第53‐1話:王子の想い・前篇
王子と別れたあの後、クォナは一足先に戻っていると聞かされて、そのままシレーゼ・ディオユシル家の本家に帰宅した。
そこでクォナと合流、彼女が「作戦会議を開きましょう♪」という号令の下、クォナの自室に全員集合した。
「…………」
俺はぼんやりと窓から外を見ている、とはいってももう夜で時折見回りをしている人物の松明の灯りぐらいしか見えない。その横でウキウキしているのはクォナだ。
「さあご主人様、王子とアレアをどうやって両思いにさせるかですわ!」
「…………」
「ああ、不謹慎であることは承知の上なのですが、どうしてこう楽しいのでしょう、今までこんな楽しいことを知らなかったなんて!」
「…………」
「もちろん、私はいつでもご主人様と恋人関係になることにやぶさかではないというかドンと来いというか、夜這いも可で、常に体を清めて殿方が好きな寝顔を作る訓練もしているのですよ、うふふ」
「…………」
「ご主人様?」
「……クォナ、セレナ達もちょっとそのまま待ってもらえないか」
俺の言葉にクォナが「!?」って感じで目をランランと輝かせるが今回はちゃんと距離を取ってくれる様子、そして侍女たち3人も待ってくれるようだ、助かる。
さあ、思考の海を泳ごう、もう答えは間近だ。
今回で今まで一番の違和感であり謎は明白だ。
――俺がどうして呼ばれてここにいるのか。
この違和感と謎、この二つが繋がる決定打となったのは王子との会話だ。
そして理解した、あの人はあまり謀略や策略には向いていない真っすぐな人だ。そしてそんな自分をよくわかっているからこそ、俺を呼んだのだろう。
「クォナ、王子についてなんだけど、知る限りでいい、評判というか噂というか、それを教えてくれないか」
俺の質問にクォナはちょっと驚いた様子だったが、んー、という感じで答えてくれる。
「王子を低く評価する人間が言うには、政治にあまり向いている人物ではなく、他国に利用されてしまうのではないかと危機感を持つ者もおります」
「高く評価する人間の弁は?」
「王子の真っすぐな人柄に惹かれて、この人だからこそ忠誠を誓えるといった人物もいます。向いていない政治は原初の貴族が支えればいいといったものです。高く評価する人物は少数派ですが、その分熱く支持されておりますわ」
「……そっか、支持する気持ちは分かるな、実際会ってみて、この人が次の国王ならばウィズ王国の為にって思ったよ、さて」
もう結論を出していいだろう、俺はクォナ達に向き直ると告げる。
「クォナ、今回の依頼、どうやら一筋縄じゃいかないようだぜ」
「え?」
「王子の想い人はアレアじゃない、別の女だ」
「「「「ええ!!!」」」」
全員が飛び上がるように驚いた、さらに続ける。
「そして王子の想い人がアレアではなくその別の女であることが俺がここに呼ばれた理由に繋がるのだよ」
「…………」
クォナ達が俺の結論を聞いて全員がポカーンとしている。
「最初から疑問に思っていたのさ、あの2人がどうしてもお互いに異性として意識しているようには見えないことがね。姉弟のように育ったとお互い言っていたけど、本当に仲のいい姉弟にしか見えなかったんだ」
「な、なに言ってんの?」
と発言したのはシベリアだ。
「なら、どうして今私たちはここでこんなことしているのよ?」
「それだよ、それが今回の一番の肝なのさ、何故俺がここに呼ばれて、クォナ達とここでこうしているのか、それをずっと考えていたんだ」
俺の返しに疑問符を浮かべるシベリア、他の人物も同様だったので俺は続ける。
「さっき俺が王子と会った時の話なんだが、まあ、色々と恋愛相談というか恋愛研究というか、要は好きな女の子がいて、どうやって振り向いてもらえるか、なんてことを話していたんだけど、その時に王子はこんなことを言っていたんだ」
――「俺凄いキョドっているから、話すだけで緊張しまくりーのだから、絶対に気持ち悪いとか思われてるから、駄目だから、無理だから、でも本当に気持ち悪いとか思われたら立ち直れない……」
「それが、なんなの?」
「どう考えてもアレアに対してじゃないだろ? 気心が知れてお互いに言い合える仲なのに話すだけで緊張するのか?」
「え? それは!」
「ちょっ、ちょっと待ってよ、神楽坂中尉!」
シベリアを制する形で今度はセレナが発言する。
「言っていることは分かった、確かにそうかもって思う、だけどそんなことをする意味が分からない、勘ぐりすぎじゃないの?」
「そうか? 繰り返すが王子とアレアが相思相愛関係であるのならば、俺達がここにいる意味がないだろ? となれば俺を呼んだ本当の理由ってのが存在することになるのさ」
「待った、それは飛躍しすぎじゃない? 私は、中尉呼ぶことそのものが目的だったと思うけど」
「というと?」
「神の力よ」
「…………」
「中尉が神にお願いできる立場ある人物、という見方をしているのは私たちに限った話じゃない。神の力が欲しいと考えるのは当然であり必然。だからこそ貴方は後ろ盾の問題で悩んでいたんじゃないの?」
神の力。
簡単に言えばチート、何でもできる。ただそれぞれに能力の種別がある。神が作った万能品であるアーティファクトを作れたり、占いの神だっている。
だからこそ神の力は誰でも欲しい、猫型ロボットのひみつ道具と例えれば、誰しも一度は欲しいと思ったことがあるんじゃないだろうか。
だが……。
「実は俺も最初はそう考えたんだけどな、だが王族と原初の貴族は今言った理由から除外されるんだよ」
「は? どうしてよ? って原初の貴族は除外ってことはクォナは中尉の言っていることは分かるの?」
セレナはクォナに話を振るがクォナはあっさりと頷く。
「ええ、ご主人様のおっしゃるとおりですわ」
「な、なんで?」
「なんでもなにも、私たちにとって神の力というのはリスクでしかないもの」
「え!?」
「ウルティミスで話したとおりよ。神の理は重すぎて人の理では耐えられない。だから兄さまが露骨に中尉を呼ぶように話を運んでいることには気が付いたけど、兄さまなりに考えがあって呼んだのかと納得したの、中尉にとっても悪い話ではないと思ったというのもあるわ」
更に「無論それは言わずにハッタリの道具として使うもの」と補足するクォナにまだ意味が呑み込めていない様子のセレナ、それはシベリアもリコも同様のようなのだが俺が補足する。
「これは自分が王族や原初の貴族だったらと仮定すれば答えは出てくる。俺が仮に王族なら「神の力を使って頭をしっちゃかめっちゃかにされて操り人形」にされることを第一に警戒するね」
俺の言葉にハッとした顔をするセレナ達。
そう防御策が無いのだ、神の力に対して、これはもう嫌というほど理解している。
その証拠として神の悪意による干渉、つまり邪神の神話も残っている。いくら俺がウィズ教に公認されているとはいえ、だから安心だ、なんて馬鹿なことをあっさりと信用するわけがないのだ。
この思考のとっかかりはクォナが今回の依頼について最初は俺の神の力目当てだと考えていたが、実際は違ったことだった。
思えば最初からクォナは俺と神の繋がりを断言しているにも関わらず、一切俺の神の力について興味を示していない。
それはドクトリアム卿も、あのモストですらも神の力に対して距離を取っている。
まあモストの場合は「神楽坂が神の繋がりなんてありえない」と思っている部分でもあるだろうけど、それでも自分の父親が後ろ盾になっているのに、アイツは本当に俺に対して変わらない。アイツのことだからひょっとして神の力についてめんどくさく絡んでくるかもしれないと思っていたから、その点については正直予想外だった程だ。
「……なるほど、そうか、立場が違えば考え方も変わるのか……」
俺の解説に聞き入る3人。
「さて、王族と原初の貴族にとって神の力はリスクでしかない。これは今回のことを考える上でこれが全ての前提条件になる。つまり俺がパグアクス息なら秘書官として俺が王子と接触するのは許可なんて出さない」
徐々に俺の言いたいことが呑み込めてきたのか顔が強張ってくるクォナ達。
「だが結局は許可を出した。パグアクス息からすれば好ましいことではないが、王子たっての願いであるということと自分の妹であるクォナの客人とすることで、何かあれば即座に対応できるからと何とか納得してもらったんだろうよ」
俺は足を組み替えて話を続ける。
「そんな高いリスクを背負ってまで、王子はどうして俺と接触しようとしたのか。自分の頭が洗脳されれば洒落にならない事態になるということを知りながら。そしてその理由はさっき言ったとおり、王子の想い人が関係してくる」
「どうしてですの?」
クォナが問いかけてくる。
「妃の選定時期に入ってきている王子に想い人がいる。これは国家の重要事だ、もちろん王子自身だってそれは理解している。だが王子の想い人が誰であるかは、ある理由があって公表できない。故に王子はアレアに自分の想い人であることを偽装するように依頼して、アレアも協力することになった。ある理由とは神の力を使える俺を抱え込む必要があるほどの理由だ」
「ご主人様はその理由がなんであるかは見当がついておりますの?」
「いいや、だからクォナ、その疑問を解決するために質問がある」
「え?」
「もし秘書官が王子の結婚を反対するとしたら、その相手はどういう相手なんだ?」
後編は明日の夜ごろに投稿予定です。




