表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/238

第58‐2話:起死回生、一発逆転・××篇 ~無能の武器~ ②



 クォナが到着した夜に開かされたラメタリア王主催の社交界は無事終了し、ワドーマーは今日のクォナ来国についてのとりまとめ作業をユラネダ男爵と共に終えた。


 無事クォナの受け入れも完了、今回の彼女の主な行程は孤児院の視察と運営事業会議への出席、先ほどまでシベリアと行程に際してこちら側の要望と向こう側の要望をすり合わせて終わった


 原初の貴族は来国することも多いから、受け入れマニュアルは出来上がっているし、本来ならそこで終わりではあるが、今回の宰相の緊張感は尋常ではない。


 社交界の出席者、クォナ嬢側からは彼女と侍女3人組の筆頭とした上級使用人及び騎士たちの中で上流にカテゴリーされた人物が出席した。


 そして神楽坂イザナミは身分は庶民ではあるが、サノラ・ケハト家の後ろ盾を得ているから上流にカテゴリーされている。



 だが彼は出席しなかった。



 さて、その間何をしていたのか。ワドーマーは自身の机に設置してある魔法器具の画面を見る。


――「秘技! デスロール!」


 神楽坂の監視班から提供されている神楽坂の映像記録、そこには城の風呂の中でぐるぐる回っている神楽坂の姿が映し出されている。


 現在神楽坂は10人体制で交代で監視されている、それも素人達ではない、宰相選りすぐりの人物たちだ。


 何をしていたのか、見てのとおり社交の間中、風呂に入っていたのだ。


 本人曰く、社交の時間の間は風呂に入る人物はほとんどいない、こうやってほぼ貸し切り状態で入れるからという理由で社交界出席を断ったのだそうだ。


 そして現在は。


――「フンフンフンフン!!!!」


 今監視班の目の前で繰り広げられている光景。それは城の柱に思いっきり抱き着いてもの凄い勢いで頬ずりをしている。


「…………」


「そ、その、風呂に上がった後は終始こんな感じで」


 監視班の班長を務めるユラネダ男爵が報告する。


――「フンフンフンフン!!」


 続いて窓に思いっきりベタベタと触って指紋をたくさんつけたと思ったら、はっと我に返って汚してしまったと思って制服の袖でキュッキュと拭いている。


――「●〇▼◇◇■◆▲▼〇」


 急に魔法言語を唱え始めた。動揺したのか監視班が「まさか!」「あいつは人間のはず!」「神の力で使えるようになったのか!」と監視映像が動き慌てている様子が見て取れる。


――「ソルグリーム・ブローズクホーヴィ!!」


 手をバンと前に突き出すが、その手からは何も出てこない。再び魔法言語を唱えると今度は違うポーズで色々と試している。人の気配を察知するとパッと元に戻り、そのまま普通に過ごしている。


「…………」


「ひ、一人遊びかと」


 無言でいる自分を怒っていると勘違いしたのか弁明するかのようなユラネダ男爵。


「今奴は、何をしている?」


「それが、その、ふ、風呂に入っております、これで、3回目です」


「露骨すぎるな」


「え?」


「これは監視されていることが分かっているというアピールだ、まあ当然か、奴ならこれぐらいは想定してくるだろう」


「どうしますか?」


「どうするといったことは必要ない」


「え?」


「これは露骨な挑発だ、いいか絶対に油断するな、監視は絶対に怠るな、そして何があっても絶対に手を出すな、この三つを毎日監視役に繰り返し伝えろ」


「…………」


「どうした?」


「その、どうしてそこまで気にされるのですか?」


「神楽坂イザナミの目的は、神の力を使い、私の頭をかき回し、王族復興のために尽力させることにあるのは分かっているな?」


「はい」


「となれば、神楽坂は今、神の力を使える状況を作り出そうとしている、この動きはアピールもそうだが、布石だと判断していいだろう」


 神の力についてまだわかっていないことも多い。ただその力自体は無敵ではあるが、人の世界に落とすには相当な制約がかかることは判明している。


 だからこそ加減を間違えると廃人になる。そしてその加減はおそらく神でも難しいことなのだろう。


 神の力が本当に自由自在に変幻自在に使えるのなら、統一戦争は半分以下の長さで終わったはずだからだ。


 だから神とて理性がありむやみに使ったりはしない、それはそうだ。神とて全知全能ではない。秩序が崩壊するし、無秩序に使うのは邪神ぐらいだ。


 神楽坂が神に対して力を使ってくれと頼めるとしても、その頼みを聞くか聞かないかは当然神が決める。


 だから神楽坂が目指している状況は「神が納得した上で自分の頭をいじって問題ない状況」持ち込むことだ。


 先ほどのリクス王の例にとってみても、神の力は「ここしかない」というタイミングで使っていたと記録に残っており、そして神聖教団の教主アーキコバも同様であったという。


 だからこそ、今我々がすることは徹底した専守防衛なのだ。


「…………」


 ここまで説明して何やら考え込んでいるユラネダ男爵。


「閣下、神楽坂は「どっち」だとお考えなのですか?」


「……それが一番の肝だ。それを読み間違えると、我々の頭がかき回されるかもしれない」


「…………」


「いいか、不安になると向こうの思うつぼだ。今日はもう休め」


「はっ」


 とユラネダ男爵は部屋を後にする。


 その後ろ姿は不安げだ、無理もない。神楽坂の行動の意図が読めないからだ。


 だが神楽坂の目的は読める。それは「一発逆転、起死回生」だ。


 そんな都合のいい出来事は存在しない、あったとしてもそう演出されているだけだ。そして神楽坂はそれも百も承知している。だからその「一発逆転、起死回生という物語」を創作するために「神の力が必要」であるのだから。


 だから神楽坂に対しては徹底して放置することだ、相手をしないこと、好きにさせておくことだ。


 現状維持でいい、自分の一族が王国に君臨するのは自分の世代である必要はない、自分の跡継ぎたちも順調に育っているからだ。


 それに今の自分からすれば神楽坂が持つ神の力よりも彼の後ろ盾であるサノラ・ケハト家、友人のクォナ嬢のシレーゼ・ディオユシル家、外交担当のカモルア・ビトゥツェシア家の方が恐ろしい。


 クォナ嬢も人気があるから彼女の意思と関係なく政治的立場がお膳立てされる形になっているし、なにより当主から溺愛されている。もし彼女に何かがあれば、あの当主が政治的な思惑抜きで出てくるだろう。そうなれば相当に引っ掻き回される。


 そんなことを考えていた時に、コンコンというノックをする音が聞こえる。


「ん?」


 ユラネダ男爵だろうか、何かあったのだろうかと思ったが。


「ワドーマー宰相閣下、よろしいでしょうか、シベリア・メネルです」


(シベリア?)


 確か打ち合わせはもう終わったはずだが、となるとこの来訪は。


 再度ワドーマーは神楽坂が写っている監視映像を一瞥し、画面を仕舞いこみ。扉を開けるとシベリアが立っていた。


「夜分遅くに申し訳ありません」


 彼女の表情を見て用件を察する。


「トラブルが発生いたしました、また閣下の尽力を賜りたく参上しました」



「どうぞ」


 ワドーマーはシベリアにお茶を淹れる。ここに使い者など呼ばず、ラメタリア王国最高幹部の1人が上流に名を連ねるとはいえ使用人と向かい合わせで座りお茶を淹れることがワドーマーの返事である。


 文字通りの「茶番」ではあるかもしれないが、これが暗黙の了解であった。


「いつも閣下には感謝しております。本来ならマスターが赴くのが礼儀だとは重々承知しておりますが」


「それは言わないでください、礼儀をちゃんと理解されている方だとこちらも理解しております、その上で「そういう事態に無い」ということは察することができます」


「感謝いたします。お察し頂いたとおり、マスターの件についてです」


「ふむ、またクォナ嬢に偏執的な好意を寄せる人間がいるのですな?」


 宰相の言葉に悔しさをにじませるように頷くシベリア。


 深窓の令嬢、上流の至宝、ラメタリア王国にも熱心な信奉者がいるクォナ嬢ではあるが、当然のように異性絡みのトラブルが存在する。


 告白して降られて逆恨み、偏執的な思い込み、男の黒く身勝手で陰惨な感情、相手の命も奪うこともある恋愛感情に似たナニカだ。


 セレナを筆頭とした3人組中心となってトラブル処理にあたっているが、対応しきれない場合があり、特に外国ともなればクォナ嬢側から見ると治外法権になるため権力を使うのに著しい制限がかかってしまう、故に極秘にこうやって接触してくるのだ。


 そしてこうやって身内の恥ともいえる部分をわざわざこう話すという事はある事実を指し示す。


「誰がクォナ嬢を狙っているのかは見当がついておるのですな?」


 シベリアは返事をすると犯人の名を告げる。


「エアド・ベグーソー」


「エアド・ベグーソー、えーっと、彼は確か……」


 ここであることを思い出して宰相は言い淀む。


「構いません、彼はウィズ王国人でありマスターが運営する孤児院出身でクォナの騎士になった1人です。元からマスターに熱を上げていたのですが、あくまで友人の一人としてしか扱われないと分かると彼女の気を引くためにストーカー化して、マスターを中傷したり、ついには実力行使にうって出たのです」


「…………」


 いつものこと、というほどの穏やかではない話なのも分かっているが、クォナ嬢のこの手のトラブル処理の相談は初めてのことではない。


 そして本来実力行使に打って出るのならば排除してもよさそうだが、実際に実力行使に出た後に、謝罪するエアドをあっさり許した上に、これからもよろしくと、今回の警備に名乗り出た際に許可をしたらしい。


「マスターは優しすぎるのです、それで何度も痛い目に合っているのに……」


「ということは今回もこの依頼については」


「はい、マスターは存じません。つきましては、エアドに対しての身柄拘束及び処分を含めた依頼をしたいのです」


 クォナの危機であるのに、彼女を守る筈の騎士達は使えない。それはエアドが騎士たちの1人であることもあるが、熱狂的な人間は、大義名分を与えると必ず無茶をする。下手をするとこちらにダメージがあるほどに、善意だからこそ余計に質が悪いのだ。


 それに原初の貴族の依頼は元より断ることはできない。


「分かりました、当然依頼は引き受けますが……」


 表情の変化を感じ取ったのだろう、シベリアが話しかけてきた。


「何か問題でも?」


「いえ、問題というより単純な疑問ですが、神楽坂中尉は頼らないのですか?」


「っ!」


 神楽坂の名前が出た瞬間、シベリアは顔を強張らせる。


「…………」


 シベリアはすぐに答えず逡巡する、言おうか言わないか迷っている様子だったが、意を決したようで発言する。


「不安に思われるのは当然です、自国に神の力を使えるかもしれない人物がいれば……」


 ここで再び悩むシベリアだったが、ため息をつくと話し始める。


「閣下、ここだけの話、私たちはクォナに近寄る男たちは身上調査をしているのですよ。そして神楽坂中尉の調査についてなんですが、結果の神の繋がりは確実にありますと断言できます」


「…………」


「できますが、神の力というインパクトに皆が騙されているのです」


「といいますと?」


「使えないということです」


 バッサリと切るシベリアに目を見開く宰相だが場を取りなして会話を続ける。


「……色々と噂は聞いております。ですがアレはサノラ・ケハト家の次期当主の不仲が原因にあると」


「私たちも最初はそう考えていたのですが、実際に調べてみて、そして会ってみてわかりました。要は「神にとって操りやすい人物」であるということですよ」


 ここでシベリアは懐から身上調書を差し出す。


「これは……」


「私たちが作った神楽坂の身上調書です、メモを取ったり差し上げることはできませんが、この場でお読みいただくぶんには」


 宰相は身上調書じっと見る。


「ここまで見せてくれるのですか?」


「閣下の信用、いえ、信頼を得るためです。今の私たちの状況は決して良くありません、というのはある意味エアドよりも神楽坂中尉の方が厄介だからです」


「厄介ですか?」


「神と繋がりを持っているせいで、相手方に尋常じゃない警戒心や神の力を利用しようとする欲を起こしてしまって、やりづらくてしょうがないのです。この二つの後始末だけでどれだけ労力を割いているか……」


「なるほど、道理ですな」


 シベリアの言葉を受けてパラパラと読み進める。


「ずいぶん辛辣なのですな」


「腹も立っているのです。マスターが優しいのいいことに、仕事をサボって旅行と温泉巡り、今回も立ち入り禁止区域に入れるからとはしゃぎまくって、せめて筋を通す形であれだけ社交界に参加しろといったのに、面倒だからという理由で参加しないし、その理由が誰もいない時間に入りたいからと風呂に入るためですよ? クォナは笑顔で許しているけど、それに付け込んで!」


「…………」


「し、失礼! まあ嘆いても始まりませんからね」


「心中お察します。ならばこちらで対処をしましょう。シベリア殿、要領はいつものとおり、書面で残さず口頭のみ、やり方はこちらで一任、それでよろしいですね?」


「はい、よろしくお願いします」


 とここで一礼してシベリアが執務室を後にした。


 エアド・ベグーソーか。クォナの信奉者であるから頭には入れているが、確かに相当熱を上げているのは知っている。


 だがそれだけで特筆すべき人物ではない、まあ、いつものとおり、証拠を押さえてそのまま処断することになるのだろうが、それよりも……。


――「閣下は、神楽坂を「どっち」だとお考えなのですか?」


 ふと蘇るユラネダ男爵の言葉、どっち、神の力を人間の立場で使うとなると考えられるのは以下の二つ。


 一つはシベリアが言ったとおり神にいいように使われる傀儡。


 使えない無能といった人物に神の力を与えて意のままに操ることだ。


 ここで大事なのは頭の中をかき回して自分の意のままに、という意味ではなく神の力利用したいという欲を利用するという意味だ。



 そしてこの方法を最も得意とするのはウィズ神だ。



 神楽坂は修道院で最下位であり、入学を許可されるだけの能力がない、それが神の力によるものだと考えれば、彼がルルト教徒という事を含め、辺境地への赴任含めてそこからの神の橋渡し役も筋が通る……。


 神楽坂はまさにその黄金パターンだ。


 そしてもう一つのパターンがこれだ。


(神に認められた対等なパートナー)


 神に助けられるのではない、むしろ神の力をそのパートナーが伸ばすことができる。


 こう言うと簡単だが、これは神の方が多大なリスクを背負う、自分の正体をさらした結果、この世に顕現できなくなった神もいるほどに人の業は深い。


 だからこそウィズ神は過去の失敗から学び、そのパートナーを選出するためにシステムを構築した。


 それが教皇システム。


 教皇選という名誉を与え権威を構築、今まで秘匿に秘匿を重ねていた神の接触をあえて公にすることによって手出しができないようにした。


 だが当然のことながら神楽坂はこのシステムの適用外である。


 そしてウィズ神が教皇システムを構築するまで、神のパートナーとなった人物は複数人いる。



 そのいずれも傑物として歴史に名を残している。



「…………」


 宰相は自分の席に戻るともう一度監視モニターに視線を移す。


――「あ゛ーい゛ー」


と神楽坂は素っ裸で風呂の床で大の字になってくつろいでいた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ