第58‐4話:起死回生・一発逆転・××篇 ~無能の武器~ ④
「……ひぃっ!!」
理解に一瞬時間がかかり、そのまま弾かれるように床に尻もちをつく宰相。
「か、か、か、神楽坂!?」
間違いない、目の前にいた、あれ、いつ、この部屋に、ユラネダ男爵は、何処に、いつの間に、こ、これは、つ、つまり、この部屋に呼んだ時から、それは。
「ユラネダをどうした!? おお、お前は、まさか、私の頭を!」
自分の言葉にニヤリと笑う神楽坂。
「落ち着いてください。そもそも私が今回の件で神の力を使い頭をかき回すなんてことはしないことはもう分かっている筈ですよ」
「だ! だがこれは!」
「ですから落ち着いてください、ユラネダ男爵は無事ですよ、眠ってもらっているだけです」
動揺が収まらない自分をよそに神楽坂は執務室のソファに腰を掛ける。
「さて、こうやって話をするのは初めてですね、ワドーマー・ヨークィス宰相閣下、自己紹介の必要はないでしょう、まあ座ってください」
「ぐっ……」
堪えろ、ここに至ってはもう敗北は明らかだ。切り替えろ、ここはより良い敗北に切り替えるしかないのだから……。
「さて、今回の件について色々と質問があるかと存じます、その前に状況を整理しましょう、まず閣下、貴方は今回の件でこう読んだはず」
神楽坂イザナミは王子の息がかかっているが、原初の貴族の後ろ盾は使えず、クォナ嬢の友人としてが限界であり、孤軍奮闘状態である。
クォナ嬢の友人たちも使えない。だから神の力を使ってエアドに扮して入国、その間神楽坂はエアド・ベグーソーとして振舞う。
そしてこの最終目的はクォナ嬢協力の下に「彼女を傷つけた」という「演出」をして政治的有利に持っていき、クォナを溺愛するラエル伯爵が出張るところをフォスイット王子がとりなし出てくる。
「素晴らしい、ほとんど正解です。ですけど、閣下は私のスタンスを読み間違えてしまった、まあ確かにクォナ嬢とは友人ですよ、ですが……」
足を組み替えて、冷たい目で神楽坂は告げる。
「私はクォナ嬢の友人よりも、王子の配下であることが最優先事項なんですよ」
「…………」
そうだ、そのとおりだ、それが自分の「今回の件」についての読み間違い。
つまり、自分は最後のこの部分。
――そしてこの最終目的はクォナ嬢協力の下を彼女を傷つけた、若しくは傷つけたと演出しして政治的有利に持っていき、クォナを溺愛するラエル伯爵が出張るところをフォスイット王子がとりなし出てくる。
この部分だ。そして自分が間違えた理由はさっきの神楽坂の言葉のとおり、つまり。
――クォナ嬢と協力関係であるという関係を神楽坂は利用し、実際にクォナ嬢側を傷つけることを最終目的として動き、政治的有利に持っていき、クォナを溺愛するラエル伯爵が出張るところをフォスイット王子がとりなし出てくる。
「エアド・ベグーソーの件は狂言ではなかったのか?」
「狂言ではありません、だからこそシベリア達はあれだけ気を張っていたのです。まあクォナ嬢側はエアドが私だなんて考えてもいなかったわけですし、実際に入国はしていないのですから、そういう意味では狂言ですか」
「…………」
「私がこの作戦の決断を下した理由は、閣下がエンシラ王女のスキャンダルを私が来国する前から捨てる算段をしていたことを知った時です。おかげさまで気が引き締まりましたよ、だからこそ私は「手段を選ばないという手段」を選択することができたのですから」
「……あの茶番は、私に油断を「させないよう」に動いていたのか」
「そうです、閣下なら油断がどれだけ恐ろしいか説明する必要はないでしょう」
あの茶番は油断を誘っていたのではない、油断をしないように誘っていたのだ。
「閣下がもし油断をして、私を「神の傀儡」だという結論を下してしまうと、この案件が「神が公認した意志である」ということになる。そうすれば閣下は必ず私が目的達成のために「神に媚びを売るために手段を選ばないのではないか」という可能性に必ず辿り着きます、そうすれば敗北したのは私だった」
「…………」
神楽坂の言葉でやっと頭が落ち着いてきて、落ち着いた頭で考えてみる。
神楽坂の言うとおりに手段を選ばない可能性があると読んだ時に、ならば自分は勝つことができるのか……。
「神楽坂、一つ聞かせてくれ。お前はクォナ嬢と友人であることは確かなのだろう、私が命を奪うとは考えなかったのか? 指示を受けた部下が間違えて殺してしまうこともあり得るのだぞ」
国賓として招いている関係者である以上命までは取らないだろう、確かに自分はそう指示をしたが、この局面での判断は「相手の善意に依存する」というもの、神楽坂ならばそれが愚策であると分かるのは言うまでもないだろう。
そんな自分の問いに神楽坂はあっさりとこう答えた。
「まあそこは別に、正直どちらでも」
「な……に?」
「シレーゼ・ディオユシル家は滅私奉王と呼ばれる程に忠誠を誓った忠臣中の忠臣です。彼女の身一つで有利な局面を作りだせた、おつりが来るくらいですよ」
「…………」
絶句する宰相であったが諦めたように首を振る。
「となれば、どの道私は負けていた。戦いは結果よりも結果に至る過程が重要だ。お前は戦いにおいて勝つことも負けることも考えていない、だからこの状況はあくまで、その流れに任せた局面の一つに過ぎないってことだ。となると私にはどうしようもないよ」
自分の言葉に神楽坂は何とも言えないようで笑っている。
「最後に教えてくれ、お前は今回の有利な局面にもっていくための「道」はどれぐらい考えていたんだ?」
「56」
「……ご、ごじゅう、ろく?」
「だから言ったじゃないですか、私は貴方を甘く見ないと、たった一つの策で戦いを挑むわけないじゃないですか」
「……56か、私の敗北しないためには、シレーゼ・ディオユシル家の不興を買ってもいいから、何が何でもお前の入国を阻止することだったのだな」
敗北を宣言した自分に、本題が話す準備が整ったと思ったのだろう。神楽坂が「茶番」を告げる。
「さて宰相閣下、貴方は今、シレーゼ・ディオユシル家の当主ラエル伯爵が溺愛しているクォナ嬢の友人を傷つけ、不興を買ってしまった、ここまではよろしいですね?」
「ああ、大変困ったことになった、だから何とかしてくれ、神楽坂」
「はい、お力になれると思います。実は私、ウィズ王国次期国王フォスイット王子と強力なコネクションを持っているんです。ラエル伯爵を取りなすのは王子なら適格だと存じます、どうでしょうか?」
――クォナ自室
ラメタリア王国の国賓が来国する際に使用される居室、クォナは椅子に座り涙を堪えながら震えていた。
「私は、ご主人様を鈍感だと言った、でも私も致命的なまでに鈍感であった」
ぎゅっとスカートの裾をギュッと掴み、セレナに視線を移す。
彼女の視線の先のセレナは彼女の言葉に答えることは無い。
「あの時のあの言葉を、どうして私は、気が付かなかったのか、そうすれば、こんなことにならなかったのに!!」
クォナは答えないセレナに語り掛ける。
「だから、私は、傷つけてしまった、本当に、謝っても謝り切れるものではないのに!」
答えないセレナを見てクォナは違う手で魔法器具を持つと、キュルキュルと巻き戻すと再生した。
――【俺、に、絶対服従、誓えるな?】
「そう!! これが遠回しな愛の告白だという事に!! どうして私は気が付かなかったのかしら!!」
と「小説を読んでいるセレナ」に話しかける。
「…………」
「なんてことでしょう!! ご主人様もフォスイット王子と一緒で女性には奥手だもの!! 私もそこをちゃんと理解してあげなくてはいけなかったのよ!!」
「…………」
「ねえセレナ、貴方もそう思うでしょう? つまりはこういうことよ! もう一度再生するわね!」
魔法器具を持ちキュルキュルと巻き戻すと再生する。
――【俺、に、絶対服従、誓えるな?(世界一綺麗だよ! お前以上の女はいない! 好きだ! 恋人になってくれ! 一生幸せにする! 何があってもお前のことを守るよ!)】
「ね? ねえセレナ、ねえねえねえねえ!! ほらこれって愛の告白なのよ!! そう思うわよね!? ねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえ!!!!」
「だーー!! うるせーーな!! もう10回目だよこのやり取り!!」
持っていた小説をバーンと机に叩きつけて抗議するセレナ。
「もう! いいじゃない! 付き合ってよ、貴方も女だからか分かるでしょう!?」
「わかんねーよ! もー我慢できない! あのねハッキリ言うわ! 中尉はね! アンタの台本に出てくるようなドSじゃねーよ! むしろヘタレだよ! そのヘタレの告白文句が「絶対服従な?」って逆にこえーよ! どれだけサイコパスなんだよ! ていうか告白の文言が微妙に編集されてんじゃねーか!!」
「あらヘタレなのは分かってるわ、だからこの告白じゃない?」
「は!?」
「だって、ご主人様ってこういう「女の好きなキャラやシチュエーション」を鵜呑みにして本当にやりそうじゃない?」
「ありうるね! 確かにやりそう! フィクションだからいいのにね!」
「ね? 間違っていないでしょ?」
「…………」
「…………」
「いやいや! 違うだろ! あの話の流れは今回の作戦とかの流れでしょうよ! というかもうさ、中尉に絶対に部屋から出るなって言われて! 暇なのはわかったから! 暇つぶしにその例の台本でも書いててよ! 今小説がいいところなの!!」
とギャーギャー騒ぐ2人。
そう、見てのとおりセレナは無傷である。
つまり神楽坂は嘘をついている。
今回神楽坂が宰相に対して本当のことを言ったのは実はたった一つだけだ。
それは神の力を使ったという事だけだ。




