院出身の職員の女の子と「いい感じ」らしいのだ。


「あの、中尉、よろしいですか?」


 来国していたエンシラ王女が話しかけてくる。ちなみに彼女は、不興を買った宰相の尻拭いをするためという名目でウィズ王国に来国している。


「状況は理解しました、ですけど、これが王族復権に、どう、関わってくるのかなと、私はこれから何をすればいいのですか?」


「私からは特に何も、今回の私の行動は王族復権にはどこにも関わってませんから」


「え!?」


「ここで大事なのは、神の力を使って状況をかき回されたという事実なんです。つまり神の力を使えばそれこそいつでも盤面をひっくり返すことができるというのを宰相に体感させることが目的なんです」


「は、はあ、それで、それが、その中尉ならもっと、こう……」


「いいえ、私はあくまで有利な局面を作り出すことが限界なんです」


「限界?」


「ハッキリ言ってしまえば、宰相にとっては神の力よりも王家と原初の貴族の力の方が恐ろしいのですよ。もう既に宰相の頭の中は王家と原初の貴族を相手にどう振舞うかを考えていましたからね」


「となるとここで引き続ぎ私が出てくるのはむしろ愚策であり下策、だからこそ私は今回の作戦で部隊を二つに分けたのです。実働部隊はあくまで初動活動に限定しなければなりませんからね」


「それは、どうしてですか?」


「クォナは人気はあれど政治的影響力は無い、私は神の力だけで人脈も無ければ政治力もありませんから、足を引っ張るだけ。故にここできっぱりと手を引くことで、相手に状況把握をしている、という印象を与えることができるのです。これが所謂引き際というやつですね」


「…………」


 俺の言葉に王女はポカーンとしている。


「…………中尉は、本当に凄いのですね、相手の心理を読みぬき、道を作る、いえ見えているのですね、私には見えないものが」


「大したことはしていません、私がしているのは起きた出来事に対していつ起こるかという事と適切に対処することと自分に出来ることの限界の境界線をちゃんと意識するか、これだけで随分違ってきますよ」


 ここで言葉を切ると質疑については出なくなる、辺りを見渡すけど……。


(ん?)


 話をして、皆が初めて実際に目にするであろう神の力について感心しきりだった中で。


「「…………」」


 王子とクォナの2人だけがじっとこちらを見ていた。


「……さて、私の説明は以上です。王子、何かあれば答えますが」


 俺の問いかけに王子は首を振る。


「いや、特にない、よくやってくれた、お前の働きは想像以上だった、感謝する。この功績は必ず報いよう。それと明日は今回の件について詳細の引継ぎを行うから朝一でここに来てくれ。だから今日はゆっくり休んでくれ、それとクォナよ」


「なんでしょうか?」


「少し2人で話したい、いいか?」


「分かりましたわ」


 クォナは立ち上がり、王子と共に別室の扉に向かう。


「そうだ、エンシラ王女」


「は、はい!」


 自分が呼ばれるとは思わなかったようでびっくりしたようで飛び上がる王女。


「まだ確定ではないが、エンシラが帰国する際には私とパグアクス、そして……そうだな、レハンロアとストレシアと共に向かうことになるから、覚悟を決めてくれ」


「レハンロアって、レハンロア伯爵ですか! カモルア・ビトゥツェシア家の当主と次期当主が!?」


「元より王女の願いは、下手をすると革命に近いもの、ただ外国が革命を主導してはならない。外国が革命を主導したら後に残るは無秩序と遺恨だけです。革命はあくまで自国の民が行うべき、ここが難しい局面、まず布石を打ちたいと考えています」


「は、はい! よ、よろしくお願いします!」


 エンシラ王女の答えに笑顔で答える王子はクォナを伴って出ようとするが。


「あ、あの、フォスイット王子!」


「?」


「その、私も、クォナ嬢と共に会話に加わります、あの、その、何かできることが、あるかもしれないので!」


「大丈夫ですよ、心配しなくても、無条件の奉仕という訳ではないです、原初の貴族を使う以上はちゃんと我が国の国益も考えていますよ」


「は、はい……」


 何処か心配そうなエンシラ王女、まあ無理もないだろう、今回のことも言い方は悪いけど、俺が以外は全員部外者として扱わせてもらった。


 だからこそワドーマー宰相は逆に共犯者であることを疑わなかったのだから、それでも王女から突然事態が進行したから現実感も無いだろうし心配だろう、俺は話しかける。


「王女、王子は国益と言いましたが王女の願いを利用したりするなんてことはありえません」


「え?」


「今は早急に仕掛けなければいけない場面、ここで手を緩めたり、手段の時期を遅くすると「有利な局面」が「五分」になるのですよ。それが分かっているから王子もいきなり原初の貴族の当主を出すのです。ちなみにここでシレーゼ・ディオユシル家当主を出さずに、パグアクス息だけを連れて行くのはお分かりですよね?」


「そ、そうですね、クォナ嬢の不興を買っている、わけですからね」


(ん?)


 なんだろう、なんか違う感じ、ここでため息をつくのがアレアだった。


「王子も中尉も、アンタら2人ってほんとーに女心には「鈍感!」だよね」


「な、なんでだよ」


「あのね、自分の彼氏が「超絶モテ女とお互いに分かり合っている感じで2人で消えた」らどう思う?」


「……え?」


 俺は2人が消えた別室への扉に視線を移す。


「え、えー?」


 今度はエンシラ王女を視線を移すともじもじしている。


「い、いや、でもアレは明らかにそんな感じじゃ」


「だーかーらー! じゃあ中尉に彼女がいたとして、その彼女が超絶モテ男とあんな感じで消えたら不安にならないの?」


「…………」


 う、確かに、もちろん違うってわかっているけど、嫌かも。


「そういうことよ、王女、王子も中尉も凄いところは凄いけど、女心はアンポンタンみたいだから何かあったら相談してください、なんといっても王子(舎弟)のエロ本の趣味まで把握していますから」


「は、はは……」


「ちなみにアイツね、女を縄で縛り上げているエロ本1冊持っているけどね、そんなことを迫ってきたらグーで殴っていいから、んで隠し場所も本人はバレていないって思っているみたいですけど、ちゃーんと把握しているから後で教えてあげます。んで絶対に増えるからそしたら同じくグーで、詳しい件については王女の自室に伺ってもいいですか?」


 アレアの言葉に王女はクスリと笑う。


「はい、よろしくお願いします」


(恐ろしい……)


 姉って凄いな、本当に……。というか女にヘタレになっているのってアレアが原因の一つにあるんじゃないか、まあ言わんけど。



――執務室・別室



 執務室・別室、いわゆる王子が職務で使う資料を収めた部屋である。


 王子はクォナを連れて部屋に入り扉を閉めた瞬間、外の音が一切聞こえなくなった。


「…………」


 振り返り無言で扉を見るクォナ、キンと耳鳴りがするこの不自然な音の切れ方、この資料室に防音設備を感じ取る。


「立ち話ですまないな、椅子と机が一つしかないからね」


「いえ、お気になさらずに」


 王子は資料棚に寄りかかりながらクォナに話しかける。


「クォナ、お前がラメタリア王国においての神楽坂がどう動いていたかについて、あれ以上知っていることは無いのか?」


「ありませんわ、むしろセレナの件にしても、後で知ったぐらいですもの」


「ふむ……」


 王子は顎に手を添えて考える。


「どう見る?」


 王子の顔、その顔を見てクォナも少し考えた後に聞き返す。


「それは、ウィズ王国次期国王がシレーゼ・ディオユシル家の直系である私に聞いている、ということでよろしいですか?」


「だからこそわざわざ2人きりで話しているつもりなんだが」


 王子の答えに「失礼しました」と軽くお辞儀をすると答える。



「中尉は嘘をつかれていますわ」



「どう嘘をついている?」


「それについては存じません、読み合いについては私は専門外ですから、ただ……」


「ただ?」


「おそらく中尉は神の「繋がり方」について嘘をついていると思いますわ、いえ、嘘というよりも皆不自然に疑問に思わない、という表現が適切でしょうか」


「繋がり方か、もう少し具体的に言ってくれ」


「そうですね、王子はシベリア達が作った中尉の身上調書をご覧になりましたか?」


「ああ、帰国したときに報告の概要だけ聞かされた時にな、ワドーマーがこれを読んだから自分に対しての情報と認識の共有という意味で渡されたよ」


「変だと思いませんか?」


「ああ、思うね」


 シベリア達が作った身上調書のおかしな点、ここれは真実や嘘と言ったレベルの話をしている点ではない。もっとも基本的な部分である。



「修道院入学前の資料が存在しないと、言いたいのだろ?」



 王子の指摘にクォナは頷く。


「身上というのなら生い立ちがどのようなものであったかが一番大事なのに、それがごっそり欠けている調書を渡された時は正直驚いたんです。そして内容も調書と呼べるものではなく中傷の域、手前味噌ですが、我が有能なる側近の侍女達3人の仕事にしてはありえないお粗末さなんですよ」


「その点について3人は?」


「全く疑問に思っていません、そもそも中尉がどうやって神に自分の作戦を伝えたのかという点について誰も、いえ、正確には私と王子以外疑問に思っていないのですよ」


「俺も神楽坂を呼ぶために調査をパグアクスに頼んだのだがな、神楽坂の祖国は日本だと書いてあったが、その日本という国が何処にあるのかすら書かれていない資料を渡されたよ」


「王子、これは未確認情報ですが中尉は、自分の祖国について「日本は神が人の世に降り立った時に人と交わり子をなした民族の末裔」という言い方をしていたそうです、他にも「日本という国に行くためには神の力を使わないといけない」とも言っていたそうです。私は最初この言葉を聞いた時、説得力を持たせるためにあえて誇張したようにも思えますが、全部嘘とは思えないのですが」


「落ち着けクォナ、結論を焦るな」


「は、はい」


 王子は考えた後、クォナに告げる。



「まずこの不自然な点については、神の力が働いていることに間違いないだろう、神楽坂は「認識を誤魔化すこともできる」と言っていたが、それはこういった方向にも使うことができるということだろうな」



 王子の言葉にクォナも頷く。


「王子、私と王子だけが疑問に思う理由はおそらく」


「分かっている、だからいずれ俺達の助けが必要な時が来るだろうな、アイツ自身もそれは理解しているのだろうが、何故か危機感が足らないように見えるからな」


「同感です、その時も私も最大限尽力いたしますわ」


 ふうと息をつく王子、話がひと段落ついたからクォナも姿勢を崩す。


「クォナよ、それにしても、読み合いは専門外と言いながらよく見ているじゃないか」


「いつも見ている愛しい人のことですもの、それぐらい分かりますわ」


 思わぬ答えだったんのだろう、びっくりして王子は目を見開くが、すぐに「そうだったな」と王子が笑う。


「我が王家にもお前のファンは多いのだがな」


「あらあら、光栄なことですが諦めていただくほかありませんわ」


「はは、分かった、ありがとう、お前には今後も王家の為に尽力してもらうぞ」


「はい…………」


「どうした?」


 クォナはじっと王子を見る。


「王子、今後とおっしゃいましたが、王子のおっしゃる今後とはなんなのか、伺ってもよろしいですか?」


「お前は妙に勘が働くな、だがすまないが言えない、色々あるのだと、察してもらえるとありがたい」


「はい、分かりました、詮索失礼しました、王子、それではごきげんよう」


 と追求することなくクォナは一礼すると別室を後にして、王子は1人残された。


 そのまま自分の椅子に座り、じっくりと考えている。


「……覚悟を決めるのは、ここじゃないか」


 そう独り言を呟くと、つかつかと資料棚の前に立つと手を突っ込み、奥のボタンを押す。


 すぐにガラガラと音がして片開き扉が現れ、その隙間から吹く風が王子の髪を揺らす。


 扉を開けて王子は中に入り扉が閉まると、再びガラガラと音がして扉が閉まり、、、。



 誰もいない資料室は当然に静寂に包まれた。





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