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第57‐2話:起死回生、一発逆転という名の物語へ


「お、王子!」


 間違いない、王子だ。


 王子は立ち止ることなく呆然と立ち尽くす俺の横を通り抜けて、王女へと近づく。


「っ!」


 王女は王子の顔を見れないのだろう、顔を押さえながらその場を走って立ち去ろうとするが。



 その王女を手を握り、逃がさないとばかりにギュッと抱きしめる形で受け入れた。



「は、離してください! わ、わたしは、私は!」


 王女は暴れて逃れようとするがそうはさせないと王子は無言で優しく強く抱きしめる。


 やがて王女は大人しくなり、王子の胸の中ですすり泣く声がその場に響いた。


「王子? どうして? なぜここに?」


 って自分で言って理由は一つしかないじゃないか、俺はクォナとシベリアを見るとクォナが弁明した。


「申し訳ございません、おそらく中尉は勘違いをされていると思いまして、私が頼んでここに来るようにアレアに頼んだのですわ」


「頼んだって、ちょっと待ってくれよ、お、王子、その、これは」


 と王子は優しくエンシラを離すと。


 俺に深々と頭を下げた。


「王子!?」


「神楽坂、やりとりは全部聞かせてもらった、すまない、俺がだらしないせいで、お前に辛い役目をさせてしまったな」


「そ、そんな! 私が勝手にやったことです! 嫌われ役はもとより公僕の務めです!」


「神楽坂、俺が謝った理由はそれだけじゃない、お前は多分ここに呼ばれた理由を、ウィズ王国とラメタリア王国の「外交解決手段」として呼んだと思ったのだろう? 今の状況で原初の貴族が動くことが好ましいことではないから、クォナに自分の行動の責任が及ばないように1人で出張に行ったのだな?」


 王子の言葉にクォナがびっくりしたようで俺を見る。


 そう、王子の言うとおり、原初の貴族のメンツを語るのなら「相手を信用した責任」もあるから、こっちも失点があるのだ。


 だから失点がある状態で「シレーゼ・ディオユシル家直系のクォナ」に全てを話すわけにはいかなかったし、当然連れて行くわけにはいかなかった。

 だから「俺がラメタリア王国に行っていると積極的に話す必要が無いが聞かれたら答える」ように言っておいたのだ。


 この状況になった時に、俺の独断であるという状況を作り出すために。


 でもそれは間違っていたという事になる。


 俺を外交解決手段としてではないのなら、呼んだ本当の理由は、いや、もうここに来ては明らかだ、俺がさっき言ったじゃないか、国が動くは国益、個人で動くは情、だからウィズ王国王子としてラメタリア王国王女の為に動くことは出来ない、だけど、愛する人のためにしてあげたい、だからリスクを背負って俺と接触した。


 つまり……。


――「神の力を使って、彼女を助けてくれ」


 だらしない俺を許してくれって、そういう意味か……。


「王子、貴方という人は……」


「一応名誉のために言っておくが、エンシラが俺に惚れたのは作戦のうちだったのだぜ」


「え?」


「確かに利用しようとしたとはいえ、俺に近づいてくれたわけだろ、だから俺のいいところをアピールして、惚れてもらおうという作戦だったのだ、ふふん、全て計算どおりだ」


「あはっ、計算高そうに言っていますけど、完全受け身の相手任せ、全然ヘタレじゃないですか」


「なんだよ、そういうお前はどうなんだ?」


「もちろん完全受け身の相手任せですぞ! ヘタレですので!」


 お互いに胸を張り合った後笑いあう。


「王子、確認しなければならないことが一つ。今回のことでパグアクス息はどこまで事情を把握しているのですか?」


「ここでその質問をするってことは、やっぱりお前は凄いよ、可能性の一つとしてはちゃんと考えていたんだな」


「ちょ、ちょっと待ってよ! どうしてここでパグアクス息が出てくるの?」


 いきなりの話題転換での疑問を代表する形でアレアが問いかけてきて、俺が答える。


「さっきの原初の貴族を納得させるのに宰相が使った方便は、それでも突っぱねられてしまえば終わり、無論断らないように入念に根回しは常日頃からしていたのでしょうけど、ね」


 アレアはまだピンと来ていないようだ。


「いくら宰相が全責任をとると言えど懸念は消えない、ならば原初の貴族の立場からした時、だれが責任を取ればメンツが立つと思う?」


 この説明で分かったのだろう、今度は全員が王子に注目されて、王子が頷く。


「パグアクスから同様の忠告は受けていたが、それを俺で止めておいたのさ。つまりエンシラが俺に近づけたのはワドーマーだけではなく俺も手を回していたという事。神楽坂はその可能性をちゃんと考えて、ワドーマーだけを強調し、責任を王女に押し付けるように論理を組み立て、自分が嫌われるようにしたのだよ」


「…………」


 王女は王子の言葉を聞いた後、呆然とした様子で俺の方を見る。


「軽蔑していただいて結構です、それだけのことをしたのですから」


 俺の言葉に、王女は涙の痕を残しながらも、


「いいえ、私が如何に他力本願で甘ったれていたか、よくわかりました、神楽坂中尉、ありがとうございます」


 しっかりとそう答えたエンシラ王女はさらに続ける。


「そして神楽坂中尉、先ほどの貴方の問い、自分に何をして欲しいのか、その質問の意図は、私の覚悟を聞いていたのですね。覚悟の無い人間の為に危険を冒すことはできない、当然です、私はそんなことも分からなかったのですね」


 王女は今度こそ、覚悟を決めて俺に告げる。


「全ては貴方に一任します、そのために私は何でもします。貴族達からの恨みも一生背負います、歴史に悪名を残しても構いません、ただ国民だけは私の身勝手な願いで被害を被らないようにだけ、それが私の覚悟です」


 一任、この言葉だけを聞けば責任放棄ともとれる、だがこの場に置いてのこの言葉はその真逆、むしろ何よりも重い言葉だ。


 つまり俺が何をしようと自由ということだ、王女公認でラメタリア王国を好き放題していいという意味、そして責任は全て王女が取る、一任とはそういう意味だ。


 王女の言葉を受けて、俺は一礼する。


「分かりました、王女の覚悟、しかと受け取りました」


 俺の言葉に王女は微笑むと、くるりと振り返り王子と向き合う。そして自分をまっすく見つめる王子にきゅっと口を結ぶ。


「私は、貴方を好きになって、だけど私が貴方を不幸にしてしまうことに胸が痛んで、どうしようもなくて、それでも、もう、利用するとか、そんなきもちには、もどれない。ほんとうに、わたしでいいんですか、おうじ……」


 思いを紡ぐ途中で再び口元押さえてポロポロと涙を流れて、つっかえつっかえに、自分の想いを告白する王女。


 そんな王女をもう一度王子は優しく抱きしめた。


「はい、安心してください、私が貴方を守ります」


 そう言った王子の顔は優しくて強い、エンシラ王女を娶ることで発生する問題、そのすべてを受け止める覚悟を決めた顔をしている。


「神楽坂よ、頼めるか?」


「はい、仰せのままに、私も覚悟を決めました、ですが1人では無理です、この場にいないパグアクス息を含めて全員の協力が必要です」


 王子は頷くと「パグアクスはなんとかする」と答え、アレアも「私は最初から共犯だったからね」とあっさりと了承、それを見届けて王子はクォナに話しかける。


「クォナよ、頼む、協力してくれ、こういう裏事に加担するのはラエル(クォナの父親で現当主)がいい顔をしないだろうが、それは俺に押し切られたと言えば…………」


 とここで王子が言葉を止める、いや、止まった。


 呆けた王子の視線の先に誘導される形で俺もクォナを見て、俺も視線を外せなくなった。


 何故ならクォナの「目」に驚いたからだ。


 そう、俺はこの目を知っている、あの人と同類の目。


「ドクトリアム卿……」


「え?」


「あ! えっと、その……」


 しまった思わず口に出てしまった。あまりいい気分はしないかなと思ったがクォナはくすくす笑う。


「お気になさらずに、むしろあの劣化コピーではなくオリジナルの方で例えてもらえるのは原初の貴族としては光栄なことですわ」


 劣化コピー、そんな言葉を王子の前で臆面もなく堂々と言うクォナは王子に返答する。


「王子、我が始祖たるシレーゼ・ディオユシルは滅私奉「王」と言われるほどの忠誠をつくした忠臣中の忠臣、私はその血と意志を受け継ぐ直系。その私に対し「王族の為にいかなる尽力も惜しまないことを誓い申し上げます」と、この言葉をわざわざ言う必要がありますか?」


「…………」


 王子は圧倒されている、凄い、クォナは政治的立場が余り無く、興味もない感じ、そして策謀、策略家というわけでもない。

 だからクォナを面白い奴だと思ったのが実は自分で不思議だったのが、やっとわかった。


 何が善悪に頓着しないだよ、お前だってそうじゃないか、なんだろう、何故か凄く嬉しくて見直してしまった。


 おそらく王子も一緒なのだろう、嬉しそうにしている。


「ははっ、悪かったなクォナ、今後も頼りにしているぞ」


「お任せくださいませ、さて、中尉、場は整ったと存じますわ」


 クォナは場を俺に譲る。


「…………」


 思えば今回、クォナの依頼を受けてから今の今までずっと頭の中に「靄」がかかったような感じだった。


 それもこれもずっと今回の問題に「恋愛」がつきまとっていて、それが鎖というか楔というか、いちいち引っ張られていて鬱陶しいことこの上なかった。


 鈍感か、クォナの言うとおりだ。


 だがこれからは違う、目的こそ恋愛とはいえ、これからやることは俺の得意分野だ。


「王子、いくつかお願いしたいことがあります」


「分かった、俺の執務室へ場所を移す、パグアクスも聞いてもらう必要があるだろう」



 王子の執務室、正確には王国府王官房室の別室、限られた人物しか入れない場所。王子に呼ばれて渋々といった表情で列席したパグアクス息、用件は自分たちの顔を見て察したらしい。


 執務室に集められた9人を見渡し俺は発言する。


「まず、このメンバーは実働部隊と後始末部隊の二つの役割分担を行います。実働部隊は俺、クォナ、セレナ、シベリア、リコの5人、後始末は王子、パグアクス息、エンシラ王女、アレアの4人です」


「後始末部隊は我々実働部隊の活動が終了したときに引き継ぐ形になります。ただ同終了するかについては現段階は不明、というのは私が目指す地点は一緒でも私自身が動いたことで微妙に状況が違い経緯が異なる場合があるからです」


「さて、ともあれ俺たち先遣隊が成功しなければ話になりません、そのためにはクォナ、セレナ達も含めて絶対に守って欲しいことがある」


 俺はクォナ達に言い放つ。


「俺が作戦終了を宣言するまで絶対服従、誓えるな?」


「はい、誓いますわ」


 俺の真剣さが伝わるのだろう、なんてことないとばかりに頷いてくれるクォナ。


「ふふっ」


 と次ににこやかに笑った。予想外の反応に今度はこっちが固まる番だ。


「失礼、最初と立場が逆になったなと、思ったのです」


「ああ、そういえば……」


 何をするかは言えないが引き受けたら拒否は認めない、そうか、そういえばこんな形で説明を受けて俺はここに来たんだっけ、思えばクォナも全てを知っていたわけじゃなかったから色々状況が変遷して色々と苦労したものだ。


 はっきり言って、よくこんな条件で俺も依頼を受けたものだ。色々あったからつい先日の時の話なのにずいぶん昔のように思える。


「セレナ、シベリア、リコ、貴方達もいいわね?」


 クォナの問いかけに3人は顔を見合わせる。


「いいですよ、面白そうだし、前にも言ったとおり中尉には少し興味も出てきましたから」


 そう言ってくれたのはセレナだ。


「問題なし、中尉には恩がありますから」


 続いてはシベリア、リコも頷いてくれる。


「私も構いません、後輩を助けるのは先輩の役割だから」


 と俺を見ながらそういうリコ。


「後輩?」


「年は貴方が上、だけど修道院では私の方が先輩」


「ってことは、入学年齢の最年少合格ってことか、凄いな」


「大したことない、年は下でも先輩は後輩を助けるもの、それにセレナとシベリアの信頼もあるみたいだし、私も興味が出てきたの」


「ありがとう、頼りにしてるぜ、先輩」


 良かった、セレナ達からの信頼は少しは勝ち得たようだ、素直に嬉しい。


「クォナ、ありがとうな、侍女たち含めて、俺は人に恵まれたみたいだ」


「はい、私の親友たちと仲良くなって、クォナはとっても嬉しゅうございますわ」


 うん、すごく綺麗な笑顔で目のハイライトが消えながら言っているけど、そういえば元々そういう目をしていたような気がする、確かそうだったな、うん。


「よし、ならばエンシラ王女」


「は、はい!」


 自分が呼ばれるとは思わなかったのだろう飛び上がって驚く。


「弟君である国王に頼み、クォナを国賓として招いてください、なるべく早く」


「は、はい、分かりました、明日にでも帰国して調整します」


「入国者リストについては後日送ります、そして私がリストアップした全員の入国許可を必ず取るようにしてください」


「それについては問題ありません、今までもクォナ嬢と付き添いの方々の入国の許可をしないと言ったことをしたことが無い筈ですから」


 しっかりと答えてくれる王女に安心する。


「それではよろしく願います、それとクォナ」


「なんでしょう」


「ラメタリア王国でのクォナの評判も聞いた。他国でもクォナの評価は変わらなかった、深窓の令嬢と上流の至宝としてね、そして滞在期間中それを徹底してほしいんだ」


 俺の指示を顎に手を添えて考えるクォナ。


「つまり「いつもどおり」ということですね、お安い御用ですわ」


「頼もしいね」


「他に何かありますか?」


「今は言えない、ラメタリア王国に行ってからが本番だから、その都度に指示する」


 俺の言葉にキョトンとするクォナ。


「構いませんが準備ができない状態だと我々の対応力に不安が残ります、具体的にはご主人様の指示を全うできない可能性がありますわ」


「クォナ、懸念は理解する、だがそれよりも大事なのは「何も知らずいつもどおりである」という点なんだよ。側近であるセレナ達も含めてな」


「……分かりました、絶対服従ですものね、それと滞在期間についてはどれぐらい滞在するおつもりですか?」


「正直何日まで何とかするという話じゃないんだ、だからこっちが聞きたい、エンシラ王女も含めて聞きます、どの程度まで延長できるのですか?」


 俺の問いかけにエンシラ王女は答える。


「我が国に滞在するのなら正当な手続きを踏めば特段に制限はありません、ましてはクォナ嬢は原初の貴族の直系、断ることなどありえません。それにクォナ嬢に限らず長期間の滞在も特段珍しい話ではありませんから」


 エンシラ王女の答えでクォナも安心したとばかりに頷く。


「分かりましたわ、元より孤児院の運営について向こうに行きたいと思っていましたから、それに合わせましょう」


「よし、アレアはクォナと王子を繋ぐ連絡役となってくれ、クォナから指示が来たらそれを王子に伝えてくれ」


「分かった」


「よし指示は終了、クォナ、早速家に戻り、来国者リストの作成、セレナ達は早速手続きを頼む」


 俺のこの一言でこの場は解散となり、俺はクォナと共に本家へ戻る。


「一つだけよろしいですか」


 並んで歩いていると小声で俺だけに話しかける。


「教えてくださいませ、ご主人様は今回の作戦で、何をしようとしているのですか?」


 何をしようとしているのか。俺が今からやろうとしていることはだ。



「起死回生の策、一発逆転の案だよ、知略や戦略という意味ではなく、物語を作るのさ」




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