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第58‐1話:起死回生、一発逆転・××篇 ~無能の武器~ ①



 ラメタリア王国の巨大な正門、国を国外を隔てる境。


 この正門は普段片開状態となっており常にラメタリア王国の憲兵達が警戒し、自国民や外国人の出入国を管理している。


 日が落ちれば完全に門は閉められ、許可を得ている人物以外通れなくなる。


 そして今、正門の全てが解放され、ラメタリア王国メインストリートへ続く道の中央を大名行列の如く練り歩く一団が入ってくる、その一段の両脇をラメタリア王国の憲兵が場の整理を行い、その住民たちは沸き返っている。


 大名行列の中心部にはシレーゼ・ディオユシル家の紋章が刻み込まれた馬車がおり、窓を開けてクォナが手を振っている。


 その御者台にはシベリアが座り、警戒するための馬車の上部にはリコがにいて、セレナはクォナと一緒に馬車の中に乗っている。


――【クォナ嬢が無事入国、メインストリートを歩み、1番地点から2番地点に向けて進行中、各種警戒に担当する警備兵は気を引き締め、不法行為については躊躇なく権力執行せよ】


 魔法器具のイヤホンから流れ出る亜人種の警備兵の将校からの指示、及びその魔法無線に応対する異常なしとの報告無線が逐一入る。


 その警備無線をラメタリア王国ワドーマー・ヨークィス宰相は自身の執務室で聞いていた。


 その時、宰相が携帯している魔法器具の特殊な信号音が鳴る、宰相だけが使う極秘ライン、発信者は彼の側近であるユラネダ男爵からだった。


――【閣下、神楽坂イザナミの姿を確認、一団の10列目の右即端を徒歩にて進行中】


「来たか……」


 今回のクォナ嬢来国はエンシラ王女からもたされたものだった。本来ならそういった手続きは自分が窓口の筈なのだが、帰国して早々この話をされて手続きを依頼してきたかと思うと来国者リストだけ向こうから手渡してきた。


 その時の王女の顔は、普段の世間知らずの顔ではない、覚悟を決めた人間の顔だった。


 そもそも王女とクォナは特段親しいという訳ではなかった、王子を誑し込むためにクォナを見よう見まねで努力をしている姿がを見たが、それでもビジネスの関係を出なかったはず。


 となればこれ見よがしに渡された入国者リスト、おそらくと思いながら一番に確認したのは彼の名前だった。


 神楽坂イザナミ。


 王立修道院文官課程第202期卒、文官中尉、ウルティミス・マルス駐在官、修道院時代の成績は……最下位。


 そして神に願いを叶えてもらうことができる人物。


 彼が一番最初に注目されたのは、ウィズ教のモーガルマン教皇が修道院卒業生たちの業績を報告する最終報告会にて姿を現し、神との橋渡しをした人物として彼を評価したことに始まる。


 その評価に懐疑的な者も多かったが、アーキコバ物体の謎の解明とサノラ・ケハト家当主のドクトリアム卿から認められたことにより劇的に変化する。神楽坂自身も彼の「仲間」と呼ぶ連中にもだ。


 あの冷酷な暴君に認められた人物。


 そして今の彼の来訪は……。


(まず間違いなく、王子の息がかかっている)


 エンシラ王女がフォスイット王子に近づき誑し込もうとしている。現在それが成就寸前、もしくは成就した状態にあることもだ。


 当然彼女の接触目的は王族復権のためだ。


 だがここで当たり前の事実が存在する。


 ウィズ王国王子としてラメタリア王国王女として助けることはありえないということだ。


 だからこそ王女の行動はウィズ王国の怒りを買うだけ、下手をすると報復も考えられる行為、自分のしていることがそれぐらい危ないことだと自覚しないで突き進んでいた。


 これは自分の長年の布石が実った形、この証拠を掴んだ時点で、王籍剥奪の発議に使えると思っていたが……。


 神楽坂イザナミが城に呼ばれたという情報があった時点で予感はあった。


――ウィズ王国王子としてではなく1人の男としてエンシラ王女の願いを叶えたいと考えるのなら。


 そこまで考えていた時、扉をノックする音が聞こえ、誰であるかを察したワドーマーは「入れ」と答え、中年男性が入室する。


 彼はワドーマーの腹心中の腹心、ユラネダ男爵だ。ユラネダは入室しワドーマーに一礼する。


「閣下、長年の布石がいよいよ実る時が来ました。たった今、情報が入りました、エンシラ王女の件、フォスイット王子が思いを告げる形で見事に成就、恋仲となりました」


「…………」


「さて、これで王女が王権復活の為にウィズ王国に働きかけ証拠を押さえた時点で、原初の貴族2門を巻き込んでの王籍剥奪の発議を行いたいと思いますが、その点について」


「いや、もうそれはいい、失敗したからな」


「…………は?」


「それはもう使えないと言ったのだ、状況が変わったからな」


「な、なぜです! いくら何でも急すぎます!」


「急ではない、神楽坂が今クォナ嬢の付き添いでここに入国している時点で、フォスイット王子はエンシラ王女の全てを知っていると判断できるからだ」


「な、何故です!?」


「少し前に神楽坂が我が国に出張目的で来国したのは知っているだろう」


 神楽坂の出張、一見して遊んでばかり、まあ旅行と風呂が大好きだという情報は仕入れてあるから、かこつけて遊んだのは事実だろうが、目的ははっきりしている。


 それは、自身の行動をスパイに知らせ、自分のところまで「来国している」という情報を届くようにしたこと。


 自分が見張られていることを前提にしてシレーゼ・ディオユシル家の関係者として匂わせて入国、観光客を装って手当たり次第に色々と話してこれ見よがしに自分の行動をアピールしている。


 そして神楽坂の望みどおり、自分がそれを知ることになり、帰国して入れ替わるように帰国した王女が即座にクォナ嬢を国賓として招くように手続きを依頼し、その来国リストの中に神楽坂の名前があった時に確信した。


「おそらく観光以外に「神の力を使ってなにかをした」のだろうな」


「な! か、か、神の力を!」


 慌てて自分のこめかみに手を当てて「頭の正常の有無」を確かめるユラネダ男爵。


 神の力を目の前にして、利用しようと欲を出すのは小者だ。自分や目の前にいるユラネダ男爵とっては神の力は恐れるものだ。


「閣下! もし神楽坂が神の力を使ったのならどうすれば! 神楽坂はサノラ・ケハト家の保護を、そしてクォナ嬢の友人で!」


「落ち着け、今回の奴の動きに王家やサノラ・ケハト家はもちろんのことクォナ嬢の保護下にあるのも奴のハッタリだ」


「ハ、ハッタリ?」


「神の力は恐ろしい、だが神楽坂は神の力を使うようにお願いできるだけであくまで我々と一緒の人間だ、ただ普通の人間と違うのは神の力を利用しようという小者ではなく、我々と同様恐ろしさをちゃんと理解しているという点だよ」


「つ、つまりは、原初の貴族をバックに神の力を使うという脅しをかけていると、となるとどうしようも」


「違う、神の力を行使する準備も算段もある、私が言ったのは、さっきのとおり原初の貴族の後ろ盾がハッタリだと言ったのだ、分かるか?」


「?」


 理解していない様子のユラネダ男爵。


「よく考えてみろ、そもそもウィズ王国王子としてラメタリア王国王女の為に動けないのなら原初の貴族を動かせない、何故なら王子の相手が本来なら外交問題にも発展する「属国」の王女だからだ」


 宰相の言う事でハッとするユラネダ男爵。


「神楽坂がここにいるのは、フォスイット王子がリスクを冒してまで神の力に接近した結果。その時点で「原初の貴族が動かせない、だから頼れるのは神の力しかない」と自分で言っているようなものだ、クォナ嬢を絡ませてカモフラージュしようとしているのだろうが、あくまで「友人」として通した形なのだよ」


「な、なるほど」


「あくまでクォナ嬢は協力者だ。原初の貴族として我々の脅威になることはありえない、警戒すべきは原初の貴族としてではなく彼女個人と心得よ」


 おそらく今回の神楽坂の動きはサノラ・ケハト家も、シレーゼ・ディオユシル家の当主ラエル伯爵も知らないはずだ。その部分は王子が後で時期を見て話すはず。


「で、ですが、閣下、王族消滅の為に十年以上をかけて……」


「いいか、策を実行するにあたり一番大事なのは引き際だ。どんなに練りに練った長く手間をかけ「愛着」があっても、それらを実行する理由にしてはならないのだよ」


「はい……」


 がっくりと項垂れるユラネダ男爵、まあいきなり割り切れと言っても難しいだろう。


「落ち込む気持ちは私も同じだ。だが、現状を嘆いても始まらない。話を進めるぞ、先に述べた理由から今回の神楽坂の行動には著しい制限がかけられているのは分かるな? それを踏まえて考えてみるぞ」


 神楽坂はエンシラ王女の「王族の復権のため」にフォスイットの王子の依頼でクォナ嬢の協力の下ここに来た。


 だが先に述べた通り、原初の貴族の力は使えない、そして神楽坂にとってここは外国で神楽坂が頼りにしているという仲間もいない。


 そもそも仮に王子や原初の貴族がバックについていたとしても、依頼内容そのものが内政干渉になるからできない内容だ。


 ならば神楽坂はラメタリア王国に来て、どうやって王族から権威を取り戻すのか。


 答えは簡単だ「自分の頭の中を神の力を使っていじくる」ことだ。


 戦略でも戦術でもない神のイカサマ


 初代ウィズ王国国王リクス・バージシナが統一戦争時代、記録に残っているだけで3回使った。


 その記録によれば頭の中をいじくられると以下の症状が出る。


 ・突然、意味不明な行動、周りを混乱させるような言をまき散らすという明らかに見てわかる変化が出る。

 ・見てわからない変化はないが、思想が変化し、立場としてありえない、簡単に言えば背任行為を行う。


 この二つ、これが両方出る場合もあれば片方しか出ない場合もある。3例程しか記録に残っていないため、詳細は謎に包まれているが、頭をいじくるという表現はこの3例から由来する。


 そしてその3例のうち、2例は神の力から解放された後は、操られた時の記憶があいまいであったり、覚えてはいるがどうして自分がそんな行動をしたのか分からないという。



 そして最後の1例は、正気を失い廃人となった。



 そしてそれが当時のラメタリア王国の宰相だったことが、ファムビック王が無条件降伏をする決断のきっかけとなったのだ。


「神楽坂は自分の頭の中をいじくり「王族復興のために尽力」させるつもりだ。そして狙うのならば私、そして側近であるお前も十分に考えられる。だから不自然に思われてもいいから周囲の者に自分に変化が無いか確かめるようにしろ」


「はい、分かりました」


――【閣下、一行は56番地点に到着、そろそろ出迎えを】


「分かった、行くぞ」


 ワドーマーはユラネダ男爵を伴い、執務室を出る。


 後ろを歩く自分の側近の存在を感じながらワドーマーは考える。


 ワドーマーはユラネダには言っていないことがある。


 そもそも論として自分がいきなり王族復興のために尽力するなんてスタンスを取れば、神の力によって操られたと簡単に周囲に知れることになる。


 であるから本来ならば「相手にしなければいい」という結論が出るがそうではない。


 というのは神の力によって自分が操られているから、王族復興を阻止しようと男爵を含めた貴族たちが動く保証が何処にもない、いや、むしろ「意に沿う」可能性の方が高い。


 それはなぜか、これが神楽坂の最大の狙いだから、つまり……。



 神の力を使って私を操った後、これがウィズ王国の意思であるということを喧伝する。ウィズ神の力を貸したことを証拠として、そして神楽坂の言葉が真実であるとフォスイット王子が保証することで力を持たせるのだ。



 そして実利が絡むから有力者たちは当然ウィズ王国の意思に沿う形になる。損はしたくないし、操られたくないという単純な自己保身も働くからだ。


 なによりフォスイット王子がエンシラ王女に本気になるというのは発生する問題に対しての覚悟も決めているという事実を知らしめることになる。


 そして今回の問題も今後の諸外国の外交手段の試金石として神の力を使うつもりだ。


 神の力を外交手段に使う、かつてのリクス・バージシナと同じように。


 そして神楽坂も躊躇わないだろう、自分に対して神の力を使うことを。



 出迎えた正門、ゼスト国王を中心にエンシラ王女とそのすぐ後ろに自分が控えている。


 クォナ嬢の一行は自分達との適切な距離を保ったところで仰々しく停車、クォナ嬢側の幹部たちがまず一列に並び自分達に整列して一礼。


 そして中央にある紋章が刻印された馬車、警戒をしていたリコが馬車の扉を開けたまま一礼する。


 そこから純白のドレスを身にまとったクォナが現れて、その瞬間に静かながらも目が輝く騎士達。


 クォナはつかつかと近づくとゼスト国王に対して優雅に一礼する。


「お出迎え感謝いたします。シレーゼ・ディオユシル家当主ラエルの四女、クォナ・シレーゼ・ディオユシル・ロロスです」


「ようこそラメタリア王国へ、このゼスト・ファムビック・ダット・ラメタリアが王国を代表して歓迎いたします。お久しぶりですねクォナ嬢」


「お久しぶりですゼスト王、日ごろからの私の活動についての最大限のご協力感謝いたしますわ」


 と笑顔で雑談するクォナとゼストを見るワドーマー、そして自然とクォナを守る形で我が国の騎士たちが周りを固め、周囲を警戒する。


 変わらずの魅力、この頃ますます綺麗なったとの評判だ、そしてその理由が恋をしたからという噂で、しかも相手が……。


「っ!」


 一瞬表情に出そうになった。



 クォナ嬢の想い人、その相手と噂される神楽坂イザナミがじっと自分を見ていたのだ、



「…………」


 不敵な笑みを浮かべてこちらを見ている。おそらく自分が視界に入ってからずっと見ていたのだろう。なんだ、挑発のつもりか。


 確かに神の力には興味はある。だが今回は徹底した専守防衛の策を採用する、こちらからは絶対にアクションを起こさない。


 さて……。


「お久しぶりですクォナ嬢、ワドーマーでございます」


 会話の合間を見計らって挨拶する。


「お久しぶりですワドーマー宰相閣下、今回もよろしくお願いいたしますわ」


「はい、手筈は整えております。それと後で今回の行程表でいくつか質問したいことがあるのですが」


「伺います、シベリアを同行させましょう、場所はいつもの?」


「はい、私の執務室にて」


「分かりましたわ、シベリア、頼みます」


「はい、マスター」


 侍女たちの返事を待ってワドーマーは続ける。


「今日の夜は社交に出席を賜りますから、それまではゆっくりとお休みください」


 とクォナ嬢から視線を外し使用人たちに指示するとクォナの一団達とお互いに話をしながら荷物の搬入をしたり、折衝をしたりとそれぞれの担当業務を開始している。


 クォナ嬢側の上級使用人たちからの質問に応対するその過程で神楽坂を見てみるが、今はもうこっちを見ていない。


 1人だけぽつんと立っていたと思ったら、急にニヤニヤすると、キョロキョロとあたりを見渡すと、そこら辺の使用人に声をかけて部屋の鍵を受けとり、フンフンと鼻息を荒くした様子で城の中庭の方に消えていった。


――【閣下、よろしいですか?】


 使用人に紛れた側近から確認の連絡が入り、側近にしか分からない肯定の意を見せると、複数の影が神楽坂の後を追う。


 そして自分はゼスト国王とクォナ嬢、そしてエンシラ王女と共に城の中に入ったのだった。




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