おまけ:男之黙示破戒堕天録 カグラザカ:後半
ぐにゃあと視界が歪む。
(ぐおぉっ! ぐおぉっ!! ぐおおおおぉぉぉっ!!! どうして!!! どうしてええええええっっっっ!!!!!)
ありえないっ!
ありえないっ! ありえないっ! ありえないっ! ありえないっ!
ありえないっ! ありえないっ! ありえないっ! ありえないっ! ありえないっ! ありえないっ! ありえないっ! ありえないっ! ありえないっ! ありえないっ! ありえないっ! ありえないっ! ありえないっ! ありえないっ! ありえないっ! ありえないっ!
駆け巡る脳内物質っ…!
βエンドルフィン…!
チロシン……!
エンケファリン……!
バリン…!
リジン、ロイシン、イソロイシン……!
否定と肯定を繰り返し、認識を拒否する、希望の船に乗った先で絶望の城に辿り着き、欲望の沼に呑み込まれて渇望の血を飲むのは神楽坂イザナミ!
希望…消える、こみ上げる吐き気!
ゆがむ…溶ける…溶ける…!
限りなく続く射精のような感覚!
ある意味桃源郷!
破天、破漢、破滅…そして至福へのカウントダウン!
(全てがばれていたっっ!! どうして…どうして!!! 俺がこんな目に、何も悪いことを、いや大分したような気がするけど…!! ほんのちょっとだけ、ウルティミス・マルス連合都市誕生のために、色々と考えて、どうして、これぐらいのご褒美を、だから……!!!!)
俺は天を仰ぐ。
「神よ…俺を祝福しろっ…!」
「ん? なに? 祝福? 使徒にしてあげたじゃん」
「お前じゃない!」
「しかもそのセリフって、確か負けた時に言ったセリフだよね?」
「なんで知っとんねん!」
●
「はい、あーん」
左隣に座るセルカ司祭が注文した軽食を食べさせてくれて、それをモグモグと食べる。
「はい、あーん」
今度は右隣に座るアイカが軽食を食べさせてくれて、それをモグモグ食べる。
俺が今食べているのは、最高級の材料を使ったものらしいが、自分でも何を食べているのかどんな味をしているのかわからない。
「はい、あーん」
再び左隣から以下略。
「はい、あーん」
以下略
そして再び右隣から差し出される食事。
味は分からないが、でも。
「もう、お腹、一杯」
「あーん」
「あの、ですから、もう食べられない」
「あーん」
「……ぐぅ!」
と口を開けてモグモグ食べる、3人前も食べてもう胃が痛い、そういえば、拷問で「過食」ってあったとかどこかで読んだ気がする。
対面にはウィズがお茶を淹れてくれて、ルルトはさっきの俺と同じように調度品をいじって遊んでいる。
「今宵はどなたを可愛がってくださるんですか?」
とはセルカ司祭。
「いやぁ、皆さんお綺麗すぎて、俺にはもったいないですよ~、というかなんで、ずっと俺の目を見ているんですか?」
「いえ、とってもハンサム、好みのタイプなんです」
傷ついた、明らかな嘘で傷ついた。
もういい、辞めてくれぇ。
「ごめんなさい」
「え?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ちょっとだけ、悪ぶりたかっただけ、自分へのご褒美で、ちょっとだけ、出来心なんです」
そんな俺の、なんで謝っているのかわからないけど、俺の謝罪を聞いたセルカ司祭はにっこりと笑って。
「え? なんだって?」
と、ラノベ主人公びっくりの難聴ぶりを見せてくれた。
ぐすっ、そうだ! ルルトだ! 異世界に来てからの俺の相棒っ!!
「お前は、俺を理解してフォローしてくれるよな?」
「もちろんだよ、ボクは言ったのさ「イザナミはお金を払わないと女が相手してくれないんだ、可哀想だと思うだろう?」って」
「それフォローちゃう!」
駄目だ、この適当神は役に立たん、となれば。
「アイカ、俺はお前のこと、親友でかけがえのない仲間だって思ってるよ!」
思えば武官と文官の違いはあれど仲良く遊んでいて、貴族でありながら気さくで偉ぶったりしない、気風のいい女だ。
俺の問いかけに当然だとばかりに頷くアイカ、ああ、愛する拝命同期よ。
「うん、私も一緒だよ、気持ち悪い」
「…………」
「男の子だからしょうがないよね、気持ち悪い、それでも私たちは親友だよ、気持ち悪い、大事な仲間だよ、気持ち悪い」
「キツイ! 語尾がキツイ!」
気持ち悪いとかホント辞めてほしい、心に刺さる。
えっと、えっと、そうだ! アリバイ工作に協力してくれると言ったウィズなら…!
「神楽坂様、前に言ったとおり私に言っていただければ、相手も」
「やっぱりいい、辞めて、そんな思わせぶりなこと言って、肩すかす食らうのは目に見えているから」
そして少しばかりシンと静まり返り。
「はい、あーん」
と再び始まる沈黙の拷問。
「…………」
帰りたい。
もうおうち帰りたい。
ウルティミスに戻って、お風呂入って、ふかふかのお布団で思う存分寝たい。
くそう、でも、この状況を作り出した犯人に一言言ってやりたい。
と俺の願いを聞き届いたのか、再びスタスタとという音がすると扉が開き1人の女性が姿を現した。
その女性は、最初に出会った時とは売って違い、艶やかに一礼する。
そう、犯人は、この犯人は、考えられない。
「アキス・イミっっっ!」
まるで図ったかのような彼女。
時を計ったように入ってきて、あろうことか俺の光景を見て口元を抑えて笑いを堪えている。
「これは、重要な規律違反っ! 顧客の情報を漏らすなど、ありえぬ暴挙!」
俺の必死の抗議……ではあったがアキスはキョトンとして首をかしげてこう言い放った。
「どちらかで、お会いしましたか?」
「……え?」
ここでアキスは恭しく一礼する。
「初めまして「飯田橋様」楼主長のアキス・イミです」
ぐにゃあと再び歪む視界。
(まさかっ、まさか!! そ、そんな! そんな!! そんなああぁぁぁ!!!!)
そう今、ここに神楽坂イザナミは存在しない、双子の弟の飯田橋、別人、双子の弟という設定で。
つまり……。
(初対面っっっ!!!)
そう、設定が仇となった、顧客情報を流したのは間違いない。だがそれは、ここにいるのは神楽坂ではないのだから、今ここに出てきた4人もまた。
(そう、目の前にいる女性、といっても1人は不明だが、4人と俺たちは、初対面っ!!)
つまりこれがどういう意味か…。
(この4人が遊女ではない、ということは知らないということになる)
そう神楽坂イザナミなら、この4人が遊女ではないということを知っている。でもここにいるのは別人なのだから、ここでアキスを問い詰めたところで、白を切られる。
しかもその理由が墓穴っっ! 圧倒的墓穴っっ!!!
と思ったが。
「誤解をなさっているようですが、私は顧客情報など一切流していませんよ。私がしたのはあくまでもイタズラだけです」
「え?」
余裕の笑みを浮かべるアキス、その声で、その言葉に嘘はないものとわかる。
「……あれ?」
とここで、ふとやっと冷静になった頭で考えてみると、なんだろう、そういえば、そういえばだ、俺は何かを見落としている。
あらためて考えてみると不自然、いや不自然なのはそうなんだけど。
この場にいておかしい人物がいる。
そうだ、ここにいて、不自然な人物は。
そうだ、アイカだ、アイカがここにいるのはおかしい。
ルルトにはいわゆるセルカ司祭のボディーガードを頼んである。セルカ司祭とウィズは事務方を頼んであるが、アイカは何故ここにいるんだ。
アイカは他の事件の応援に行っていたんじゃないか、なのにどうしてここにいるんだ。
考えろ、この違和感を!
「ああ!」
そうだ、どうして気が付かなかったんだ!
俺はアイカに問いかける。
「どうして、カイゼル中将の付き添いが、俺だと分かったんだ?」
これがそもそもおかしい。
カイゼル中将が予約を入れていたとしても、アキス側からすれば「カイゼル中将とお供2名」としかわからないはずなのだ、通称名でしか予約しないのだから。
つまり、誰が来るなんてわからない、他2名が俺とタキザ大尉なんてわからないのだから。
ひょっとしたら他の同僚かもしれない、部下かもしれない、政治的な場であるのならば民間の有力者だってありうる。
だがこの4人は、最初からここに来るのは少なくとも俺であることを確信を持っているように思える。
つまり、つまりだ、あまり、考えたくないが、あの時。
「やっと気が付いたみたいだね?」
ニヤニヤ笑うアイカに戦慄する。
「そうだ、最初からだ! 俺とカイゼル中将とタキザ大尉が今日ここに来ることを、最初から知っていない限り、この状況は生まれないんだ!」
だが何故わかったんだ、アイカとは別の事件を担当していたから仕事上ではそもそも会う事すらなかったし、会いそうになったときも接触を避けていて一言もしゃべらなかったはず。
だがなぜ、なぜわかったんだ。
「な、何故、何故わかったんだ! どうして、どうして!?」
俺の問いかけにアイカはこう答えた。
「どうしてって、アンタ、私とすれ違いそうになったとき思いっきり反転逃走してたでしょ、凄いやましいことをしている顔して逃げたから、なーんか変だなぁって思ってたんだよね、それがきっかけ」
「…………あの、そんな「凄いやましいことをしている顔をしながら反転逃走」なんてしてたっけ?」
「うん」
へ、へんだな、俺の中では会心の出来と言ってもいいぐらい自然スルーだったのにな。
「って! そ、その、なんで今日だってわかったの!?」
「なんでって、まさかと思って予定表確認したらパパとおやっさんとアンタが3人が同じ日に別々の予定を同じ時間で入れているのを見て、ああ、だろうなぁって」
「えーーーー」
「んで、野郎どもが悪だくみしてるよって教えたんだよね」
「いやいや、それでも、俺だと確信を得たわけじゃないだろう!?」
それにはセルカ司祭が綺麗な笑顔で応える。
「中尉の名前の神楽坂って、この王国ではまずない名前なんですよ、外国的な名前でもないんです。それと全く同じような飯田橋って名前の時点でわかりますよね? そもそもなんでそんな名前で予約したんですか? 自分で変だなって思わなかったんですか? しかも「別人という設定」ってそんな浅はかな手段は逆手に取られますよね? そもそもマルス統合の時に相手の逆手を取って作戦を立ててたのは中尉ですよね? それがなんで急に何もわからないバカになったんですか?」
「ひどいよー!! うわーん!!」
俺はアイカにむんずと襟首をつかまれる。
「懲りたでしょ、ほら帰るよ」
「はい……ってちょっと待ってくれ!」
再び気づく。
そう、ここまでのことをして、それが。
「アイカ、この悪戯って、俺だけなのか?」
アイカはにやりと笑った。
「まあ、私は女だからね。実はねパパとおやっさんにもこの頃ちょっと遊びが過ぎるんだよ、だから反省してもらわないとね、女性陣は大変にお怒りだということを知らないといけないから」
大変にお怒り、女性陣、女性「陣」、ここでアイカの陣という意味には、ここにいるメンバーだけを指すのではない。
アイカは目を赤く輝かせながらゆっくりと近づき耳元で囁く。
「さあ、この茶番にふさわしきカーテンコールを一緒に、ね?」
●
その光景を見た時、我が目を疑った。
それは日本で見られる謝罪方法、その謝罪方法が、異世界で見られるなんて。
それは……。
「本当にすみませんでした、女遊びをしてしまいました、どうか許してください」
馬車の目の前で地面に頭をこすりつけるカイゼル中将。
そう! 土下座っ!! 圧倒的土下座っっ!!
土下座している相手は、ああ、言わなくても分かる、中将の言うとおり、アイカに似た妙齢の美人さんだ。
――『妻が怖くて悪巧みも悪い遊びもできるか、もしバレても堂々としていればいいのだ、小さく縮こまるな、男だろう?』
これ以上ないほどに小さく縮こまったカイゼル中将。
だが、それをどうして責められる?
男は強がりたい、悪ぶりたい、見栄を張り、プライドが高い生き物なのだ。
女は笑うだろう、だけどこれが男の矜持なのだ!
だがカイゼル中将は、言い訳をせず謝罪する「堂々とする」という男の意地を通した、その姿に涙が止まらない。
一方タキザ大尉は、その場に立ち尽くしていた。
目の前にある光景が受け入れられず、ガクンと膝をつく形で崩れ落ちる。
目の前にいる存在、それは女性ではあったけど、妻ではなかった。
「悪魔的所業っっ!!」
家族構成において夫が弱い人物、といえば、妻が一番最初にあがる。
奥さんが怖いというのは、俺が住んでいた世界でも万国共通、そしてこの異世界でも共通している。
「蛇っ、蛇めっっ!」
だが男にとって、妻よりも深い愛情を時間とお金の、その全てを捧げても最後には他の男にとられるが、それでも一途に思い続けるだけで幸せ、そこまで惚れることのできる異性が存在する。
その存在とは……。
「ち、ちがうんだ、パ、パパは、そ、そう、その、お仕事っ、そう! お仕事だ!」
(娘、愛娘っっ!!)
「憲兵は、取り締まるのが仕事で、マルスはまだまだ治安情勢が余り良くないから、こうやって、パパは大尉という階級の、そ、そう! 実地調査も必要なんだ! 皆をまとめる立場で、こういったことも必要なんだよ!」
――『これが俺の仕事だと言えばいいのさ、神楽坂』
宣言どおり、ベラベラと自分が憲兵であることを話し俺の仕事だと喋り、「貧困調査」とのたまったどこぞの元事務次官のような言い訳を並べるタキザ大尉。
「…………」
だが娘は何も言わず、背筋が凍るほどの冷たい目を残して、踵を返した。
「ま、まって!」
縋りつきそうなタキザ大尉をついてくるなと首だけで振り返り視線で告げて、無情にカイゼル中将の奥さんと共に姿を消えた。
「う、うう……うあぁぅぅぅっっ!!」
顔を覆って嗚咽を漏らすタキザ大尉。その姿に、ロッソファミリー壊滅作戦を持ち掛けてた時の大胆さ、実際の壊滅させたときの胆力も度量も無い。
愛する娘に嫌われたことに傷つく、弱い男が、そこにいた……。
死屍累々、兵どもが夢の痕……。
それでは、この物語は、お仕置きを受けた果てに、神楽坂イザナミが残した日誌の一文で結ぶといたしましょう…。
どうしてこんなことになったのか、私にはわかりません。
ただ一つ判る事は、女の恨みの祟りと関係があるという事です。
これを貴方が読んだなら、その時、私は沈んでいるでしょう。
死体があるか、ないかの違いはあるでしょうが。
これを読んだ貴女、どうか男の真相を暴かないでください。
それだけが私の望みです。
読んでいただいてありがとうございました!!
パロディネタはやってみると本当に難しい……。
だからこそ中間管理録トネガワは公式スピンオフの名に恥じない傑作だと思います。
特に第二巻の番外編がお気に入り!
考えた末おまけはこれで終わり、今は第4章を練っております。
一応完結登録はしますが、まだ続きます!
これからもよろしくお願いいたします。




