第47話:想いの果てに
歪められた神聖教団の歴史。
踏みにじられたアーキコバ・イシアルの想い。
だけどラベリスク神は、怒りを感じても歪められた歴史自体は否定することは無かった。
それもそうだ、自分たちのしたことが後世の人にどう映るかなんてことは分からないのだから。
俺がいた日本だって、ほんの1世紀にも満たない歴史の出来事ですら現在になって正しいとか間違っていたとかの議論が沸き起こるぐらいだ。
それはこの世界だって例外じゃない、そして悠久の時を生きる神々は、人の世の後世を知ることができる、だからこそアーキコバはラベリスク神に神聖教団の後世を託されたのだ。
『まったく、あの時情にほだされて「分かった、絶対に守る」なんて言わなければよかった』
この言葉を言うラベリスク神の表情は表現のしようのないものだ、長い時を思い出しながら出るこの言葉の重さは俺は理解することはできないのだろう。
『それにしても240年に一度の解とはなかなかに洒落ている名前ですね。神楽坂中尉』
「良い名前でしょう? でも周りの女性陣は反対したんですよ、ダサいとか、真面目な論文にそぐわないとか」
『そのセンスを女性に求めるのは無理がありますよ、男の浪漫は男にしかわかりません、だからいいんじゃないですか』
「確かに、男の浪漫は男だけで楽しむからこそですからね」
『しかしいいのですか? こんなところにいて、今頃懇談会の真っ最中では?』
ラベリスク神は視線を懇談会場へ移す、今ラベリスク神と話している場所は神聖教団の本拠地から少し離れたところにある高台からだ。
懇談会場は、神聖教団の本拠地で行われることになった。貴重な遺跡でいいのかと思ったが、ラベリスク神がむしろここでやってくれとのことで、ここに決まった。
夜の帳は降りており向こうではまるで懇談会場が月のように光り輝いている。
「いいんですよ、どの道ああいった場は私に合いません。セルカ曰く「露骨につまらなそうにしているからいない方がいい」とか言うですよ、ひどいですよね?」
『ははっ、本当に頼りになる仲間達ですね、懐かしいですよ』
ここで羨ましいではなく懐かしいと発言するラベリスク神。
『神聖教団は最後は解散という形になりましたが、それでも楽しかった。みんな気のいい奴で、一つの目標に向かって頑張ることがこんなにも楽しいことだとは思わなかった』
『それが、ほんのひと時のことだと分かっていても……』
ラベリスク神は石碑を見上げる。
ずっと孤独と戦ってきたのだ、スズテ・ベーシックからフェド・ラスピーギに至るまで。
「本当に行くんですか?」
俺の言葉にラベリスク神は頷く。
『はい、もう決めたことですから、アーキコバも許してくれると思います』
今回の240年に一度の解にあたりラベリスク神はこう言った。
――『今回のことが終われば、私はここから出るつもりでいます。神楽坂中尉、手を貸してくれますか?』
決意に満ちたラベリスク神の言葉に俺は何も言えなかったが、ウィズとルルトが理解を示していた。
俺にはわからないこの感覚、だけどそれが本心であるのならと協力することにした。
とはいえ記憶の「改ざん」は洗脳にあたる。どうするかと悩んだ時にラベリスク神はこう言ったのだ。
――『改ざんではなく、新たな記憶を植え付ける「更新」ならば人の脳はちゃんと自己修正できるんですよ』
これは知らなかった。どうしてこんなことを聞いたらアーキコバも神の力を使い様々な研究をしていたらしいが、同時に悪影響に関しては敏感だったのだという。
だから俺は「アーキコバの解析係に誰もいなかった」とだけ植え付けるようにラベリスク神に指示し、結果他の人物と話を合わせるようにしたのだ。
「これからどうするんですか?」
『旅に出て世界各地を回ってみます。元々旅が好きでしたから、やっと趣味に戻れるってものですよ』
「ローカナ少尉のこともいいんですか?」
『え?』
「貴方に対して憎からず思っていたような気がしましたけど」
『……確かに彼女には悪いことをしました。面倒見がよくて、何かと自分のことを気にかけてくれて、こき使われましたけどね』
『だけど、だからこそ下手に自分を覚えていることを知ると、それが未練になりますから、これでいいんですよ』
「……ラベリスク神、貴方の決意と想いは分かりません。だけど自分の存在を消す形でいなくなるのは、寂しいという気もします」
俺の言葉にラベリスク神は首を振る。
「…………」
でも、やっぱり……。
『それよりも神楽坂中尉……』
心配そうにするラベリスク神。
「よしてくださいよ、貴方はなんとしてでも成し遂げたい目的と想いがあった、私がそれに協力した、それだけです」
俺の言葉を受けて今度はラベリスク神が寂しそうな顔をする。
『神楽坂中尉、アーキコバを使徒にしたことは、一時期後悔したことがありました。だけど今はよかったと断言できます。ルルト神も、そうだと思いますよ』
「どうでしょう、あの適当神のことだからあまり深く考えていないと思いますけど」
俺の言葉にラベリスク神は笑う。
『神楽坂中尉、今後もし何かあれば助けに行きます。今回は本当にありがとうございました、神楽坂中尉には何度お礼を言っても言い足りないぐらいです』
「そんな、大げさですよ」
確かに歴史観は劇的に改善されたように見えたが……結局は、そう簡単に変わる物ではない、遠い未来に再び歪められるかもしれない、それは分からないのだから。
『いいえ、神楽坂中尉、神聖教団が現役の時の世界観からすれば、一石を投じることができただけでも本当に「奇跡」なんですよ。長い時を待った甲斐がありましたよ』
「……ラベリスク神」
『もう行きます。また会いましょう」
「じゃあお元気で、ウルティミスに遊びに来たときは歓迎しますよ」
俺の言葉にラベリスク神は片手をあげて、そのまま空高く飛び上がり、あっという間に暗闇に消えた。
「…………」
ラベリスク神の消えた先をじっと眺めていて、少しだけほろ苦い気分。
「あの、神楽坂中尉、ですか?」
突然聞こえてきた女の人の声に振り向くと。
「ローカナ少尉?」
意外や意外、ローカナ少尉だった。
「どうしたんです、こんな時間に」
「中尉こそ、どうしたんですか?」
「私はちょっと気晴らしに来たんですよ」
「そう、なんですか……」
何処か落ち着かない感じのローカナ少尉。
「あの神楽坂中尉、えっと、今、誰かと話をしていませんでしたか?」
「…………いいえ」
「そう、ですか、話していたような気がするんですけど……」
やっぱり落ち着かない様子のローカナ少尉に俺は話しかける。
「そういえば学会発表の時、何か俺に聞きたいことがあったような感じでしたけど」
俺の問いかけにはっとするローカナ少尉。
「は、はい! そう、それが聞きたくて! 神楽坂中尉、ほら、いませんでしたっけ、頼りない感じの男の人がアーキコバ解析係に!?」
「…………私が知る限り、アーキコバの解析係はずっと空席であったと伺っていますよ」
あっさりとした俺の言葉にローカナ少尉はがっかりと肩を落とす。
「そう、ですよね。ごめんなさい、急に変な事を聞いて、バッカみたいって……あれ?」
ツゥと涙が流れる。
「ごめんなさい、変ですよね、なんか、凄い寂しくて、ほっとけない人がいた気がするんです、弟みたいだと思っていたんですけど、でもちょっといいなって思っていて、分かりやすいくせに、ちょっと不思議なところがあったとか、他の人と違うなとか思ったりとか、だから!」
ここで止まってしまうローカナ少尉。
「……いたかもしれませんよ」
「え?」
「私が今回気が付いた240年に一度の解はラベリスク神の導きじゃないかって思うんですよ」
「どうして、ですか?」
「だって出来すぎじゃないですか、そりゃ神聖教団のことは興味があったんで調べてましたけど素人ですよ? それがちょっと過去の論文を読んだぐらいで法則が偶然に見つかって、アーキコバの物体の中には神聖教団の真実が記されていたなんてね」
「…………」
「あの時は舞い上がっていたから分からなかったけど、ラベリスク神が実は傍にいて、わざと手掛かりを残してくれたんじゃないかなぁって、だからローカナ少尉がいたかもしれないという不思議な男の人は、ラベリスク神だったかもしれません」
俺の言葉に、ローカナ少尉はやっと笑顔を見せる。
「ええ、そうですね、きっとそうですよ、なんだろう、凄い不思議、今の中尉の言葉が、本当なんだって思いました」
ローカナ少尉の俺もつられて笑顔になった。
と思ったが……。
「あの、神楽坂中尉」
「なんですか?」
「どうしてずっと、泣きそうな顔をしているのですか?」
●
自分がいなくなった後のウルティミスを想像してみる。
セルカを中心にヤド商会長を従えて本当によくまとまっている、本来保守的になりがちな辺境都市であったが、変化を積極的に取り入れる。
商会の幹部たちにとって自分の娘世代のセルカに対して付き従うのは、チームワークという言葉だけで語り切れない、思いがあるのだろう。
アイカは俺なんかよりずっとしっかりしているし、セルカとは友人同士として、サポートするだろう。
ウィズは実務面で十分に支えになっているし、ルルトはなんといっても最強神だ、セルカならルルトの力を上手に使える、ルルトだってセルカに一目置いているからきちんと神の力を使えるだろう。
とまあこんな具合で。
「まいったな、本当に俺がいなくても上手に回っていくじゃないか」
自分で想像してちょっと凹む、もうちょっと俺がいないと駄目とかになって欲しいのに。
ラベリスク神と別れた後、誰と話すわけではなく、かといって宿に帰るわけでもなく、神聖教団の本拠地のちょっとした死角にあるテラスのようなところから景色を眺めていた。
このテラスには人もいなくてちょっと孤独に浸りたい場所にうってつけ、少し離れた時から聞こえてくる人の話し声がなんとも言えず心地よい孤独感を演出してくれる。
飲み物を口に含んだ時に自分の左腕から勲章がお互いに音を鳴らし、自分の左胸に視線を落とすと、俺の胸にはずらりと4つの勲章が並んでいる。
勲章なんてものを4つも貰うとは本当に出来すぎ、まあチートを使った結果だから当然と言えば当然なのだろうけど。
だがそのやっぱり代償は大きかった。
今回の受勲の懇談会、すぐに抜け出してきたけどそれでも何人から「今度はウチに「慰安旅行」に来ないか」と直接打診を受けた、セルカではなく俺にだ。ウルティミス・マルス連合都市に政治的利益はないと判断した上での俺への接触、露骨に神の力目当てだ。
例えば自称敬虔なウィズ信徒の街長は、ルルト教との友好関係を是非深めたいという文言で接触したりしてきたのだ。
こんな分かりやすいのだけならばいい、これから自分では対処できない程の数のアプローチが来る、合法非合法問わずに、その手間は膨大な量になり、ウルティミス・マルス連合都市はその対応だけで潰されてしまう。
だから俺は……。
「本当に良いのかい、日本に帰るなんて」
俺の隣には手すりに寄りかかりながら座る俺を見て話すルルトがいた。
「アーキコバは自分が使徒であるということをちゃんと理解して、ラベリスク神と神の力を使いながら協力して事をなしていた、ちょうど今の俺とお前のようにな」
「…………」
「だからかな、いつの間にかアーキコバに自分をだぶらせて考えるようになって、最期にアーキコバが仲間を守るためにアーキコバの物体の中で生涯を終えることについて考えるようになったんだよ」
そう、俺はあの時、アーキコバの物体の中でラベリスク神に対して俺が抱えていた想いや葛藤を吐き出したのだ。
――「アーキコバが、アーキコバでの物体の中で生涯を閉じたのは何故なのか」
仲間のために孤独な人生を選んだアーキコバ、俺の問いかけに、ラベリスク神はアーキコバと自分を重ねていることを理解してくれて当時の状況を話してくれた。
聡明なアーキコバは、自分の使徒という立場をちゃんと客観的に見つめていて、いずれ来るであろう苛烈な迫害に対して、だからこそ迫害が苛烈になる前にあれだけ高性能な尖兵を作り出したのだという。
だけど結局、アーキコバが仲間を守るために取った手段がつまりは「この世から存在を消す」ことだったのなら。
ただ1人ではあったが孤独ではなかったそうだ、ラベリスク神も頻繁に会いに来ていたし、アーキコバの物体から出ることは無かったけど、それでも最後は笑って、礼を言って永眠したらしい。
もちろんいきなり消えたわけではなく、自分に注目がいくように入念な準備をした後での失踪だったそうだ。
つまり俺の最後の仕事は、アーキコバと一緒だ。
でも大丈夫、俺の存在の消失が証明された時、憂慮される事態は無くなり、今度は俺に代わりセルカがずっと上手に裏でしっかりルルトとウィズの力を使う、セルカの手腕なら十分に可能だ。
ここまで語り終えて結論をルルトに告げる。
「だから俺が消えても大丈夫なんだよ」
にっこりと、といってもローカナ少尉に指摘されたとおり、笑えていないのだろうけど、精一杯の笑みでルルトに話しかけるが。
「そういう意味で聞いたんじゃない、未練はないのって聞いたのさ」
あまり聞いたことのない強い口調のルルトに俺も顔が強張ってしまう。
「み、未練って、あるに決まっているだろう。俺がどんな思いで今までやってきたと思っているんだ、仲間に恵まれて、やっと形が出てきて、連合都市はこれからだって時に、未練がない? 本気で思って聞いたのか?」
「ああ、本気で聞いたよ、悪いかい?」
「っ」
「ちなみに日本に帰るなんてことは誰かに相談したの?」
「……してない、だってセルカも……多分アイカも、止めると思う」
「止めてほしいのでしょ?」
再びルルトが皮肉を込めた言葉、あ、そうか、ルルト。
「なあ、ひょっとして怒ってる?」
「やっと気が付いた? まあ「日本に帰りたいと言った時はちゃんと帰せ」って約束だったからね、約束は守らないとね」
「? 約束? あ、ああ、、思い出した、最初の頃か、そんなこと言ったなぁ」
すっかり忘れてた、最初の頃、まだ自分が巻き込まれたとか思っていたころの話だ。
思い出したせいか、どんどん当時のことを鮮明に連鎖式に思い出してくる。
コミケでルルトにここに連れてこられて、王立修道院に入学して、色々なことがあった、色々な人に会った。
最初は修道院を卒業したら日本に帰ろうと思ったんだった。
そしてルルト神話を聞いて、自分を連れてきた理由を聞いてここに留まることに決めたんだった。
「なあルルト」
「なに?」
「さっきの止めてほしいだろうって言ったけど、もちろんイエスだよ「お前なんかいらないから日本に帰って欲しい」とか思われてたら凄いショックだよ」
「…………」
「だから慰安旅行の前にセルカが止めてくれた時はうれしかったし、まあ「貴方は私が守る」って言われた時は男としてどうかなって、俺ってそんなに頼りないかなぁとか思ったけどさ」
止まらない。
「アイカは怒るかなぁ、直情的な奴だし、気風がいい女だから、殴られるかも、あはは、殴られると言ってももういないけどさ」
「ウィズはどうなんだろう、淡々とするか、寂しいと思ってくれるのか、いやぁ殺された相手をここまで信頼するってどこの少年漫画だよ」
ぐっと感情を溢れるのを必死で堪える。
「はー! もうこんないい女たちに出会うことは生涯無いのだろうなぁ! いつか帰るかもしれないって、思ってたから、仲間としての感情以外は持たないようにしていたけど、思いきって、勇気出してデートにでも誘えばよかったかなぁ! いやいや、それは無理か、俺じゃ誘っても断られるのがオチだよな、デートに誘ったらついてきてくれるなんて、自意識過剰もいいところだ、あーもう、イケメンに生まれればよかった!」
「そうだよ、俺がもっとちゃんとやればよかったんだ、知ってるかルルト、俺の世界での異世界物の主人公はさ、俺よりもずっと強くて、かっこよくて、面白い奴らなんだぜ?」
じっと俺の告白を聞いてくれるルルト。
「あのさ、イザナミ」
「なに?」
「ボクはウルティミスの主神で、ウルティミスの民たちの願いを聞くのが仕事なのさ」
「ああ、だから俺が連れてこられたんだよな」
「そしてウルティミスの民たちに、君も含まれる」
「…………」
「だから君を日本に……」
と言いかけた時だった。
「君が神楽坂君だね?」
突然俺とルルトの深刻な雰囲気をまるで考えないような、突然の言葉、声のした方向を振り向くと、そこには1人の50歳ぐらいの男性が立っていた。
次回は、18日か19日です。




