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おまけ:カグラザカ大戦 ~熱き血潮に~


 第三方面本部都市レギオン、格付けは一等都市。


 レギオンの中央にそびえ立つ第三方面本部の最上階、武官の頂点であるカイゼル・ベルバーグ武官中将、彼は窓からレギオンを一望できる景色を眺めながら、自身の葉巻をくゆらせていた。


 修道院では劣等生であった彼が頂点に準ずる地位を得たのは決して運だけではない、卓越した指揮能力はもとより、何より立場が高位になっても自分を失うことなく上司部下問わず尊敬を集めたことに由来する。


 だが天気は彼の心情を表すかのような雷雨、時々こだまする稲光が彼を照らす、その景色を見ながら様々なことを経験してきた目は何を見るのか。


「わかっているな?」


 視線を外さず、応接室にいる人間に話しかける。


 顔も見ずにたった一言、それが会話としてとして成り立つ関係、執務室にはカイゼルの他に2人の男が控えていた。


「用件が用件だからな、何をおいても優先されるさ」


 そう発言したのはタキザ・ドゥロス武官大尉。職種は憲兵、第三方面憲兵本部第39中隊隊長。

 彼は兵卒からのたたき上げの将校、豊富な現場経験に加え胆力と度胸を併せ持ち、数々の武勲を立てている方面本部の切り込み隊長、カイゼルとは30年来の大親友でもある。


 タキザの言葉にカイゼルはほほ笑む。


「何をおいてもか、確かに男としてなによりも優先されるべきことだ、なあ」


 カイゼルはもう1人にいた男に話しかける。


「神楽坂よ」


 神楽坂イザナミ文官中尉、ウルティミス・マルス駐在官兼第5等都市議会議長。

 人の心理を善悪に頓着しない観点から読みぬき、それを基礎に戦術と戦略を組み立てる。

修道院最下位という成績でありながら、政府第5級勲章、政府第6級勲章、大臣勲章、恩師勲章を受勲。

アーキコバの物体の解析の功労を称える形で、原初の貴族であるドクトリアム・サノラ・ケハト・グリーベルト侯爵を後ろ盾に持つ。


 カイゼルの言葉に恭しく頭を下げる神楽坂はこう発言する。


「ワンフォアオール、オールフォアワン」


「? なんだねその言葉は?」


「意味は「1人は皆のために、皆は1人のために」私の世界に伝わる三銃士という物語に出てくる言葉です」


「三銃士か、まさに今の我々にふさわしい言葉ではないか、それと神楽坂よ」


「はっ!」


「女性陣への説明は抜かりないな?」


 カイゼル中将ににやりと笑う神楽坂。


「問題なく、嘘はつかず、本当のことを述べてまいりました」


 俺の返答にカイゼル中将は満足気に笑う。


「前回は愚かであった、結局は「嘘はつかないが嘘をつく羽目」になり結局悪事は全てばれることになってしまった…………」


 ここで堪えきれなくなったのだろう、両手で目頭を揉む。それを受けて俺とタキザ大尉も天を仰ぐ。カイゼル中将もタキザ大尉もお仕置きは壮絶を極めたそうだ。


 かくいう俺はというと余り覚えていない、執務室で正座させられたところまでは覚えているのだが、何故かその後の記憶がないのだ。


 だが今回の俺たちは違う、人間は成長する生き物なのだ、自然と集まる神楽坂含めた3人、彼らは自然と円となり手を上げ、雄々しく声を上げる。


 そう、今回は悪いことをするのではない、正義のために立ち上がるのだ!



「我らは三銃士! 社交界の宝石、深窓の令嬢であるクォナ嬢のために! ワンフォアオール! オールフォアワン! さあ行くぞ! 我らが戦いの地へ!」



 そのままお互いに踵を返す形で本部を後にし、貴族用の馬車に乗り込みレギオンを発った三銃士達。


 前回、女性陣にお仕置きを受け、反省するかと思いきや性懲りもなく次の計画わるだくみを進めていたのだった。



 時は1週間ほど前にさかのぼる


 アーキコバの物体の件とドクトリアム卿が後ろ盾となった騒ぎはようやく落ち着き、ウルティミス・マルス連合都市は外の部分で劇的に変化を遂げた。


 後ろ盾は、単純な口約束という形ではなく慣習法としての制度、とよくわからない立ち位置らしく、家族でも使用人でもない立ち位置なんだそうだ。


 まあ細かいことは置いておくとして、立場が色々激変したのでアーキコバの物体の解析の報告書のためや、諸手続きの為に再びレギオンに詰めることになり、これまた前回と同様に短期間で部屋を借りて、そこから通うことになった。


 必要な手続きが終了したとき、カイゼル中将の執務室に呼び出された俺は、タキザ大尉と共に報告がてら話をしていた時だった。


「というわけで神楽坂よ、決めてくれたかね?」


「? なにをです?」


「ウチのアイカをもらってくれることについて」


「えー!!」


「むろん、こんなことを相手の親から言われるのは複雑だろう、だが私はそんな堅苦しいことは言わない、浮気は条件付きなら許可をしようじゃないか。まず回数は3回までだ、次に本気にならないこと、アイカに永遠の愛を誓ってくれればかまわんぞ」


「いやいや! 許しちゃ駄目ですよ! というか、その~、あの~」


「むう、あのセルカ街長か、綺麗だがちょっときつい感じ、確かにあの女性に見下されるとちょっと興奮するのはわかる。むむ、あのレティシアの胸は浪漫ではあるな」


「レティシアの胸が浪漫なのは否定しませんが」


「おい、カイゼル、話がずれているぞ」


「っと、ゴホンゴホン! 実はな、ここに来てもらったのは他でもない、私あてに招待状が届いたのだよ」


「招待状、ですか?」


 机の名から取り出した封筒、紋章をあしらい封蝋が施されていたであろう便せん。


 紋章は詳しくないからどの家か分からないけど、正貴族の紋章か、あまりいい予感はしないが。


「まずは中を見てみるがいい、話はそれからだ」


 中を見る、招待状の宛名はカイゼル中将となっているが、いいのかと思いながらも手に取り中身を見ると。


「……え?」


 内容はパーティーの招待状、まあそれはいいが、一番の注目すべきところは招待客の宛名なのだが。


「私に、タキザ大尉も?」


「そのとおり招待客は儂を含めて3人に届いているのだよ」


「…………」


 繰り返す、ドクトリアム卿は俺の後ろ盾だ。


 慣習法と言えど別に法的拘束力はない、だが法的拘束力よりも強い力を持つ、それは貴族同士でも例外はない、たとえ貴族の最上位である公爵でもドクトリアム卿に許可を貰えるように申し出て、それが許可されなければならない。


 当然、許可を出すどころか、願い出る人物も限られる、つまりこのホストは……。


「原初の貴族から受け継がれ、途絶えることなく今も名誉を紡ぐ12門の一つ、シレーゼ・ディオユシル家、その当主クシル・シレーゼ・ディオユシル・ロロス伯爵、その四女クォナ・シレーゼ・ディオユシル・ロロス嬢だ」


 カイゼル中将によると、シレーゼは初代国王の秘書、王の政務の補佐を一手に担い、滅私奉公を体現し、王ではなく王国のために全てを捧げた忠義心を示したという。


「こんな絡め手も使ってくるのですか」


「うむ、いくらドクトリアム卿とはいえ、爵位は下であれど同じ原初の貴族、格は同等だからな、無視は出来まいよ」


 しかも俺だけじゃなくてカイゼル中将とタキザ大尉も書いてある、なるほどつまり。


「完全に目的は俺ってわけですね、しかも露骨だ」


「どうするかね?」


「折角のお誘いなんですが、私がしがらみを作るのはリスクが大きすぎます。情に絡め捕られないとも限らない。この招待状がここにあるという事は、ドクトリアム卿は許可を出したのでしょうが、悪いが知ったことではありません。どの道媚びへつらおうが逆らおうが、結果は同じ、ならばやりたいようにやらせていただく」


 毅然と言い放つ俺にカイゼル中将は残念そうに呟く。


「クォナ嬢は、深窓の令嬢と呼ばれる、上流の至宝と呼ばれる女性なのだがな」


「ですが今後活動をしていく上で上流との繋がりは不可欠な訳になると思いますし要は情に絡め捕られなければいいだけの話ですしむしろ僥倖と言えるかもしれませんし今後を考える上でつまり招待を受けることもやぶさかではないというかどの道媚びへつらおうが逆らおうが結果は同じならばやりたいようにやらせていただく」



 と、そんなやりとりがあり、現在我々はエナロア都市に到着、現在クォナ嬢の別荘に滞在している。


 エナロア都市、格付けは3等都市。


 目立った産業や観光地もない人口も住んでいないこの地が大規模都市と同等の格付けがなされている理由はただ一つ、貴族御用達のいわゆる高級リゾート地専用の都市だからだ。


 多額の税金が納められている人物は常に最高級のもてなしがされているのだ。これがウィズ王国の特徴の一つで多額の税金を納めていれば優遇される。

 額に関わらず平等の建前があるのが日本との大きな違いだ。


 そのエナロア都市のとあるカントリーハウス、つまり貴族の邸宅の一室の応接室に我々は通され、準備があるから少し遅れるとだけ言い残し、主であるクォナ嬢を待っている。


 これだけの豪邸であるが別荘なんだそうだ。本家は首都にあるらしいが、しかもクォナ嬢にだけ設けられた個人宅なんだそう。


 貴族含めた上流の高級別荘地を抱える都市に建てられている。家族の1人1んにこういった別荘があるのだから驚かされるばかり、金持ちの桁が違う。


 ちなみに今回の訪問については、先ほどにも言ったとおり我々は女性陣に一切嘘はついていない。


 嘘をつかないことが最も上手な嘘とは前に語ったとおり、自分たちは堂々とこの都市に来ると告げている。


 理由は貴族のパーティに参加するためとも嘘をついていない。


 上流において社交は切っても切り離せない重要な位置を占める。んで俺自身も末端とはいえ上流の仲間入りをした、ということもあり、上流デビューをカイゼル中将と共に行うという方便を使い、実際にそれは嘘ではない。


 そもそも前回のように演出過多にするから駄目だったのだ、初めからこうすればよかったのだ。


(それにしても深窓の令嬢か……)


 この言葉を聞いて思い浮かべるのは、窓際に佇む清楚なる女性、そこにはプラスして紅茶やお茶菓子を入れるのもいいかもしれない。


 だけど、それは、いわゆるそれこそウルリカに伝わる「お伽噺の妖精」レベルと言ったものだ。

 憧れはするし、実在すればどんなにいいだろうと思いつつも、幻想であることをどこかで自覚するような、だけど思春期にはそんな女性がいると本気で信じていた時もあった、そんな存在。


 有体に言えば男の浪漫だ。


 ちなみにウチの女性陣は美人、性格良し、器量よしののいい女であることは否定はしない、否定はしないがこう、非常にたくましい女性ばっかりで、か弱いとは縁遠いというか、そこらの男よりかはよっぽど頼りになるのだ。まあ俺の人を見る目は間違っていなかったと思うが、だけど男としては、以下略。


 そんな自分の中ではいつの間にか夢の存在になっていたのだけれど……。


「不安かね、神楽坂よ」


「……はい、まあ」


 カイゼル中将の指摘、気づかれてしまったか、それはそうか、楽しみではあるけれど、やっぱりちょっと信じがたい気持ちが大きい。


 そんな俺の気持ちも理解できるのだろう、カイゼル中将はやさしく微笑む。


「儂も彼女に出会うまで、深窓の令嬢なんてものは、所詮は男の一時期の憧れ、悪く言えば妄想妄言、幻想に至る妖精のようなものであると思っていた」


 窓から庭を眺め、どこか遠くを見るようなカイゼル中将の言葉にタキザ大尉も頷く。


「俺もカイゼルに連れられて一度出会ったが、そうだな、出会った瞬間に恋に落ちたって表現すればいいのかな、おっと神楽坂、今の言葉は妻には内緒だぞ」


 悪戯っぽく笑うタキザ大尉が微笑ましい。


 ここでの「恋」とは今流行りのゲス不倫ではない、無論妻が一番ではあるが、とはいえこの恋をどう表現した良いかは非常に難しいところだ。


 ファンというには少し俗っぽさかが過ぎるか、トキメキというのは少女趣味が過ぎるか、内緒で少しだけ熱を上げるという表現が正しいか、やっぱり思春期に感じた憧れ子供のころに感じたトキメキが一番近いのだろうか。


 う、やばい、また緊張してきたと思った時だった。


 その時に、コンコンとノック音の後にガチャリと扉が開き侍女が入室して。


 それに続く形で主が現れた。


「…………」



 目の前にいるのは、妖精? 天使? いや、それは「唯一無二のそのもの」であった。



 夢の存在が実在して、実際に目にしたとき、人はただただ呆然と立ち尽くすしかない。


 彼女がクォナ・シレーゼ・ディオユシル・ロロス嬢。


 彼女の人生の選択は、修道院で公僕になる事でも、学術での学問でも、経済の道でもなく、ウィズ教の信者としての道を選んだ。


 敬虔なる信者として活動を続け、いくつのも孤児院を運営しており、ウィズ教司祭の叙階を許されている。


 幼いころより上流の宝石と呼ばれた彼女、カラスの濡れ羽色のブルネットにはっきりとした目に穏やかな笑顔、まさにお淑やかで清楚、出会った男が全員が騎士に名乗り出るという。


そして数多の男性が彼女を射止めようとチャレンジするも、全員玉砕、男性の影は全くなく、彼女曰く全員が大好きであるとのことだ。


 今では彼女の騎士たちは、彼女を神聖視し、不可侵と決め、絶対に手を出さないのだという。


 彼女は、カイゼル中将とタキザ大尉に挨拶したのち、俺の正面に立つと有害にお辞儀をした。



「神楽坂さん、初めまして、クォナ・シレーゼ・ディオユシル・ロロスと申します、クォナとお呼びください」



 彼女、クォナと会った時、俺はそんな思春期の頃の妄言妄想と何処か諦めかけていた想い、それが目の前にいたことに、気が付いたら彼女に跪きそうになるのを堪えるのに必死だった。


 クォナ嬢は制服姿の俺の胸元に近づくと勲章に視線を移す。


「聞きましたアーキコバの物体の解明の功労、恩賜勲章に第5級政府勲章、第6級政府勲章に大臣勲章、短期間でありえない程の功績を上げた新進気鋭の文官将校」


「買いかぶりすぎです、私自身は平凡もいいところ、ですが頼りになる仲間達と、ちょっとばかしの運に恵まれただけです」


「まあ、控えめな方ですね」


(ふわあ! いい匂い!)


 くらくらしそう。よくある香水のきつい香りじゃない、ふわっと自然な香りだ。


 しかも鈴が鳴るような声、高く甘く、だけどはっきりと透き通る声に、ああ、あぁ! 脳が、脳が、震えるのデス!!


――「貴方はとんでもないものを盗んでいきました、私の心をです!」


 なんて思わずキザな言葉を言いたくなる、気障なセリフのレパートリーについては突っ込まないで欲しい。


 色々妄想逞しくボケーっとみている俺に、クォナ嬢は手を口元に充ててクスクス笑う、そんな振る舞いが全部似合う、はぁ、本当にいたんだぁ、こんな深窓の令嬢が。


「どうぞおかけください」


 侍女に促される形で中央にカイゼル中将。両隣に控える形の俺とタキザ大尉。3人並んで座り、紅茶を供される。


 さてと、ロマンはこれぐらいにして、気を引き締めなければならない。


「さて、何やら質の悪い連中に絡まれている、という話でしたな」


 そうカイゼル中将の言葉のとおり、今回の招待、それについては、理由はただの社交ではないのだから。



 招待を受けると決めて返事を書いた後、クォナ嬢の使者がカイゼル中将の下へ訪れ、実は秘密に頼みたいことがある、ということを伝えられたのだ。


 大事な話だそうだが、使者たちの雰囲気からすると、厄介ごとの話だというのはすぐに察することができて、聞いてみると「質の悪い人物について絡まれている」ということを知らされたのだ。


 詳しい話はここではできないという使者たちに、我々はクォナ嬢の為にここに赴いたのだ。


 そう、つまり決して下心などないのだ(断言)、これは人助けなのだ、だから女性陣には社交と伝えてあるのだから。


 さて、言い訳、もとい前置きはこれぐらいにして本題に移ろう、クォナはぽつりぽつりと話し始める。


 彼女が、孤児院の運営をしているのは先に述べた通りだが、こういった慈善事業に付きまとう誹謗中傷、偽善だと罵る人間はやはりいるのだという。


 それが誹謗中傷だけで終わればよかったのだが……。


 クォナは悲痛な表情を浮かべて、右後ろにいる侍女、彼女の紹介によれば彼女の3人の側近の侍女の1人でリコというのだそうだが、彼女に視線を移す。


 彼女が右腕をたくし上げると痛々しく包帯が巻かれていた。


 事の次第をまとめるとこうだ。


 先日、首都に戻った時のこと、使いに出ていた彼女がいわゆる不良に襲われた、何とか逃げて来たそうなのだが、右腕の二の腕にナイフで切り付けられたのだ。


 結局8針縫う大怪我を負ってしまったものの、神経に到達することは無いため、ケガの後は残ってしまうが後遺症までは残らなかったのが不幸中の幸い。


 これだけでも大事なのだが、問題はこれで解決しない。使用人たちは貴族の紋章をつけるのだが、つけている紋章を読まれてしまい、結果身分がばれてしまったそうで、そしてその相手はコテコテにも……。


「治療費と称して、脅しをかけてきたのです」


「治療費……」


「はい、彼女から受けた暴力により傷を受けた、だから金をよこせと……」


「…………」


 つまり肩がぶつかって「骨が折れたから治療費を出せ」という実際に本当にあるのかよというレベルの因縁という事だ。


 はっきり言ってしまえばただのチンピラ、上流は醜聞を嫌うからそこに付け込んだのだろうけど、正直いくらでも対処できると思う、だがそれができない理由があるとすれば……。


「ひょっとして、今日の招待客の中にいるんですか?」


 一足先に述べた結論に驚いた顔をするクォナ嬢。


「なぜ?」


「失礼、いくら醜聞を嫌うとはいえチンピラレベルならば如何様にも対処できる、それをしないで、かつ身内で終わらせることなく、部外者である我々をわざわざ呼んだ理由は何かなと考えた時に、ね」


「流石ですわ、神楽坂文官中尉、これを見てください」


 3枚の写真、これは魔法写真か、クォナ嬢曰く3人のうちの1人であるセレナに撮ってもらったのだという、3人のうちのローカナ少尉と一緒でエルフの亜人種だ。


 3人の男が写っており、こいつらがおそらく今回絡んできたチンピラなんだろうけど、問題なのは撮られた場所だ。


「このカントリーハウスの周辺ですね」


 エナロア都市は、上流御用達の都市、いわゆる関係者以外立ち入り禁止の閉鎖都市の一つ、無条件での入場は邸宅を持っている人物とその家族、使用人に限定される。つまり同じ上流のカイゼル中将だって招待状なしには入れないのだ。


 つまり……。


(貴族同士の揉め事という事か……)


 確かにこれは内部だけで処理をすると悪化するだけ、何故なら。


「ご推察のとおり、適任な汚れ役がいないからですわ」


 俺を見据えてしっかりした口調で話すクォナ嬢に今度はこっちが驚かされる、これは侍女も意外だったらしく慌てた様子でフォローする。


「マスター! 失礼お客人方! 今回の解決策を考えたのは私です! 無礼の責めはどうぞ私に!」


「いいえ、ここの責任者と判断したのは私です! カイゼル中将もタキザ大尉も武勇伝は聞いております、その中でも神楽坂文官中尉は、その、気を悪くしないで欲しいのですが善悪に頓着しないという評価も耳に届いておりますわ、ですから……っ!」


 気丈な振る舞いに限界が来たのだろう、口元を押さえて目元を拭う、得体のしれない人物に狙われるのは相当に精神的に負担なのだろう、クォナに変わり侍女が話の続きを話す。


「この者が誰なのかは分かりません。とはいえだれにも頼ることも出来ず、結局事情を知るのは自分達4人だけで、対策も無視をするだけという形を取ったのですが、その中でこのようなものが届いたのです」


 事情は1枚の便せんを取り出す。中身は既に開封されており、その中身ごとカイゼル中将に手渡し、3人で中を確認する。


 それにはこう書かれていた。


――今日のパーティーにはお気を付けください

――不明の伯爵より


「不明の伯爵? 物語に出てくる気取った悪者のつもりかね!」


 憤るカイゼル中将、文面を見ればどう考えても脅迫状だ。


 しかも漠然としない内容であるが故のいくらでも不穏な想像ができる卑劣な内容で、カイゼル中将もタキザ大尉も怒りをあらわにする。


「クォナ嬢、これはどうやって届いたんです?」


 俺の問いかけにクォナ嬢が答える。



「これは、私の邸宅の敷地内にある正門の扉の前に宛に直接届いたのです」



 場が凍り付く、それって……。


 言っていて自分の身で自分を抱きしめるクォナ嬢。


 つまり勝手に敷地内に入って、投函したってことだ。


 ここから黙ってしまうクォナ嬢、もちろん言葉にするのもはばかれるのだろう、カイゼル中将がフォローする。


「……今日パーティーをして、ここまでこの脅迫状を届けることができる人物、つまり今回の招待客の中にいる、「友人達」に可能性が高いという事ですな」


「……友人達には、使用人たちは無条件で通すように、言っております故……」


 侍女に付き添われる形で何とか気丈に振る舞うクォナ嬢、これは善意に付け込まれたという事ということか。


「今回のパーティーは招く客が友人ですので、形式としては立食に近いもので終わります。そして現在、他の者が巻き込まれないようにパーティーの開催は私が最も信用しているこの侍女3人以外に伝えず、それ以外の全員に休みを与えています。そして今回のパーティーの準備は私も含め彼女達で準備をしました」


 クォナの言葉が終わり3人の中にセレナと呼ばれた侍女が一枚のカードを手渡す。


 そこにはホストであるクォナともてなす侍女3名、そして俺を含めたパーティー参加者18人が記されていた。


「考えたくはありませんが、この中に犯人がいるということなのです」


 辛そうに言うクォナ嬢。


 ふむ…………。


「…………」


「…………神楽坂中尉?」


 はっとすると、クォナ嬢はキョトンとした顔で俺を見ていて、俺も彼女を見つめる形になっていた。


「あの、じっと見つめれていたので」


「あ、ああ! すみません! 少し考え事をしておりまして!」


 慌てて取り繕う俺にクスクス笑うクォナ嬢の横でカイゼル中将が胸を張る。


「神楽坂がこういった時は何かしらに違和感を感じ取り、閃きかけている時です、その能力がどのようなものであるかは、彼の胸に輝く勲章が証明しておりますぞ」


 カイゼル中将の言葉にクォナ嬢は安心したように微笑む。


「頼りにしています。貴方方しか頼める方いないのです、もし協力できることがあればなんでもします、どのようなことでも……」


「そこまでですぞ、クォナ嬢」


 カイゼル中将は理解したようで、手でクォナの言葉を制する。


「協力はもちろんしていただきますが、汚れ役に腰を引けるような弱虫は我々ではありませんぞ、元より恨みを背負いそれを誇りとして担い、対価を求めないが公僕ですからな」


 カイゼル中将の言葉に頷く俺とタキザ大尉。


「さて、そろそろパーティーの開催時刻ですな、セレナ殿は料理上手と伺っております、楽しみにしておりますぞ」


 そんな場を和ませるようなカイゼル中将の軽口に。


「ええ、セレナは侍女と同時に我が家の料理人も勤めてもらっておりますの、リコは食器やグラスに目利きがありますから、是非舌だけではなく目でも食事を楽しんでください。ああそうそう、万が一食あたりの時は、シベリアはとても優秀な回復魔法使いですからご安心くださいませ」


 と軽口で返すクォナ嬢に全員が笑い合ったのであった。



 パーティー会場。


 上流の社会において社交は大事なものであるとは先に述べたとおり、そして社交が行われるパーティー会場も重要なものだ、飾り付けや供される食器、料理などもステータスとなる。


 だけど今回はあくまで私的のパーティー、社交ではなく友人の家に遊びに行く感覚のものだという。とはいえ友達の遊びに行くにも、やり方が存在するらしい、細かいことは知らないがなんとも面倒な話だ。


 現在会場には客は招待状のとおり欠席者は無く18人、クォナ嬢の取り巻き達なだけあって、客層の幅は広く俺と同じ庶民だっている。


 とはいえ流石に上流社会である程度慣れているのだろう、庶民と言えど洗練されている。


 その中で俺たちはそれぞれ個別に別れている、流石にカイゼル中将は参加者の何人かと会話を続けており、タキザ大尉は付き従う形で参加している。


 参加者の中には修道院の制服を着た人物も数人いる、そういった人物たちから見れば頂点に準する存在であるカイゼル中将は一目置くべき存在だし、タキザ大尉の叩き上げの独特の雰囲気もまた注目を集めている。


 件のクォナ嬢はそれぞれに挨拶をしていた。挨拶された全員が膝まづいている、全員が騎士に名乗りでるか、ふんふん分かるぞ、男って王子じゃなくて騎士に憧れるよね。


 とまあここで俺もまぎれるわけにはいかないようで……。


「あの4つの勲章は?」

「まさか、あの!」

「風貌も一致している」

「名前は、確か、かぐら、ざか、といったか」

「神の繋がりは確実視されている、使徒である可能性もあるというぞ」

「使徒はさすがに噂じゃないのか?」

「ドクトリアム卿が後ろ盾をしているのだぞ」


 カイゼル中将によればもう上流では俺の名前は認知されているらしい、まあそれは置いといて、これは狙っていたことでもある。


 もし俺が犯人だったらこんなこれ見よがしな場で怪しい動きなんてしない、カイゼル中将も元は憲兵からタキザ大尉と同様に治安維持組織に従事する人物の「独特の目」が目立っている。だからその警戒の意味を込めて制服を着用し勲章をぶら下げているのだ。


 この中に犯人がいるのならもう気づいているはずだ、それに脅迫状まで出すぐらいだから、けん制の意味しかない、故にここで考えるべきなのはこれだ。


(もう事を起こす準備が終わっている場合)


 だから今注目すべきはクォナ嬢だ、もし何かあるとすれば、彼女の周囲だ。


 クォナ嬢は、グラスからワインを受け取ると、香りを確かめるように目を閉じて楽しむ。

 そのまま色を楽しみ、少しだけ息を吐くと、一口だけ飲み、飲んだであろうワインが通ったのか喉が少しだけ前後する、はう、あのワインになりたい。←しっかり見ている。


 と、飲んだ時だった。



「っ! ぐふっ!」



 口元を抑えてそのまま立っていられなくなったのか、床に手をついて、そのまま横たわる形で倒れた。


「…………」


 全員がクォナ嬢に注目しながら場が凍り付き、何も動けないが。


「シベリア!」


 いち早くセレナがクォナに駆け寄ると奥に向かって大声でシベリアを呼ぶ、すぐに1人のシベリアと呼ばれた彼女、エルフの子がクォナに駆け寄ると心臓部分に手を置き魔法言語を唱える。


「「「クォナ嬢!!」」」


 場を理解した友人たちが一斉に群がろうとするが。タキザ大尉が声を上げる。


「第三方面本部憲兵第39中隊隊長タキザ・ドゥロス武官大尉です! 皆さんそこから動かないでください!」


 張り上げたタキザ大尉の声に「憲兵!?」と未だ動揺する客人たちであったが。


「儂は第三方面本部司令カイゼル・ベルバーグ武官中将だ! 儂の名においてこの場はタキザ大尉と筆頭侍女であるセレナと共に仕切らせてもらう、申し訳ないが事情聴取に協力してもらいますぞ!」


 流石現役将官と現役憲兵の声の威力は効果あり、動揺している場合ではないと友人たちは一気に場は引き締まる。


 視線を移すと既にシベリアは回復魔法をかけている。


 この魔法を見てわかる、この子はエルフのハーフだ、前回のウルリカ都市で魔法研究として魔法をたくさん見続けたせいか差が分かるようになった。


 しかもかなり練度が高い、メディに匹敵するものだ、その証拠に徐々にクォナ嬢は顔色が良くなってくると。


「ごほっ! ごほっ!」


 むせかえるような咳ををして目が開き意識が覚醒したのだろう介助をしているセレナとシベリアの2人をぼんやりとした視線で見上げる。


「マスター、寝室までお連れします、お客人方! クォナの看病はシベリアとリコが行います。この場はこの私セレナが引き継ぎます!」


 そして行われる客人に状況説明、そしてカイゼル中将とタキザ大尉が事情聴取の準備、セレナが現場整理と協力してテキパキと現場処理を始めてる。


「…………」


 その中で俺は寝室に肩を貸される形で退場するクォナや処理される現場を見ているだけだった。





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