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第50‐1話:シレーゼ・ディオユシル家の一幕①


 独裁国家。


 この言葉から連想するイメージは決して良くない。一握りの権力者だけが富を独占し、民が貧しい思いをする、そんな光景を思い浮かべるのではないだろうか。


 だが国家の制度に短所のみのシステムも存在しないし、長所のみのシステムも存在しない、独裁国家のそんなイメージは短所に過ぎない。


 国家が不安定な時に下手に民意を集中させてしまうと、多様な意見を吸収した結果爆発してしまい、無秩序状態になる。


 だから権力を集中させ独裁として運営した方が国家の治安維持に最適な手段だったりする。


 ウィズ王国設立当初は王による独裁国家だった。


 王がウィズ教の教皇つまり使徒も兼ねており、ウィズ神という上位の神を後ろ盾に周囲を牽制、現在の修道院を居城とし、幹部達24人、つまり原初の貴族たちをサポートに置き、国家の重大な決め事は全て国王が決め、ウィズ神により宗教運営をすることで国家の安定を図っていた。


 そして時は流れウィズ王国は順調に発展し国力が増大、それに伴い、現在の首都を中心とした都市国家としてのカラーが確立し秩序が安定する。


 安定した時点で国王の独裁制度から変更する。


 原初の貴族と民間出身の有力者からなる王国議会を設立し合議制に移行、国王と教皇を分離、以降使徒は教皇のみとなり、宗教運営は継続して続け、重要な役職は貴族と有力者に均等に振り分ける方式に移行。


 更に国力が増大し、国民が豊かになり、識字率も向上し教育水準も一般国民にとって「普通」になった時点で、権力が寡占状態となっていた貴族を王国議会から外し独立させ、国家機関の要職を担当するのは当主の1人だけとし、他は全て民間人で構成することになった。


 この強制的な権限はく奪は当時、貴族たちから相当な反発があったものの、国家の秩序が安定した状態での権力集中は修復不可能なほどの腐敗を招くという理由により強行、時勢についていけない貴族たちの半数近くが身分を失うことになり、その中には原初の貴族も含まれていた。


(創立当初からずっと有力者に厳しいこの施策は、民意を得ることで進めていたのだ、か)


 修道院時代に使っていた王国史の教科書をパタンと閉じる。


 有力者に厳しい施策、原初の貴族ですらも身分を失うほどの苛烈なもの、確かに事実ではある史実ではあるがとても耳障りの良い言葉である。


 というのはこういう場合の有力者のテンプレ像である「有力者なんて自分の権力と金儲けばっかり考えているとんでもない奴ら」なんてのは所詮は妄想に過ぎない。


 その厳しい時代を生き残った原初の貴族は「要職を1人担当できる」という決まりを最大限に利用し、当主を頂点にしてピラミッド構造を採用、各家との連携を強化し、結果王国議会よりも優位に立つことになった。


 結果ウィズ王国は王族を頂点として現在も献身的に国を支え、世界ナンバー1の大国となったウィズ王国は、王族及び原初の貴族12門からなる組織力で君臨している。なんてことはない、国家創立当初に戻ったのだ。


 その権勢を現すかのように、首都の中央にそびえ立つ王城、城を中心に円形で建てられているそれぞれの12門の本家、その中で俺が今回世話になるのは、初代国王の秘書を務め、現在も国王の秘書を務めるシレーゼ・ディオユシル家だ。


「ついたよ」


 馬車がとまり、俺を案内してくれたリコが御者台から降りてドアを開けてくれたので降りてみたが……。


(でか!!)


 この一言に尽きる。でかい、普通にでかい2階建ての凄いこう、広い豪邸、その正門が俺の前にそびえ立っている、って語彙が貧弱で意味違いで申し訳ないが、こんな感じで表現するしかない。


「こ、これが本家なのか、凄いな」


 アイカの家には一回行ったことがあるが、確かに豪邸だったが、準貴族は一代貴族であるため貴族居住区に住んでいないし、普通の豪邸というものであるけど。


「ここは本家でもあるんですけど、正確には「居室」ですね」


「は? いやいやでっかい玄関ドアがあるじゃん」


「自分の部屋の扉が外に通じていると解釈ください」


「そんな解釈なの、ここはクォナの部屋なのか?」


「数ある本拠地の一つだと解釈くださいませ」


「使用人とかたくさんいそうだなぁ」


「今回は中尉の来訪に際しての掃除をしたほか、既に他の使用人についてはこの居室への立ち入りは禁止しております。よって中尉を含めた世話は我々3人ですることになりますから」


「はは、そうか、そうなのね、よろしくね」


 と若干引き気味に反応するしかない。


 そもそもなんで1人の為にこんなにでかい家が必要なんだろうと普通に思う。まあでも金持ちや権力者は、それが仕事でもあるからなぁ、だからこそみんなその地位を求めて努力するのだから。


 俺のように楽しんでやりたいなんて庶民的な考えを持っている人物にはここの家族との関係を持つなんて一生ないと思っていたが。


 さてと、と気を取り直してリコが先んじて扉を開いた先。


 クォナがセレナとシベリアと伴って出迎えてくれた。


「ようこそ神楽坂中尉、わが家へ」


「あ、ああ」


 クォナを中心とした3人の品のある堂々としたお辞儀、俺もぺこりと頭を下げるが自分で様になっていないことぐらいわかる、うう、普通に圧倒される。


 クォナはそんな俺を見てクスクスと笑う。


「大丈夫ですわ、普通に過ごしてくださいませ、上流の場に出る時はその都度私が指示をしますから」


「あ、ああ、よろしく頼むよ」


「まずは私の自室へどうぞ」



 クォナの自室、入った先にはまずは玄関前の間と表現すればいいのか、絵画飾ってあるだけの部屋があり、そこを通り抜けると何十畳もあるリビングルーム、といったぐあいに居室とか言ったけどやっぱり一つの家だ。聞いたところによれば、自室なのに「客室」まであるのだから恐れ入る。


「広いところに住む、単純なことですがとても分かりやすい指標の一つ、それだけで自分の格を周りに知らしめることができるのです」


 凄い説得力があるクォナの言葉、確かに俺も準貴族との格が違うって素直に思ったし、圧倒されて全く落ち着かない。


 リビングルームのテーブルにお茶が供されてクォナの後ろにセレナ達3人が控える形となる。


「まずは改めて自己紹介を、私はクォナ・ロロス、原初の貴族であり王の秘書官であるシレーゼ・ディオユシルが末裔が1人、ウィズ教司祭であり孤児院を運営しておりますわ」


 続いてクォナは後ろに控えている侍女達3人にと視線を送る。


「ここにいる3人の侍女たちが唯一信頼と信用を置く私の側近であり使用人であり友人達です。主な仕事は私の身の回りの世話ですわ、さあ3人とも中尉に自己紹介と簡単な経歴を」


 まずはとばかりにセレナが出る。


「私はセレナ・ディル、ディル男爵家当主マヴァン・ディル男爵の直系、侍女長をしています。首都出身、主な担当は秘書、戦闘は苦手だから他の2人に譲りますけど、クォナとは幼馴染です」


 使用人だから全てが庶民、というのは大きな間違い。特に侍女といった上級使用人に位置されるものには上流の出身が占める割合が多い。


 理由は無論相手の家と繋がりが持てるから。ザスリア男爵家では、原初の貴族の直系の1人の側近という利益を得ると考えればそう難しい話ではない。


 続いて前に出るのはシベリアだ。


「シベリア・メネルです、生まれも育ちもウルリカ都市、ウルリカ高等学院卒業、見てのとおり亜人種とのハーフです。ご存じのとおり回復魔法に特化しており、主な仕事はクォナの体調管理です。戦闘はチンピラレベルなら3、4人程度ならなんとかなります」


 頼もしい、しかも回復魔法か、前回得体のしれない毒を飲んだクォナをすぐに回復させる位の威力を持ち、彼女の能力がうかがい知れる。


 無条件で高い能力を得られるハーフではあるが、そのハーフの中でも才能が存在する、メディも相当あるが、彼女と同等レベルだ。


 最後に出てくるのはリコだ。


「私は、リコ・フランチェスカ、イラヤ5等都市出身、3人の中では最年少です。中尉と一緒で庶民です。主な仕事は警護です。一応戦闘は3人の中では一番出来ます」


 確かに佇まいが軍人のそれを彷彿させる。確かに前回忍び込んだ時、リコが一番緊張感を保持した状態で寝ていた。


 それにしても中々の個性派ぞろいだ、そうかこの3人がクォナにとっての「仲間」ってことなんだな。


 ならば最後は俺だ。


「俺は神楽坂イザナミ、ウルティミス・マルス駐在官、修道院文官課程202期卒、階級は文官中尉、えーっとまあ色々と調べているみたいだから割愛するとして、長所は細かいことを気にしない大らかなところ、短所はめんどくさがり屋、かなぁ」


 俺の自己紹介ににっこりと笑うクォナ、さてお膳立ては済んだ、いよいよ本題だ。


 クォナもそれを理解して、一気に場が引き締まり告げる。


「王族と原初の貴族はある不文律があります」


 という言葉で切り出したクォナ。


 原初の貴族は「当主の血を受け継ぐ一番初めに生まれた男子を次期当主とする」という不文律があり絶対に破ることは許されない、それがどの夫人が生もうが関係ない。


 最大の目的は血を絶やさぬこと、そのために原初の貴族に限らず、上流は一夫多妻制を採用している。


 一夫多妻制なんて聞くと男から羨ましい限りだと思うがさにあらず、複数の女性と結婚出来たはいいものの、経済的に徹底的に夫人たち締め付けられて生活に四苦八苦しているなんて普通に聞く。


 そもそも男に都合のいい制度で男に都合のいいことが起きるなんてことを女側が許すはずがないのだ。


 日本だってかつては側室制度を採用し、男尊女卑の権化のように言われているが、男が女の尻に敷かれている記録なんてたくさん残っている。


 とまあ歴史を語るまでもなく自分の身に置き換えてみると、例えばセルカとアイカと2人と結婚したら……うん、なんかすごい大変そうだ。


 そうやって受け継がれる血筋、その中でモストのように次期当主となる人物を指して、これを当主筋と呼ぶ。


 そして当然、当主と言えど子を残せない体質も存在する故、その時はその当主を中心とした近い血縁の男子に受け継がれていく。


 クォナは女性であるから当主筋ではないが、当主から生まれた子であるため、これを直系筋と呼ぶ。


 生まれながらに既に自分の役割が決められている。それを今日まで続けたことについては驚嘆に値するが、それよりも驚くべきことはこれだ。


「前々から思っていたんだが、この生まれが全てってことはさ」


 俺の言いたいことが分かるとクォナは頷く。


「そのとおりです、はっきり申し上げれば、能力なんてどうでもいいのですよ」


「はー、人よりも上に決まり事を置いているってことか、半端じゃないな」


 絶対的な決まり事を定めて、決まりを人より上に置く。


 これは言葉の響きが悪く、その響きだけで決まりよりも人を上に置きたがるもの、そのために使われる「人の為に決まりごとがある」なんて言葉は魅惑的だ。


 そしてクォナの言った「能力は問わない」なんてのもこれも言葉の響きがよくない「生まれではなく能力を重視する」という言葉もまた魅惑的だ。


 だからこそここに思考トラップがある。というのは能力とは所詮は他人の評価に過ぎない、その他人は自分の経験則でしか物事を見ることができない。そのこと自体は当たり前のことなのだが、これを認めるのが難しいのだ。俺だって自分の経験則が大事だし、つい拘ってしまうのだ。


 しかもそれが組織的になると、能力評価というのは幅があるように見えてかなり限定されてしまうのだ。これは俺とモストの関係が分かりやすい、サノラ・ケハト家次期当主が俺を無能と評すれば俺は本当の実力に関わらず無能になるのだ。


 結局その評価を気にしなかったのはアイカ1人だけと考えれば納得がいくだろう。


 まあとはいっても、最下位だし、あながち間違っているとも思えないのが締まらないけど。


 だから個人に権限を集中させてしまうと、敵がいれば付け込まれ、敵がいない場合は空中分解する恐れがある。


 仮に能力というものが存在するとしても、一番致命的はそもそも能力は「生まれつき」であることだ。そんな「偶然」に頼るとどうなるのかなんて語るまでもない。これは原初の貴族とて例外ではなく、上記の理由で断絶してしまった家もある。


「本当に原初の貴族は今でも国を支えているのだな、素直に尊敬するよ」


「とはいっても色々な方がいますよ。私も自由にさせてもらっているほうです」


 中には所謂「生涯独身の遊び人」もいたりするのだという。ちょっと羨ましいかも。


「さて、話を戻しましょう」


 ここで言葉を切り俺の目を見てハッキリと告げる。



「フォスイット・リクス・バージシナ・ユナ・ヒノアエルナ・イテルア殿下」



 原初の貴族が自分の始祖をミドルネームにするのは、王族が「初代国王とその王妃の名前」をミドルネームにすることに倣う形になる。


 そして名前が誰かなんて、原初の貴族を知らなかった俺だって知ってる人物。



「ウィズ王国第一王子、次期国王陛下となる方ですわ。そして現在極秘に王妃の選定をシレーゼディオユシル家次期当主であるパグアクス兄様の元進行中、我々はその計画に組み込まれることになります」



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