表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/238

第40話:屈辱の証


 結局、研究所にいてもやることがないので観光することにした。温泉は後の楽しみにするとして、まずはメインとなる神聖教団の本拠地跡を見て回ることにした。


 神聖教団の本拠地は都市の北西部にある、馬を借りて走らせること1時間、俺は本拠地に到着する。


 俺の目の前に広がるのはインドネシアのボロブドゥール遺跡を彷彿とさせるような、迫力のある凄い建物群だ。


 ここが栄華を誇った神聖教団の本拠地か、資料で当然調べて知ってはいたけど、こんなにも完全な形で残っていたなんて。


 建物の中に入ると、様々な用途に使われた部屋が公開されている、とはいえ当時使われた家具や小物なんかは全て都市博物館に保管されているらしく、殺風景な空間が広がるだけだったけど、過ぎ去りし姿を収めた「魔法写真」もしっかり現存し展示されている。


 魔法を使えば自分の見ている映像を写真に収められる、ということはこれは神聖教団の誰かが見た景色という事なのか、そう考えるとロマンがあるなぁ。


 ゆっくり空気を味わいながらてくてく歩く、頬をなでる風が心地よい。


 そしてここの本拠地のメインである大講堂、ここにも重要な遺物が存在する。


 俺の目の前にあるのは高さ3メートル幅2メートルの巨大な石碑。


 これには神聖教団の結成時の証として17人の名前が刻印されているもの、神聖教団の結成メンバーであり同時に幹部全員の名前でもある。


 神聖教団は、結成時の幹部全員が「人間」で構成されていたという点が特異だ。


 文献によれば亜人種のハーフすらも軽く凌駕するほどの魔法の才能を持っていたというが、現在神聖教団クラスの才能を持った人間はその後生まれた記録はない。


 現在でも人間にとって類稀な才能を持つというのは亜人種クラスのことをいう、これも謎になっているのだ。


 有力なのは魔法術式の処置を施されたのかもしれないし、全員がラベリスク神の加護を受けた使徒だとも言われている。


 自分の身に置き換えて考えてみれば、加護は納得できる話だ。俺は魔法は使えないが、常人離れした力をルルトから授かっているのだから。


『自分が使徒であるという事がどういうことか、中尉は分からないのです!』


 ふとセルカ司祭の言葉が蘇る。


 神と人の世界か……。


 神聖教団の石碑に刻まれている名前を見る。一番高く大きな場所に書かれているのはアーキコバ・イシアル。


 その下に書かれている各人物の功績を語ってもキリがないが、その中で神聖教団の長であるアーキコバ・イシアルの次に有名と言えば。


「神聖教団の末席にいた、スズテ・ベーシック」


 ベーシック、その末裔であるウルリカ都市初代街長であり、ウルリカ・ベーシック。それぞれ散り散りとなった、後継者に指名されると同時にベーシックと名を変える。


 彼は神聖教団の幹部の中では一番の下っ端だったものの、アーキコバに気に入られていて秘書として登用されたらしい。


 ここはラベリスク神の教会も兼ねており、神聖教団の本拠地以外にもあったらしいが今ではここしか残っていないらしい、当然今は教会の役割を担っていない遺物として残っているだけ。現在ウルリカはウィズ王国の傘下に入った時点でウィズ教に「改宗」している。


 改宗、上位の神に対してそれをやれば神の世界では「制裁」を受けても文句は言えない。


 ラベリスク神を信仰していたからこそ内部反発があったのも当然だが、結果それが通ったのは、アーキコバが最終的に正気を失ったのはラベリスク神が邪神であるからとの説もあり有力視されているからだ。


 と、わずか1代で滅びながらも、こうやって今でも語り継がれる神聖教団……。


「…………」


 ふと振り返っても、俺1人しかいない、教会に設けられた遺跡の椅子に座り目を閉じて思考の海を泳ぐ。


 俺はウルリカ都市に入った時、いやセルカ司祭から話を聞いた時から思い出す。


 違和感もある、矛盾点もある、疑問点もある。


 だけどこれが繋がらない、全て断片的だ。


 まあ繋がらないのはさして問題ではない、分かるべき時が来ればわかるのだろう。


 だから俺はいつものとおり、分かったことに対して、そして起きたことに対して適切な処置がとるための心構えを持つことだ、それは変わらない。


 そしてそのために俺が注目すべきは違和感と矛盾点と疑問点の「繋がり方」だ。これを外すと元も子もなくなるから。


 ならば俺のやることは決まった。


 目を開けるとそこには巨大な石碑が再び目に入る、そしてここにきてもう何回同じことを思っただろうか、どことなく寂しさを感じる。


 俺と同じことを思ったのだろう


「いつ来ても、寂しいところですね~」


 と隣に座るメディが言葉を紡いだ。


「…………」


「…………」


「え? なんで? なんで? なんでいるの?」



 メディ・ミズドラ、違法薬物エテルムの件では憲兵の監視処分で終わり、先日その監視処分も「違法薬物流通について嫌疑消滅」ということで晴れて自由の身になった。


 現在はセルカ司祭より下命があり、対エテルム特効薬の製造及び研究全面バックアップ費用を持つ代わりに、ウルティミスの医者も兼任するようになった。穏やかな雰囲気で父性本能が刺激されるのか人気がある。


 ちなみにカリバス伍長、といってももう伍長じゃないけど、彼はこの頃メディに過保護を咎められているらしく、すごすごと引き下がるものの気が気でないそうな。


 ちなみに研究に向いているとの教授の弁は本当だったようで、エテルムの特効薬がもうすぐ完成するそうだ。メディの普段の言動に惑わされてしまうが、何気に有能なんだよな、ただ現場の医者には向いていないだけで。


 んで、何でここにいるのかと聞いたところこんな答えが返ってきた。


「ウルリカ高等学院に呼ばれたのですよ~」


 だそうだ。そうだ確かメディの母親は、中等学院から別の都市に通わせるために金を貯めていると聞いたが、その別の都市とはウルリカだったのか。


 今は受験を控えた学生に対して、先輩として大学生活を教えることで自分の進路の具体的な映像を描かせるために来たそうな。


「ローカナとは高等学院と大学の同級生なんですよ~」


 だそうだ。


 アドバイスが終われば研究の協力のために呼ばれているらしい。


 んで、ここに来た理由はというと。


「学生時代は考え事をしたいときは、ここが好きでよく来ていたんですよ~、久しぶりに来ました、懐かしいですよ~」


(……え?)


 と思わず声が出てしまいそうになった。


(メディが、神聖教団の本拠地が好きなのか)


 だってメディは、と考えていたところでメディがぐいぐい服を引っ張る。


「何すんの!?」


「では行きましょうか~」


「へ? どこへ?」



 ウルリカ高等学院、メディとローカナの母校。


 文武両道名門校で他の都市の優秀な生徒たちを受け入れを実施しており、毎年修道院に文官課程、武官課程に合格者を出している学院だそうだ。


 んでここは学院の待合室なんだけど。


「なんで俺がここにいるんだ?」


 という自問にメディがにっこりと答えてくれる。


「言ったじゃないですか、先輩として説明会をですね、後輩たちにするために」


「いや、それは聞いたよ! どうして俺!? というかいきなり俺が来て許可されるわけないじゃん!? そう思ったのにどうして最初から俺が来るかのように通されたの!?」


「中尉がここにいると研究所の人に聞いて~、暇していると聞いたので折角だから一緒にと思って~、先生に頼んだのですよ~」


 ということはフェド兵長あたりが言ったのか、んで1人でも多い方がいいらしくメディの紹介とあって二つ返事でオーケーだったそうな。


 それにしても、一応遊びに来たんじゃないのだけどな、どうもメディは俺に対して遠慮が無いというか、ぶつぶつ。


「まあまあ神楽坂さん、ウチの母校は美人な学生が多いんですよ~」


「…………興味ないし!」


「はいはい~」


 とズズッとお茶を飲むメディ。


「いや、今のはそう返されるのは思わなかったからだから! それで詰まっただけだから!」


「はいはい~」


 くっ、違うのに、まあ美人な学生がいればそれにこたしたことは無いけどね!



 と期待したとか、まあほんのちょっとあったのは認める次第だが……。


「「「「…………」」」」


 個室に通された俺の目の前には修道院の文官課程の志望者4人、その中の2人の女子学院生は確かに美人だったけど……。


 彼と彼女らが俺を見る目、真っすぐに、そして意識高くぎらついている、個人的には好感が持てるのだけど……。


(俺を見る目が辛い!)


 わかる、王立修道院という最難関に合格した尊敬できる先輩を見る目だ。それがどれほどの学力がいるのか、それは同期達と一緒に過ごして知っている。


 そして目の前にいる学生たちは、修道院に手が届く位置にいるのだろう。


 ごめんよう、俺は神の力を借りてズルして修道院に入ったんだ、だから当然のごとく最下位だったのだ。


(帰りたい……)


 どうしよう、お腹が痛いからとか駄目だよな。


 名門校って話だから、ウルティミス学院の参考にもなるかなと半分視察気分で来たけど、そんなノリじゃなかった、こんなシリアスな場だとは思わなかった。


 というかそもそもなんでこんなことに、俺は何をするためにここに来たんだっけ。


 さて時間とばかりに個室の先生はこう紹介する。


「こちらは神楽坂イザナミ文官中尉、文官課程第202期卒、恩賜勲章、政府5級勲章を受勲し中尉に特別昇任、まだ赴任して間もないにも関わらず、連合都市誕生では重要な役割を担い、戦略と戦術に非凡な才能を持っています。今回は街長依頼による仕事の中、急なお願いにもかかわらずわざわざ来ていただきました」


(すごい紹介してる!!)


 まあこういう時は功績を主に紹介するのは分かるけども。


 ここで先生は「それではよろしくお願いします」退室して個室には俺と学生たちだけにになった。


「神楽坂文官中尉! 修道院出身でありながら辺境都市駐在官の勤務されていると聞きました! 差支えないの範囲で理由とか、普段どのような勤務をしているのですか!」


 早速とばかりに聞いてくる学生、そうか修道院で辺境都市就任は何か特別な意味があると思う訳か。


『ふっ、そうだね、好きな時に寝て好きな時に起きて、本読んで釣りして飯食って、自警団と男の浪漫話で盛り上がる日々、問題が発生すれば神のチートを借りて万事解決する日々さ』


 ってそんなこと話せるわけないだろ、目をかがやせて聞いてくる無垢な学生たちにさ。


 となると……。


「駐在官という仕事はだな、まず経済的利益を追い求めない、公的利益を追求する我々だからこそに責務を遂行することができるのが駐在官というもの、一見して無意味で無駄に見える部分にこそ、真摯に受け止め積み重ねがあったからこそ、私には過分な勲章と功績を」


 と自分でももっともらしく意味不明な言葉を繋ぎながら何とかしたのだった。



(つ、疲れた……)


 ほんの数十分程度だけど、学院生と話している間は、なんか騙しているみたいで罪悪感が凄かった。


「お疲れのようですね~」


「いや! あなたの! ってもういいよこのパターン!」


「はいはい~」


 俺の猛抗議を華麗にスルーするメディ。


 ちなみに今は学院の食堂で昼飯を食ったあと学校内を歩いている。


 ちなみにここの学食は、学院の料理部が魔法を駆使して調理を作るのが特徴だ、攻撃魔法を包丁として使っていたり、素直に火を使って煮沸していたり、面白いと思ったのは回復魔法を使って野菜の鮮度を復活させたりしていた。


「ウルリカ学院出身だったなんてな」


「そうですよ~、私の中等・高等学院はここで過ごしたんですから~」


 メディの母親が別の都市の学院に通わせるために金を貯めていたことは知っていたが、ウルリカだったのか。


 そのほかにもローカナとはライバル兼親友らしく切磋琢磨した仲だとか。


(それにしても年上だったのか……)


 そうだよな、そのとおりなんだよな、童顔だからてっきり同じ年か年下かと思っていた。改めて知ると当然なのだが、こう変な感じ。


「そうだ神楽坂さん、回復魔法をかけてあげましょうか~?」


「え? まじ? いいの?」


 にっこりと頷くメディ、前に一度かけてもらった時のあの心地よさは凄い良かった。体も軽くなったし、メディは自分の魔法を回復の練度に特化させているようで、その腕は学生時代から先生にもかけてあげるほどだったらしい。


「なら別室に行きましょう~」


 とのことで、勝手知ったるなんとやら、俺たちはいわゆる日本で言う保健室のようなところに扉を開けて入る、ノックもしなくていいのかと思ったが中には誰もいなかった。


 不用心だなと思ったものの、メディは部屋に入るな否や俺の上着を掴んでぐいぐいと上着を引っ張ってくる。


「いいよ! 自分で脱ぐよ!」


 本当にもう、と思いつつ上着を脱ぐ俺にメディが話しかけてくる。


「そういえば、ウルリカ都市にはなにしにきているんですか~?」


「え? ああ、今、神聖教団のアーキコバの物体について調べているんだ」


「おお~、相変わらず、変な事に巻き込まれているんですね……」


「それをお前が言うなよ」


 と、メディは俺の言葉を受けて、何かを考えている。


 と思ったら突然自分の上着のボタンを外し始めた。


「何してんの!?」


 慌ててメディの首元を手で押さえるが


「いえ、「興味」があるかと思いまして~」


 メディの言葉にそのまま俺も止まってしまう。


 興味か……。


「…………いいのか、その」


「おやおや、あの時とは違いますね~?」


 言い淀む俺に少し皮肉を込めたメディの言葉、むう、診療所の家宅捜索を言っているな。


「好きでやってたんじゃないの、あれだって相当に心にきたんだぞ、それに……」


 いったん咳払いをした後に続ける。


「その、君は女だから、屈辱に思うんじゃないかなぁとか、考える」


 俺の言葉にキョトンとしたメディだったが。


「紳士すぎるのもモテないんですよ~、神楽坂さん」


 と笑顔で怒られてしまった。


「わかった、ありがとう、メディ」


 俺はメディから少しだけ距離を取ると、メディは上着を脱ぐと下着を外し、上半身裸になる。


 その姿を見て、「不謹慎」な言い方だが、とても綺麗だと思ってしまった。


 神聖教団、アーキコバ・イシアルが行った人体実験、人間とハーフの「配合」。


 ハーフは簡単に言えばずば抜けた魔法の才能を持ちながら魔法術式がない状態で生まれてくるため、魔法力、生命力が流れっぱなしになり放っておくと衰弱死してしまう。


 そして亜人種の数倍の力を持つハーフに対してアーキコバが生み出した人間用の魔法術式では制御の役割を果たせない。


 アーキコバはハーフに耐えうる魔法術式を編み出し、その魔法術式に永続性を持たせるために……。



 入れ墨を施したのだ。




次回は、27日か28日です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ