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第31話:トカゲの尻尾切りと死人に口なし


 マルスの優れたシステムについて、その構築はロッソファミリーによるものではなく、部外の人物により構築されていたものであると判断した。


 そのシステムの構築は1人でなしえるものではなく、人数は不明ではあるが複数の人物により確立されたものであり、その責任者がアナズリ・キネリ文官大佐であると俺は考えた。


 その責任者であるアナズリ文官大佐の評判は最悪の一言、ゴマすりだけで大佐という地位にまで上り詰めて、これ以上の出生は望めないと知るや、定員外の制度を悪用し、給料をもらいつつ、プラスして賄賂で複数の女を囲い放蕩の限りを尽くすとのことであった。


 そしてロッソファミリーが壊滅したのを敏感に察知したのか、賄賂を持ち逃げする形で行方をくらまし、手掛かりすらつかめない状態だった。


 噂では、他国に亡命しているという情報もあるものの確かではない。


 アナズリ文官大佐の存在を知って、一番最初に疑問に思ったことはこれだ。


――文官大佐じゃ弱すぎる。


 王国の有力者を顧客に抱える遊廓都市の責任者が大佐では地位が低すぎるのだ。


 故に背後関係を徹底的に洗ったものの……。


 結果は何もなかった。


 そしてアナズリ文官大佐に仕事仲間はいない、正確にはロッソが仲間に該当するのだろうが、ロッソは取り調べに対してシステムの構築から指示まで命令系統は一本で統一していたらしく、ロッソ自身も他の仲間についてまったく知らなかった。


 つまり本当に個人でマルスの後ろ盾をしていたという事だったのだ。


「さて、ここで考えられる可能性は二つです」


 俺は指2本を立てて、目の前にいる人物に話しかける。


「一つ目、文官大佐じゃ弱い、というのは私の読み間違いで、アナズリ文官大佐は、個人でシステムを構築し自分の金銭的パイプを構築し、ロッソファミリーを使ったというもの」


「ですが、これはありえません。マルスの全てを動かすのに、どう考えても実働部隊がロッソファミリーでは役者不足なんです。現にかなり部外業者にいいようにされていたようで、連合に際してウルティミス商工会が苦労していました」


「なら我々が把握していない仲間がいたのかですが、これもない。何故なら十年以上もその仲間が誰であるかなんて噂ですらなも出てこない。そして憲兵のロッソファミリー襲撃の際に何の対策も取らずにまんまとウルティミスの傘下に入ることを許してしまい、大佐の失踪にいたるまで行動をそれ以外の人物の動きが全くない時点で、仲間もいないと結論付けられます」


「となると、私は次にこう考えました、複雑に考える必要はないのではないかと。元より複雑な手は、意外と数手で詰んでしまうことが多いのです。複雑に組んだことで組んだ人間が満足してしまいます。私の国の言葉にも「策士策に溺れる」なんて諺があるぐらいです」


「であるのならば二つ目、「アナズリ文官大佐は、トカゲの尻尾切にあった」と考えるのが自然、これが事実であると、私は確信しているのですよ」


 俺は語り終えて目の前にいる人物に問いかける。



「いかがでしょうか? ウルヴ文官少佐」



「…………」


 少佐は黙っていたがため息をつく。


「それをどうして私に聞きに来るのかが分からないし、それにしても」


 ここで言葉を切り口元を抑え、


「ふっ、トカゲの尻尾切りかね、悪いがありえないよ、神楽坂文官中尉」


 鼻で笑うウルヴ文官少佐。


「何故です?」


「……まあいい、中尉はロッソファミリー壊滅の功績があるからな、今後の中尉のために付き合おう、今度は私が話す番だな」


 一呼吸置くとウルヴ少佐は話し始める。


「トカゲの尻尾切りとはな、一番便利で一番手っ取り早い一番の下策なのだよ」


「中尉はおそらく、媚び売りだけで大佐までの地位になったということに対して嫌悪感を感じ無能と判断しているのだろう? そこがまず目を曇らせるのだ」


 媚び売りにもセンスも才能も存在すると話す。


 媚びを売れば全員が出世できるのかと聞かれればさにあらず、自分が「媚び売り」という悪評を飲み込み、出世という結果が出るかもわからない作業にまい進する精神力が求められる。


「故にアナズリ元文官大佐は無能ではなく、有能である人物であるということだ」


「その有能な人物をトカゲの尻尾切りとして切るというのは、切る側に多大なリスクを背負うのは説明しなくては分かるだろう? そうだな、もし成立させるのなら、一方的に支配関係にあるか、何も知らない人間を巻き込むかだ」


 日本でも公務員の不祥事が発生した際、公官庁は職員の実名を公表する、あれはいわゆる責任の所在が明確かつ1人に集中しているから組織的に切り離すといった処断ができるからこそ採用されているシステムだ。


「中尉は自分だけ切られたらどう思う? いや、どうするかね? そのまま1人ですごすごと辞めるのかね?」


「…………」


「私がもし切られたのなら、切られた時用、切られないように対策を練る。切る方だとしても、要は自分の犯罪行為の共犯者が世に解き放たれるという事だから「さあこれで安心だ、枕を高くして寝れる」なんてことはない、不安で夜も眠れないだろうな」


「故に、私は中尉が先ほどあげた一つ目の理由を指示しようか」


 ここで文官少佐は語り終えて、俺の反応を待つ少佐ではあったが。


「はい、トカゲの尻尾切の見解については同意見です少佐」


 笑いながら話す俺の言葉に少佐の不愉快そうに眉が吊り上がる。


「中尉……」


「失礼しました。トカゲの尻尾切りを一番の下策と即断するのは流石だと思った次第です。ですが一番の下策であるトカゲの尻尾切りなんですが、それは「ある条件」が加われば最上の策になるのですよ」


「?」


「それはですね」


 一呼吸置くとウルヴ少佐に告げる。


「相手が生きていない場合です」


 貯めた末に出た俺の言葉にポカーンとして聞く少佐であったが、すぐにあきれ顔になる。


「……なるほど、確かに失踪して行方知れずだったな、つまり中尉は「大佐は殺された」といいたいのか?」


 俺は笑顔で応える。


「がっかりだな、これだけ長い話をするからどのようなことを言い出すと思えば、中尉よ、繰り返すぞ、「死人に口無し」と「トカゲの尻尾切り」は同じだ、そんなことも気づかないとはな」


 人を1人殺すのは容易ではない。


 1人でやったら失敗する可能性も高く多大なリスクを背負うから論外、仮に拳銃を使っても人は急所に当たらない限り、なかなか致命傷には至らない。


 共犯はもっと論外、この場合の共犯関係は、協力関係にあらず。お互いに致命的な弱みを握り合う関係となるからだ。


 つまり手っ取り早い策が一番の下策ということ、下策を採用した結果、最終的には自滅するのがオチなのは歴史が証明している。


 もし殺すという行為が有効となる場合は、それは国家としての戦略と戦術として使うのみだ。


 そう、冷たく言い放つウルヴ文官少佐に、俺はこう切り返す。


「はい、おっしゃるとおりですよ、少佐」


「…………」


 今度は俺も少佐と同様に冷たい表情で告げて、こう続ける。



「だからこそ、明らかに変なんですよ。だから「真実」にたどり着いたのですから」



 ここで少佐はようやく「俺の真意」を理解したのか表情が強張り、俺は続ける。


「少佐、トカゲの尻尾切りは共犯者を世に解き放つから多大なリスクを背負い、殺すこともまた同様にリスクを背負う、いわば「その場しのぎ」でしかありません」


「そして下策であるトカゲの尻尾切りが最上の策となる条件は、相手が生きていない場合であると、そこに気付けば、私なら次にこう考えますね」



「この方法を、ノーリスクでするためにはどうしたらいいか?」



「…………」


 ウルヴ文官少佐は何も答えない、先ほどの強張った表情は消えて、いつもの表情に戻っている。


 さあ、後はもう告げるだけだ。



「つまり、アナズリ・キネリ文官大佐という人物は存在しない」



 俺は懐から資料取り出し、すっとウルヴ文官少佐の机の上に置く。


「正確には、書類上にだけ存在する、これが「相手が生きていない」という意味です」


 俺が置いたのはアナズリ文官大佐の人事記録の写し、ウルヴ文官少佐にとっては、廃棄したはずの資料の筈だが、表情を変えず視線だけ資料に目にやり俺を再度見たところで、続ける。


「アナズリ・キネリ文官大佐の人事記録の作成担当者は、当時中央政府人事部、人事部長秘書官を務めていた、ウルヴ・アオミ文官大尉、間違いありませんね?」


 俺の指摘にウルヴ文官少佐は目を閉じて何かの覚悟を決めているような雰囲気だ。


「……まさか突き止める人物がいるとはな」


 こちらが確信と確証を得ていると分かったのだろう、特段の変化もなく認めた。


「噂を調べてみたんですが、そのほとんどが出所が不明であったり、その噂の正体がアナズリ文官大佐ではなく、別の人だったりしたんです。つまり噂が1人歩きしている状態だったのです。実に上手に人間の記憶の曖昧さや思考方向を利用している」


 俺の同期は文官課程で100人いる。当然全員の顔なんてわからないし、モストですらも自分にとって有益になる人物以外の、まあ俺のように従わない奴とかは覚えているかもしれないが、当然全員の顔を名前を憶えているわけではない。


「しかも驚嘆すべきはこの人事記録、かなり綿密に作られていることが分かるんです。当時の在籍に誰が何処にいたのかすらもちゃんと考えていて調整もされている、これだけの記録を矛盾点なく編纂できる時点で流石ウルヴ少佐だと思います」


「おそらくアナズリ文官大佐を作り上げるためにそれぞれに担当があったのでしょうが、この徹底ぶりは凄い。だからこそロッソだけではなく、私たちの仲間もその存在を疑ってすらいませんでしたよ」


 俺はここで話し終える、以上で説明終了だ。

 さて、なんと返答するのかなと思ったが、ウルヴ少佐は軽くため息をついただけだ。


「トカゲの尻尾切を不審に思ったから、普通はそれで納得するか、違和感で終わらせるところだと思うがな」


「調べるには十分な理由だと思いますよ」


「そうか……」


 ウルヴ文官少佐は椅子に深くもたれかかる。

 これだけのことを暴かれた割にはとても静かな雰囲気だ。


「少佐、失礼を承知で言いますが、言い逃れをされるかと思いました。正直、この人事記録自体は、本物であっても証拠にはなりませんからね」


「まあな、だが認めるのも認めないのも結果は同じだからな、折角だから中尉の洞察力に敬意を表する、と捉えてもらおうか」


「……結果は同じ?」


「なんだ、分からないか、このシステムは露呈した時点で意味をなさない。故に露呈した時点で私を含めた関係者は全員その任を解かれる仕組みになっている」


「…………」


「そこまであっさり捨てるとまでは思わなかった顔だな」


「……という事は、少佐はこのシステムの誰が責任者である以外、他の仲間を知らないのですか?」


「ご明察、人数についてはおそらく一桁の人員だと思うがね。当然責任者が誰であるかは言えない。私の担当は矛盾無いように人事記録を作成することだけだ、そしてこうやってバレた時には責任者に報告すること、「中尉の望み通り」誰に見抜かれたかも含めてな」


 あらら、そこらへんも気づかれたか。


「なるほど、全員が等しき共犯者ってわけですね、「口外しないこととバレたことを隠さなければ責任は問われない」ということですか」


 つまり先ほどのトカゲの尻尾切りや死人に口なしの理論と逆、リスクを等しく限定集約させるという適用方法だ。


 どういうことかというと口外行為と隠蔽行為のみ絶対的に禁止され制裁もされるが、絶対にバレてはいけないという制約を設けていないのだ。


「それで中尉よ、この事実を知ってどうするつもりだ?」


 当然そこを聞いてくるし、気になるところだろう、俺の行動一つでそれこそ少佐の行動も変わってくるのだから。


 とはいえ。


「どうするって、別にどうもしませんよ」


「…………」


「疑いになるのも無理はないですが、見破られた時点で、手段そのものを放棄するぐらい徹底している時点で、ここで私が何をしたところで、妄言で終わり、立場が悪くなるのはこっちですから。バレた後のことに際して十重二十重に策を打っていると考えるのが普通」


「私が今回来たのは、「私が誰を相手にしているのか、相手も誰を相手にしているのか」ということを明確にするためです。このシステムを見破れることを「使用者」も知ることができることが出来ればそれでいいのです。ロッソの二の舞では話になりませんからね」


 淡々と述べる俺に少佐は、初めていぶかしげな視線を送る。


「変に余裕だな、このシステムの使う側からすれば、お前のやったことはダメージになるのだぞ、悪いが、私はフォローできないぞ」


「その可能性は低いでしょう、今回そのシステムを使う人物はそもそもロッソを切るつもりだったのでしょうから」


「なんだと?」


「エテルムの流通が証拠です。ロッソは副頭目の派閥争いでマッチポンプのために使うつもりだったのでしょうが、そんなもので勝利したところで、どの道ロッソは終わりです。無差別に薬をバラまくような人物についていこうとは思わないし、現に構成員たちも忠誠心は無かったですから、いずれ内部に敵が現れ、命を落とす。それこそ「死人に口なし」「トカゲの尻尾切り」の要領で簡単にあっさりと、自滅します」


「ですから、このシステムの利用者も、ロッソを壊滅、この場合は自滅させるつもりだったのでしょう、エテルムの流通はその第一歩だったというわけですね」


 俺の答えにウルヴ少佐が質問を投げかけてくる。


「なんでそんな回りくどいことをするんだ?」


「マルスへの金銭パイプを維持したかったからです。莫大な利益を上げていることは事実でしょうから、金策の一つではあったからです。それを失うのは惜しい、先ほど言ったとおり一度抜いたら二度と使えない伝家の宝刀を使おうとするほどに」


「金銭パイプを保持したかったからと、なら中尉の考える利用者はエテルムをバラまいてロッソを失脚させた後どうしようとしたのだ?」


「もちろん私がしたことと一緒ですよ」


「な、に?」


「そう乗っ取ればいいんです、ロッソに代わる新しい勢力を、マルスの現場管理人とすればいい、ただ結果的にそう考えてくれたからこそ弱点となり、実際の乗っ取り作業は極めて順調に終わったのでよかったのですから」


「弱点?」


「つまり動けない、進軍も撤退することも出来ず、私がしたことはつまりは「アナズリ文官大佐は追い詰めていた」んですよ」


 俺の言葉にはあ、と感心したようにため息をつく。


「はは、とんでもない考え方をするものだな、ならば中尉よ、間違いとは言わないが、正解ではないな」


「え?」


「エテルムの流通について、確かに副頭目に罪を着せる、という意味では外れではないが、それは単に副次的な目的にすぎんよ。中尉も漠然とした違和感は感じていただろう」


「…………」


 あの楼主長の会議の時、目的は間違いではないが、釈然としなかったあの気持ち、そうだ、手段が愚かすぎるという点だった、結局今回の作戦に支障なしとして放置したが……。


 いや、一つだけある、まさかでも、これは流石に……。


「まさか、脅そうとした、なんて……」


「ふむ、誰をだ?」


「……つまり「アナズリ文官大佐」ってことですよね?」


「そのとおり、最初副頭目の派閥に勝利をしたいから策を授けろという言で、エテルムの発注と流通方法について教示したそうだが、それを逆手に「薬の流通の元手として、職場にばらす」という脅しをかけてきたのだ」


「……まさか、ゆくゆくは遊廓を利用する有力者の情報をも悪用するつもりだった?」


「愚かにもハニートラップをしかけたつもりだったのだろうがな」


 男の下半身はいつの世にも政治的駆け引き使われるが、万能ではない。

 しかもロッソが当てにしていたであろうアキスとの関係の正体がどのようなものであったかを考えると、開いた口が塞がらない。


「浅はかすぎて、バカすぎる、そ、そうか、アナズリ文官大佐を舐めていたわけか、放蕩する人間だから、組み易しと判断して、副頭目に勝利した後、自分の地位を盤石にするつもりって」


「浅はかなのは同意だが、バカすぎるということはない。普通それに引っかかるものだ、そのための悪評であったわけだから、疑問を抱く中尉の方が変わっている。まあ、ロッソにとっては、敵が中尉でむしろ僥倖と言ったところだろうな、元より反社会的勢力だ、どうなろうがこちら側からすれば痛くもかゆくもないのだからな」


 それこそ暗に「下策」を使うことを仄めかすウルヴ文官少佐。少佐自身が述べたトカゲの尻尾切りと死人に口なしの「達成条件」を思い出す。


「業が深いですね」


「それが面白いという顔をしているぞ、それと感謝するぞ中尉よ」


「え?」


「いくら仕事とはいえ、気持ちのいい話ではない、辞めたい役割だったからな。大義名分が出来て堂々と辞めることができる。使用者が誰かは知らないが「ざまあみろ」だよ中尉」


 びっくり、この、いわゆるアナズリ文官大佐とはタイプの違う媚び売りの名人が、こんなことを言うなんて。


「それにしても今のお前は本会議の時とは別人だぞ、あの呆けた顔はなんだったんだ、カモフラージュには見えなかったが」


「ほ、呆けた顔って、ひどい、普通の顔の筈なのに」


「ならあの時は何を考えていたのだ?」


「え!? そ、その、怒らないで聞いて欲しいですけど、レギオンって食べ物がおいしいじゃないですか、特に山の幸の獣肉が絶品で、この会議が終わったら、奮発して星付きの料理店で高級肉をたらふく食べようかなって」


「その顔だ中尉、呆けた顔で間違いないではないか……」


 ここで厳しい表情を見せる。


「中尉よ、このシステムを見抜きマルスを傘下に置いた洞察力、行動力は驚嘆に値する。中尉の仲間である拝命同期武官は情に溢れ、彼女が所属する憲兵中隊は胆力がある。ウルティミス・マルス街長の辣腕ぶりは舌を巻くし、戦闘能力がずば抜けた武官下士官と、頭脳明晰な文官兵卒を従えている中尉の部隊は相当なものだ」


 少佐はトントンと人事記録の写しを軽く叩く。


「だが今の話の中で人事記録の写し、これは中尉の仲間では無理だ。作って管理をしていた私が言うのだから間違いない。となればこれを入手したのが誰なのかは分かる。どのような方法を使ったかは分からないが、推測は立てられる。教皇猊下が中尉に対してパフォーマンスではないとするのならばな」


「…………」


「私の言いたいことは分かるか?」


 ある、一つだけある。


 俺の部隊に決定的に足りないものがある、そう少佐は言いたいのだ。


「後ろ盾、ですね?」


 俺の言葉にウルヴ少佐は頷く。


 後ろ盾。


 修道院出身といえど出世についての保証など何もない。保証されているのは20歳前後で少尉という地位が与えられるのみ。まあ年功序列はあるからある程度は上がるが、それでも大尉で終わる人だっている。


 出世が無条件でいいという訳ではないが、修道院に入学できるぐらいだからそれぞれのトップを取ってきた人物ばかり、だからこそみんな貴族枠で入学してきた人物たちとのコネクションを1年かけて必死で作る。


 モストに取り入っていたコルト他3名が代表例、将来の王国貴族に後ろ盾になってもらうために必死だったのは印象的に覚えている。


 俺は同期の中で一番に中尉に昇進したけど、教皇猊下のパフォーマンスとして穿った見方をされていたし、それからの俺の本会議での言動をみて、それが事実であると思った人物がほとんどだったのはわかっていた。


 だが今回の連合都市誕生は必然的に注目を浴びることになり、教皇猊下の言葉がパフォーマンスではないという、まあ実際には色々チート技を使った結果なんだけど、それもある意味広まってしまうということになる。


『神楽坂文官中尉、申し訳ないですが、貴方は何故か今置かれている状況について今一つ理解に及んでいない節がある、頭だけで理解しているような、そんな感じがいます。もしこれから何かあった時にこの三つは必ず役に立ちますよ』


 教皇猊下のこの言葉の意味、あの時は分からなかったが、マルスを傘下に置くということは、外部勢力に対しての防護策も必要になる。


 王国の有力者は確かに名ばかりの者ものいるだろう。だがそれはいわゆる「有力者への偏見」でもあり、手段を選ばない優秀で有能な有力者も当然いる。


(ロード大司教……)


 俺にとっての手痛い敗戦相手、惜敗ではない完敗だ、何もできなかったし、させてもらえなかった。


 守るというのは命を守ればいいという意味ではないのはあの時ほど痛感したことはなかった。


 だが。


「何の策も講じていないのだな?」


 ウルヴ少佐の指摘に頷くしかない。


「中尉は政治ができないのは会議の時で分かった。だからこの任から解放してくれた礼としてアドバイスをしよう」


「後ろ盾というのは情の繋がりではなく利益の繋がりだ。だが利益の繋がりは中尉には無理だろう、だから「情」の繋がりを目指すが良い。ここで私の言う情というのは「仲間ではない」ということをよく覚えておくがいい」


 最後にウルヴ少佐はこの言葉で締める。



「それと中尉については私自身も色々と見誤っていた部分があったことは認めよう。お前の仲間は素晴らしいと思うよ、出来ることは少ないが、何かあれば相談には乗るぞ」



次回は17日です! 次回で3部は完となります!

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