表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/238

第58‐3話:起死回生・一発逆転・××篇 ~無能の武器~ ③




 クォナは敬虔なウィズ信徒であり孤児院を運営しているとは先に述べたとおり。


 クォナは孤児院の運営については「寄付」という形で運営している。


 これが通称クォナ基金、クォナの忠誠を誓う騎士たちはもちろんのこと、ラメタリア王国を始めとした属国の有力者も寄付を惜しまない。


 慈善家というアピールにもなり寄付した分の税金も免除、しかもシレーゼ・ディオユシル家に近づくこともできる一石三鳥の策だからだ。


 そしてクォナは寄付金を基に財団法人を設立、経営を一元化、衣食住の保障と学校へ通わせ1人立ちするまで面倒を見る。


 金が絡むため、寄付金を1年で使い切らない場合は、寄付してくれた額に応じて返金している徹底ぶりだ。


 クォナは運営については自分の手で行いたいらしく、こうやって属国巡りを定期的に行い視察にくる。


 先述べたとおり、エアド・ベグーソーはクォナの施策によって孤児院出身で我が国の高等学院に通い、現在は自国のクォナが運営する孤児院の一つの職員として奉公している。


 そして同行するにあたり、エアドは飲み物の管理を任せられているらしい。


 自分の口にするものをどうしてそんな人物に管理させるのだと思うが、クォナは「彼を許し、信じた」からだそうだ。


 当然クォナの飲食物に毒物混入の可能性が高いから既に、神楽坂とは違う監視班を組み既にエアドを見張らせている。


 それにしても、言い方は悪いがこういった自業自得の部分もある今回の依頼をこちらで引き受けるのは単純に原初の貴族の不興を買いたくないからだ。


 原初の貴族は恐ろしい、何が恐ろしいのかというと切り崩すことはできてもその切り崩した部分が即座に自己修復される点にある。


 規則を人の上に置くという徹底ぶり、元は個人の力でウィズ王国を支えていたのだが時代の変遷によりやり方を柔軟に変えて、今は組織力で支えている。


 この制度は結局ラメタリア王国では国民の徒の親和性を維持するため実現できなかったものだ。


 そして何より、敵に対しての冷酷非情も徹底している。下手な手加減は相手を付け上がらせるか、怒らせるだけだからだ。


 故に原初の貴族の最も上手な付き合い方は敵にならないことだ、クォナのことを陰で助けていることも特に当主に対して効果的だからこうやって便宜を図りポイントを稼いでいる。


――【閣下】


 神楽坂監視班から連絡が入る。


「なんだ?」


――【神楽坂が禁書庫に入室許可申請をしているそうです】


「禁書庫?」


 ラメタリア王国の禁書庫、名のとおり立ち入り禁止であるが、中には機密に関わるものは置いていない。稀少価値がある本や資料があるから入室を制限している場所だ。


 その中の目玉は、ファムビック王とリクス王の両方のサインが入った無条件降伏の調印文書である。


 まあ好きにさせておくか。


「許可をすると担当官に伝えてくれ」


――【分かりました】


 そこからの神楽坂の行動は、流石に奇行には走らないが、書庫に陳列されている歴史的遺物、やはり無条件降伏の調印文書に鼻息荒くして大興奮していた。


 とこんな感じで好き勝手やって、駐在官としての実務ではセルカ街長に丸投げ状態、政治力も無ければ人脈も無い。


 出世に興味が無いのは構わない、出世が無条件な善ではないし、向く向かない好き嫌いといった質もある。現に修道院出身だって現場に生きがいを見出してそこで文官や武官としての生涯を捧げる人物だっている。


――「使えない」


 というシベリアの言葉がよぎる。


 今は平和な時期ではあるが、それでもウィズ神はウィズ聖大祭を通じて国民に、教皇、枢機卿団には常に啓示を与え君臨している。そして神の奇跡、神話もまた現段階においても紡がれている。


 そういう意味において神楽坂は無能であれ神の加護を得ているのだ。


「ただ、なんだろうな、この違和感は、矛盾と言っていいのか、シベリアではないが、神の力というものにこちらも向こうによって都合のいいように考えていないか」


 それが最初からずっと付きまとっている、この違和感が何処から来るんだ。


 思い出せ、おそらく自分は何かを見落としている。そしてもうその見落としは目の前にある、目を凝らしてよく見ればそれが見えてくるはずだ。


 まず一番大事なことは神楽坂は有利な状況ではない、むしろ著しい制限がかけられている状態で不利な戦いを強いられているという点だ、原初の貴族の後ろ盾も無ければ、クォナ嬢の友人が「限界」なのがその証拠だ。


 クォナの友人たちも多数入国しているが、その友人たち1人だって使えない。


 何故ならそもそもクォナの友人同士で連携は取れるようで全く取れていない、これはシベリアが言ったとおりだ。複数人に頼んだ時点でクォナが頼むと彼女への忠誠心が功名心に変わるからだ。


 当然神楽坂はこれも理解している、つまり奴は孤軍奮闘状態で……。


「っっっ!!!!!」


 ここまで考えたところで電流が走り、急いで監視モニターを見る。


――【はあ、おおう、おうぅう~、リクス王だけじゃなくて原初の貴族の始祖たちが全部連名で名前が入っているのか~、はわ~、お! シレーゼ・ディオユシルって書いてある!これを書いた遠い子孫の1人がクォナなんだなぁ~、やば、なんか涙出てくる、グスッ】


 と恍惚な表情で調印文書に目を落とす神楽坂が映っている。


 そうだ、孤軍奮闘、クォナの友人としての協力が精いっぱいなら答えは一つじゃないか。


「やっとわかったぞ!」


 机に備え付けてある魔法器具で急いでユラネダ男爵に連絡を繋ぐ。


――【なんでしょうか?】


「急いで調べてほしいことがある!」


 そうだ、思えばどうしてこの結論に至らなかったのだろう。



「この神楽坂イザナミは偽物だ!!」



「よく考えれば簡単なことだった、気づくのが遅すぎだ、確かに神の力に惑わされていたな」


 調査を命じた次の日、執務室で宰相は報告を待っている。


 そう簡単な話なのだ、孤軍奮闘であるにもかかわらずこうやってグウタラしているのは、待っているんじゃない、今この時間も奴は動いているのだ。


 そもそもこんな露骨な挑発をして自分がそれに乗る筈がない、そして向こうもそれが分かっている、だからこそ繰り返すのだ、露骨な挑発から「何かが起こるかもしれない」と疑心暗鬼を生ず為に。


 さて、それがどうして偽物と結論付けられるのか。


 神楽坂が神の力を使うようにお願いするのならば、どんな内容をお願いするのかという点を考えると見えてくる。


 神が人の制約がかかった状態で出来ることは限られる。


 そして歴史に名を残した傑物たちは神の力をどう使っていたのかもちゃんと記録に残っている。


 その方法は、神が人間の世に顕現する方法を使う。つまり人の姿に「化けて」顕現するのだ。化けると言っていたが、別人に扮することも出来るし、人の視線を「誤魔化している」とも言われている。


 となれば答えは一つだ。


――【閣下、調査終了しました、し、信じられません、本当に……】


「それが真実だ、報告しろ」


――【エアド・ベグーソーなる人物は入国しておりません! 入国者リストにはありますが、リストにあるだけです!】


「よくやった! 入国審査官はなんと言っている?」


――【それが、ちゃんと審査したと、なのに書類が一つしかないと、紛失ていないのにと、意味不明なことを】


「いや、それが真実だ、審査官にはそれで良しと伝えろ」


 よし、答えは出たぞ。


「エアドが神楽坂イザナミだ!!」


 つまりこういうことだ。


 まずエアド・ベグーソーを入国者リストに加えるが、彼自身は出国をせず自国で留守番を命じる。


 入国者リストの提出は当然原初の貴族と言えど入国審査をするが、神楽坂イザナミが1人2役をこなした上で入国、これで枠が一つ余る、神楽坂はこの枠を使って動いている。


 そして神楽坂はエアドとして動き出す。問題なのはどう動くかだ。


 ここで友人であるクォナ嬢に注目してみる。当然今回の神楽坂の来訪目的を知っている。彼女もまた、滅私奉王の一族、当然王子の意向に沿わないのはありえない。だから当然このことを知らないのはありえない。


 つまり……。


「例のストーカー事件は狂言だな!」


 クォナが危ない、こういえば自分が断るのはありえない、仮にあの時点で私が見抜いていたとしても、断ることなどありえない。


 何故なら万が一本当の可能性があるからだ。クォナ嬢にそれこそ傷一つでも負わせれば、こちらの大失態で、当主ラエル伯爵も相当に敏感になっている。



 そしてこれが、神楽坂の狙いだ。



 つまりこの狂言の事件を本当に最後まで通すのだ。


 神楽坂イザナミ扮するエアド・ベグーソーがクォナ嬢を傷つけるというを監視班の前で行うことで自分の失態を「演出」する。


 そこからが本番だ、神楽坂はクォナ嬢が傷つけられたことを言葉を弄し政治問題に発展させ原初の貴族、いや、ここで出てくるのはおそらく。


(フォスイット王子!)


 この失態でウィズ王国に対しての自分の動きを封じ、エンシラ王女を中心とした外交を展開させ、自分をそのサポートにつかせる。そして王族の人員不足を理由に決まりを変更し、とにかくまず王族の数を増やし、対策を練ってくるのだろう。


 まさに起死回生、一発逆転の物語、そう演出された物語を作るつもりだ。


 当然これは自分に止められてしまえばそれまでだが、おそらくそれは不可能だろう。


 神楽坂はあの戦闘民族ボニナ族と一戦交え勝利したという情報が入っている。それ以外にもマフィアの一団を単独で撃破したりと異国の剣術を使い、人並み外れた腕を持つ、これは神の加護を得たのだろう。

 だが今回は傷つけたと演出すればいいのだから、手段は何だっていい。飲料の管理責任を任せされているというのも、手段の幅を広げるためか。


 そして当然神楽坂は私がここまで読むことも想定している。そして自分の手の届かないところでは私に抗弁されて逃げられることを考える、となれば次は当然。


――【閣下、朗報です。たった今、エアドがクォナ嬢が飲む飲料に混入している状況を確認、後に簡易鑑定を行ったところ毒物と判明しました、これで証拠が押さえられました】


 当然こう来る、証拠を掴み捕まえられる状況に持ってきてクォナ嬢を傷つけれられたら言い訳出来ない状況に持ってくるわけだ。


――【閣下、これで監視班にエアド制圧を】


「いや監視班はそのままにしておけ、それと特別武闘部隊を一個小隊の出動命令をかけろ、その小隊にエアド確保を命じる」


――【え! 1人にですか!?】


「そうだ、いいか、監視班に特別武闘部隊の出動命令については伏せておけ、それとこれより監視班は私の指揮から切り離す。監視だけに専念すればいい、私が指示した事項は今後も徹底せよ、それと特別武闘部隊の執行については私が指揮を執る」


――【り、理由は?】


「今は言えない、だがここが正念場だ、神楽坂イザナミに勝てば格付けが終わる。一度負ければもう二度と勝てない、こういった読み合いの勝負では格付けが済んでしまうと、今後の読みに影響してくる。だから奴も必死だ」


――【わ、わかりました!】


 通信を切る。ここで視線をモニターに移す。


――【うひょよーいい、これがラメタリア王国の秘蹟! ああ! 本当にクォナ嬢に感謝だよな~!】


 と我慢できなくなったのか、禁書庫でで小躍りをしている神楽坂が見えていた。


 そしてモニター黒く暗転した時、映ったわずかな自分の顔が笑っていることに気がついた。


 そうだ、もうここまで来れば結論を出せる。


「神は神楽坂イザナミの指示に従っている! 神楽坂は前者! リクス・バージシナ、アーキコバ・イシアルと同じ、神に認められた傑物だ!」


 今の策は明らかに神の力の制約を理解した上で策を練ってきている、ただそれだけで傑物とは言えない。


「アイツは「無能の武器」を躊躇なく取れるんだ!」


 無能。


 この評価を受けたものは、他人から侮られてしまい軽く見られる、一見して損しかない評価、だがこれを「策」として組み込むとある最大の武器を得ることができる。


 それは油断。


 油断は恐ろしい、下手をすると致命傷を負いかねない程の危機的状況を招く。今までそれで何人の人間が敗北した姿を見たか分からない。


 油断すると人は思考停止をする。相手が下であるから自分の上を行くはずが無いと、根拠もないくせにそう思い込んでしまう。


 思考停止した人物を相手すると考えれば如何に容易いかは分かるだろう。


 だがほとんど、いや全ての人間は油断を引き出すために無能を装うことを選択することができない、それはそうだ、人はどうしても自分を高く置きたがる、これは人である以上どうしようもない思考、本能と言い換えてもいい。


 その証拠として無能との噂を流しているのはモスト息だ、モスト息は有能だ、間違いなく、修道院首席は伊達ではない、成績操作の噂もあるが、そんなものは噂だ。


 だが彼にとっての有能とは能力ではなく「自分に付き従い気を利かせて引き立てるイエスマン」だ。神楽坂の無能はつまりその逆にすぎない。自分に従わず引き立てず言うことを聞かない、ただそれだけ、だがモスト息は本気で神楽坂が無能だと信じているのだ。


 だから能力はずば抜けても劣化コピーと揶揄される、確かに今回の件で敵がモスト息だと想定すると、こんなに楽な状況は無いと思う。


 そう考えれば今自分が宰相としての地位を維持できており地盤を拡大が出来ているのは、その油断の恐ろしさを知り、どんな相手でも周りが呆れるほどの策を巡らせたからだ。


「何が無能だ、あの身上調書も、あれは調書なんて呼べるものではないただの中傷だ。となると修道院が最下位というのも怪しいものだ、神の加護を得ているのならば、大した問題ではない。現にアイツの胸には、4つの勲章が並んでいるではないか」


 そして神楽坂は自分がまだ見破られていると思っていない。


(だがここで見破ったと油断しないこと! 神楽坂はそこまで読む!)


 神楽坂は、その間隙をついてくる、自分の推理が決まり気持ちいい、他人より優れる、武勇伝、デカい口を叩けるというのは誰もが分かる甘美な響きだ。


(全ての人間に宿るナルシズム、神楽坂はこれを利用する! こっちが見破った、見破られないと思っていないことを「有利」と捉えることが油断なのだ!)


 つまりやることは変わらない、だからこそここで「エアド・ベグーソー」を捕まえて、差し出せばいい、依頼を達成すればいいのだ。



――「閣下、エアド・ベグーソーを確保しました、どうしますか?」


 2日後、特別武闘隊隊長から報告の無線が入る。制圧自体は簡単だった。1人になった時に不意打ちだ。


「画面に出せ」


 どこかの暗い倉庫だろうか、気絶したエアド・ベグーソーがいる。これが神楽坂か、確かに魔法はあくまでも「自分が見ている風景」をそのまま映すのだから、こうやって姿が変わって映るのか。


 しかも神の力でカモフラージュされていれば見破るのは不可能だ。なるほど、完璧な変装ということなのだな。


「殺してはいないだろうな?」


――【無論です、動けなくなる程度に痛めつけただけです】


「よし、クォナ嬢の客人であることに変わりはないからな。ふむ、そのまま殺さず長期療養を要するほどの怪我を負わせる、可能か?」


――【可能です。その後はどうしますか?】


「最終的にはシベリア殿に引き渡すから、そっちの話はこちらで進める、指示があるまで待て」


――【了解】


 すっと画面が消える。


「ふう……」


 執務室で一息つく。かなり激しく抵抗されてそれなりに手こずったようだが、無事エアドは確保した。


 無論部隊の指揮は全てこの場においても自分は外に出ない、敗北した神楽坂イザナミの前に黒幕として登場、自分の推理をベラベラ述べる勝ち名乗りを上げる、絵にはなるがなんとも馬鹿らしい。


 この「油断」すらも奴は利用されかねない、ここで一番怖いのは開き直りだ。今ここに至って自分の頭がかき回されるとは思わないが、それでもされないとは思わない。


 クォナ嬢に引き渡すまで、自分はあそこには行かない。


「神楽坂、悪く思うなよ、まさか暴力を使うのが卑怯なんて甘いことは言わないだろうからな」



「ありがとうございます、ご迷惑をおかけしました」


 報告を受けて執務室でほっと胸を撫で下ろすシベリア。


「なんてことありません、それとエアドについてですが、命に別状はありませんが長期の療養を必要とする程度に痛めつけました、それでよろしいですか?」


「はい、問題ありません、これで懲りたと思いたいですね」


「身柄の引き渡しについてですが如何しますか?」


「早急にクォナから離したいと考えています。エアドが「不慮の事故」で大怪我を負ったと知ったら、看病をすると言い出すかもしれません。ですから彼を治療するために自国の名医に診てもらうという名目を使いたいのですが、出来れば即日許可を……」


「分かりました。即日出国許可を出しましょう、それでは2時間後に城の裏門で落ち合いましょう」


「はい、その時にクォナと一緒に参ります。それと不慮の事故の内容は?」


「あまり捻ってもしょうがありません、暴れ馬に撥ねられて叩きつけられたではどうですかな?」


「そこが落としどころですね、閣下」


「なんでしょうか?」


 シベリアは立ち上がると深々と頭を下げる。


「今回のことは当主様に全て伝えておきます。これからも当家との付き合いをよろしくお願いいたします」


「はい、こちらこそよろしくお願いいたします」



「う、うう……」


 今自分の目の前にはうめき声を上げるエアドがいる。内臓に損傷が無い状態での複数個所の骨折、上手に半殺しにしてくれているのは流石プロだ。


 まあ本当ならそれこそ不慮の事故で葬っても良かったが、国賓という理由もあるが葬ろうとすると神の不興を買いかねないからな。


 ちなみに神楽坂の偽映像はエアドが半殺しになり治療状態、事実上の「身柄拘束」となったものの、ずっと神楽坂は消えずに残り続けた。


 まあここで急に消すことはできないだろうし、神の力も解かないだろう。もしここで正体を現せば不利になるのは向こう、ここが向こうの最後の「意地」だろう。


 さて、これからがエアドの出国を待って今度はこちらから仕掛けさせてもらう。神楽坂を痛めつけたのは、それでも彼に自国に残られていては厄介だからだ。次の奴の手は読めている、今度は敗戦を利用してくるだろうからな。


「ユラネダよ、エアドの出国を見届けてから分かっているな?」


「はい」


 そう、エンシラ王女、今回の敗北のツケは貴女に支払ってもらいますぞ。


 ここまで考えた時に、裏門付近の扉が開き、クォナ嬢がシベリアを伴って入室してきた。


「おや、セレナ殿とリコ殿は?」


「え、ええ、ちょっと2人とも体調を崩してしまって」


 何処か顔色が悪いクォナ嬢、どうしたのだろう。


「体調ですか、良い医者を知っておりますぞ」


「え、ええ、ありがとうございます、その時は、よろしくお願いいたします」


「…………」


 むしろクォナ嬢の方が医者が必要ではないかと思いながら、クォナ嬢はエアドが寝ている担架をに視線を移す。


 彼女はそのまま一歩も動けず立ち尽くしていた。


「?」


 ん、なんだろう、目の前の光景がよく呑み込めていないようだった。それは隣に控えているシベリアもそうだったようで。


 なんだろうと思って担架に視線を移すと……。


 自分もその光景を見た時、同じ顔をしていたのだと思う。


 目の前には……。




 ボロボロになったセレナが横たわっていた。





「セ、セレナ?」


 ふらふらと現実感の無い足取りでセレナに近づく。


「セレナ! セレナァァ!!」


 目の前にいるのがセレナだと認識すると、涙を流しながら縋りつくクォナ嬢、セレナはぐったりとしている。


「シベリア!」


「は、はい! ●▲▼▽××▽■」


 魔法言語を唱えたシベリアが魔法の力に包まれて、すぐに回復魔法をセレナにかける。ここでやっとセレナの顔色が少し良くなり、目を開ける。


「ま、ますたー……」


「どうしたのですか!」


「わたしにも、よく、い、いきなり、さらわれて、あとは……」


「ああ、なんてことっ!!」


 ぽろぽろと涙を流して嘆き悲しむクォナ。


「どういうことですか」


「え?」


「なんのつもりですか! 私の友達を!」


「…………えぇ?」


 首をかしげるしかない。


 なんだ、何が起きている。どうして横たわっているのが神楽坂ではなくて、セレナなんだ。


「い、いえ、その、あの」


 ふらふらとユラネダに視線を移す。意味が分からない様子も呆然と首を振っている。


「セレナは、昨日から行方不明になっていたんです! 何か屈強な男たちに! さらわれたと! もう、どうにかなるぐらい心配して! リコに探させて! その時にエアドさんも不慮の事故で大怪我をしたと聞かされて、連れてこられたら! セレナが! セレナがぁ!」


「マスター!! 落ち着いてください! まずは自室まで運びましょう!! 骨が5本ほど折られています! 痛みで意識がもうろうとしている状態! ここは魔方陣を描いて増幅しないと!」


 そのままクォナと2人で担架を運ぼうとするから、手伝おうかと近づくが、シベリアに睨まれる。


「どういうつもりかは分かりません、ですがマスターにとっても私にとってもセレナは親友です、エアドの件はもう結構、こちらで好きにやらせてもらいます」


 と静かに怒りを込めた2人が後にした。



「…………」


 何が起こっているのかわからないまま、ユラネダと共に自身の執務室まで戻ってきた2人。


 まさかと思いつつ、神楽坂ことエアドの資料を見る。


「…………」


 やはり呆然とするしかなかった。いわゆるエアドの映像に関する部分が最初からセレナになっていたのだ。


「か、閣下! 私は!? まさか!」


 ユラネダ男爵が顔面蒼白になり、こめかみを押えるユラネダ男爵。


「落ち着け! 私も、落ち着くから!」


 目を閉じて、必死で落ち着かせる、大丈夫だ、いや、大丈夫ではないが、冷静になれ、ここでパニックを起こしてしまっては、状況は悪い方に行くばかりだ。


 そうだ、エアド・ベグーソーは入国していない、これは正しかった。


 次に自分の読み間違い、これは明らかだ。


 だ、だが、確かにこれは想定していなかった、だから読み間違えたのだけど。


 そう、そうだ、これはそもそも大した問題ではない、もっと大事なことは……。


「閣下! 私は大変なことに気が付きました!」


 考えていると熱を帯びた口調で両肩をぐっと掴まれる。


 なんだ、今考えをまとめている最中なのに、だが大変なことか、なんだろう、今は少しでも情報が欲しいからと目を開けると。























 自分の両肩を掴んでいるのは神楽坂だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ