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第36話:ウルリカ都市


 ウルリカは、大きく外円部と内円部の二つに分かれており、外円部と内円部の間には円形の湖があり、橋が等間隔に9本設置されている。


 内円部は王立研究所を始めとした都市の主要機関が存在し、外円部は居住区等といった具合に作られている。

 

 そして俺たちは中央部に向かって馬車を走っているのだけど。


「ふおおお~~!」


 自分でも変な声が漏れてしまう。


 目の前に広がる光景、それはウルティミスでも首都でも、レギオンでも見れなかった全く違う光景だった。


 例えば集合住宅があった場合、扉があるのに2階に続く階段や2階の廊下がない、一見して壁に扉があるようなトマソンに見える。


 ならどうやって入るのか、亜人種達が床に魔法言語で魔法をかけると、中央部の石が光り輝き「飛び石」が動き出して扉まで連れて行ってくれる仕組みとなっている。


 そう、魔法を使う前提として建物が創られているのだ。


 これは一見して不合理に見えるが、魔法は「能力」であるから日ごろの鍛錬で鍛えられるものらしい。


 しかも圧倒的に亜人種が多い、首都だと亜人種は多くいるが、田舎に行けば行くほど、人間だけだったり亜人種だけだったりと両端化してしまう。


 亜人種達は俺達には特に気に留める様子もない。閉鎖都市と言えど観光を許可されているような都市、部外者はそう珍しくもないのだろう。


 でも歴史を知っているからだろうか、清涼感を感じつつも何処か切なさを含んでいるような印象を受ける。


 そして橋に差し掛かると、透き通った湖に魚が泳ぐのがはっきり見えて、中央に中心円を丸ごと使って建物が一つだけ建てられている。


 この建物にウルリカの中心機能が全て集約されている、ここに今回の目的地である王立研究所があるのだ。


 それにしても大きい、居住区の建物が小さく見えるほどに、ここだけ本当に別に作られているのが分かる。


 馬車は橋を渡った先にある厩舎に入りそのまま馬車を降りる。


 俺たちの様子を見ていたのか、厩舎を出てきたところで1人の女性が出迎えてくれた。


 ひょっとしてこの人がと思った時に女性の方から話しかけてくる。


「失礼します、ウルティミス・マルス連合都市街長、セルカ・コントラスト様でよろしいですか?」


「はい、そちらは王立研究所の方ですか?」


「私は、王立研究所魔法魔術開発課、ローカナ・クリエイト文官少尉、今回セルカ街長方のお世話役を所長より仰せつかりました」


 そういって挨拶したのは亜人種、エルフの研究員だ。


 しかも文官少尉なんだそう、年からすると修道院出身の筈なのだけど、修道院出身で直に王立研究所に配属なんてされないはずだから。


「お察しのとおり私は研究職採用の将校なんです、だから修道院出身ではなく、シェヌス大学出身なんですよ」


 技術・研究将校。


 日本と同じく技官といった専門職は別枠で採用している、いわゆる階級は持つが、俺のように部隊は持たない、あくまで研究所内の立場の役職にのみ補職される人たち。


 そして出身大学と言ったシェヌス大学、メディの時にも少し触れたが修道院を除けば王国最難関大学、進路とすれば王道、メディのようにスラムで医者をやっているという方が変わっている。


「ウルティミス・マルス連合都市の話は色々聞いています。特にセルカ街長には同じ女性として辣腕をふるうという事で、一度お話がしたいと思っていました。願い出た甲斐があったというものです、ご一緒出来て光栄ですよ」


 柔らかい話し方ではあり溌溂としたローカナ少尉、ではあるものの俺を見る時の彼女の含ませた視線を理解する。


(つまり監視役も兼ねているという事ね……)


 言われんでも余計なことはしない、多分、おそらく、きっと……。


 変わらずローカナは微笑んでいる。

 この笑顔を見ていると、中学の時に女子のネットワークを甘く見て痛い目あった同級生を思い出す、その同級生を見て油断するのは辞めようと固く心に誓ったものだ。


 まあそれを除いてもここは王国有数の頭脳が集まる王国トップクラスの研究所だ。王国機密事項もたくさんあるから当然と言えるだろう。


 その後もローカナの説明は続く。


 王立研究所にて自由に出入りできる部署は一般公開向けの展示スペースと食堂、資料室といった共有スペース、そして今回お世話になるアーキコバ解析係の部屋のみなんだそうだ。


「当然ここで見聞きしたことは部外秘として扱われます、それとここでは色々と機密事項に触れることもしております他言無用、無論公的機関に所属する方には言わずもがなですが、ご承知をお願いします」


 としっかり釘を刺された。


 そして始まった研究所内への案内は淡々と進んでいく。


 向こうだってこっちが研究補助はあくまでも建前で慰安旅行で来ているのは重々承知の上だから、それこそ部外者に見せても問題ないことばかり話している、観光地のあるガイドのような案内の仕方だ。


 おそらく部外者が来るのは頻繁にあるのだろう、手慣れた説明の仕方にそれを感じることができた。


 その中で面白い話なのが魔法の才能限界の話だった。


 人にも亜人種にも魔法を使える容量、つまり才能限界があり、その才能限界の範囲内で魔法をどの系統に持っていくのかは、個人の「趣向」によるものなのだという。


「例えば攻撃魔法を外科手術道具として使う医師も存在しますし、魔法で自分が見ている映像を写真として残すこともできるんですよ」


 なるほど、つまり人の手で生み出した道具としての機能を持たせることができる、ということか。


 メディは診療の際に疲労回復や傷の治療のために回復魔法を使っていたが、なるほど、あれはメディの才能限界を治療に特化しているという訳か。


 って待てよ、確か、亜人種のハーフが凄まじい魔力を持っているのは生まれつきで、それでそれを押さえ、コントロールするための方法は確か……。


「ここがアーキコバの物体解析係の部屋です」


 とローカナの言葉で思考を打ち切られる。


 さて、今日からここでお世話になるわけか。


 ローカナ曰く中に専門家がいるそうなのだ、さてどんな人なのかなぁと思って、ローカナ少尉が扉が開く。


 中に入った先、そこは、部屋…………というより、8畳ぐらいの薄暗い倉庫のように見えるけど、机が一個だけあって乱雑に積み上げられた資料と。



 椅子の背もたれに思いっきり寄りかかり、クカークカーと大口を開けて寝ている男がいた。



「…………」


 ローカナはその男の様子を見てため息をつくと、つかつかと近づき、俺たちの方を振り向き「失礼しますわ」と上品に笑った直後



 思いっきり椅子を蹴飛ばした。



「ほほうっ!!」


 という意味不明の言葉と共に椅子から転げ落ちて、それを誰が蹴ったのかわかるかのように直立不動に立つ。


「寝てません!」


「フェド君、例のお客様よ」


 という言葉に転げ落ちた時に打った痛みが蘇ったのだろう、腰をさする。


「いきなり蹴るなんてひどいなぁ」


「ひどくありません、そんなだから税金泥棒なんて言われるんですよ」


「ひどい! まったくもう! ローカナさんにはわからないんですよ! そりゃアーキコバの物体はね」


「いいから早く挨拶!」


 必死の抗議をあっけなく却下されて、男はぶすーっとむくれる。


「…………そんなだから綺麗なのに彼氏ができないんだよ、ほうっ!!」


 今度は椅子ではなく尻を思いっきり蹴飛ばされて俺たちの前に立たされることになり、後ろではローカナは上品そうに笑っている。


 男は俺たちを見ながらバツが悪そうに頭を掻きながら挨拶する。


「これはすみません、えーっと、フェド・ラスピーギ文官兵長です。一応ここの王立研究所のアーキコバの物体の専門研究員です、はい」


 フェドと名乗ったのは眼鏡をかけたイケメンなのにちょっと冴えない感じがする人物。


「えーっと」


 フェドは自己紹介がこれだけでは足りないと思ったのかキョロキョロと辺りを見渡すと俺に近寄って俺の手を取る。


「えっと、神楽坂文官中尉……ですよね? あー色々と知っていますよ、マルスの乗っ取りの手際は実に、デデデデ!」


 デデデデとは語尾ではなくローカナがフェドの頬をつねったからだ。


「フェド君、乗っ取りではなく、神楽坂文官中尉は戦略と戦術を駆使したのよ、初対面なのだから言葉を選ぶのは大人としての常識、ね?」


「す、すみません」


 ローカナに怒られてシュンするフェド、セルカ達は「はは」と苦笑いをしているものの。


(ふむ……これはひょっとして……)


 ささっと、握手したついでにニヨニヨしながらフェドに近づく、俺の意図を感じ取ったのか、目が泳ぐ彼に小声で囁く。


「フェド文官兵長、美人にあんな感じに怒られるのって、男の浪漫ですよね?」


 目を見開いて俺を見るフェドではあったが。


「流石、連合都市誕生の黒幕である神楽坂文官中尉、こう、中尉とは同じ匂いを感じます」


 フェドは儀礼的ではなく、今度こそ心を込めて俺の手をしっかりと握る、うんうん、まさか異世界の地でこんな会話が出来ようとは。


「なにあれ? 急に仲良くなって」←アイカ

「ああ、絶対ろくでもないこと話しているのですよ、女の胸とかの話ですよ、きっと」←ローカナ

「「「「やだぁ、気持ち悪い」」」」←その他


 うるさい、気持ち悪いとか言うな、女はもっとオブラートに包むことを考えるべきだと俺は抗議する、まあしないけど。


「ってあれ?」


 って、そういえば、専門研究員、という割には姿は1人しか見えないが……。


「あの、他の人は?」


 俺の指摘に再び「あっはっは」と笑いながらバツが悪そうに頭をかくフェド。


「いやぁ、実はアーキコバの物体の担当は僕だけなんですよね、しかも街長は僕以外は全員異動にしてさ、残された理由もお前は使えないからだ~とかひどいと思うでしょ?」


 そんなことがあったのかだけど。


「で、でもアーキコバの物体は政府指定遺産の一つの筈で、重要度はかなり高くて、オーパーツの筈で……」


「うーん、確かにアーキコバの物体は謎に包まれていると言えばロマンあふれますが、現実では、研究分野では「実にならない」であり、経済分野では「金にならない」のですよ」


 どこか寂しそうに言うフェド、公的機関にとっての強みは経済的利益を追い求めないところにあるのだけど、そうも言ってられない事情もあるのか。

 何とも世知辛い話だと思ったところで、先ほどのローカナの台詞を思い出す。


「……なるほど、だから「お客様」なんですね」


「ええ、そういった具合なんです、どうせ責任が発生しないとかで、神楽坂中尉が魔法文明に興味があるから、それに当て込んだのだろうなぁ」


 どうにも変だと思った、いくら接待の名目とはいえいくらなんでも素人の俺に指定遺物を触らさせるなんて。


 つまりゴドック議員にとって、俺たちの注目なんてまだまだこんなものなのだろう。慰安旅行とはよく言ったもの、というかそのままの意味だったってことか。


「いやぁ、ここって所長が街長を兼ねるんですけど、ゴドックさんになってから利益重視になっちゃって、こうったロマンを理解してくれないんだよなぁ。まあ実際、アーキコバの物体は色々な説はあるけど、確定には至っていないし、結局どうしようもないから放置って結論が出たからなぁ」


 ぶつぶついうフェド、まあでもおかげさまでこっちも変な肩の荷が下りた。


「まあそんな事情もあるんですけど、部外者の協力が得られるのはありがたいです、さて、この後の予定なんですが」


「わかってます、いよいよアーキコバの物体とご対面ですね」


 頷くフェド、そういよいよ政府指定遺物であるアーキコバの物体のご対面だ、都市博物館の専用の別館の中に保管されているという。


 ワクワクする俺に、さて女性陣を誘わないといけないからくるっと振り返ると。


「女性にとって美とは永遠のテーマ、これは昔から不変のものです」


 なにやら演説が始まっていた。


「ですが、いわゆる一般に言われている女性の美しさとは、残酷ですが生まれによるものに左右されてしまい、そしてそれを変えることはできません」


 ここで一旦言葉を切るローカナ少尉。


「しかし!」


(びくっ!)


「その「一般に言われている美しさ」とはつまり「目鼻だち」と評されるものであり、それは一部にしか過ぎないのです。女の美しさとはほんの少しの心がけで違ってくるものなのです、それでは違ってくる美しさとは何なのか、私はそれを「肌」であると考えます」


「肌が美しい、それだけで人を若く見せて健康に見せる。いくら目鼻立ちがよくても肌がくすんでいては台無し、一方で目鼻立ちが悪くても肌がよければそれだけで美しい、良い印象を与えることができて、それに「才能」はないのです」


 と言いながら取り出したのは魔法石、サファイア色の綺麗な幾何学模様が刻印されており、薄く輝いている。


「私が所属している魔法魔術開発課は、いわゆる魔法によって生み出されたものの商品化を目指している部署なんです。その中でもうすぐ実用化できる「秘蹟」がこれです」


 ローカナの表情を見るにかなりの自信作のようだ。


「さて話は変わりますが、ウルリカの名所の一つに石灰棚の温泉があるのですが、効能は肩こり、腰痛に効きますが、美肌効能もあって、美人の湯なんて言われていますが、そもそもお湯と温泉の違いは何なのかお分かりですか?」


 ローカナはあたりを見渡すと続ける。


「正解はミネラルの有無なのです。つまり美肌というのは肌にミネラルがコーティングされた状態であるということが理解していただけると思います」


 ここでローカナは魔法言語を唱えると、手がオーロラ色に輝き、それに呼応するように魔法石が光り輝く。


「そして私が今この魔法石に注入したのは……」


 薄く笑うとローカナは告げる。


「美容魔法」


「「「「美容魔法!!」」」」


(ビクッ!)


 びっくりした、いきなり大声でハモるんだもの。


「これをお風呂に入れることにより魔法石が反応、細胞に働きかけ肌の活性が進み、腸内も潤い、アンチエイジングを始めとしたさまざまな美容効能が認められるのです。そう本当の美肌とはコーティングではなく、体の中から出る自然な美しさなのですよ!」


「「「「おお~!!」」」」


「さて実はここからは私個人の依頼というか、お願いがあるんです」


 ここで声のトーンを落とし、魔法石を複数取り出す。


「ウルリカの温泉も景観が素晴らしくに是非入ってください、でももし複数回お風呂に入ることがあるのならば、これを使って感想を色々と聞きたいのですよ」


「「「「分かりました!!」」」」


「…………」


「…………」


 隣のフェドが圧倒されている、俺も同じ顔をしているのだろう。その後も美と魔法の蘊蓄について盛り上がっていた。


「実は今ウルリカは、あの研究に力を入れていてですね、完成するまでゴドックさんが都市民以外の出入りを原則不許可にしてるんですよね~」


「なるほど、閉鎖都市って特性をそういうやり方でも利用しているわけですか」


 閉鎖都市は、国として重要性が高い都市に与えられる。故に都市の「力」を数値化した際にウルリカは政治的価値にかなりの数字が与えれるからこその2等都市の価値だ。


「今じゃ出入りできるのは街の幹部たちの個人的な知り合いとかですかね、今は神楽坂中尉達以外は誰もいないのですよ」


 なるほどなぁ、だからローカナ少尉からすれば、顧客の生の声を聴けるチャンスってことになるのか。


「これが商品に乗ればかなりの利益になるという事なんです、政治家としては優秀なんですが……」


 ここで言い淀むフェド。


 言いたいことは分かる強権的、というところなんだろう、俺たちを招いたことを考えればそれが分かる。

 まあ2等議員ともなれば王国レベルの要人だからな、しかもまだ年は中年で活力は衰えていない様子、更なる上を目指しているのだろう。


「ってやめましょう、悪口なんて言う方も自分を価値を下げてしまうものなので」


 取り繕うフェド、立場があるってのはそれでそれで大変だ。


 と話を戻すとして、俺たちの目的が果たさなければならないが……。


「そもそも美を追い求めるというのは、ウィズ王国創立以前よりずっと、起源が遡れないほどで、その時にさまざまな副産物が」


 今度は女の美の歴史について語り始めている。


「……あれで話しかけるとなぁ」


 俺のつぶやきでフェドも同じことを思ったのか口を開く。


「ええ、思いっきり睨まれますね、じゃあ、私達だけで行きますか」


 フェドの言葉に俺も頷く。


「それと中尉、今は閉館時間中ですから、独占的に見れますぞ」


 という言葉に胸が高鳴る。


 いよいよだ、いよいよ、アーキコバの物体とご対面だ!


次回は15日か16日です。

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