第50‐2話:シレーゼ・ディオユシル家の一幕②
妃の選定作業
秘書ってのはそんなことものするのかと思う俺をよそに、クォナによれば、妃の決め方はそれぞれの王子によって違うのだという。
ある王子は完全に国のためと割り切り、国にとって一番いい相手と結婚したこともあり、別の王子は庶民を、中には妃候補をリスト化してもらい、その中の全員と見合いの末決めた、なんてこともあったそうだ。
「今の王子はどうやって妃を選ぶって言ってるんだ?」
「王子は想い人がいて、既に誰であるか判明しております。彼女の名前はアレア・レーテカナ、王子より2歳年上、王子直属の女性使用人であり幼いころから王子の友人。私とセレナ達の関係だと解釈すればわかりやすいと思います。私たちはアレアの方を担当することになりますわ」
「ん? 確かクォナは長女ではなかったはずだよな、仮にアレアと王子が結ばれた場合は、長女が秘書になるんじゃないのか? それとも結婚して家を離れているとか?」
「いいえ、姉さまは婿養子という形で結婚されましたので、中尉のおっしゃるとおりになるのですが、そもそもアレアが妃に確定しているという訳ではありませんので公には動けません。秘書が付くのは王子と結婚し王籍に入った時点からですから」
とはいえ実際はお互いの信頼関係構築の為に、結婚が決まる前から相手をすると付け加える。
「なるほどな、クォナの姉さんがアレアにつけば自ずと周囲にばれてしまうからか。んで2人は今どんな状態なんだ」
「王子の片思い中と伺ってます」
「もう一つ質問、アレアは王子に対しての気持ちはどうなんだ? 例えば相手に脈がない場合でも王子が選んだから相手側は従わなければならないとか」
「そんな規定はありません、どんな決め方でも相手方の同意は当然に必要です。その点については普通の恋愛と変わりませんわ」
「なら向こうは王子のことをどう思っているんだ?」
「元よりアレアとは私は少しだけ親交があるのです。中尉に依頼する前にそれとなく探りを入れましたが「まんざらでもない」と言ったところです。幼いころからの知己の間からと結ばれる、ロマンチックだと思いますわ」
「…………」
つまり、今回の依頼を簡単に言うと「恋のキューピッド」ってことか。
正直、俺は恋愛ごとについては、その、素人というかまあ、ぶっちゃけ経験がない、だからあまり戦力になれるとは思わない。
そもそもこの依頼を俺にする意味がない、本当に誰もでもいいってレベルだ。
やはり難易度は高くない、ということは神の力を当て込んでいることになるのだけど、となるとどうクォナに確信を持たせて、俺に価値を見出してもらうことが鍵になってくるのだが……。
(なんだろう、違和感を感じる)
矛盾点は無い、悪意も当然ない、そして前回のようなこう、悪戯とかそういったものは無い、クォナは信頼できるパートナーだと判断してもいい。
んー、つまり違和感に対して勘が働かない、どこか喉に何か引っかかるというかモヤがかかったような変な感じがする。だけど多分放置しても構わないだろうという勘が何故か働くのだ、なんだろうな、これ。
とはいえこれを考えてもしょうがない、話を進めないと。
「どうして王子の想い人がそのアレアって女性使用人だと分かったんだ?」
「本人から直接確認を取ったと兄様から聞いておりますわ」
「パグアクス息が、クォナに頼んだ理由は分かるのか?」
「理由というか、兄さまの要望に沿った形となりますわ」
「……その時の会話を出来るだけそのままで教えてくれないか」
クォナは分かりましたと答えると話し出す。
今から2週間前の話、兄に呼び出されて本家に向かった時だった。
クォナ自身も王子の妃選定はその時初めて知ったのだという。
情報統制までちゃんと家族でも徹底されているのだから凄いなと思い、そのパグアクス子息から王子の想い人がシレアだと知らされた上でこう切り出してきたのだそうだ。
――「お前の助力が欲しい」
――「私の助力、ですか?」
――「そうだ、妃の選定は国家の重要事項、故に動いているのが俺だけということは理解しているな」
――「はい、理解しております」
――「だが1人ではアレアの方のフォローができない、お前は少しアレアと親交があっただろう? だからお前に頼みたい。出来ればその際に男手が欲しいのだ」
――「男手、ですか?」
――「理由は簡単、アレアに男がどう考えていると言ったアドバイスを与えてほしいのだ。そして出来れば部外者がいい」
――「妃の選定について、部外者を絡ませるおつもりですか?」
――「これ以上家の中で選定作業者を増やすわけにはいかない。とはいえ上流を使うと「しがらみ」ができる。そして私が動けば感づく人間もいる。恋愛ごととなると人は全員鋭いと考えねばならん。その点ではクォナ、お前は適任だ」
――「今一つ話が見えませんわ、私でなければならないのですか?」
――「悪く思わないで欲しいが、お前はいろいろな意味で目立つからな。お前が男手を頼み、引き受けたとしても疑う人間はおるまい、故にカモフラージュとして使いたいのだ」
――「なるほど、やっと理解しました、それでは兄様が望みになる人材を教えてくださいませ、適任者がいればその人物を推薦しましょう」
――「そうだな、身分は問わない、だが恋愛ごととはいえ国家の裏事だ、恋愛経験が豊富ならそれに越したことはないが、それよりも裏事に向いていている人物、理想を言えば善悪に頓着せず動ける人物だ、どうだ、いるか?」
――「…………」
――「心当たりがあるという顔しているな、いるなら言ってみてくれ」
――「……ウルティミス・マルス駐在官である神楽坂イザナミ文官中尉、彼をご存知でしょうか?」
――「……ああ、知ってるぞ、ドクトリアム卿が後ろ盾になった人物だな?」
――「そのとおりですわ」
――「ほう、なるほど、まさに善悪に頓着しないという噂は聞いたことがある、分かった、彼に頼んでくれ、それと助力は神楽坂中尉1人だけだ、頼んだぞ」
ここでクォナは話し終えた。
「…………」
俺は手を握り拳を作ると口元に当てて考える。この会話、違和感なんてレベルじゃない「あからさま」だ。それは普通に分かる、問題はそこから先だが……。
「クォナ、念のため確認しとく、今回の依頼の成功条件はなんだ?」
「2人が結ばれることですわ」
「結ばれるってのは、結婚って意味か?」
「いいえ、男女としての交際を始めた時点ですわ」
「…………」
「…………」
「クォナ」
「なんでしょうか?」
「ち」
「ち?」
「近いんだけど!!??」
考え始めた瞬間から徐々にクォナが距離を詰めてきて現在数センチぐらいで、凄い熱を帯びた目で見てるのだ。
「お気になさらずに」
「お気にします! あの、考えが進まないから! その思考が働かないの! クォナのいい香りに気を取られるの! わかってこの男心! 早くしないと考えていることとか違和感とかその他諸々忘れちゃうの!」
「ああ!! その目! 私を射抜いたその目! 目!! 目ですわ!! 今中尉は遥か彼方の思考を巡らせて、尋常ではない視点から、ああ! 物事を見ているのですね!」
「だから話を聞いてください!!」
とぐいぐい放そうとするがそれ以上の力で押し戻してくる。ちょちょ、強っ! 強い!
と思った時にぐいとクォナが引き離された。
「クォナ! 離れなよ! 中尉を困らせたくはないでしょ!?」
そんなシベリアの言葉にピタッと止まると「はぁい」と少しむくれたクォナは視線そのままに2メートルほど離れる、ナイスシベリア、助かった。
もう、まだいい香りが頭の中に残ってるじゃないか、なんでクォナってこんなにいい香りがするんだろう、こう頭の中がポーっとして……。
っていかんいかん、考えを元に戻さないといけないが……。
「まあでも、考えるべき部分と違和感が理解できたからいいか」
まあいいか、こういう時に変に考えるとドツボにはまる。全ては状況に応じて判断していけばいい、気だけは抜かないようにしないとな……。いつもと変わらない、違和感について自分で出来ることをきちんとすること、そこをブレずにすることだ。
「明日、私と共に城に向かいアレアに会ってもらいますわ、それと中尉はドクトリアム卿の後ろ盾を得ておりますから、無条件で城に入れますわ。その際は襟のサノラ・ケハト家の紋章は必ずつけるようにしてくださいませ」
クォナも俺の言葉に頷くと何事もなかったかのように話を終わらせた。
「ありがとう、短い間だけど世話になるよ」
「さて、夜も更けてまいりました、というわけで神楽坂中尉、長旅、お疲れではないですか?」
「え? まあな、馬車は快適だったけど、少し疲れたかな」
「ならば当家自慢のお風呂の用意が出来ております、ぜひどうぞ」
「え!? いいの!?」
「もちろんですわ、神楽坂中尉はお風呂が大変好きだと聞きまして、お気に召すかどうかは分かりませんが、疲れを流してくださいませ、中尉の貸し切りですのよ」
「貸し切り!? わーい、やったー!」
はしゃぐ俺にクスクス笑うクォナ。実は風呂には入りたいと思っていたものの、他人様の家の風呂に入らせてほしいなんて自分からは言えないじゃないか。
(しかも貴族邸宅の風呂! これは期待するしかない!!)
家族それぞれに風呂場があるのだからたまげた。
「それと部屋も用意してあります、お荷物はリコに運ばせます。風呂場への案内とお召し物と着替えの用意はシベリアにさせますわ。それと風呂は中尉がこちらに在宅している時間帯はいつでも入れるようにしてありますので、いつでもどうぞ」
「いつでもいいの!? ホントに!? 俺本当にいつでも入るよ!?」
「もちろん、折角用意したのですから入ってくださいませ」
「ありがとな! マジで感謝するよ!」
「喜んでいただけたようで何よりです、それでは私は準備がありますから、3人とも、頼みますわ」
●
「うおー! すげー!」
風呂場なんてものじゃない、部屋に入ったら脱衣スペースそのままに、全面露天風呂の室内に体を清めるところと、少し出れば周りは壁に囲まれており、天井は夜空が広く見渡される露天風呂になっている。
「これが貴族邸宅の風呂場、なんて贅沢……」
しかもこれが「居室」の一つだってのがまたすごい。
ウルウルと感動する俺は実はまだ服を着ている、シベリアに案内されて、服を着たまま一目散に風呂場内を確認したのだ。
「はー、風呂が好きだとは聞いていたけど、男なのに綺麗好きなのね」
半分呆れ気味のシベリアに俺はチッチッチと舌を鳴らす。
「俺の祖国じゃ男女関係なく風呂が大好きなのさ、日本人にとって風呂に入れないというのは凄い辛いことなのだぜ」
「へえ、面白い国民性ね」
と言いながらそのまま俺の着替えを置いておくシベリア。
「さて、着替えは置いておくから好きなだけどうぞ、それと、やっと解放されるわ、ありがとね」
「ん?」
シベリアの意味不明なお礼、理由を聞く前に浴場の扉が閉められた。
「なんだそれ? っていなくなっちゃうと俺はどの部屋に行けばいんだろうか」
という疑問が浮かぶが。
「まいっかー♪」
そこはゆっくり後で考えよう、自室が邸宅のようなものだから、着替えて適当に声をかけれはなんとでもなるのだろう、しかも俺1人だけの貸し切りとはこれは、本当に感謝しないとな。
俺は服をポイポーイと脱ぐと全裸になって入る。
「いやっほーい!!」
独り占めだーとばかりに突入、そしてすぐに体をキュッキュと磨き、そのまま風呂桶、というか軽い泉みたいなものにダーイブ、すっぽんぽんで風呂で平泳ぎ~。
そして湯船につかりながら「秘技デスロール!」でぐるぐる回り、一通り楽しむとそのまま縁に腰を掛けて空を見上げる。
って、思えば風呂シーンなのにやることといえば毎度毎度、特段見栄えが良いわけではない野郎が体を洗ったり、平泳ぎしたり1人遊びするだけ。色気もそっけもないから男性需要がないのは申し訳ない。俺がイケメンだったら女性需要もあっただろうけどそこは生まれ持ったものなので勘弁してほしい。
ここでベタベタな展開だったらここで美少女の裸がバーンと出るのだけど、生憎そんな都合のいい現実は無い。
男向けのラブコメだと女の方から積極的に裸になって一緒に入るとかあるけどさ、あんなのは男の妄想なのね、まあ好きですよ、大好き、そういうシチュエーション。
だけど、ラノベ主人公たちは本当に目の前に美少女が裸でいるのに襲わないからね、あんなことはありえないからね。
「あ! そうだ! 次の男の浪漫話は「美女と一緒にお風呂」にしよう!」
妄想逞しくそのまま手だけでパチャパチャと水面を叩く。
「ここで美女と一緒にお風呂入る、夢だな~、こうあれですよ、背中を流してもらって、俺も背中を流して、そんな感じで洗いっこして、んで、前も~、って! むふふ」
妄想逞しく口に出してニヨニヨする、おいおいさっきと言っていることが違うじゃねえかと思うかもしれないが、いいの、それが男の浪漫なのだけど……。
「でも、本当にそんな時が来るのかなぁ」
ふと妙な感覚に襲われる、男の浪漫話は盛り上がるしすごく楽しいけど。
「俺を相手してくれる女かー、正直、全然実感がないというか、いるわけないよなって思うのが寂しいけど、あーあ、イケメンはいいよなぁ~」
ぼんやりと空を見上げてそんな他人には聞かれたくないような1人ごとをぼやいた時だった。
「フー! フー! フー!」
「…………」
突然後ろから聞こえてきた荒い息と人の気配に体が固まる。
よし考えろ、この風呂場にいるのは俺だけしかいないはず、ならば後ろにいるのは誰だ、そうだ、そういえば風呂に入る直前のシベリアの台詞がおかしい、と思考の海を泳ぐ。
という間もなくガシッと後ろから肩掴まれた。
(いだだ! 地味に握力強い! 令嬢握力強い!)
「神楽坂中尉! いえ、ご主人様! ご主人様の願い! しかと聞き届けましたわ! 喜んで私がお相手役を勤めさせていただきますわ! まさかご主人様も私と同じ気持ちだったとはクォナは嬉しく存じます!」
「ち、ちがうよ、というよりも、なんで入っているの?」←振り向けない
「ご主人様にご奉仕するために決まってますわ! 分かっている癖に言わせるなんてご主人様ってばもう! 最初は控えめにパターン23にしようかと思ったのですが、両思いだと分かれば改良に改良を加えた最高傑作! パターン44でよろしくて?」
「え? なにパターン44って、ふあぁ!」
後ろから抱き着いてきた、当然凄い背中が柔らかい!
「やめてやめて! 離れて離れて! 自分が何しているか分かってんの!?」
「さっそく読んでくださいませ、これは水にぬれても大丈夫な奴なので!」
「聞いてないし! 分かった! わかったから離れて!」
「はいですわ!」
冊子のようなものを渡すとパッと離れる。
はあ、はあ、あれ、なんだっけ、この状況の直前に俺何か考えていなかったっけ。
まあいい、落ち着け神楽坂、振り向くのは辞めた方がいい、見たいとか見たくないとかじゃなくて実際見たら本当にやばい感じがするから。
よし思考を切り替えろ、えっとなんかパターン44とか言っていたよな、っていうかこれ何の冊子なんだよ、と思いながらパラパラとめくる。
えーっと台詞と簡単な地の文が、数字でセンテンス分けされている、ってこれ、なんだろう、台本なのか。
「ご主人様とのシチュエーションを収録した渾身の作品具の数々ですの! 声に出して読んでくださいませ! 私の台詞は私が言いますから!」
「あ、ああ、分かったよ、分かったからくっつかないでね?」
シチュエーションを収録したって、ああなるほど、つまりさっき俺が美少女と一緒にお風呂~とかいう状況とかを書いた奴なのね。
でも嫌だなぁ、何が書いてあるんだろうと思って44と書かれた項目を開いて、恐る恐る読み上げる。
――ご主人様は、綺麗好きで風呂が大好き、そんなご主人様はいつも1人で風呂に入るのが好きで、1人の時間を楽しむのが日課、だけど今日はクォナと一緒に入りました。
――ご主人様の背中をゴシゴシ流していると、どことなく気持ちよさそう、そんな姿に私はドキドキします。
(あれ? 案外まともじゃないか)
最高傑作というからどんなものが出てくるのかと思いきや。ご主人様という文言はまあこの際無視するとして、恋人たちが普通に一緒にお風呂に入ってイチャついている感じなのだろう。
――「クォナ、いつも俺に尽くしてくれてありがとう」←神楽坂がちょっとイケメンを意識したボイス
――「もったいないお言葉です、ご主人様の喜びが私の喜びです」
へー、異性と一緒にお風呂とかの妄想って女もするんだ。
よく考えれば当たり前かもしれないけど、男と一緒の内容の妄想を女がするって男からすると凄い不思議に映るんだよね。
――「そのままお湯で流してくれ」
――「かしこまりましたわ」
――そのまま桶でご主人様のお背中を流します。
――「よしクォナ、一緒に湯船に入るぞ」
――「はい、お供しますわ」
ほー、俺が少女漫画に出てくるようなSキャラになってる、まあそうか、女には人気だものなSキャラ。
――そしてそのままご主人様は鎖のリードを持ち。
「え?」
――その後を首輪をつけた私が裸で四つん這いでついてきました。
「はいストップ! もうこれ駄目ね! 駄目なやつね!」
「一見して恋人のいちゃつきと見せかけておいてのアブノーマル! これぞ叙述トリックですわ!」
「謝れ! アガサ・クリスティーに謝れ!」
「というかご主人様! まだ全然終わってませんわ! このあとご主人さまがクォナのピーーーーー(以下アクロバット18禁内容のため自主規制)」
「んなこと出来るかボケー!!」
って振り向いて「しまった」先に、当然の如くクォナがいたのだけど。
彼女は首輪をつけていて、鎖のリードをバシーンと伸ばしていたけど、それよりも……。
当然一糸まとわぬ姿で立っていて、それは流石上流の至宝とか呼ばれるだけあって、見とれてしまって、段々頭がポーって……。
(あ、やば……)
やばいと後ろを振り向こうとした刹那、再び思いっきり抱き着いてきた。
「さあ!! ついにこの時が来ましたわ! ちゃんとこの日の為に体も心も覚悟を決めてまいりましたの! さあ新世界を分かち合いましょう! まずはこのリードを持ち、先ほどのパターン44の続きを」
「ぎゃああああ!!!! 離せええぇぇ!!!」




