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エピローグ


 思わぬ形で幕を引いた慰安旅行。


 当初期間は1週間の予定だったがアーキコバの物体の解明により、受勲式の後、目処がつくまで王立研究所に詰めることになった。


 だが俺は比較的早く解放されることになる、元より俺は研究が本業ではなく、あくまでも名誉研究員であり素人、ウルティミス・マルス駐在官が本業だ。


 だから研究はローカナ少尉とメディに引き継ぎすることになりお役御免になったのだ。


 ローカナ少尉は、引継ぎが終了した時点で一旦自分がメインで進めている美容魔法の研究に専念することになり、終了後神聖教団の研究を本格的にスタートさせるという。


 その間、メディはエテルム特効薬開発が完成間近ということで、セルカの指示により、ウルティミスの医者活動については定期的に駐留するのではなく、臨時要請という形にして、その期間を神聖教団の研究に充てるようにする。


 アイカは俺よりも先に帰ることになった。元々出張扱いで方便を使っていたため、アーキコバの物体の解明に際しても管轄権はウルリカ都市の憲兵にあるから期間が過ぎたら帰ることになった。後ろ髪惹かれる思いだったみたいだが、渋々帰ることになった。


 一方で一番長くウルリカに滞在することになったのはセルカだった。ゴドック議員と折衝を重ねて、何やら色々と画策している模様、アーキコバの物体の解明功労は学術界においては想像以上に大きいらしく、そのままゴドック議員と一緒に王国議会に出席して、その後帰郷するとのことだ。


 ウィズは、セルカの秘書として同行、その間ウルティミス学院は休校という扱いになるが、それも含めて色々と考えているらしい。その後はウィズは神の活動のため聖地に赴くとのことだ。


 仲間たちがそれぞれの行動を起こす中進む中は俺はというと……。


「釣れないなぁ~」


 俺はいつものとおり、ウルティミスの湖畔に伸びた橋で釣りをしている。ルルトは今日は自警団のところに行って武芸の稽古だ。


 思えばこっちに来てから考え事をしたいときにはこうやって釣りをするようになった。


 ここの湖畔を侮るなかれ、なかなかに釣りごたえのある魚が釣れるし、釣れればルルトが美味しく料理をしてくれるのだ。


 湖畔に反射する光の水面を見ながら、今後のことを考えている。


 昨日、正式にドクトリアム卿が後ろ盾になった。


 正式、というのは後ろ盾はちゃんとした制度として採用されているものの「慣習法」らしく明文化されていない。だから、サノラ・ケハト家の使者がウルティミスに来て貴族章を貰ってようやく少し実感が出てきたのだ。


 何をやらされるのやらと思ったけど、簡単な説明を受けただけ、後ろ盾は明文化されていないから、共通部分以外はやり方はその人物によってやりかたが全然違うそうだ。


 使者が言うには共通部分というのがこれ。


・貴族居住区の無条件出入場権。

・社交界参加権


 ふーん、という感じだがこれは凄い大きいらしい。多分後ろ盾を得るぐらいの人物だから、この時点で既に上流はコネクションは持っているだろうから、凄い魅力的な権利なんだろう、知らんけど。


 んでドクトリアム卿のやり方はというと使者からすれば「特にない」だそうだ。


 特にないか、考えても詮無きことだし、結局貴族章をつけるだけだ。でもここだと制服を着る機会はほとんどないからなぁ、


 とまあそれが昨日の話で、今日朝早く起きてこうやって釣りをしているのだ。


「モストはどう思ってんだろ」


 もちろんアイツから連絡なんて来ることもないし、ここに来ることもない。


 向こうからすれば「お前が挨拶に来い」と思っている反面、来たら来たで腹が立ち、来なければ来ないで腹が立ち、父親がしたことだからどうすることもできないから余計にムカついているんだろうなと思うから、結局行かないのがお互いにとって一番いいと思う。


 とまあ、こんな感じ、いつもと変わらないのんびりとしたウルティミスだ。


「といっても一日も経ってないからし、いずれ効果を実感する時が来るのだろうなぁ」


 とウトウトしてしまう、ずっと働き詰めだったからこういった休日が本当にまったりしてしまう。


「あ! いた! 中尉!! 中尉!!!」


 と声が聞こえてくるので視線を移すと自警団の若い奴がいた。


「どうした~?」


 という気のない返事と対照的に自警団は思いっきり走ってこっちに来た。


「た、たいへんなんだよ! ちょっと来てくれ!」



「早くこっちこっち!」


 自警団員に背中を押される形でウルティミスの正門まで連れてこられて、石段を上ったすぐに設置されている見張り台まで促される。


「あれ?」


 見張り台にはルルトがいた。


「やあイザナミ、いやあ、これは、凄いよ」


 ちょっと引き気味のルルトは見張り台から降りて登るように促す。


 なんなんだよ思いつつ見張り台に立ち、言われるがままに外の状況を見た時だった。


「…………な、な、なんだこれ?」


 そんな言葉しか出てこない、俺の目の前に広がるのは閉じた正門から伸びる列だ。どれぐらい伸びているのかわからない馬車の列、その馬車には服装も年齢も、おそらくは職業も別々の人たちが。


「これ、なに?」


 下に控えている自警団に話しかける。


「い、いや、ウチらも今日の朝正門を開く準備をしようとしてた時に、なんか騒がしいなと思ってみたらこんなになってて」


 とここまで自警団が語った時だった、最前列付近に並んでいた人が、見張り台に俺の姿を認めた瞬間だった。


「神楽坂文官中尉!!」


 その声に応じて全員が波を打つように振り向く。


 え? という暇もなく。


 大勢が我も我もと正門に殺到した。


「私、宝石商を営んでおりまして、是非ご挨拶に!」

「私立ウルティミス学院に使う教科書をどうぞ!」

「上質な布を扱っておりまして、是非中尉の制服を仕立てたいと!」


 一気に正門の前は満杯になり、おしくらまんじゅう状態になる。


「ちょっと! ちょっと待って! ちょっと待って! ちょっと待ってくれ!! みんな!! 静かに!! 静かにしてくれ!!!」


 俺の必死の叫びに耳を貸さない群衆だったが、大声を出し続けているうちにやっと少し落ち着く客たち。


「話はちゃんと聞く!! 並びなおしてくれ!! 準備をするから!!!」


 と既に叫ぶような感じやっと少しだけ落ち着く一団。叫び疲れて見張り台から降りた俺は自警団員に話しかける。


「はあ、はあ、すごいな」


「神楽坂文官中尉を出せって、ただ事じゃないのは分かったから呼んだんだよ、街長もいないからどうしようか迷ってさ、これはどういうことなんだよ」


「…………」


 当然理由は一つしかないが、マジかよ。


「神楽坂中尉!」


 後ろから聞こえてきた聞き覚えがある声、振り向くとそこには慌てた様子のヤド商会長がいた。


「これはどういうことなんだ!? 自警団員から朝起きたこんな風になっていると聞いて、さっき実際に見たが、パッと見ただけでも名の知れた商家がいくつか来ている、全然状況が呑み込めないぞ!」


 ヤド商会長に全員の視線が俺に集まる。


 これはもう正直に言うしかないか。


「…………ヤド商会長、実は」



「ドクトリアム卿って、あの原初の貴族のドクトリアム侯爵か!?」


 これまでの簡単な経緯を話して、目を丸くするヤドに俺は頷く。


「すみません、こんなにも早く来るとは、セルカが戻ってから改めてと思ったのですが」


「まあそれは言っても詮無きことだ、それよりもドクトリアム卿か、名前とちょっとした噂ぐらいしか知らないが、なんでそんな超大物が中尉の後ろ盾をするんだ?」


「あー、それは説明すると長くなるんですけど、それはセルカを交えてゆっくりと対策を練ります、まずはどうするかなんですが」


 と対策を考えるとヤド商会長はキョトンとした顔をする。


「どうするんだって、事情が分かればこれはチャンスだ、やることは一つだろう?」


「え?」


 ヤドが後ろを振り向くと招集をかけて来たのだろう、商工会幹部の面々が揃っていた。


「聞いてのとおり中尉がドクトリアム卿の後ろ盾を得た、今日のこの列はそれに起因するものだ。有名商家も顔を見せている、相手の職種によって対応者を指定するからみんなそのつもりでいてくれ。自警団は受付と、付け届けも持ってきているだろうからリストを作ってくれ、併せて列の整理も頼むぞ」


 テキパキとしたヤドの指示に呆気にとられる俺にフフンを笑う。


「商人はきっかけにはこだわらないんだよ、後はお互いに金の信用を得ればいいのさ、中尉には公的機関の人物を通すからな、対応を頼んだぞ」


 ここでヤド商会長は見張り台に上ると声を張り上げる。


「皆様方、私はウルティミスの商会長ヤド・ナタムです! 街長であるセルカ・コントラストが不在のため我々が変わって応対します! 貴方方が神楽坂イザナミ文官中尉に用件があることは伺っておりますが、神楽坂は皆様方の用件でより利益のある方と会った方がいいと言っております故、公的機関の人物以外は、我々が応対しますがその点についてはご了承願いたい!」


 方便を交えたヤド商会長の弁舌は流石。ヤド商会長は反応を見て見張り台から降りてくる。


「よし! 開門だ! 全員頑張れよ!」



 再びウルティミスの正門は開かれたのであった。



――――第三方面本部レギオン、憲兵第39中隊詰所。



 憲兵は中隊単位で動いているため、それぞれの中隊ごとに詰所がある。その詰所の応接スペースで、苦虫をかみつぶしたような中隊長であるタキザ・ドゥロス武官大尉。


 その原因は目の前にいる人物たちが原因だ。


「タキザ大尉、何度も申し上げるとおりこれは善意の差し入れです、普段我々のために身を粉している憲兵の方々に報いるという気持ちですよ」


「レギオン商会には普段から感謝していますよ、商会からは普段から最大限の協力をいただいていますからな」


 と言葉がタキザ大尉の中で空々しく響く。


 普段は商売のイメージが悪くなるからと邪魔者扱いするくせに、そのくせ都合のいい時は「お前ら税金で食ってるんだから何とかしてくれ」とか抜かしやがると、心の中で愚痴るタキザ大尉。


 とはいえ邪険に扱うわけにはいかない、相手はレギオン商会会長、つまり経済の長、カイゼル中将と同格だ。


「会長、ちょっとした飲み物やお菓子、それぐらいだったら喜んで受け取りましょう、ですがね」


 自分と会長を挟む机の上にある物を見つめる。


 目の前にあるもの。


 タキザ大尉の一番近くにあるやつは、いわゆる「クーポン券」だった。しかもちょっとした割引き程度ではない、いわゆる「タダ券」だったりする。


 そのタダもどこぞの酒屋の酒が一杯だけタダではなく、レギオンである三ツ星のレストランのフルコースがタダになるのだ、しかも中隊全員分。


 当然こんなものが発券されているなんて聞いたことがないし、事実発券などされていないだろう。


 これには限らない、最高級のお酒に最高級のお菓子に、平民が口にできないような高級食べ物がずらりと並んでいる。


「繰り返すがこれは「善意の差し入れ」ではない、れっきとした「賄賂」だ」


「まさか、賄賂とは渡した相手に対価を求める行為の一つ、そんなことは考えていませんよ」


「悪いが「賄賂」は受け取らない、我々をねぎらう気持ちは謹んで受け取り感謝する」


 ともう何度も同じやり取りをしているが、向こうは一向に引くつもりはない。


 これは突然のことだった、今日出勤した時に、当直の憲兵からレギオン商会会長が面会を希望しているという伝言を受けたのだ。


 先ほども述べたとおり、レギオン商会会長はレギオンのトップの1人だ。んなものお偉方に任せておけばいいじゃないかと思ったが何故か自分を指名してきたのだそうだ。


 渋々通したところ「これからの挨拶」ということでいきなり意味不明な賄賂を手渡されたのだ。


 そもそもどうして急にあいさつに来たのか理由を聞いてもアイカ少尉に会いに来たとのことだが、肝心かなめのアイカがまだ出勤してこないのだ。とっくに始業時間ではあるが、遅刻するなら遅刻するという連絡もない状態だ。


 アイカのウルリカでの件についてはある程度話を聞いている、それが絡んでいるのだろうと当たりはつけているものの、上流の話だと幾分は納得したものの、細かいことを聞こうにも本人と共にと譲らない。


 どうにも胡散臭さを感じるから、ならば受け取らず帰ってくれというが一向に帰ろうとしないのだ。


 さて、再び膠着状態に突入するのかと、お互いにため息をついた時だった。


「中隊長」


 部下の1人が応接スペースに顔を出す。


「なんだ、事件発生なら管理の少佐に伝えて他の中隊に振ってくれ」


「いえ、それが」


 と道を譲る形で登場したのは。


「カイゼル! ……中将閣下! アイカも?」


 タキザの言葉に会長はやっと話が進むとばかりに立ち上がるとカイゼル中将に認め一礼する。


「お久しぶりですカイゼル中将閣下、懇談会以来ですね」


「お久しぶりですウィアン殿、変わらず精力的に動いているようですな」


「恐縮です」


 カイゼル中将は机の上にある物を一瞥するとこう告げる。


「タキザ大尉、商会からの折角の善意の差し入れだ、受け取り給えよ」


「な! 本気かカイゼル中将閣下! 憲兵は他と違って、公権力を直接行使するからたくさんの恨みを買ってるんだぞ!? わざわざ揚げ足を取られるようなことをするべきではないと思うが!」


「かまわん、儂が全ての責を負う。ただし儂の名において「善意の差し入れ」ということは通させてもらいますぞ」


「もちろんですよ、これはただの挨拶ですから、それでは今後もよしなに」


 と粘っていたのが嘘のように、会長は立ち上がると、今度こそ素直に帰った。


 応接スペースに残されたのはカイゼル中将とタキザ大尉、アイカ少尉の3人。


「本当にあっさり帰るってことは、ただの挨拶というのは社交辞令じゃなくて本当に付き合いを始めるつもりってことかよ、おいカイゼル、説明してくれるんだろうな?」


「無論だ、というよりむしろ事情は把握してもらうぞ、といっても細かいことは後で儂も本人からきかなければいけないがな」


「本人?」


「神楽坂だよ」


「神楽坂? アイツがどうしたんだ?」


「ドクトリアム卿の後ろ盾を得た」


「…………」


「…………」


「……は?」


 すぐに意味が呑み込めないタキザ大尉。


「聞き間違いでは無ければドクトリアム卿って言ったよな、あの原初の貴族の?」


 タキザ大尉はカイゼルとアイカを見るが2人は真剣な表情で頷く。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! ほ、本当なのか? ドクトリアム卿って、本当にドクトリアム侯爵で間違いないのか? サノラ・ケハト家の当主の?」


「ああ、先ほどサノラ・ケハト家の使者が儂のところに来てな。神楽坂の後ろ盾になったことと、それに伴う仲間であるアイカとの付き合いも生まれるからよろしくお願いするとな、おそらく今頃ウルティミスは大騒ぎになっているだろう」


「だろうって、原初の貴族、12門の1つの当主が後ろ盾? 本当にそんなことありえるのか? アイカ、ウルリカでいったい何があったんだ、アーキコバの物体が解明されて、それが神楽坂の功績になったとまでは聞いたが!」


 タキザ大尉の問いかけにアイカ少尉は小さく首を振る。


「おやっさんごめん、私も後ろ盾になったって聞いてすぐにこっちに戻ってきたから把握しているようでしていないの、本人も後で説明に来るって言ってたから、そこで」


「……わかった、しかしよりにもよってドクトリアム卿とはな」


「儂は面白いと思うがな、神楽坂の気質に合っていると思うし、おそらく卿も何処か感じ取っているはずだ、冷酷非情ではあるが、あれで趣味人だ」


「まったくそれにしても、神楽坂め、妙に鋭かったり鈍かったり、変で面白い奴だよな、わかった! そういうことなら骨を折るさ、アイカ!」


「は、はい!」


「このクーポン券は向こうが勝手に置いていったものだ、中隊で好きに使うぞ、対価を求めてきたら突っぱねてやれ!」


――――首都・王国議会


 王国議会の月に一度、定例会が行われる。


 とはいえ重要な政策はそう頻繁にあるわけではないから、メインは懇談会であるとは以前に説明したとおり。


 その懇談会では2等議員以上は大物と呼ばれる人物はそれぞれに挨拶の列ができるもの。


 そんな儀式にも似たその挨拶を受ける側に……。


(やはりね……)


 セルカがいた。


 セルカに挨拶をする人物の列の長さは他の大物に引けを取らない、こういった政治的場は得意とするセルカであったが、辺境都市の街長までが挨拶してくるものだから、疲れたの前に自然とため息が出る。


 それにしても間が抜けているとセルカは悔やんでいた。


 今回のような事態はすぐにでも想定すべきであった。おそらくウルティミスでは大騒ぎになっているだろう、神楽坂に一言言っておけばよかったと後悔する。


 まあヤドがしっかりやってくれているから大丈夫だろうが、公的機関の人物が来た時にちゃんとさばけるかどうか心配なのだ。


 神楽坂は頼りになる時は本当に頼りになるのだが、ヘタレスイッチが入るとどうしようもなくヘタレになるから、どうにもほっとけないのだ。


「肩の力を抜き給えセルカ議員、立場の激変に戸惑うことは無い、普通に接していればいいのだよ」


 とゴドック議員もまるで昔からの知己のように話しかけてくる。周りの議員たちにもそう振舞っている。


「折角ウルティミス・マルス連合都市と姉妹関係を結んだのだからな」


 そう、ゴドック議員の言うとおり、セルカはウルリカに残った後も折衝を重ね、今回の功績を元に姉妹都市としての関係を構築することに成功した。


 連合都市はいわゆる「合体」ではあるが、姉妹都市は「公式友好都市」としての役割を持つ。


 これだけで政治的利益なつながりという訳ではないが、お互いの政治的やり取りに方便がつけられるようになるのだ。


 細かいことはこれからとして、まず姉妹関係だけは最優先だと考えていたのだ。


 何故なら神楽坂は「いつ切られるかが大事」だと言っていた。だから切られる前に自分の立場の構築と活用をしなければならないのだ。


 無論それだけではない。あくまでもこれは神聖教団の研究絡みでの成果、次に利用するのはもちろん。


「さあセルカ議員、曙光会の集まりがある、宮殿に行くぞ」


「はい、お世話になります」


 曙光会、参加者は全て王国議員、参加資格は2等議員以上、若しくは2等議員以上の推薦のみによる入会することができる有力政治団体の1つ、王に直接意見具申が出来る政治諮問機関も兼ねる。


 セルカは、姉妹都市としての関係の構築と同時に、ゴドック議員の曙光会への入会も狙っていた。


 ゴドック議員はドクトリアム卿の神楽坂の後ろ盾になったことが余程インパクトあったらしく、すぐさま自分に神楽坂との関係に探りを入れてきたのだ。


 お互いに大事な仲間であると伝えるとそれからの話は早かった。


 セルカはドクトリアムが神楽坂の後ろ盾になったことを、ウルティミスにシフトさせる解釈で話を展開させ、お互いに話し合いを重ねていく上で曙光会への入会の希望を伝えると推薦を勝ち得て、実現することになったのだ。


 王国議員にとって自分の意見を実現させるためには、どうしても有力政治団体に入る必要がある。曙光会はトップではないが、それに準ずる力を持っている。


 自分はまだ所属しているだけで力はないが、渡り合っていける勝算は十分に持っている。


 再び神楽坂は大丈夫だろうかと思うがセルカは小さく首を振る。


(今は戦いに集中しないとね、私は私の戦場があって、それがこの王国議会なのだから)



――ウルティミス・マルス連合都市、マルスのメディ診療所。



 ドクトリアム卿の威光はここでも波及していた。



 医者と王立研究所の名誉研究員とエテルム開発研究の三足の草鞋を履くことになったメディ、今日はいつもの定期日、診療所を開こうとしたときに目の前に大勢の人物がいた。


 エテルムの特効薬は完成間近ではあるが、症状を和らげる薬は既に開発済で、中毒者にはこうやって無料で配っている。


 だが当然その人物ではないことは一目でわかった、半分スラムなマルスの居住区には似つかわしくない風貌を持つ人物たち、はっきり言って浮いているのだ。


 なんとなくピンときたメディは、診療所を開けた瞬間に押し寄せてきた客たちに後で話を聞くと言いながら、これ幸いとばかりに多忙のため中々できなかった掃除や雑用含めてしっかりと終了時間まで手伝わせた。


 客たちもまさか手伝わされるとは思わず、とはいえその独特なペースに飲まれてしまい、自分の要件とも重なって何も言えない。


 メディは客たちに「狭いところですみません~」とお茶を出されて、話を聞きますと言った瞬間に我に返ったかのように一斉に口火を切った。


「神楽坂文官中尉の240年に一度の解は貴女の発想を元にしたと伺いました!」

「その明晰な頭脳を是非役に立てる場所に興味はありませんか!?」

「名誉研究員とは聞こえがいいですが、研究費用は自腹、支援できると思います、あ、もちろん無返済無利子で!」

「エテルムの特効薬開発は社会的意義のあるもの、必要な人材を手配する用意はありますよ!」

「運航会社を経営しておりまして、マルスからウルリカまでの無料馬車を提供しましょう」


 次々に放たれる話にぼんやりと聞いているのかいないのか、そんな表情を浮かべるメディだったが。


「ああ、知ってますよ、ドクトリアム卿、原初の貴族ですね~」


「え? は、はい、そうです! えっとメディさんは神楽坂文官中尉とは友人と伺っておりまして!」


「はい、神楽坂さんとは友達ですよ~」


「そ、それなら研究開発のパトロンに!」

「1人では限界がありましょう必要であれば人材を斡旋しますよ!」


 と再び口火が切られるわけだが、じっくり話を聞いてふむふむと吟味するメディは口を開いた。


「なるほど~、それではお話を聞きますから1人1人どうぞ~」


 と1人1人じっくり話を聞いて無難にさばき切り、結果対価無しでメディの診療所とウルティミスに設けた診療所の設備投資費用に、王立研究所のアーキコバ物体の解明のための諸費用に加えて、エテルム特効薬の開発費、開発した後の流通ルートまで確保したメディであった。



――ウルティミス・マルス連合都市、神楽坂イザナミ自室



「疲れたーーー!!!」


 やっと全部終わった、精神的にクタクタに疲れて、風呂に入って「あ˝~い˝~」とか唸った挙句、転がるようにベッドに転がる。


 来訪者は官民問わず来たわけで、ヤド商会長の指示通りに官の方は俺の担当になったわけだけど。


「疲れた~って、ただ頷いているだけだっただろう?」


 ルルトは椅子に座りながら足をブラブラさせている。


「うるさいな、いいだろ、後で凄い怒られたんだぞ、というか誰なんだよレギオンのどっかの課長の文官中佐って、意味が分からんぞえ」


 疲れ空かは知らないが語尾が普通に変な形になる。


 だが結局は無難に捌き切った、ある人物のおかげで。


 そう、「凄い怒られた」とはその人だ、あれはもう1人そのどっかの文官中佐を相手にした後、既に精も根も尽き果てた時だった。



「ああ、もう無理、超面倒だ」


 机に突っ伏す俺、慣れない上役に気を使い、俺の対応が不満だったのか上流の仲間入りをしたのだから自覚を持つようにとかいろいろ言説された。


 これが後も続くのか、陰鬱な気持ちの中、自警団の1人が入ってきた。


「中尉、疲れてる場合じゃない、たくさんの人が待ってますぜ」


「なあ、そろそろ休憩にしようか」


「いやいや! 何言ってんですか! まだ1人でしょ」


「……しんどい」


「今日の来訪者たちのリストも作らなくちゃいけないでしょ?」


「やっといて」


「ったく、もう、この人は、ってそうだ、中尉、これ、どうぞ」


 突っ伏している俺に渡されたのは小冊子だ。


「なにこれ?」


「多分困っているだろうからって、知り合いを名乗る人から、必要な者だろうから」


 机に突っ伏しながら受け取って、パラパラとめくると、今日ここに来ている公的機関の人物の簡単な身上や趣向や好みを始めとした、来訪者たちの人間関係までがちゃんと詳細に記されている、まさにこの後俺が作るはずの小冊子だったのだ。


「うわっ! すごっ! 便利! 見やすい! 助かる!」


 これは便利と思う、というかこれがあれば別に会う必要なんてないんじゃないかと思うし、でもなんでこんなものがと思った時に、見覚えがある字だという事に気付く。


 あれ、何処で見た字だっけ、見やすく丁寧な字だけど、仲間たちの文字じゃないんだよな。


「中尉、それで、この冊子を作ったの人が、助けてやるぞって言っているんですけど、どうします?」


「マジで!? 是非是非!」


 とところでこれは誰が作ったのだと聞こうとしたとき、自警団員は「いいみたいですよ」と控えていたのだろうか、自警団員が言い終わると同時に1人の人物が現れた。


「失礼するぞ、神楽坂文官中尉」


「ウルヴ少佐!?」


「久しぶりだな、神楽坂中尉」


 立ち上がってなんでこの人がここにと考える間もなくウルヴ・アオミ文官少佐は続ける。


「ドクトリアム卿の話は聞いた、まさか原初の貴族を後ろ盾にするとはな、どうやったのだ、特にあの御仁を」


「まあその、ほとんど運で」


「はは、おそらく謙遜ではないのだろうな、なに、きっかけは何だっていいのさ、今の立場を利用したまえと言いたいところだが、多分中尉のことだ、逃げる算段をしていたな?」


「う……」


「だから手伝いに来た、この小冊子を見れば二つ返事でオーケーを出すとは分かっていたからな」


 そうだともう一度小冊子に視線を落とす。来訪者たちは今朝集まったばかりの筈なのに、どうしてここまでリスト化が出来ているんだろう。


「普段から人間関係を把握しておけば、ドクトリアム卿が後ろ打になった時、人の動きの情報はすぐに把握できる」


 そ、そうなのか。


「中尉、交渉は全てこちらがやろう、中尉に確認したいことがあればその都度話を振るから答えてくれ、座るだけで事が終わるようにするが、頼むから話だけは聞いてくれよ」


 ポカーンとする俺だったが、はっと思い至る。


 そうだ、ウルヴ少佐を見た時に、当たり前かもしれないけど疑問に思ったこと。


 それは制服を着ていたことだった。見慣れた修道院の文官制服、この小冊子だって手間をかけて作っているものだ、正直、ウルヴ少佐とはそこまで交流があるわけじゃないのに、なんで俺にここまでと思った時に理解した。


「ウルヴ少佐、まさか」


「気が付いたか、そうだ、私も今回の来訪者たちと一緒、中尉との繋がりが欲しいからだよ。お前がこういった作業を極端に苦手としているのはマルスの時でよく知っているからな、これを利用しない手はない、そのためにこの小冊子は手土産として持ってきたのだ」


「た、助かります」


「私の前に会ったラプラ文官中佐の言葉を陰で聞かせてもらったが、中尉は露骨に不愉快な顔をしていただろ? 憮然としていたぞ」


「は、はは……」


「どうだろう、階級は私の方が上だからなリードしても問題ない、向こうのお歴々と渡り合う自信はあるぞ、私を隣に座らせることは、中尉にとって不利益ではないと思う」


 ウルヴ少佐にしてはストレートな物言い、これも俺のことを知ったうえでか、そう、ウルヴ少佐にとって俺の隣に座るだけで十分なのだ。来訪者ではなく関係者として振舞えるし、向こうが勝手に誤解もしてくれる。


 そのためだけに、ここまでするのか、本当に凄いよな、だがこれは頼もしい、こちらとしても願ってもないことだと、俺はウルヴ少佐に折衝を頼んだのだ。


 その後のウルヴ少佐の手際は見事としか言いようのないものだった。嫌な顔一つせず気を使い気が利かせてうまくやるお手本のようなもの。


 相手が誰有るかを知るや、知り合いの誰某が、何が好きで何が嫌いかというのを淀み懐く繋いでいて、相手も驚いた顔をしていた。


 俺は本当に話しさえ聞いていれば段取りも全部済ませてくれて、来訪者の資料も的確にまとめてくれたのだ。


 確か文官課程で7番だっけ、卒業後も常に第一選抜で昇任しただけあるなぁ。


「ありがとうございます、助かりました!」


 一日どころか半日で終わり、ウキウキ気分でウルヴ少佐に話しかける。


「なに、こんなものはルーチンワークだからな、大したことは無いさ」


「ル、ルーチンワーク?」


 そんなものなのかと問いかけるとウルヴ少佐は「例えばそうだな」と前置きした上で話し始める。


「甲、乙、丙の3人がいたとしてその3人と仕事をすることを仮定しようか。甲さんと乙さんは仲が悪い、乙と丙さんは仲がいい、丙さんと甲さんは仲がいい、その情報を読み取り、それを元に誰と誰を組み合わせるかを算段する。甲さんは頼めば仕事をしてくれる、乙さんはケツを叩かないと仕事をしてくれない、丙さんは黙っててもやってくれる。仕事の頼み方は甲さんは普通に頼めばいいし、乙さんは下手に出ればやってくれる、丙さんは生意気な口調のほうが根性があると思ってやってくれる。ほかにも細かいところで仕事の趣向が違ってくる、効率にやる人、時間をかけてじっくりやる人、丁寧な人、雑な人、色々あるがその調整を朝から晩までひたすら繰り返す、そうすると徐々に人間を扱うという事に慣れてくるんだ。そうなると3人だけじゃなく十数人を管理することが可能になってくるし、それをうまくさばききれれば、その全員から一目置かれるようになる。そうすれば勤務評価は上がり、出世にも有利になり、その上仕事とした人間から繋がりを持つことができ、結果的に自分の望む道が開けてくるのさ、分かったか中尉?」


(分かりません)


 言えないけどね。うん、聞いただけで胃がストレスで破裂しそうだ。こんなことを毎日やっているのか。


「さて、そろそろお暇する前に中尉よ」


「なんですか?」



「説教の時間だ、あれだけ話は聞いていろ、聞くだけでいいからと言ったのに、半分ぐらい呆けていたな?」




「長時間だとまた呆けるから、それでも30分ぐらいひたすらだよ、まあ今回は向こうが全面的に正しいから言い返せなくてさ。しかも全部終わった後、ウルヴ少佐が作ってくれた資料の写しをヤド商会長に渡したんだけどね」


――「ずいぶん器用な人物なんだな、まとめ方で分かる」


――「あ、一発で見破りますか」


――「いやいや、これどう見ても中尉じゃないだろ、アンタ下手糞な字でしかも要領得ないから街長が毎回直しているんだぞ」


「シクシク」


「はっはっは、普段からサボってるかデデデデデデ!!」


「うるさいよ! というかお前の分の仕事もしてもらってんだからな!」


「へ!? 武官にも書類作成とかあるの!?」


「あるだろ! 一応正規の武官なんだぞ! セルカは俺達の勤務日誌や活動報告とか適当にでっち上げていつも書いてくれているんだってさ、ははっ、はは……は……」


「…………」


「…………」


「イザナミ、確かセルカは民間の有力協力者って立ち位置じゃなかったっけ?」


「最初はそんな感じで頼んだね」


「でも今の話だと、こっちの実務も握られてるよね?」


「握られてるね」


「…………」


「…………」


「駄目駄目だね、ボク達」


「だなぁ」


「…………」


「…………」


「でも別に改めようとは思わないよね」


「思わないなぁ」


「…………」


「…………」


「イザナミ、ボクは料理を頑張るよ、せめて美味しいものをセルカに食べてもらおう、味はもちろん、美容とダイエットにも効果的な料理をね!」


「おう! 俺も、えっと、そうだな、うん! やるときはやったるで!」


 後ろ向きに決意を固めつつ俺たちは頑張ることを誓うのだった。


 とルルトといつもの馬鹿話をしている時に、ふとラベリスク神のことを思い出す。


 ラベリスク神はアーキコバを使徒にしたことを後悔したこともあると言っていた。

 最初聞いた時、その後悔とは「人ならざる人物にしてしまった」という「罪悪感」からだと思っていたけど、ひょっとしてアーキコバと親友になってしまったことも含まれるのではないかなと思う。


 何故ならアーキコバを含めた神聖教団の面々、楽しかったのは本当なんだろうけど、全員必ず別れが来ることをラベリスク神はどう考えていたんだろう。


 それは神であってもとっても寂しいことで、だからあんなにも神聖教団のことを大事にしていて、「友人にならなければよかった」って思ったこともあったのではないだろうか。


 神が迂闊に人を使徒にしない理由はリスクだけじゃなくて、そういった理由もあるんじゃないかって思う。


 ルルトだって、ウルティミスの民たちの為に自分の力をほとんど使いつくすというリスクを冒してまで俺を異世界に連れてきた。


 だけど使徒は作ったことがないとはっきり言ってたし、俺がルルトの使徒なのも偶然の産物だ。


「なあルルト」


 俺は、創作料理のレシピを考えているルルトに話しかけてしまった。


「ん? なんだい?」


「えっと、いや、やっぱり、なんでもない」


「? うん、まあいいけどさ」


 と特に気にすることなく再びレシピを考える思考に戻るルルト。


 俺たちの環境は激変してしまった。


 でも今は楽しみの方が多い。


 俺にはルルトを始めとした頼りになる仲間たちがいるのだ、これから何が起こるのか、それをいい方向にもっていくのが俺の役割だから。




これにて第4章完結です、読んでいただいてありがとうございました!


神楽坂のチームはこれでやっと完成です。


様々な人に支えられたチームはいよいよ本格稼働を開始します。


次回、24日か25日のおまけで終わりとなります。


尚、今回の投稿からタイトルを「ワイルドカード」に変更します。


これからもよろしくお願いします。

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