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プロローグ


 社交界。


 ウィズ王国上流の世界、様々な目的を持って開かれる社交は参加するだけでステータスとなる華やかな世界。


 首都の貴族居住区、通称貴族園に存在するシレーゼ・ディオユシル家の本家では、原初の貴族の直系当主であるクシル・シレーゼ・ディオユシル・ロロス伯爵主催による社交界が開かれていた。


 今回の社交は本家に縁ある人物たちを招かれて友好を深め合うという名目で開かれている。


 政治的目的ではない社交ではあるが、誰もがその社交に参加したいと願い、今回その社交界に参加する特に紳士たちは顔にこそ出さないが、ある人物の登場を今か今かと楽しみに待っていた。


 本来はホストの家族であるので開催される前からその場に姿を現すのが礼儀ではあるが、運営している孤児院の仕事を優先、その後で向かう旨は当主より伝えられていた。


 そして既に彼女は到着し、準備をしていると告げられると、全員がどこか浮ついていた時だった。



「クォナ・シレーゼ・ディオユシル・ロロス伯爵嬢!!」



 本家の使用人である読み上げ役が誰が来たかを声高らかに上げる。


 その瞬間、高らかに呼ばれた彼女は1人の侍女を伴って会場へと姿を現した。


 瞬時に集まる視線。


 魅力はその名のとおり力である、その力は美女が歴史に影響を及ぼした事実を見れば説明は不要であろう。彼女もまた時代が違えば彼女も傾国の美女と呼ばれたかもしれないのだ。


 だが彼女が歴史に悪名を轟かせた傾国の美女たちと違うのは、その振る舞いであった。


 敬虔なウィズ教信徒であり孤児院を運営し、不穏な噂とは一切の無縁、清廉で誠実、清楚な振る舞いから生み出される美しさは深窓の令嬢、上流の至宝と呼ばれた。


 その彼女の魅力に魅了された男は数多い。


 数々の美女と浮名を流した美男子達。


 誠実で命をかけて愛すると誠実を貫いた男達。


 そのいずれも自分の魅力が彼女の魅力を凌駕するに至らず、誰の物にもなっていない。


 結果今では彼女の生き方そのものに対価を求めない無償の騎士たちだけが傍にいること許される、神聖不可侵な存在となった。


 そんな彼女に男は話しかけられただけで跪き夢うつつ。


 どんな人物にも分け隔てなく笑顔で接し、余計ことは言わず常に男を立てて、それでもちゃんと自分の意志をもっている。


 男たちの衆目を集め、彼女はいつも男たちの噂の中心だ。


「相変わらずお美しい……」

「ああ、近ごろますますお美しくなられた」

「伯爵も溺愛しているからな、彼女だけは真に愛した人物だけに嫁にやると常に言っているぞ」

「だが誰が射止めるのだろうな、そうだ、聞いたか、実は想い人は既にいるというぞ」

「なんだと? そんな幸運な人物がいるのか? 誰なんだ?」

「分からない、だが今までその手の質問は「全員が大好き」ということを言っていたが、この前その手の質問をされた時に、言葉を濁して無言になったそうだぞ」

「本当か? ううむ、そう言われても振った男たちのことを考えると現実感がないぞ」

「まあ、そういった外見や社会的立場で男を判断するような方ではないから、皆期待してしまうのか」

「となると可能性を考えると騎士たちの1人か?」

「どうなんだろうな……不可侵協定を築いているというが、お茶会に誘われたら断るのだろうか」

「いや、お茶会に誘われた場合は不可侵協定を破ってもいいそうだぞ」

「はは、まあ、あの様子を見る限り望み薄だな」


 その噂をしている時に、彼女に近づく紳士を見て雰囲気が変わる。


 洗練された雰囲気の美男子、その異性に慣れた振る舞いに女たちは目を輝かせて自分を可愛く見せようと上目遣い、機嫌を損なわないように気を使い優しく接する、そんな男がクォナに接近する。


 本来上流ではない彼がどうしてこの社交界に参加しているかは、その社交界に招かれているのが男性だけではないということ、クォナ嬢に近づく目的を知りつつも惚れた弱みで許してしまう女たちが彼の女性に対しての魅力の証左である。


 だからこそ必然的に集まる男の嫉妬の目線、彼に話しかけられたクォナ嬢はいつもと変わらぬ笑顔で応対する。


 彼のクォナ嬢に対しての振る舞いは流石、スキンシップにエロトーク、これを普通の男がすれば性的嫌悪感セクハラとの誹りは免れない。


 だが彼がするのはスキンシップに女は喜び、エロトークに期待をさせるものであった。


「いけませんわ」


 会話を突然切られる形での言葉に男は呆ける。


「……え?」


「ちゃんと女性は大事にしなければいけませんよ」


 全く変わらぬ口調と笑顔で、それでもハッキリとした拒絶。


「…………」


 彼は面食らった顔をするが、そこも流石空気が読めるのか、食らいつくことも反論することもなく「分かりました」とスゴスゴと退散した。


「有名な女たらしだと知られても尚、女を魅了するアイツが歯牙にもかけられないとはな」


 少しばかりの「気持ちが晴れた」ような口調に隣の男も頷く。


「外見もそうだが、彼女の魅力は中身だ、中身の美しさがそのまま表れている、だから男たちはあんなにも魅了されて、彼女に尽くすのさ」


 そして噂をしている男たちの細やかな「夢」はこれに限る。



「でも男なら、クォナ嬢にお茶会に誘われる夢は一度ぐらいは見ても罰は当たらないだろう」



――――社交後・クォナ自室。



「気持ち悪いのよ!!!!! あのブ男!!!!!!」



 叫びながら自室、シレーゼ・ディオユシル本家のクォナの部屋でゲシゲシとベッドの縁を蹴り続ける。


「誰が私に触ることを許可したのよ!! エロネタなんて怖気がするほど気持ち悪いのよ!! 勘違い野郎! どいつもこいつも! どうしてあんなにも気持ち悪いのかしら! うんざりね! 全員が醜いわ! 私の外見だけ見てどれだけ夢見てんのよ!! あああああ!!」


 とはあはあと息を切らしながら目が血走り怒りが冷めやらないクォナ、彼女の「愚痴」を受けて筆頭侍女セレナ・アーレアが発言する。


「仕方ないでしょ、アンタは当主様自慢だから、見せびらかしたくてしょうがないのよ」


「はっ! ねえセレナ、ストレス発散に騎士たちを使って遊びたいけど、何か名案がある?」


「ないよ、ていうか騎士はそれこそアンタ自慢の玩具でしょ、使い方は自分で考えなよ」


「そうね、どうしようかしら」


 とさほど考えてもいないようでそのままベッドに枕に顔を埋めるクォナ。


「……ねえ、セレナ、どうしてご主人様は私に会いに来てくださらないのかしら」


「あのね、もうそれ今日だけで10回目なんだけど……」


「もう、いいじゃない付き合ってよ、ひょっとして私に魅力がないからってことはないかしら?」


「はいはい、アンタさっきみたいに「男受け」するからそんなことは無いんじゃないの?」


「でもフラれてしまったわ」


「そりゃあ、あれだけのことしておけばフラれるのは当たり前でしょ。んで向こうは貴方をふって終わりだと思っている。だけどアンタは諦めるつもりはない、そのためにリコとシベリアが今調べている。んで隙を見つけてモーションをかける、必要があれば押し倒して既成事実を作る、それが今の状況ね」


「もう! 貴方は女なのに女心が分かってないわ!」


「その女心に振り舞われている「男心」を理解してしまった私の身にもなってね?」


「言い方に問題がありますわ、それと私は押し倒すなんて既成事実を作るのではなく、こう乱暴な感じ押し倒されるのがいいの、そう具体的に言うならば」


「あーもう! うるさい!」


 セレナの適当なあしらい方にぶーぶーと不満を言うクォナであったものの、彼女は一転して上機嫌になる。


「まあでもいいわ、2人の報告によれば今日よね! それが終わればご主人様に会えるわ!」


 と言い終わった時、タイミングを計ったかのように自室の扉からノック音が響く。


「クォナ、私よ」


「待っていたわ! さあ入って!」


 弾むクォナの言葉にシベリア・メネル、リコ・フランチェスカが入ってくる。彼女にセレナを加えた3人がクォナが全幅の信用と信頼を置き、彼女の本性を知る側近の侍女たちだ。


 ウキウキ気分のクォナにシベリアが告げる。


「終わったよ、愛しの王子の調べもの」


「待ってたわ、早速見せてちょうだい」


「…………」


 手を差し出すクォナに渋るシベリア、何かを言いかけようとするが口を閉じ言い淀む、その理由を察知してクォナは続ける。


「構わないわ、ご主人様の噂は既に上流に流れているから、だからこそ情報が欲しかったのよ」


 決意のこもったクォナに、シベリアは「分かった」と言って資料を差し出す。クォナはシベリアから資料を読んでパラパラと読む。


 その資料のタイトルにはこう記されていた。



――神楽坂イザナミ文官中尉・身上調書



 そこには2人が記した神楽坂の身上調書である。


 身上調書、つまり「どういった人物であるか」というのを項目に分けてそれぞれ調査し、裏付けをとり、それを書類に起こしたものだ。


 前回も仕掛けるために色々と調べたものの、それはあくまでも「さわり」の部分だけであり、今回は修道院入学から現在に至るまでの調査を命じたのだ。


 その書類をどうして出し渋ったのか、それはこの書類の内容、はっきり言ってしまえば悪い内容ばかりが書かれているからだ。


 例えば学力という項目については要約するとこのようなことが書いてある。


――外国人枠で入学してくるような人物は当然ウィズ王国語について、ウィズ王国人よりも読み書きができるレベルが普通であるが、彼は文字すら知らず入学してきており、建前上は王国後の理解レベルについては問わないというものであるというものの、彼だけ1人で別カリキュラムを組むことになった。


――それを差し引いても王国史だけは平均評価で後は見るも無残なものだったという、修道院入学を許可されるような学力を持っているとは到底思えないというのが当時の教官たちの弁だ。


――無論、当時の院長であるロード大司教に目をつけられていたものの、明らかな成績操作にも限度がある、神楽坂中尉は最下位であっても、それが相応であるというものだ。


「…………」


 神楽坂の身上調査は似たような文言が続いていく、表情を変えずクォナは読み続けるが、3人は渋い顔をしたままだ。


 シベリアとリコも別にわざと悪いことを書いたというわけではなく、集まってくる情報が本当にそれらものばかりなのだ。


 むしろ侍女3人はクォナの「初恋」については応援するスタンスだ。


 先ほどの荒れ具合、クォナは自分への「偏見」にずっと苦しんでいた。本性を現すわけにもいかず、したところで不利益にしかならないからだ。


 結果クォナは家族すらも含めて自分の本性を知るのが侍女3人だけということになった。


 その中で神楽坂イザナミはクォナが初めて自分達以外に本性を他人に見せたのだ。


 それは3人にとって凄く衝撃的であったが、同時に応援してあげたいと素直に思った、だからこの結果は2人にとっても辛い結果だったのだ。


 資料を読み終えたクォナは「ふむ」と思案顔にする。


「悪い噂しかないというのが気になりますわ」


 人の情報に悪い部分は当然にあるが良い部分も当然にある。情報を収集した結果悪い者しかないという事はそれだけで疑う要素になると補足する。


「おそらく、ご主人様を悪く言う「風潮」のようなものがあったと思うのだけど」


 そんなクォナの疑問にセレナが答える。


「修道院時代に同じクラスにモスト・サノラ・ケハト・グリーベルト子息がいて、とにかく神楽坂中尉を嫌っていたみたいよ」


「あらあら、なら全て謎は解けましたわ、サノラ・ケハト家次期当主が嫌っているのなら、それは良く言える人物なんているはずありませんし、なにより……」


 ここで言葉を切り。



「モスト子息は、ドクトリアム卿の劣化コピーですもの」



 凄惨な笑みを浮かべるクォナに侍女たち3人が固まる。


「ア、アンタ、言いづらいことをはっきりと……」


「おそらくご主人様の上流への仲間入りと自身の父が後ろ盾になったことを知り、中傷を流布している。情報の速さが気になっていたのですけど、むしろ上辺だけで判断しない劣化コピーの仕業となら逆に安心ですわ」


「安心ですわって、あのね、世代的に私たちはモスト子息と原初の貴族としての付き合いをしなくちゃならないのよ」


「別に次期当主が無能でもそれで崩れるようなサノラ・ケハト家であるわけがありません。元より原初の貴族も王族も組織力をもって君臨しているのです。それに私は個人的にモスト子息よりも、彼の妹君に注目しております。サポート能力という点は目を見張るものがありますわ、それこそ兄を首席に押しやることができるほどにね」


 クォナの言葉に「そう、ね……」と歯切れ悪く頷くシベリアとリコは続ける。


「何かあるの?」


「……調書にもある通り仲間たちは優秀だけど、彼はその優秀さの評価にやっぱり絡んでいない。事実、駐在官としても実務はセルカ街長に丸投げ状態、日がな一日ぐうたらしているのが現実よ、だからさ、彼自身は神の繋がりについてだけど……」


 ここで言い淀む、結論は分かるのだろう、クォナが発言する。


「はっきり言っていいわ、結論を述べてちょうだい」



「神楽坂中尉は、使徒というよりもいいように使われているだけだよ」


「…………」


「考えてみて、神からすれば操るに適した奴は無能で主体性のない奴よ、そういう人物に神の能力を与えて操るなんて造作もないことでしょ、使っているのがウィズ神なのかルルト神なのか、そこは分からないけど、神との繋がりがあり同時に使徒であるも教皇猊下を見れば、神楽坂中尉と対比する形でそれが証明になると思う。彼の名声は嘘とまではいわないけど、そりゃ神の力を使えば、あれだけの功績は誰でもできるよ」


 辛辣な所見であるシベリアとリコの言葉を聞くクォナ。


 神の力、ウィズ神の使徒でありウィズ王国初代国王の英雄譚に記されているが、神の力を得るというのはとてつもなくリスクを背負う事でもあり、それを使うためには尋常ではない精神力を求められ、それを見事に体現した伝説の国王だ。


 国王と使徒であることの二つの重責、国家が発展していく中でその二つが分離され、使徒が教皇としての地位を得ることになったのもそれが起因する。


 クォナも原初の貴族の直系の1人として、ウィズ教司祭としてそれは十分に承知している。神の奇跡は、歴史すら干渉しうる、故にウィズ神ですらも人間世界での干渉、つまり神話は最小限度にとどめている。


 だからこそシベリアとリコはそう結論付けたのだ。


 だが……。


「クスクス、やっぱり面白いわ、ご主人様、貴方もそう「誤解」される人なのですね」


 その結論を受けてクォナは今日一番嬉しそうな顔をした。


「当たり前よね。神の力を前にすれば、誰だってそう考える、そして、ご自身でも中傷の本質を理解して振舞っていている、なんていじらしいの」


「クォナ……」


 少し苦しそうにいうセレナにクォナは悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「あら、恋する乙女は盲目、だなんて思ってる? だってこの身上調書を見る限り、私と一緒じゃない?」


「は?」



「私は中身が美しいからこそ、その美しさが外見に反映されているそうよ?」



 凄惨な笑みを浮かべるクォナに3人が固まる。


「人を見る目というが、いかに愚かなものであるか、シベリア、リコ、貴方達の調べた情報については真実でしょうけど、結論がまるで逆なのよ」


「え?」



「むしろご主人様は神々から頼りにされている。何故なら神々は自分達ではどうしようもないことを彼が実現してくれているから、神から一目置かれているのよ」



「「「はあ!?」」」


 3人が仰天して、セレナが詰め寄る。


「神が人を頼りにする!? ありえないわ! い、いえ、ありえるとしても! 今の話からでは荒唐無稽すぎる! どうしてそう考えたのよ!?」


「勘よ」


「は、い?」


「同類だからこそ分かるの、ドクトリアム卿と同じくね、あの方も抜け目がないわ」


 と流れるような動作でそのままナイフを投擲するとセルカとアイカといった倒すと誓った面々の写真に刺さる。


「さて、準備は整いました、いよいよ2日後に貴方の下に参りますわ。やはり貴方は私の全てを差し上げるに相応しい方ですわ」


 クォナは恍惚な表情を浮かべながら胸元から神楽坂の写真を取り出す。


「はぁぅ、ご主人様、やはり貴方を一番理解できるのは間違いなく私ですわ。神すらも対等に、いえ時には超えるなんて、ああ、愛しい人、今頃貴方はこの愚鈍なクォナには想像もつかない程の深慮を巡らせていらっしゃるでしょうね」


 写真をほおずりするクォナにやっぱり恋は盲目だとしか思えない3人であったが、これ幸いに「じゃあウルティミスに出発する準備をするから」と部屋を後にしようとした時だった。



 ガシッと、クォナはシベリアの肩を思いっきり掴む。



「そのためにも予行演習は大事よね! そのためにもいつもの日課をこなさないとね!」


「…………」


 シベリアは、セレナとリコに視線を向けるが2人は無情にも「じゃあ」そのまま部屋を後にする。

 こいつら、なんだよ女の友情なんてそんなものかと思いながらもシベリアは渋々付き合うことにする。


 クォナは、そのままクローゼットから日課のために使う「例の物」を取り出すとそれを見て満足気に微笑み、クォナはシベリアに「台本」を渡す。


「今日はパターン56でいきますわ」


「…………」


 シベリアは、目のハイライトを消して何も考えないようにして台本を開いて綺麗な字で「パターン56」と書かれた内容を読み上げる。



――「あっ……」


――社交から帰ってきた私は、自室の席で座って本を読んでいたご主人様の姿を捉えます。


――ご主人様は私の帰室を察知し、パタンと本を閉じると、そのまま足を組みかえて私の方を向きました。


――「クォナ脱げ」←シベリアのハスキー声


――「え?」


――「脱げと言った、俺の目の前で、自分でだ」


――「じ、自分ですか、その、は、恥ずかしい……ですわ」


――「恥ずかしがるお前を見たいんだ」


――「は、はいっ、ご、ごしゅんさまが喜んで下さるのならば、よろこんで……はっ!」


――さっとドレスに手をかけたところで止めてしまう私。


――「なんだ、俺の求めを断るように躾けた記憶はないが」


――「ああ、もちろんですわ、クォナはご主人様の物です、ですが、今日は社交で、その、あ、汗を、かいてしまって、に、に、匂いが、その、だから、その前に身を清めて、むぐっ」


――私の口は続きを紡ぐむことはありませんでした。何故ならご主人様に口を塞がれてしまったからです。ご主人様のキスは優しいではなくむさぼるような、そんな蹂躙されるような濃厚なキスにとろけてしまう私。


――ぷはあとキスから解放された時、とろけた証拠にクォナと神楽坂の間にキスをした証の橋が結ばれました。


――ご主人様は私の手に顎を添えるとクイと持ち上げこういいました。


――「命令だ、脱げ、クォナ」


「ああ˝ぁぁぁ~~!!! ご主人さまああぁぁ!!! クォナは!! クォナはごしゅじんさまに飼われて幸せですぅぅうう!!!」


 クォナは例の物「神楽坂イザナミ等身大写真を植え付けた特注人型リアル抱き枕」に、だいしゅきホールドをかましながら顔の部分を「シュゴゴー!」と大口上げて吸い込んでベッドでのたうち回る。


「…………」


 そんな上流の至宝、深窓の令嬢、傾国の美女の日課という名の発作が終わるまで待つ台本を持ちながら待つシベリア。


 神楽坂との出会い以降、予行演習という名の下に行われるこの茶番、神楽坂の声に一番似ているという意味不明な理由で神楽坂役を押し付けられたのだ。


 様々なシチュエーションを収録したこの台本、ちなみに現在パターンはついに70を超えた。


「はあ~、ごしゅじんさま、すごかったですわ……」


 抱き枕を片手に抱く形で仰向けの放心状態でぐったりしているクォナ。


 やっと終わったか、まあ発作は一日一回だ、これも初恋の応援の一環と思えばまあそんなに苦では……いや、そろそろいい加減にしろと思うし、ことあるごとに男役押し付けられるとか微妙に女心が傷つくんだよこの馬鹿野郎と思うけども、これも友情だ、巷では女の友情はハムより薄いなんて言われるがそんなことはないのだぞ。


「ねえシベリア! ご主人様に会えると思ったらもうたまらない! 今度はパターン32でお願いしますわ!」


「…………」


 目のハイライトを消した状態で、台本を開くシベリア。



――私とご主人様の2人で旅行中、2人は宿に戻った時、突然ご主人様は私の手首を強くつかむと、そのまま出入り口わきの扉に押し付けてきました。


――「い、痛いです、ご主人様、どうされたのですか?」


――戸惑う私、何故ならご主人様は目に怒りの焔がともっており、何か粗相をしたのかと動揺してしまうが、心当たりがないのだ。


――「見ていたな?」←再びシベリアのハスキー声


――「え?」


――「俺以外の男に視線を送っていたと言っている、確かにいい男だったよな、美男子って感じで」


――「そ、そんな! 私はご主人様以外の男性に興味など」


――「うるさい!」


――ご主人様はそのまま自分の膝を私の股の間にぐっと入れて押し上げられる。


――「い、痛いです、や、やさしくしてくださいませ」


――「それでは罰にならないだろう、俺は傷ついたんだ、覚悟してもらう」


――「は、はい、ご主人様を傷つけてしまったことは事実、どんな罰でも、え?」


――私の言葉はそのままご主人様に包まれることで紡げなくなりました。ぎゅっと抱きしめてくれたのは分かりましたが、罰というには愛情がこもった優しいものでした。


――「俺以外の男を見るな、いいな?」


――耳元で囁かれて、嬉しさのあまり返事をしようとしたが、抱きしめられたままベッドに押し倒されました。


――そのまますっと顔を放し、ちょうど私を挟んで四つん這いになり、私を睨みつけながらも少し不安を混ぜたような表情、ご主人様は私に罰を言い渡しました。


――「俺に奉仕しろ、それが今日の罰だ」


「んほおおおおおぉぉぉぉぉ!!! はいですわ!! ずっとずっと!! ご奉仕いたしますわぁぁあああ!!!!」


 再び円柱型の神楽坂等身大写真を植え付けた特注人型(以下略)


「…………」


 腰をヘコヘコさせてやっと満足気に離れる。よし、やっと終わったぞと思った時だった。


「シベリア! 私はまだ満足しておりませんわ! 今度はパターン27に」


「だーー!! もうやってられるか!! 直接神楽坂中尉に頼めばいいじゃない!!」


 バシーンと台本を叩きつけるシベリア。


「そんなはしたないこと淑女の私にしろと言うの! 恥ずかしい!」


「大丈夫! アンタ淑女じゃないから! それと恥ずかしいのはこっちの台詞だよ! 一日一回! それが限度! ていうか1回でも付き合ってやるだけありがたいと思え!!」


とシベリアの絶叫が室内に木霊し、シレーゼ・ディオユシル家の夜はふけていくのであった。





気合注入のためプロローグだけ投稿。


本編は12月中旬ころ公開予定です。



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