プロローグ
――ウィズ王国首都、王国議会。
王国議会は王国の主要意思決定機関だ。
日本と一緒なのは意思決定に合議制を採用していること、日本と違うのは一院制を採用していることと議員が一等から五等にまで格付けされて、序列が明確に決まっているところ。
そして一番大きな違いは、国の代表と市町村の代表を別に選出せず「兼ねる」という部分である。
ちなみにウィズ王国は名のとおり王制を採用していると同時に議院内閣制も採用している、王制との関係はここでは割愛するとして、王国議員は月に一度、首都で開かれる本会議に参加が義務付けされている。
セルカ・コントラストは王国議会で新しくあてがわれた4等議員の立場で初めての出席した後、そして本会議の後の懇談会に参加し、他の議員と交流をしていた。
その懇談会に参加するセルカに注目する議員は多い。
連合都市の誕生はたくさんあるがほぼ同じ数だけ解消もあるからそのことだけではさほど注目されない。
だがマルスは格付けは5等都市といえど事実上の王国公認の遊廓として有名であったから、当初から噂になっていた。
連合都市誕生の数少ない成功例が「吸収合併」という形であるものの、そもそもマルスを「吸収する」という発想自体を持てる都市ではないのだから。
「あれが例の連合都市の街長……」
「確か件の文官中尉が黒幕だと聞いたぞ」
「神々の橋渡しは、教皇猊下のパフォーマンスではなかったのか」
と噂もされるし、マルスが遊廓都市でもあるので
「あの美人街長、裏では何をやっていることやら」
「マルスの楼主長とも懇意にしているというぞ」
「ああいうタイプが意外と一番……な」
なんてお決まりの中傷も受けることになった。
本来なら腹も立つところであるが、セルカは怒りどころか、こうやって良くも悪くも注目される事への驚きの方が勝っていた。
思えばウルティミスの街長として王国議員の身分を持っていても、議会において自分などいてもいなくても変わらなかった。
何故ならウルティミスは辺境都市の中でも特色を持たない王国最弱の都市、こちらが必死で繋がりを持とうにも、それこそ社交辞令で終わり、立場の向上なんて望めない。こちらから切るカードがないから、そもそも勝負の舞台にすら立てなかったのだ。
だが今はこうやって「中傷という有名税」まで支払う立場になっている。
(陰口叩かれて感慨深く思うなんてね……)
と自分の考えにも笑ってしまう。
思えばマルスを傘下に置き連合都市をつくる、ウルティミスからすれば「劇的な変化」であるからウルティミス商工会から正直反対されるかと思ったが、ヤド商会長をはじめ、全員が賛成してくれたのだ。
――「ウルティミスは変わらなければならない、今のままでは衰退する一方だ」
とはヤド商会長の弁、父親の世代から世話になっている人たちが、献身的に自分のことを支えてくれることを感謝しても仕切れない。
とそんなことを考えている時だった。
「セルカ議員、よろしいか?」
声をかけられると同時に周囲がざわつく、そのざわつきを感じたまま振り向いた先、声をかけたのが誰か分かるとセルカは微笑む。
「はい、大丈夫です、ゴドック議員」
即座に返答するセルカにゴドックは少し驚いた顔を見せる。
「今話題の連合都市の街長に名前を覚えてもらっているとは光栄だ」
顔と名前を覚えるのはハッタリの基本中の基本だ。
無論全員覚えていると言いたいところだが、3等議員以上ならば明晰な頭脳を持つセルカからすればさほど苦ではない。
こういったいわゆる自分の能力を活用した手法と対人関係の構築を用いた駆け引きは神楽坂が最も不得手としている部分、故にセルカは自分の役割だと強く意識していた。
ゴドック議員に誘われた形のセルカ2人は懇談会場から個別の談話スペースにうつり2人向き合う形で座ることになる。
(ゴドック・マクローバー2等議員、ウルリカ都市街長……)
大規模都市の格付けが3等であるからその更に上の立場、2等以上は大物と言われる人物、本来なら懇談会には自身の派閥だったり閣僚クラスと交流するはずなのに、4等の自分に話しかけること自体が異例。
さて、そんな大物が何の用だろうと思った時にゴドック議員は葉巻に火をつけてふかした後、「単刀直入に言おう」と前置きしたうえでセルカに告げた。
「アーキコバの物体の解析調査を依頼したいのだ」
「…………?」
最初言っていることが分からなかったセルカ司祭。
アーキコバの物体の解析の依頼、聞き間違いでなければ、ゴドック議員は確かにそう言ったように聞こえたのだが。
首をかしげるセルカに表情を崩して再度話しかけるゴドック議員。
「セルカ議員、失礼だがアーキコバの物体のことはどの程度ご存知か?」
「……神聖教団の最大の謎の一つと言われる、という程度にしか」
「十分です、神楽坂イザナミ文官中尉と部下の方々、無論友人も誘ってかまわない、どうでしょう?」
どうやら本当のようだ、しかも神楽坂中尉の指名付き。
一口に文官武官と言えど職種は様々ある。
文官の中には研究職についている人物も確かに存在するが、修道院出身者にとってはあまり縁のない話であり、そもそも別枠で採用となっている。
当然神楽坂は、研究職ではないし、そんなことは当然向こうだって。
「神楽坂中尉は古代遺跡に詳しいと聞いたのでね」
それは知っている、時々いきなり「男の浪漫」とか言って、子供のように目を輝かせながらよく仕事そっちのけで勤しんでいるから知っているが、それでも趣味のレベルだ。
となればと、ここでやっと話が見えてきて、ゴドック議員も頷く。
「流石に察しが早い、はっきり言おう接待だよ」
「接待……ですか」
ウルティミスは接待することもされることも無い、理由は先に述べたとおり、繋がりがないからだ。
だが目の前にいるゴドック議員と話をした記憶はない、ゴドック議員が街長を勤めるウルリカ都市との交流もない。
だが向こうはある程度自分たちのことを知っている様子だが……。
「どうやら噂通り聡明ではあるが、少しまだ経験が足りないようだ」
「…………」
警戒が顔に出ていたかと自制するセルカ。
「失礼、余計な一言だったな、裏などないといっても信じてくれないだろうが、正直興味があるんだ、だから少しばかりこちらから親交を深めようと思った次第だ」
ゴドック議員は葉巻を灰皿に置く。
「そうだな、慰安旅行とでも解釈してもらっても構わない、解析の依頼と言ったがそれは口実だ、だがこの口実を作っておけば、慰安旅行にかかる金を公然と負担することができるのだよ」
「…………」
慰安旅行、当然そんなことを額面どおりに受け取るセルカではない。
何故ならウルリカ都市の「特性」を考えれば「ありえない」のだから。
向こうからすれば少しの金で噂の連合都市の中核メンバーを計れるのだから、安いものなのだろう。
それにまだ解決していない後ろ盾の問題もある。
あの優秀なんだかよくわからないあのアンポンタン中尉殿は、政治が大の苦手だ、後ろ盾選びも全く進んでいないのは理解できる。おそらくどうしたらいいか分からないのだろう。
そしてその解決策として神楽坂が何を考えているかは、セルカは察している、だがそれは小さいことを大きなことで誤魔化す強引すぎる手段であるから絶対にさせるわけにはいかない。
ウルリカ都市、特性はマルスと同じ一点特化都市であるものの格付けが表すとおり、重要度の桁が違う、この話に乗る価値は十分にあると思う。
答えは決まった、セルカはこう返答する。
「マルスは遊廓都市、良くも悪くも「賤業として見下される」こともあるのに、ウルリカ都市の成り立ちを考えると保守的だと思っていました」
「気が強い女性だ、っとこんなことを言っては妻に怒られてしまうな、つい余計なことを言ってしまうのが私の悪癖だ、とそれは置いておくとして、返事はいただけるのかね?」
「はい、日取りが決まり次第、連絡を差し上げます」
セルカの答えにゴドック議員は満足げに笑う。
今まで縁のなかった政治的繋がり、向こうから欲しているのあれば願っても無い話だ、ならば自分の役割は決まっている。
まあそれを抜きにしても、この事情を知ればあの中尉はこう思うだろう。
(面白そうだ……って)
と、同じことを自分も思っていることに、今度は表に出さないように内心で笑うのであった。




