第49‐2話:万能の弱点②
「はい、お茶、安茶だけどな」
応接室に戻り、反転逃走なんて行動をとってどう説明しようかと思ったが、クォナが「照れているだけですわ」という言葉で全員が納得、大事な話があると言ったら全員が素直に部屋を後にした。
繰り返しますけど嘘ついてますからね、この深窓の令嬢は、ていうかなんでそれでみんな納得するんだよ。
と内心ブツブツ言うが、まあ雰囲気からすると爪を剥ぎに来たわけではないように思える、さて、用件とはなんだろうかと思ったところで、クォナが切り出した。
「今回私がここに来たのは神楽坂中尉に仕事の依頼をしたいからですわ」
「……………………………ふーん」
「別に前回のように裏なんてありませんわ、それにこの依頼で悪戯を仕掛けるには相手が悪すぎますから」
(……悪すぎる?)
「まず私が「お忍び」でここに来たのは依頼について書面で残すことができないからです。そして依頼を受諾された場合でもここでは話せません。私の本家にまで来てもらうことになりますわ」
「…………」
はっきりとしたクォナの口調にようやく頭が冷えて働き始める。
本家、エナロア都市にある個人宅ではなく、首都にあるシレーゼ・ディオユシル家ってことか、クォナは続ける。
「そして依頼の内容を聞いた後で拒否は認められません。依頼を受けるする以上は内容が何であれやっていただくことになります」
なるほど、つまり何をされるのか、何をするのかも分からないのに答えだけ先に言わせて、引き受けたらどんな無理難題の拒否権は認められないってわけか。
俺の考えていることは分かるのだろう、クォナは「このような状況で依頼を受けろとは、それこそが無理難題であることは私も承知しております」と前置きしたうえで話を切り出す。
「故に先に私の方で報酬を用意させていただきましたわ。この報酬を聞いて受けるか拒否をするか決めてくださいませ」
「報酬、ね……」
言葉からすると当然金じゃないな、しかもあのクォナの表情を見ると、俺だけじゃないウルティミスにも関わってくることだ。
一気に場が緊張に支配される、クォナは少し間を置くと真っすぐに俺の目を見て告げた。
「私立ウルティミス学院の顧問に私の名前を如何でしょう?」
「な!!」
思わず立ち上がってしまうが、クォナは俺の目から視線を外さずずっと捉えたままだ。
ほ、本気なのか、原初の貴族の直系が、名前を貸すのか。
現在ドクトリアム卿の後ろ盾を得た俺は、既に原初の貴族の名前の威力は十分に痛感している。
その威力は俺だけじゃない、俺の仲間というだけでセルカは上級王国議員への仲間入りを果たし、ウルティミス商工会はレギオン商会との太いパイプの構築に成功、はてはメディにまで波及している。
無論その威光をしっかりと利用できる時点で凄いのは言うまでもないが……。
(タイミングが良すぎるし、都合がよすぎる)
ドクトリアム卿の後ろ盾がついているのは百も承知。本来ならそれで十分と思うはずだ。だが彼女の提案は明らかに……。
「クォナ、依頼の返事をする前にそっちがどの程度「俺の実情」を把握しているか知りたいね」
俺の言葉が意外だったのか侍女たちは驚き、クォナは嬉しそうにする。
「セレナ、例の身上調書を神楽坂中尉に」
「え!?」
驚くセレナにクォナはいいからと促すも首を振って拒否するが、それでもというクォナの台詞に少し気まずそうな、罪悪感がある感じでセレナはひとまとめになった書類を机に置く。
身上調書て言ってたな、つまり「俺がどういった人物であるか」が書いてある書類か。
「読んでもいいのかい?」
「もちろんですわ」
これは面白そうだ、セレナの表情だけでも中を見る価値は十分にあるぞ。
机に置かれた項目ごとに俺のことを書かれた調書、おおう学力の項目なんて懐かしいな、そうだよな、なんでウィズ王国語が話せないんだって身振り手振りで伝えたら教官がびっくりしてたっけ。
はは、修道院入学を許可されるような学力を持っているとは思えないか、うんうんそのとおりだよ、だってルルトが神の力を使ってねじ込んだのだもの。
他にも例えば課外活動についてはこんなことが書いてある。
――人員関係の構築の為に、武官と文官問わず交流の場であるものであるが、彼は剣術部に入部するも異国の剣術のみの鍛錬でウィズ王国剣術についてはまるでやろうとせず、部内における試合は全敗、周りからは嘲笑されるもまるで気にしない。
剣道の技自体が全部反則だったのはびっくりしたっけ。例えるのならば同じ剣術でも剣道とフェンシングぐらい違うと言えばお分かりだろうか。
後は政治についてはこう書いてある。
――貴族枠を中心とした人間関係に入らず、課業が終わるや否や1人で首都観光に勤しみ、使えもしない魔法に何故かこだわり、周りの空気を読もうとせず、あわせず、気を遣わず、遣えず、時間が空けば本を読むことに熱中している。
「ぶふう!」
思わず吹き出してしまってセレナ達がぎょっとしている。異世界の首都観光とか浪漫だし、それに「使えもしない魔法に何故かこだわり」って、魔法言語とかマジ浪漫だろ、異世界人にとってはそうなの。
それに異国の物語は面白かったし、その話が読みたくて必死でウィズ王国語を覚えたのだから。
――仲のいい唯一の同期は文官にはおらず、現在でも交流があるのが拝命同期であった武官であり、現在の仲間であるアイカ・ベルバーグ武官少尉のみ。
そういえばそうだったよな、俺の悪い噂ばかりなのは知っているのにアイツは全くそれを気にしていなかったんだよな。「自分で確かめないと気が済まないの」というセリフはアイカらしくて、俺も気に入って、向こうも気に入ってくれたのか、時々2人で遊ぶようになったんだ。
グルメな奴だったから色々美味しい店に行ったっけ、楽しかったな。
「笑っておられますわ」
「いや、修道院時代を少し思い出していた、戻りたい場所ではないけど、懐かしい場所ではあるんだなって思ったよ」
俺は資料をテーブルの上に置くと差し出す。
「それにしても「悪くない」な、流石クォナの侍女たちだ。わざわざこんなものを持ってきたってことは」
俺の言葉にクォナは不敵に微笑む。
「クォナ、君の目から見て今の俺の状況を一言で言うと何だと思う?」
「虫かごの中」
「…………」
「言葉が過ぎましたことお詫びいたします、ですが神楽坂中尉も理解しておられると思います、ドクトリアム卿の後ろ盾は強大ではあれど……」
ここで言葉を切ってはっきりと告げる。
「神楽坂中尉の弱点が守られているだけではなくなるという訳ではないことに、放置されている事実には変わりはないことに」
この話は侍女たちも知らなかったのか驚いた様子でクォナを見る。
「クォナ、君の言う俺の弱点について教えてくれ」
「そうですね、まず貴方は間違いなく神の力を「お願い」出来る位置にいる、つまり神との協力関係にあることだと推測しております」
「根拠は?」
「メディ・ミズドラさんと書いた神聖教団の論文です。すぐに分かりましたわ、自分と重ねていると。歴史が紡ぐように、神の力は文字通り人の身の分を超えた不相応なもの、それは人生で1人で終えることを決めたアーキコバ・イシアルの人生が物語っておりますわ」
「…………」
「これらのことを鑑みれば、弱点は明白、つまりは……」
クォナは俺を見据えて告げる。
「神の理は重すぎて大きすぎて人の理は耐えられない」
「…………」
「中尉はそれを絶妙なバランス感覚と能力で活用してきました、いずれ来る限界を知りながら常に綱渡りで物事を解決してきました。だからこそドクトリアム卿は、それを知りつつも虫籠を用意しただけで何もしない、神の力があると知っても尚、それを自分の為に使えとは言わないのですよ」
クォナの結論にセレナが疑問を投げかける。
「ちょ、ちょっと待って、神の力頼んで使う事が出来て、使い方も知っているんでしょ、何でもできる神の力を何故ドクトリアム卿は使わないの?」
「今回の場合で言うのなら俺に付け込まれるからだよ」
代わりに答えた俺にクォナは頷く。
「そう、たとえ後ろ盾になった人物に対してと言えど、他人の力を借りてしまえば「貸し」になり、下手をすれば神の力に付け込まれる。あの方はちゃんとわかっておられます」
そうドクトリアム卿の後ろ盾は、敵を遠ざけるだけで根本的に解決したわけではない。
「だからこその私立ウルティミス学院の顧問に私が名を連ねることの意味は、中尉には説明せずともお分かりですかと思いますわ」
ここでクォナの説明が終わり、俺はぐうの音も出ない。
名を連ねることの意味、つまりシレーゼ・ディオユシル家の直系の1人が「俺との繋がりにより名前を貸す」ということであり、これは後ろ盾ではなく「対等」であるということだ。
その力は強いなんてものじゃない、もしクォナの依頼を成功させれば俺は「原初の貴族に対等なビジネスパートナー」として認められるってことだ。
クォナの口調からして裏はないと判断していいだろう、観察したが嘘の雰囲気や、前回のような雰囲気はない。
しかも俺のことを調べてあげていること、俺の思考について興味を持っていること、そして取り込もうとしているところまでぶっちゃけドクトリアム卿と思考が一緒だ。
そしてその上でその依頼内容とやらが「俺向き」の事案だと判断したこと、だからこそ本気だというのが理解できる。
俺の考えがある程度まとまったのを察してクォナは切り出す。
「もちろんこの報酬について当然契約書なんて作れません、もし口約束が信じられないのなら、前払いでも結構ですわ」
「前払いはお互いにリスクが高すぎるから却下だ、だが答える前にいくつか質問をさせてくれ、言えないことは言えないでいい」
「どうぞ」
「俺個人についての依頼なのかウルティミス・マルス連合都市に依頼しているのかどっちだ?」
「神楽坂中尉個人にと解釈くださいませ」
「助けについてはどの程度許される?」
「そうですね、神楽坂様の「仲間」についての助力は、誰をどのように使うかについては私を通していただきたいのです。その都度判断するとしか答えられません」
「俺が依頼を受けるというのは公式ではどう扱われる?」
「公務として扱われます、ダミーの出張計画書はこちらで作成します」
「荒事か?」
「言えませんわ」
「つまり公に出来ない事情があるってことか?」
「言えませんわ」
「俺の身分の保証はクォナがするのか?」
「私は保証人という立ち位置ではありません。私は「この依頼に関して認められた助力」と解釈していただければ間違いありませんわ」
「つまり責任は原則自分ってわけか」
「申し訳ありません」
「いや、そっちの方が動きやすくていい。えーっとさっきの言い方だとクォナがサポートに入ってくれるってことなんだろうけど、どの程度できるんだ?」
「? 私が持つ力に対しては制限はかけられていませんが」
「違う、俺の求めに対してどの程度できるってことだよ」
クォナは首をかしげる、まあそうか、理解しづらいか、あんまりカッコ良くないが、これだけははっきりさせておくか。
「俺は女に頼ることに対して全く躊躇しないってことだ。完遂するためにいわゆる「かっこ悪いこと」も平気でする、クォナの上流での評判は前回で聞いた。俺の行動に巻き込まれた場合は、お前の評価も落としかねないぞ」
俺の言葉にクォナはキョトンとするがすぐに不敵に笑う。
「それこそ前回に限らず、あれだけのことを常にしている私の評価が「落ちない」状況を鑑みれば、ご理解を戴けると思いますわ」
「ははっ、ったく凄いよな、っていっても同じ男としては恐ろしいよ、まあでも王族絡みの依頼じゃ念には念を入れないといけないからな」
「…………」
クォナが何も答えないのは、驚いて目を見開いてみているからだ。
「ふふん、その反応を見るとビンゴだな」
「……何故、王族絡みの依頼だと気づきましたの?」
「それは前回と全く一緒だよ、依頼を話している時のクォナの顔は、この間とはまるで違うのさ。確固たる意志と覚悟を持っている、その意思と覚悟がどうしてここまで来るのかと考えてみた時に、その口調から自分よりも上の人物、常に敬意を払っている話し方が無意識に出ていたぜ、それが理由だ」
「私は原初の貴族でも直系ではありますが当主筋ではありません、それこそドクトリアム卿のような爵位が上の人物かもしれませんよ」
「それはない、何故ならそれならクォナは動かないからだ。原初の貴族は確かに公爵から伯爵までちゃんと序列がついているが、家の格については対等だ。それはそうだ、貴族に限らず有力者が没落する理由は、個人に力を集中させてしまうのが原因だからな。原初の貴族は当主を頂点に組織力で国家に影響を与えている、今でもそれは変わらない」
俺の指摘にクォナは「ふう」と緊張を解くようにため息をつく。
「お見事、この程度は難なく見破るのですね、変わらずの冴え、安心しましたわ」
「はっはっは」
「…………」
「怒らないでくれよ、これも前回と一緒だ、やっぱりミスに気づいていないな」
「え?」
「これも前回と焼き直しってことだよ、この程度を難なく見破るまでじゃない、正確には「見破るところまでがセット」だろう?」
「…………」
「前回のミスを反省して、断定できないようにボカシたことまではいいが、クォナは、何かを仕掛けるとき少し演技臭くなるんだよ。あんだけえーっと、俺の考えを「常軌を逸した思考」とか「善悪に頓着しない思考」とかの言っていただろ、まあ、あれは、うん演技じゃなかったよね、これを鑑みてつまり今回の状況をまとめるとだ」
「クォナのところに、王族絡みの依頼が入った。その中にはクォナの裁量でいわゆる誰を使うかの裁量が与えられていた。そこでクォナは俺を選んだ、理由はさっき言った理由でな、んで「ついで」にクォナの好みである俺の思考を見たいと思った、理由は好奇心、ってところだ」
「…………そのとおりですわ」
「ん、素直に認めてくれてよかった、だからクォナ、こちらも素直に言おう、これが最後だぜ」
俺は、首だけを上げる形でクォナを睨む。
「原初の貴族であることと社交界での評判、悪意、そのプレッシャーや辛さについて俺は想像するしかない。その環境の中で部外者である俺に頼むことはそれだけでかなりのリスクなのは理解する。さっきは好奇心と言ったが俺の能力がちゃんとあるのかどうか試したいという思惑もあったのだろう、だから責めるつもりはないが……」
「次俺に同じことをしたら、ただじゃおかない」
瞬時に侍女3人が空気が張り詰める。
「俺にとって信頼できるのはお前だけなんだよ、パートナーってのはそういうことだ、俺もクォナの要望に全力で答える、だからクォナも俺の要望に全力で答えてくれ」
俺の言葉にその真剣な気持ちが伝わったのかクォナは緊張感を持ったまま言葉を紡ぐ。
「礼を逸したことを深く謝罪いたします」
「いや、こっちもキツイ言い方をして悪かった、クォナの自分に対して素直というか、趣味人ってところ正直分かるんだよ。俺も一緒だからな、楽しむってのは大事だよ。それに報酬の件についてが真実なら、そこはこちらも願ってもない話だ」
俺は手を差し出し、クォナはクスリと笑いながら手を握り返してくれた。
(お?)
前回は「真実で私を貫いて~」とか「蹂躙くださいませご主人様~」言っていたのに、しっかりと俺を見据えている。
今の彼女は深窓の令嬢とか上流の至宝とか呼ばれている男の妄想の産物を演じている顔じゃない、原初の貴族としての顔だ。
やっぱりそうだ、俺をお茶会へ誘ったのは、何かの気の迷いだったんだな。
(おそらくいい意味でも悪い意味も偏見を持たないで接した俺が特別に見えて、好きになったと思い込んだんだな)
そして冷静に考えるとアーキコバの物体の解明の事実を知って、ビジネスパートナーとして価値があると判断したってことか。
それはそうだ、ドクトリアム卿はともかく、神の力ってのは原初の貴族から見ても魅力的に映るのだ。
こちらが意図していないこととはいえ、この状況には感謝しないといけない。こうやって気安く話せているけど、本来は近づくことすら困難な存在なのだから。
「これからよろしくな、んでさ、クォナが興味があった俺の思考の正体がこれでわかったんだろう?」
「え?」
「俺の思考ってのは、相手の立場や思考系統や仕草を読み取り、その上で導き出される推論をそれぞれに想定して考え取捨選択させ、時に複合させ、実際に今みたいに色々と質疑応答を混ぜて修正し、最善の結論を構築し、自分の出来ることを判断して行動に移すのが俺のやり方だよ、だから、そんなに面白味があるわけじゃない」
「……そうですわ、ね」
あれ、今度はどことなく沈んだ様子を見せる、ん、きつく言ったのが堪えたかなって、そんな感じには見えないが……。
とその様子も一瞬だけ、クォナはいつもの表情に戻り聞いてくる。
「今回の依頼で中尉はまず仲間たちについてどう助力を願うつもりですか?」
「ウルティミス・マルスからは原則俺1人で動くつもりだ、ウルティミス学院が絡む以上はセルカに報酬の件は伝えなきゃいけない、そしてその依頼の為にクォナの世話になることだけ伝えるぜ」
「了解しましたわ、拠点は私の本家となります、今回の依頼についての活動単位は私と侍女達3人と神楽坂中尉の4名のみです。内容については本家にて、2日後にリコとセレナを使いに寄越します、それまでに身支度を整えてくださいませ」
俺が頷くことを確認すると「それではまた改めて」と侍女たちを引き連れて馬車に乗り、ウルティミスを後にしたのだった。
●
(王族絡みの依頼か)
正門まで見送った後、俺は自室に戻り思考を巡らせる。
クォナは俺の仲間達に助力を願っても構わないと言っていたが、はっきり言って今は時期が悪い。
というのもウルティミスはかなり忙しい時期だからだ、まず修道院合格の第一候補であるセク・オードビアが受験の直前であり、ウルティミス学院ではウィズが家庭教師代わりになって集中的に勉強を教えている。
だからセルカが現在、主任教師として生徒たちに勉強を教える傍ら、マルスの運営会社である流通会社の代表としての業務そして曙光会との人材構築もこなしているため、それだけで手いっぱいだ。
アイカは、何やらセルカと業務について打ち合わせを進めている。極秘に進めているらしく「結論が出たら話す」とのことだ。
つまりルルトしかいないわけだ。
「というわけだ、いつものとおりサポートを頼むぜ相棒」
「あれ、1人で動くんじゃなかったのかい?」
「神の力をお願いできる立場にある、って向こうは理解しても実際に正体を明かした状態で借りるわけにはいかないだろ、それに今回は余り隠すつもりも無いしな」
「ん? ドクトリアム卿の後ろ盾があるとはいえ、派手にやっていいのかい?」
「そっちの方がいいのさ、まず今回の話の大前提として、依頼の難易度はそんなに難しくない可能性が高いからな」
「難しくないの? 原初の貴族が名前を貸すのだろう、難易度は相当に高いと思うけど」
「いや、クォナはおそらく俺の神との繋がりを当て込んでいる節がある、これ見よがしに身上調書なんて見せたことといい、顧問に名前を貸すなんて報酬を出したこととかな。俺がそれに気付くことも承知の上でだ」
「だから俺は今回の依頼で、クォナが言った「神の力を使うようお願いできる立場」に確信を持たせよう動く、だがルルトの力を借りているという事を知られるわけにはいかない。だからルルトの存在は徹底して秘匿するから、俺の許可なしに姿は現さないでくれよ」
「なるほどね、りょーかいした、それにしても何か気合が入っているね」
「ま、いつもみんなに頼りっぱなしじゃカッコつかないからな、それにクォナはビジネスパートナーとしては面白そうな奴だぜ」
さて面白くなってきた。
ウィズ王国史だけは唯一修道院で平均点を取っていたからな、出発する前までに埃をかぶった王国史をもう一度流し読みでもするか。
――クォナの馬車内
クォナが乗る貴族馬車、外からそれとわかるようにはなっていないものの、お忍びで来ているとはいえ道中は完全に安全だとは限らない、故に丈夫な造りになっている。
御者台にはリコが座り、周囲の警戒は馬車の上からセレナが担当しており、馬車内はクォナとシベリアの2人がおり独特の緊張感に包まれていた。
「相変わらず、独特の読みを仕掛けてくるよね」
「ええ、さすがご主人様ですわ…………」
少しだけ沈んだクォナの口調にリコが問いかける。
「言わなくてよかったの?」
「…………」
沈んだままのクォナにリコが補足する。
「神楽坂中尉の思考は自身がそう言ったとおり、だからこそ少し間違いがあったり、見落としも、更には忘れることも含む。だからこそ今回もまた前回と一緒で「間違いはないが読み間違いがある」ってさ」
そう神楽坂は前回と同様に「結論は正しいがクォナの意図を読み間違えた」のだ。
クォナはシベリアの質問に答えず顔を赤くしてモジモジする、そんなクォナにシベリアは「はー」とこれ見よがしにため息をつくと伝えた。
「あなたのことが好きです、だからなんでもします」
「そ、そんなはっきりと言えるわけありませんわ! 恥ずかしい!」
「は、恥ずかしいとか気にするんだ、いいじゃない、貴方の為にって、男なら嬉しいんじゃないの?」
「そうかもしれないけど、もし、お、重いとか言われたら、ショックだもの」
「お、重いとかも気にするの?」
「うう~」
再びモジモジするクォナの様子を見て再び「はー」とため息をつくシベリア。
「まあ、同じ女とすれば察してほしいってのは理解するけど、あれじゃ完全に取引よ。あの様子じゃ神楽坂中尉は「自分に対しての気持ちはもう終わっている、若しくは何かの間違いでビジネスパートナーとして価値を見出された」って絶対思ってるよ、それどころか最初はアンタがフラれた復讐に来たとか思っていたよ?」
「むー、そんな復讐なんてしませんのに」
そう全てはシベリアの言ったとおり、クォナにとって神の繋がりがどうのというのは口実に過ぎないのだ。
無論神楽坂の弱点について嘘偽りはないが、どうして名前を貸すのかについては根っこは一つしかない。
「貴方が名前を貸せば中尉の為になって喜んでくれる、んで顧問であることを口実に中尉に会いに行ける、でもそれを悟られるのは恥ずかしいからわざわざ神のつながりとか弱点とか面倒な前振りをした、そのくせ気が付かないなら気が付かないでむくれる、いや~女ってめんどうだわ~」
「べ、べつに、そういうわけじゃないわ!」
「しかも中尉の仲間たちがフィリア軍曹を除いて協力を仰げない状況を調べ上げてたからこそこのタイミングだものね。んでフィリア軍曹はウルティミス駐在官として必要だと見越して、中尉1人だけ呼び寄せるためにだものね、きゃー女って怖い~」
「もういいじゃない! 最終的にメロメロにさせればいいだけのはなしですもの、自信はありますわ。特に中尉は何故かそういった気持ちを抑えているように感じます。相手方も手ごわいと思ったけど、大したことはありまえん。セルカ街長は辣腕家だけど殿方に対して奥手、アイカ少尉はまだお子様、攻める価値は十分にあるわ、さて……」
「例の物は抜かりないわね?」
「…………」
くそう、このままスルー出来るのかと思ったのにという顔をするというシベリア。
彼女はある物を無言で差し出す、一見してただの箱にしか見えないが、それは魔法器具だ、ウルリカ都市が開発したもの、クォナがその機械のボタンを操作すると、その箱が薄く輝き……。
――「次俺に同じことをしたら、ただじゃおかない」
「はいいぃぃ~~!!! もうしわけございましませんわぁあああ!! この愚鈍なクォナが! あ˝あ˝! ご主人様に対しての試すなんぞ何たる無礼! お詫びに何でも致しますわぁ!!」
再び横にあらかじめ用意してあった抱き枕をだいしゅきホールドで(以下略)。
さて神楽坂はもう一つ読み間違い、いや、間違いというよりも発想にないため見抜けなかったのがこれである。
元よりビジネスパートナーとしてなら一方的に試される真似をするのは当然に信頼する相手への行動ではない。クォナにとっては愛しい神楽坂の為にリスクを背負い込むこそが愛であるからそもそも必要ない。
つまりクォナが挑発的な態度だったのは、その点について強く警告をしてくるだろうという事、つまりその言葉を録音(盗聴)するためだったのだ。
当然神楽坂の声を盗聴するだけではなく及びシベリアには魔法写真での神楽坂の盗撮を命じてある。
魔法の力を持っていない者にはその力を悟られない、魔法使いのフィリア軍曹がいないのが幸いしたものの、魔力を使う理由がアホみたいなことだから泣きたくなるシベリアであった。
とはいえ、いよいよ神楽坂本人が来訪することもあり、当分は台本読みから解放されるとシベリアは内心喜んでいたけど。
そんなシベリアをよそにクォナは腰をヘコヘコさせて後、「ふー! ふー!」と荒い息のままキュルキュルと動かす。
――「次俺に同じことをしたら、ただじゃおかない」
「ごしゅんじんさまああぁぁぁ!!! クォナのピーーーーーー(以下アクロバット18禁の内容のため自主規制)」
腰ヘコヘコさせた後、すぐにムクリと起き上がり魔法機械をキュルキュルと動かす。
――「次俺に同じことをしたら、ただじゃおかない」
「あああ˝˝˝~~~~、かぐらざかさまぁあああああああ!!!!!」
我慢我慢と、目のハイライトを消したシベリアの横で馬車内にクォナの絶叫が木霊するのであった。




