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第32話:これから


 ウルティミス・マルス連合都市誕生。


 王国有数の遊廓都市であるマルスがウルティミスに吸収合併されたことは、驚きをもって迎えられた。


 ある意味アナズリ文官大佐という存在のおかげで妨害工作は無かったわけだ、というのはアナズリ文官大佐の正体が暴露されない前提でことを進め、最終的に俺たちを第二のアナズリ文官大佐にしようとしたのだろうが、架空の存在であることを暴いたことで、一時的ではあるが、手出しは出来なくなった。


 んで、周囲からは様々な憶測を呼んだものの、やはりウルティミスが乗っ取ったという悪評はどうしても拭えることができなかった。


 随分な中傷めいたことも言われたがそれは覚悟の上、その中でセルカ司祭を始めとしたウルティミス商工会もしっかりと地盤を固めてくれたのは本当にありがたく、ウルティミスの団結力を存分に見せてくれた。


運営に必要な者やお金やライフラインの管理は、全てウルティミス商工会が担当することになった。


 金銭については売り上げの一部はいつものとおり中央政府に税金として納め、マルスの収入はウルティミスの収入としての計上もされるため、ウルティミスの運営費に充てられることになった。


 セルカ街長は、その資金を使いウィズに破壊され、臨時のツギハギの建物だったウルティミスの教会の修理費に投入、同時にウルティミス学院としての機能も本格的に果たせるように拡張し、ウルティミスだけではなくマルスの子供たちも学院生として迎え入れる施策を実行した。


 遊廓の運営については引き続きアキス楼主長が中心となり運営を続けており、大きな変化はない、いや無いようにセルカ司祭もアキスも細心の注意を払っていた。


 その活動のおかげで、連合都市誕生直後は売り上げは落ち込んだが、今では元に戻っている。


 ロッソファミリーについて。


 組織が壊滅したのは何度も述べたとおり、幹部たちは当分の間牢獄行きだが、下っ端達はそのままアキス楼主長を団長として編成された自警団員としてシフトさせた。


 元よりここ以外では生きられない連中、放り出しては再び犯罪者に身を落とすのは自明の理、ならば労働力として使うとの判断、「ロクデナシの扱いは任せろ」とはアキス楼主長の言だ。


 とはいえ、自警団だけではなく憲兵が持ち回りで見回りをすることになり、今後も連携は必要とはなるから苦労するだろうが。


 次にカリバス・ノートル文官伍長について、カリバス伍長は情報漏えいを始めとした贈収賄で懲戒免職処分が下った。


 本来なら情報漏えいも贈収賄も犯罪行為ではあるが、結果それは「娘のような存在であるメディを守るため」という情状をタキザ大尉がちゃんと書いてくれたらしく、セルカ司祭の後押しにより「懲戒免職処分自体が犯罪における処罰を兼ねる」という温情措置を勝ち取り、牢獄に行くことは無く釈放された。


 そしてそのメディ・ミズドラは、エテルム流通については本人は知らずに関与していたとの捜査結果を得ているものの、生活費でマフィアとの資金援助を受けていた事実もあることから、いわゆる監視処分としての裁定が下った。



 と、こうやって激変したように見えるマルスも、こうやって街中を歩く中では、特に変わったことはない、道行く人も物も、俺が最初に訪れた時と変わっていない。


 みんなの表情が少し和らいでいるように見えるのが、俺のひいき目だろうか。


 思えば実地調査の依頼を受けた時、単純に遊廓都市の運営構造に興味があり、ひょっとしたらウルティミスが抱える諸問題の解決の糸口があれば、というレベルで首を突っ込んだ。


 そしてロッソファミリーが烏合の衆だと分かった時、部外者としてウルティミス商工会に立ち入る隙は十分にあると思ったし、セルカ司祭に相談しようと思っていた。


 だがそれは不祥事発覚覚悟で依頼してきたカリバス伍長の想いと、母親の想いを大切するメディの想い、そんな不器用な2人を知ってから変わることになった。


 だが想像以上に2人にはマルスの爪が深く食い込まれていたのだ。


 さんざん悩んだ挙句、俺が取った方法は、出血覚悟で2人から強引に爪を引き抜くほかなかった。


(…………)


『後ろ盾というのは情の繋がりではなく利益の繋がりだ。だが利益の繋がりは中尉には無理だろう、だから「情」の繋がりを目指すが良い。ここで私の言う情というのは「仲間ではない」ということをよく覚えておくがいい』


 んなことを言われてもなぁというのが正直なところだ。


 だがいずれにしてもこれからいろいろな人物に目をつけられることにもなるし、利用しようとする輩も出てくるだろう。


 だからこそ後ろ盾はそれだけでストッパーにはなるわけで……。


「…………」


 いかん、気が滅入ってくる、んー、落ち着いたら気晴らしに温泉でも行こうかなと思いながら大通りを歩いた足がそのまま止まった。


 止まった理由、それは目の前に、


「ふう、ふう」


とよろよろと荷物の重さに体が揺られながら、それでも俺を方を見ながら、最初にあった時と変わらない様子でメディ・ミズドラが歩いていたからだ。



「…………」


 メディはよろよろとそのまま荷物を下ろすと、そのまま俺に近づいてくる。


 思わず後ずさってしまったが、そんなのお構いなしに近づいて、スッと俺の顔に自分の顔に近づいてきた。


 これは一発殴られるかもなと思って目を閉じる。


「…………」


 だが一向に予想した痛みは訪れない。


 すっと、気配が消えたと思って恐る恐る目を開けると、再び重たい荷物を持つとヨタヨタと歩き出し、少し歩いたところで、俺の方を振り向いてこういった。


「お疲れのようですね、診療所へどうぞ~」


「……え?」


 と困惑する俺ににっこりとほほ笑むメディ。


「助けてくれたのは分かりますよ~」


 とすたすたと歩きだした。


「メディ……」


 俺はこみ上げてくる嬉しさと罪悪感を感じながらも、何も言わずメディについていった……。



 という、あの雰囲気に流された俺がバカだった。


「つ、疲れた」


 まるで最初に出会ったときの焼き直し、診療所に到着した時点でたくさん並んでいた患者たちを診て呆然とし、結果診療を手伝わされて、一息ついたところだ。


 しかもおばちゃんたちに散々「やっぱり彼氏だったんだね!」とからかわれたのはまいった。


「やっぱりお疲れだったんですね~」


「いやいや! あなたの! 診療を! 手伝ったからですから!」


 と抗議する俺に近づくと急に上着のシャツを両手でつかんで脱がそうとするメディ。


「なにすんの!?」


「治療ですよ~」


「治療!?」


「いいから脱いでください~」


「ええー!!」


 と上半身裸にされる俺、なんだよ治療って、くそう恥ずかしいじゃないぞ、メディはケロッとしているのが悔しいのだけど。


 すっと、おもむろに俺の心臓のあたりに自分の右手を触れるメディ。


 そしてすっと目を閉じて呪文詠唱を始めた。呪文詠唱を始めてすぐにメディの体を薄いオーロラ色の膜を帯びる。


 もう治療中に何度も見た回復魔法。


 何度見ても神秘的な光景だ。


 ここで変化が起こる。

 メディの掌から放出されている回復魔法が、薄いオーロラの色が俺を包み込んだ時だった。


「~~はぁうっ」


 思わずこぼれてしまう吐息、こう何と表現したらいいか、こう凄い気持ちのいいマッサージを受けているというか、体の固い部分がきゅっと締まり、そのまま弛緩していく感じ。


 それが数分続いたのちに、メディは詠唱を辞めると同時にその心地よいことからも解放される。


「どうですか~?」


 という問いかけに俺は、ほうとため息をついて肩をぐるぐる回して目頭を押さえる。


「うわっ! 凄い! 体が軽っ! 目もパッチリ!」


 俺の言葉に満足気なメディ。


 回復魔法には色々な使い方があるらしく、怪我を治療したりすることもできるが、こうやって疲労回復や血の巡りも良くすることができるのだそうだ。


「神楽坂さんのおかげでちょっとだけ、皆さんの表情が明るくなりました~」


 お礼、疲れている様子だったからか。


 メディについては、もう少し話が続く。


 監視処分として裁定が下され釈放された後、すぐさまセルカ街長はメディに対してある依頼をすることになる。


 それはエテルムの特効薬の研究開発。


 その指令を受託したメディは、現在母校であるシェヌス大学研究室と診療所の往復にいそしんでいる。


 研究開発費援助の対価として、彼女はウルティミスの医者としての役割とウルティミス学院の非常勤講師としての役割を担うことになったのだ。


「ありがとうございます、神楽坂さん」


「……いや、こちらこそ」


 といったところだった。


「おい! メディ! 今はマルスは大変なことになっていて! こういう時に若い男には気を付かなければとあれほど」


 とここで、突然現れたのは……。


 お互いに笑いあい、メディは微笑んだ。




「大丈夫ですよ、お父さん」





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